とっても天使なウマ娘さん 作:レース場の散った芝
『今日はありがとうございました。シンジさんから楽しい話をたくさん聞けてよかったです。恥ずかしそうにするシンジさんが可愛くてキュンキュンしちゃいました』
お前も可愛かったよ、なんて絶対に言わない。そんなこと言ったらブエナを口説いてるように見えちゃうじゃん。俺はブエナを口説くつもりなんて毛頭ない。ピサに対しては本気で口説いてるからセーフ。
『キュンキュンしないで。辱めないで』
『ところでタオルどうやって返せばいい? ピサ経由でも大丈夫?』
……あれ、返信がないな。予定を確認してくれているのだろうか。まぁ気長に待てばいいか。
「おいシンジ、愛しの彼女と楽しくLANEか?」
「うん、そう」
「かぁ~っ! リア充がコノヤロー!」
「うんー、そうだねー」
ピサじゃなくブエナとLANEしてるんだけどね。 でもバカ正直にそんなこと言ったら女に飢えた友人共にぶち殺されてしまう。非モテの僻みは醜い。まぁピザと出会うまでは俺もそっち側だったわけなんですが。
『明日、時間ありますか? 一緒に出かけたいです。その時にタオル返してくれると嬉しいです』
はへ? もしかしてデートのお誘いですか? ブエナと、俺が? いやいやいや、ないないない。きっと友達とお出かけするのに荷物持ちが必要だっただけだろう。
それに俺にはピサがいる。しかも両想いである。それなのに他の女の子とお出かけしてもいいのか。いや、許されない。
『ピサさんには許可をもらってますよ』
「はへ?」
はへ? ここはどこだろうか。昨日ブエナと出かける約束をして、集合時間と場所を決めて、友人と枕投げをして、就寝して、朝起きて少し不機嫌なピサと通話して、通話しながら洗顔と歯磨きをして、朝ご飯を食べて、ここに来てからの記憶がない。ピサとの初デートの時くらい緊張してるかもしれない。
「シンジさーん!」
「ブエナ」
嬉しそうな声を上げながら手を振るブエナが駆け寄ってくる。可愛いなぁ。可愛いけど、目立つからやめてほしい。あなた超有名なアイドルウマ娘ですよ?
「……とブエナのトレーナーさん?」
インタビューか何かでトレーナーさんの姿を見た記憶がある。チラッと見ただけだから顔までは覚えてないけど、多分あってるだろう。そのメイビーブエナトレさんも一緒にいる。保護者同伴のお出かけだろうか。
「うん、私のトレーナーさんだよ」
「この子が昨日言ってた?」
「うん、シンジさんだよ」
「おっぱい星人って噂の?」
「う、うん……そうみたい」
「あのー、その話どこまで広まってます」
「合宿に来てる子の半分くらいは知ってる……かも」
「終わった、俺の人生……」
俺はこれから先、トレセン学園の生徒からおっぱい星人だと一生蔑まれながら生きていくんだ……男は全員おっぱい星人なのに、どうして俺だけ……まぁいいか、ピサが好きでいてくれるなら他の人からどう思われようと別にいいや。あーでも俺のせいでピサまで悪く言われるのは嫌だなぁ。
「シンジさん元気出して! その……シンジさんがえっちな人でも私は大丈夫だから」
「あのあのあの、ブエナも人前でそんなこと言わないで。ブエナは有名人なんだから特に。あることないことSNSで書かれるよ」
「あ……シンジさんが悪く言われるのは嫌かも……気を付けるね」
「ぴぇー」
ここで自分じゃなく俺の心配をしてくれるなんて……きゅんとしてしまった。でもねブエナ、もう、遅いんだよ。そう遠くない未来に俺の悪名はトレセン学園中に広がるだろう。トレセン学園から東京に、日本に、世界に、そしていずれ俺の居場所はピサの隣以外なくなってしまうだろう。つまりピサがいる限り、俺には居場所があるということ。なんと素晴らしいことだろうか。
「じゃあブエナ、私はここで帰るから」
「え……ブエナのトレーナーさんは一緒じゃないんですか?」
「ブエナが君と2人でデートしたいって言うからね。でもいきなり2人は恥ずかしいから私にも来てくれって」
「お姉ちゃんっ!」
「ははは、じゃあそういうことで。シンジ君、ブエナのことよろしくね」
「あーはい。任せてください」
ブエナと2人きり? マズいんじゃないか? 当初の想定通りではあるのだが、思った以上にマズい。ブエナが良い子すぎてどうかしてしまいそうだ。端的に言えば惚れてしまいそう。
昨日は話のテーマがピサと俺の関係についてだったけど、多分今日は違う。ブエナ自身の話だったり、俺自身の話だったり……そうなったら俺はブエナに惹かれずにいられるだろうか。……俺、頑張る。俺はピサ一筋なんだ。
「……あ、タオル。返します。ちゃんと洗ってあるので」
「すぅ……柔軟剤の匂いがする……」
「あのー、なんでそうやって匂い嗅ぐんですか? ピサもそうだったけど。ウマ娘って皆匂いフェチなんですか?」
