とっても天使なウマ娘さん   作:レース場の散った芝

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天使だと思ったら小悪魔でした

『おはようございます』

「おはようございます、ピサさん」

『なんだか声が疲れていませんか?』

「いやー……ピサさんとのデートが楽しみで楽しみで、あんまり寝付けなかったんですよね」

 

 そう、今日はピサさんとの念願デートの日である。ダービー観戦のお誘いをした翌日、ピサさんの口から"ぜひデートに行きましょう"という言葉が出てきたときの嬉しさったらもう……嬉しさのあまりスキップで登校してしまった。

 

『そうですか。……実は私も、緊張で少し……』

「すみません、俺がデートとか言ったばかりに。デートだからと言って、今日からお付き合いするとか、そういうのはないので。……いやまぁ、ピサさんとお付き合いはしたいですけど」

『そ、そのように"好き"だったり"付き合いたい"とシンジさんが本気でおっしゃるから私も緊張してしまうんです』

「だって本気ですから」

 

 ピサさんの声にならない悲鳴が聞こえる。この前本人も言ってたけどピサさんも同じく恋愛経験がないようで。だから言われ慣れていないのであろう。

 モテていないとかではないだろう。絶対モテているはず。でも周りの男どもが告白とかしなかったのだろう。気持ちは分かる。だってピサさん高嶺の花だし。

 

『き、切りますね!』

「はい、また後で。楽しみにしてます」

『……私も、シンジさんに会えるのが楽しみです』

 

 ピサさんが逃げるように電話を切る。照れるピサさんは可愛いな。あー好き好き好き。

 ダービーの予定出走時間までまだ5時間以上。暇だなぁ。家にいても暇だし、かなり早いけどもう向こうに行って適当にブラブラしてようかな。どうせ昼飯は外で食べるつもりだったし。

 

「うーむ、降りそうだ」

 

 天気は生憎の曇り模様。まだ雨は降っていないけれど、いつ降ってもおかしくない。ピサさんの分も折り畳み傘を持っていくことにしよう。きっとピサさんも持ってくるだろうけど、万が一の時に相合傘するわけにはいかないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここがレース場か。日本ダービーの日ということもあり、キッチンカーだったりが多数出展していてまるでお祭りみたいだ。テンション上がるなぁ~。

 

「……」

 

 嘘です。人混みは苦手なので、すでにもうしんどい。デートにダービー観戦を選んだの失敗だったかなぁ。でも手札が少なすぎてダービーしかなかったんだ。ダービーならレース観戦っていう建前をつけられるけど、水族館なんてもろデートだから断られるのが怖かったし。

 にしてもすごい人だな。全員が全員ダービーを観戦するわけではないだろうが、数万もの人が観戦するだろう。GIレース、大勢の観客の目、出走するウマ娘には凄まじいプレッシャーがかかるだろうな。俺だったらプレッシャーに押しつぶされてしまいそうだ。

 

「お兄ちゃーん!」

 

 いつかピサさんもこんな大舞台に立つのだろうか。見てみたいなぁ。その時は最前列でピサさんのことを応援したい。

 

「もうっ、お兄ちゃん!」

「ん? 俺のこと?」

「そう!」

 

 謎の幼女に後ろから服を掴まれる。誰だろうこの子。俺に妹はいないはずだ。なぜならば一人っ子だから。親戚にも幼女はいない。もしかしてお兄ちゃん詐欺か? オレオレ詐欺に続く詐欺として今巷で流行りの。

 

「……ああ、迷子だった子?」

「そうだよ!」

 

 思い出した。先週迷子になっていた子供だ。俺とピサさんを出会わせてくれた、まさしく恋のキューピットである。この子のおかげで今日のデートがあるといっても過言ではない。まさしく恩人である。恩人の名前は覚えてないけど。

 

「今日も迷子か?」

「ううん、今日は大丈夫! 友達と一緒だから!」

「そ、ならよかった。友達とはぐれないようにな」

「うん! お兄ちゃんはピサお姉ちゃんと一緒じゃないの?」

「ピサさん? この後会う予定だけど、今は一緒じゃないかな」

「デート?」

「まぁ、デート、かな。そもそもピサさんとは恋人関係じゃないけど。俺としては恋人にはなりたいけどね。でもまだ出会って1週間だし、まだまだお互いのこと何も知らないし、俺からすればピサさんは高嶺の花だし、結局最後に選ぶのはピサさんだし」

