とっても天使なウマ娘さん 作:レース場の散った芝
「……」
「……あの」
「ブエナさんと」
「ひっ」
「随分と楽しそうにお話しされていたようで」
トレーニングを終えたであろうピサさんが、正座でじぃーっとこちらを見下ろしてくる。とうとう笑顔すらなくなってしまった。その瞳は冷たい、けれど奥には悲しみが宿っている……ように見える……気がする。
ブエナとは結局1時間近くしゃべっていただろうか。トレーニングがあるからと途中でどこかに行ってしまった。去り際に連絡先を告げて。本人曰く『ナンパするつもりだったんだよね』とのことだが、俺はナンパを止めていた側だ。ブエナをナンパするつもりなど1mmもなかった。でも連絡先を教えてもらった以上LANEでお友達登録するしかない。失礼だしね。だから頑張って覚えとかないといけない。あとタオルを忘れて行ったので返さないといけない。
「マーチャンさんのぬいぐるみまで持って……一体どこで買ってきたんですか。ブエナさんとデートですか?」
「もらいました。アストンマーチャンさんの着ぐるみを着た、おそらくトレーナーさんだろう人に」
「マーチャンさんのトレーナーさん……なるほど、分かりました」
「あ、そうやってさらっと流せるやつなんですね」
「学内ではいろいろと有名ですから」
なんだろう、気になる。ピサさんと仲直りできたら教えてもらいたいな。
「ブエナさんと何を話していたんですか? 怒ったりしませんから、素直に話してほしいです」
「ピサさんとのあれこれを根掘り葉掘り聞かれました。どこで出会ったのかとか、デートはどこにいったのかとか、告白はしたのかとか、キスはしたのかとか……」
「キ、キス……シンジさんとキス……」
「あの、そんなに恥ずかしがられると……俺もまた恥ずかしくなってきます」
「シンジさんとのキスを想像してしまって……」
やめてほしい。俺までピサさんとのキスを想像してしまうではないか。いつも以上に顔が真っ赤になっていて、手で覆い隠している。けど指の間からチラチラ覗いてくる。可愛い。
「あと、ピサさんのどこが好きなのか、とか」
「……なんて、答えんですか?」
「すごい要約すると、性格と顔って答えました。最初は顔に惹かれて、好きになった決定打は性格、と」
「顔が良くて、性格も良い女性だったら誰でもいいんですか?」
「んー……そうかも、しれませんね。ピサさんと同じくらい可愛くて、同じくらい素晴らしい性格の人がいれば、の話ですけど」
「ブエナさん、とか……」
「たしかにブエナも可愛いけど、ピサさんとは可愛さのベクトルが違うからなぁ。そもそも中学生をそんな目で見れないし。それに恋したきっかけは性格と顔だったけど、毎朝話したりデートしたり、ピサさんと一緒にいる時間が楽しくて、今はもっと好きです。……すみません、なんかよく分かんないこと言っちゃってるかも」
同い年だったらブエナに恋してたかもしれないな。でもピサさんにも今と同じように恋してただろうな。憧れのピサお姉さんに恋して、ピサさんから彼氏を紹介されて心をバッキバキに折られる物語。それをブエナに慰めてもらいたい。あー気持ち悪い妄想だなぁ。ラノベじゃあるまいし。
「ブエ……ナ?」
「違う、違うんですピサさん。ブエナにそう呼べって言われたんです」
「まだ何も言ってませんよ? 何かやましいことがあるのですか?」
「ピサさんが悲しそうな顔をしたので、また好きな人を悲しませてしまったなと……思い、まして……」
「……」
ピサさんが何を思ったのかは分からないけど、長時間俺を封印し続けた砂をゆっくりと取り除き始めた。取り除く間、ピサさんは何も話さない。けれど何かを期待するようにチラチラとコチラを見てくる。俺はそこまで鈍感じゃない。何を求めてるかくらい分かる。うーん、頑張るかぁ。
「ピサ」
「っ! も、もう一回」
「ピサ」
「もっと」
「ピサピサピサピサピサピサピサピサピサピサ」
「ここは?」
「肘」
「シ、シンジさんの好きなものは?」
「ピザの本場イタリア」
「……」