「匂い、フェチ?」
あー、フェチなんて余計な概念を教えてしまったかもしれない。ブエナ純粋そうだしな、フェチなんて概念知らないよな。
「気にしないでください。何でもないです」
「? んー、その匂いフェチというのはよく分からないけど、気になる人の匂いは気になっちゃうかも。ピサさんも同じなんじゃないかな」
「ふーん、へー」
これまで以上に匂いには気をつけよ。ピサにもブエナにも臭いなんて思われたくないし。"なんかイカ臭い"とか言われた日には自ら墓石を彫って土に埋まるしかない。
「私の匂い嗅ぐ?」
「嗅がない嗅がない」
人前でそんなことしたら即お縄だ。ピサを一人残すわけにはいかないし、ブエナってめっちゃいい匂いしそうだから理性ぶっ壊れそうだし。
「ピサさんの匂いは?」
「……嗅ぎたい、いつかは」
「……そろそろ行こっ」
ブエナはモチモチほっぺを少し膨らませ、俺の腕を引っ張る。ピサとブエナで対応が違うことに少し怒っているのだろう。でも仕方がない。ピサは同い年、ブエナは年下の中学生。しかもブエナとは出会ったばかり。しかも推し。クンカクンカしたいなんて思わない。
それはそれとして、とっととこの場を去るのは賛成だ。そろそろ周りからの視線が痛い。えっちな人だの、匂いを嗅ぐだの、人前でそんな話をしていたら当然視線も鋭くなる。ましてや相手がスターウマ娘のブエナだし。逃げるが勝ちだ。
やはりブエナは注目を浴びるらしい。普通に歩いているだけでも通行人にチラチラと視線を向けられた。GⅠで活躍してるから当然顔も知られているのだろう。そこで変装しようという話になったのだが……
「んふふ~」
ブエナに似合って変装にもよさそうな帽子をプレゼントしたらこんな感じになってしまった。上機嫌で可愛いね。きゅんとしちゃう。
最初はブエナのセンスに任せようとしたのだが、クソデカサングラスにマスク着用というむしろ目立ちそうな格好になりそうだったので当然却下。変装なんかちょっとした帽子でいいって誰かが言ってた気がするのでシンプルな帽子だけで変装してもらうことにした。いたずらに着けるものを増やしても、折角のブエナの可愛さが損なわれるし。帽子1つで意外と雰囲気が変わるものなんだなぁ。すれ違った程度ではブエナだと気づけなさそうだ。
「シンジさん、似合ってる?」
「似合ってますよ」
「可愛い?」
「……可愛い」
この子ヤバいなー。ピサと違った可愛さがある。嬉しそうにはにかむのとか、ピサがあまりしない表情だからなんだか新鮮だ。素直な子って可愛いよな。変装のためといえ、こんなに喜んでくれるとプレゼントしてよかったなって気持ちになる。隣の老夫婦も微笑ましそうにブエナを眺めている。
そういえばピサにプレゼントってしたことないよなー。何かプレゼントしたいなー。何がいいだろうか。指輪とか? いやその、結婚指輪とかじゃなくてね、普通のアクセサリーとしての指輪でね。そりゃいつかは結婚指輪もプレゼントしたいなーと思いますよ。でもまだ早いんですよ。だってまだ付き合ってすらいないし。求婚はもうしてるけど。
「……ところで」
「ん?」
「今日お出かけに俺を誘ったのはどういうつもりで?」
「んー、シンジさんのことが気になる、から?」
「ぴぇ」
「ピサさんと両思いなのは知ってるけど、まだ付き合ってないって聞いたから。"シンジさんとデートしてもいいですか?"ってピサさんに聞いたら"いいですよ"って言ってくれたし」
略奪しに来た、ということだろうか。闘争心というかなんというか……ウマ娘だからなのかな。好いてくれるのはもちろん嬉しいんだけどね、ブエナに対する向き合い方が分からないなーっていう。恋愛経験がなさすぎて、好かれる立場になった時の立ち振る舞いが全く分からないのである。
「……昨日出会ったばっかですよ?」
「でもシンジさんもピサさんと出会ってその日に好きになって、その日に求婚してるんだよね?」
「うーん、強烈なカウンターパンチ」
そうなんだよな。俺もピサに会ったその日に惚れてるんだよな。恋はハリケーンである、多分。
「心の底からピサさんを想ってて素敵だなーって」
「言ってたね」
「ピサさんと砂のお城を作ってる時なんてすっごく楽しそうに笑ってて、素敵な笑顔だなーって。崩れて悲しそうにしてるのも可愛いなーって」
「え、見てたの?」
「うん。見せつけるようにデートしてるなーって」
「そんなつもりはなかったけど……」
「膝枕してもらって幸せそうに寝てるところとか、ピサさん羨ましいなーって思いながら見てたんだ」
「……それってさ、んむっ」
ピサに恋してる俺に恋してるだけなんじゃ……と言いかけたところで口を塞がれる。もちろん指でね。こんなことされたことないからめっちゃドキドキする。
「分かってる。分かってるよ。もっとシンジさんのことを知って、気持ちを確かめるための今日だから」