「お兄ちゃん気持ち悪ーい」

「このっ、クソガキが。……で、何か用?」

「手伝ってほしいことがあるの。こっち来て!」

 

 クソガキに手を引っ張られ、無理やり引きはがすのもなーってことで大人しくついていく。すると謎の子供の集団のところまで連れてこられた。さっき言っていた友達だろう。

 

「お兄ちゃん、この子を助けてあげて」

「怪我か、病気か? それなら病院に……いや、この雛鳥のことか。……あの巣から落ちたのか?」

「うん、多分。大人の人を呼ぼうとしたらたまたまお兄ちゃんがいたの」

 

 なるほどね。あの人混みの中でよく見つけたものだ。

 子供たちの中心には1羽の雛鳥。すぐ近くの木、上を見上げると1本の枝に鳥の巣がある。おそらくそこから落ちてしまったのだろう。パッと見ではあるが、雛鳥には怪我はなさそうだ。

 

「脚立が欲しいな」

「木登りとかできないの?」

「できるけど、雛鳥を片手に持った状態だと危ないかな。雛鳥を落としちゃうかもしれないし、木登りの衝撃で巣が落ちたりしたら二次災害だ。だから安全にやるなら脚立が欲しいな。肩車でもいいけど……」

 

 俺がこの子達を肩車しても少し高さが足りないか。しょうがない。職員の人とかに事情を離して貸してもらおう。

 

「ちょい待ってて」

「うん」

 

 えーと、職員の人、職員の人は……ダメだ、人混みがヤバすぎて見つからない。警備員の人はいるが、そもそも職員の人は用がないだろうから会場の外に出てこないだろうし。会場の中まで入っていかないといけないか。

 

「あのー……シンジさん、ですか?」

「……ピサさん!? どうしてここに!?」

 

 職員の人を探してブラブラ歩いていると不意に服をギュッと掴まれる。デジャブだなぁと思いながら後ろを向くと、今ここにいるはずのない天使、想い人のピサさんがいた。近い近い近い。つか良い匂い。脳がクラクラする。一週間ぶりの生ピサさんなのに、いきなりこの刺激は強すぎるって。俺を殺す気か?

 

「シンジさんとデートだからですが」

「すみません、聞き方間違えました。集合時間までまだまだ時間があるのにどうして……」

「んー……なんとなく、でしょうか。なんだかシンジさんにお会いできる気がしたので」

「あぅ」

 

 うーむ、この天使のような微笑み。一体何人の男を堕としてきたのだろう。

 というかその言葉、俺に早く会いたかったから早く来たと受け取ってもいいですか? いいですよね? 俺もピサさんに会いたくてしょうがなかったです。

 

「ところで、急いでいるようでしたが、何かあったのですか?」

「えっとですね、雛鳥が巣から落ちちゃってて、巣に戻してあげるのに脚立が必要で、それを借りるために職員さんを探していたところなんです。なのですみません。折角ピサさんに会えたので今すぐにでもデートしたいんですけど、ちょっと待っててください」

「そうなんですね。……私がシンジさんを肩車するのでは届きませんか?」

「へっ?」

 

 いきなり何を言い出すんだこの天使は。

 

「えーと、ピサさんと俺だと……ちょうどいい感じ、だと思います。巣までの高さは目算だったので正確なことは言えないですけど」

「ではそれでいきましょう」

「ちょ、待ってください! 一応俺も人間ですから、筋肉モリモリでも太ってるわけでもないですけどそれなりに体重ありますよ? 女性のピサさんに肩車させるのは……」

「んー」

 

 どこか不満げにピサさんが一歩こちらに詰め寄り、俺の両脇に手を突っ込んでくる。やばっ、心臓バクバク。

 綺麗な瞳だ。その瞳で真っすぐこちらを見つめてくる。恥ずかしさで思わず目を逸らしてしまいそうになる。でも何とか堪える。こんな幸せな光景から目を逸らすなんてもったいない。一秒でも長く脳に刻み込む。あ、でも心臓が持たないかも。