「いたっ、すみませんすみません。ピサです。大好きです、ピサのことが。イタリアよりも」
「何だか比較対象がおかしい気がしますが……でも嬉しいです。私も……」
潤んだ瞳で見つめられる。言葉の続きは紡がれない。けれど何を伝えたかったのかは分かる。……と思う。俺の自惚れでなければ。というか自惚れであってほしくない。
ピサの手の甲にそっと手を重ねる。握り返したりはしてくれないけど、何も言わず受け入れてくれる。付き合ってからと言われていたけど特に何も怒られない。握ってはいないからセーフなのだろうか。
「ピサの手、温かいです」
「シンジさんの手も……」
あぁ、幸せだ。心がポカポカする。ずっとこうしていたい気分だ。好きな人と繋がるってこんなに幸せな気持ちになれるのか。
手を重ねるだけでこれなのに、手を繋ぐまでいってしまったら一体どうなってしまうのだろう。幸せ死してしまうのだろうか。ピサを残して死んじゃうのは嫌だな。
「お、お腹空きましたね」
「一緒に何か食べに行きますか?」
「ぜひ。その、シンジさんのお時間があればこのまま浜辺でデートでも……」
「トレーニングはいいんですか?」
「連日トレーニングだったから休みにしようと、トレーナーさんが気を遣ってくださって。その、ちゃんとした水着を合宿所に置いてきてしまったので、スクール水着でのデートになってしまいますが……」
ちゃんとした水着……もしかしてビキニ? ピサのビキニ? やばっ、絶対やばい。想像するだけで語彙力が消し飛んじゃう。モノホンを直視したら鼻血噴き出してぶっ倒れてしまいそう。
「……顔に出てますよ。シンジさんのスケベ」
「仕方がないことなんです。男はそういう生き物ですから」
「スケベ。たまに私の胸を見てること、分かってるんですからね」
「いや、その、違うんです。えっちな目で見てるとかじゃなくてですね、自然と目が吸い込まれちゃうと言いますか……」
「……スケベ」
女性はそういう視線に敏感とは聞くけれど、そんなにマジマジとは見てないはずなんだけどなぁ。だって仕方がないじゃないか。ピサってば美乳なんだもん。私服がシンプルだから余計魅惑の膨らみが目立つし。柔らかそうだなぁ、触ってみたいなぁと時折思ってるだけです。うん、スケベだな。腹切ります。でもピサの綺麗な声でスケベと罵られるのも悪くないかもしれない。
「か、格好が気になるなら、俺の上着使います? 今着てるやつだし、砂まるけですけど」
「……すぅ、ほんのりシンジさんの匂いがします」
「あの、恥ずかしいです」
脱ぎたてほやほやの上着をピサに貸すと、羽織った後すぐに匂いを嗅ぎ始めた。ウマ娘は嗅覚もすごいらしいし、わずかに残った俺の匂いも分かってしまうのだろう。ズルい。きっと俺はピサの残り香を感じ取れないのに。
「臭く、ないですか?」
「臭くなどありませんよ。私の好きな匂いです」
「ぴぇ」
「磯の香り」
「あ、そっち」
「……と、シンジさんの体臭」
「あのあのあの、上げて下げてもう一回上げるのやめてくれませんか? 心臓が持たないです」
「うふふ、シンジさんの反応が可愛くてつい。上着ありがとうございます。お借りしますね」
「は、はい。どうぞ」
ニコニコと嬉しそうに上着を羽織るピサは本当に可愛い。写真に収めて壁紙にしたい。けれどスマホが手元にないので写真が撮れない。だって海だから。くそぅ。
「さて、食べに行きましょうか」
「はい。……なんかあそこにこっちを盗撮してる人達がいるんですけど、ピサの知り合いですか?」
同じく合宿に来てるウマ娘であろう3人組が、スマホをこちらに向けてパシャパシャと盗撮をしている。ピサとのデート写真をトレセン学園内にばら撒いたのも彼女達だろうか。
「……ちょっとお待ちくださいね」
「ひぇ」
こちらに笑顔を見せた後、すぐにピサの顔からすっと笑顔が抜け落ちる。そして全力ダッシュで盗撮3人組のもとへと向かっていった。なるほど、これが競技ウマ娘の走りかぁ、速いなぁ。デビュー戦が楽しみだ。あ、捕まった。
キリがいいので今回はイチャイチャして終わり。
いつもイチャイチャしてる? うん、まぁ……はい。