「……あー、そういう、ね」
「ごめんね、私の我儘に付き合ってもらって」
「いいよ、俺だって……」
「え……も、もしかして私とお出かけしたかった、とか……?」
「いや、片思いの初デートにピサが付き合ってくれたなって、それを思い出しただけ」
「むぅー」
ポカポカと殴られる。可愛いけど痛い。でもこれでもかなり手加減をしている方だろう。ウマ娘のパワーを舐めてはいけない。人用のビーチバレーボールを一発で消し飛ばしてしまうパワーを持っているのだ。しかもピサ曰く本気のパワーではないらしい。俺ごとき簡単にねじ伏せられてしまう。
「……ほら、目的地着いたから降りますよ」
「むぅ~」
「シンジさん見て! ペンギンさん!」
「可愛いですね」
「ねっ、ペンギンさん可愛いね」
飼育員さんの後ろをトコトコ歩くペンギンも可愛いが、それを見てはしゃぐブエナも可愛い。でもはしゃいじゃう気持ちも分かる。水族館なんて久し振りに来たし。何年ぶりだろうか。
「いいなぁ、私の後ろも歩いてほしいなぁ」
「走って置いてかない?」
「もーっ、そんなことしないよっ!」
「だってウマ娘って走るの大好きじゃないですか」
「……シンジさんも走って置いてっちゃうよ?」
「園内は走らないでくださーい」
「もーっ!」
反応が良いからからかい甲斐がある。俺ってクソ野郎なのだろうか。まぁピサという両想いの相手がいて、その上でブエナと出かけているのだから、クソ野郎であることには違いはないのだろうけど。
「今からイルカショーらしいですけど見に行きます?」
「んー、シンジさんはどこか行きたいところある?」
「いっぱいあるけど、別に今すぐじゃなくていいかな」
「今からイルカショーなら、ちょうど人が少なくなるかなーって」
「あー、そっか、人が多いと身バレしちゃうか。有名人だし」
「それはいいんだけど」
「それはいいんだ」
「多分だけど、何人かにはバレちゃってそうだし」
「あー……」
ブエナってなんかオーラあるし仕方ないか。全員を騙すような変装をしてるわけでじゃないし。メンコも特徴的だから、ファンならば気づく人もいるだろう。まだ刺されてないだけ幸運かな。
「そうじゃなくてね、えーと……折角シンジさんと2人きりなんだから、人が少ない方が2人の時間を堪能できるかなー……って」
「ぴぇー」
「シンジさんってたまに変な声出すよね」
「ピサにときめいた時とかにね、ついつい出ちゃうんですよ」
「……私に、ピサさんと同じくらいときめいてくれてるってこと……?」
「んーまぁ……ん-……」
「なんでそんなに歯切れ悪いの?」
「いやー、認めちゃったら浮気にならないかなーって」
「浮気なんじゃないかな」
「なるかー、そうだよなー」
「でもピサさんはシンジさんのこと嫌いにならないと思うよ」
「それはそうだと思う。けどピサを悲しませちゃう。好きな人にはずっと隣で笑顔でいてほしいから。……あれ?」
あまりにも臭いことを言いすぎたせいか、ブエナがポカーンとしてしまった。気持ちは分かる。めっちゃ臭い。イケメンが言うならともかく、フツメンの俺なんかが言ってもなぁ……ピサは喜んでくれるだろうけど。
「……シンジさん、私水槽のトンネルに行きたい! 行こっ!」
「え、ちょ」
急に手を握られ心臓がバクバクする。ピサとすらまだちゃんと繋いだことがない。え、なんですかこれ。なにこれ。どういうこと。あれか、友達とただ手を繋ぐような感覚なのかな。ブエナまだ中学生だしね、可愛いとこあるね。
でもまぁ、ブエナの手から感じる熱さ、きっとそんなことではないんだろう。ブエナの体温が比較的高めという可能性もあるけど、きっとそういうことだろう。俺は鈍感ではない。
「ここで合ってるよね?」
「うん、ここだよ」
あれからブエナと手を繋いだり繋がなかったり、振り回したり振り回されたりしながら水族館デートを楽しんだ。結構楽しんじゃった。だって楽しかったんだもん。仕方がないじゃん。水族館も楽しかったし、ブエナと一緒にいるのも楽しかった。
お互いの宿泊先が近いこともあり、ブエナを宿まで送っている最中だ。トレセン学園の生徒、特にピサに見つからないかビクビクである。ブエナとデートすることは知られているのであまり関係はないのだが、それでもピサには見られたくない。
「今日はありがとう。すごく楽しかったよ」
「こちらこそ」
「……ピサさんと付き合ったら教えてね。それまでは私頑張るから」
何を頑張るのかなんて聞くまでもない。
「うん、まぁ……頑張って?」
「頑張るよ。負けないから。……じゃあまた明日ね」
「また明日」
……"また明日"? 特に気にせず分かれてしまったが、また明日ってどういうこと? 勝手にデートの予定入れられてる? 後でLANEで聞いておこう。
純愛だよね?