 そんなこんなで意中の女性に弄ばれていると、ピサさんが脇に差し込んだ手を使って俺をひょいッと持ち上げた。そうでした、ピサさんウマ娘でした。ウマ娘の身体能力は人間の遥か上。俺一人持ち上げるくらい苦でもないだろう。

 

「いかがですか?」

「ピサさん、肩車お願いします」

「分かりました♪」

 

 なんだか男として負けた気分。だが世の中どうやっても越えられない壁はある。むしろ好きな人に肩車してもらえて嬉しいと考えるべきか。手すら繋いだことないのに。

 

「あっちです。……なんか上機嫌ですね」

「いえ、そんなことありませんよ」

 

 本人はそう言うけれど、以前お会いした時より口角が上がっている。そんなに人を肩車できて嬉しいのだろうか。もしかして肩車フェチ?

 

「お兄ちゃ……あっ、ピサお姉ちゃんっ!」

「あら、こんにちは、香子ちゃん」

「こんにちは! ねぇねぇピサお姉ちゃん、お兄ちゃんがね、お姉ちゃんと付き合いたいって言ってたよ!」

「こらこらこら、そんなこと大声で言うんじゃありません」

「ええ、知っていますよ。私、シンジさんに告白されていますから」

「付き合わないの?」

「んー」

 

 え、何ですかその反応? なんでそんなに考え込む必要があるんですか? ワンチャンあるのですか? それともOKってこと?

 

「そ、それより、まずはこの雛鳥をどうにかしてあげませんか?」

「ヘタレー」

「クソガキがよぉ」

「ふふっ、分かりました」

 

 ハンカチを取り出し、雛鳥を包んで持ち上げる。人間の匂いをつけない方がいいって言ったりするしな。知らんけど。

 

「ピサさん、お願いします」

「お任せください。よい、しょ。大丈夫ですか? 怖くないですか?」

「大丈夫、抜群の安定感です。ピサさんこそ重くないですか?」

「いえいえ、これくらいなんてことありませんよ」

 

 ピサさんが俺の股下をくぐり、肩車で軽々と持ち上げる。なんか、こう、よくわからないけど背徳感があるな。ピサさんの服を汚してしまわないよう、ちゃんと靴は脱ぎ捨てておいた。

 そしてウマ娘のパワーは本当にすごいな。トレセン学園のトレーニングではマジのクソデカタイヤを引きずったりするらしいし、俺を肩車することなんて楽ちんちんなのだろうか。そしてそして子供たちの視線が冷たい。女性に下の役割をさせるなとでも言いたいのだろう。うーむ、ぐぅの音も出ない。

 

「ん?」

「どうかしましたか?」

 

 足に、柔らかなむにっとしたものが接触する感覚がある。まさか、まさかまさか、これは、おっ……いやいやいや、そんなわけ。安定させるためか足を掴むピサさんの力が強くなって、その分押し付けられてさらにむにっとなった気がするけど、きっと気のせいだ。そう、気のせい。ピサさんのことを好きすぎて思考が変態になってしまってるだけなんだ。

 

「いえ、何も。何もないです。はい」

「そうですか?」

「すみません、もう一歩前に動いてもらっていいですか?」

「……いかがでしょうか?」

「完璧です」

 

 ピサさんが一歩近づいてくれたおかげで巣に手が届くようになった。巣にいる他の雛鳥を傷つけてしまわないよう最大限気を配りながら、ハンカチで包んだ雛鳥をそっと巣に戻す。ミッションコンプリート。

 

「ありがとうございます。降ろしてくれて大丈夫です」

「分かりました。では……」

 

 なんか役得だったな。ピサさんと合法的に触れ合えたし、大きすぎず小さすぎずの男の夢の感触を味わってしまった気がするし、かっこいいところを見せられたかはかなーり怪しいけど……労力とクソガキ共にバカにされた分の精神的ダメージに対しては余裕でおつりがくる。おつりでマンション建設できるな。

 

「わーい、お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとー!」

「鳥さん、もう落ちてきちゃダメですよ」

 

 慈愛に満ちた瞳。ピサさんにとっては人も動物も関係ないのだろう。まぁ人も動物ではあるしな。

 

「ピサお姉ちゃん、シンジお兄ちゃんっていい人だよ?」

「もちろん知っていますよ。シンジさんはとても素敵な方だって」

「ひゅ」

 

 その瞳で、その微笑みで見つめられながらそんな言葉を投げかけられたら心臓止まっちゃう。

 なんだろう、電話とかだと平静を保てるのに、いざ対面するとドギマギさせられっぱなしだ。電話だと目の前にいないから緊張もしづらいのだろう。

 

「付き合わないの?」

「こらこらこら、ピサさんが困っちゃうでしょ。ささ、ピサさん、一緒にご飯食べに行きましょ」

「えー、困ってるのはお兄ちゃんじゃないの? フラれるのが怖いんでしょー?」

「うるさい。お小遣いあげるから屋台のアイスでも買ってきなさい」

「わーい! お兄ちゃんありがとー!」

 

 うーん、無駄な出費だ……いや、必要経費かぁ? ピサさんとのデートなのにずっと付きまとわれたら嫌だしなぁ。

 

「すみません、折角デートに来てくれたのにバタバタと……」

「気になさらないでください。私も楽しかったですから」

「ならよかったです」

「……心配なさらなくても今すぐフッたりなんてしませんよ」

 

 心配や不安が顔に出てしまっていたのだろうか。ピサさん相手だと心のすべてを見透かされているような感覚になる。きっとそれだけ相手のことを見て、考えているのだろう。うーん、好き。

 

「私も、全く気がない方とデートなんてしませんから」

「え」

「……では、お腹も空きましたし何か食べに行きましょうか」

「あの、ピサさん?」

「……」

 

 恥ずかしいのか、逃げ出すようにそそくさと歩いていってしまう。俺の問いかけもガン無視だ。速い、ウマ娘の早歩き速い。

 その言葉、"多少は異性として意識している"という解釈でよいのだろうか。まだ友達止まりだけどってことだよね? え? 俺の頑張り次第ではワンチャンあるってこと?

 小走りをしてピサさんの隣に並ぶ。"耳まで真っ赤"という表現は時たま小説とかであるけど、どうやらそれはヒト耳限定らしい。ピサさんの頬はこんなに真っ赤なのに、ウマ耳は髪と同色の綺麗な色のまま。というか顔真っ赤なピサさん可愛すぎ。こんなのますます惚れてしまうではないか。

 

「……なんですか?」

「何か食べたいものありますか? あともう少しゆっくり歩きません?」

「んー……シンジさんは甘いものはお好きですか?」

「パンケーキとかですか? 嫌いではないです」

「ではスイーツにしませんか? 甘いものが食べたい気分なんです」

「いいですよ。あんまり詳しくないのでピサさんにお任せしていいですか?」

「お任せください。ふふっ、ようやくデートっぽくなってきましたね。手でも繋ぎますか?」

「てっ!? そ、そういうのはまだ早いかなーというか、なんというか……」

「冗談です♪」

 

 心臓止まるかと思った。まさかピサさんから手繋ぎの提案があるなんて……い、いや、冗談だっていうのはもちろん分かってましたけどね。はい。"よし、繋ごうか"と言ってさっと手を繋ぐなんてことができればよかったけど、そんな度胸、俺にはない。

 

そういうのは付き合ってから、ですよ

「ぴえ」

「うふふ、可愛い悲鳴ですね」

 

 ピサさんの吐息、通称"大天使の息吹"が耳に吹きかけられる。おかしい。大天使の息吹なのに、体の悪いところが治るどころか心臓が破裂しそうなんですが。

 

「小悪魔……」

「シンジさんこそ小悪魔ですよ。今朝も言いましたが"好き"だとか"付き合いたい"だとか……ドキドキ、してしまいます。シンジさんは言い慣れているのかもしれませんが、私は全く言われ慣れてないんですから」

「言い慣れてなんていませんよ」

「いいえ、信じられません。シンジさんは絶対経験豊富です」

「何の経験?」

「もちろん恋愛のです」

「ピサさんが初恋、今日が初デートですよ。嘘偽りなく」

「え?」

「ん?」




ピサに耳ふーってされたら死んじゃうと思います。
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