超・それが私たちの理由!   作:ゴータロー

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ーーそれは、まさしく天啓でした。

 いとゆかし。あな面白し。

 創造力こそ、このツクヨミでの力なのですから。

 ええ、庭の雛鳥は二羽で羽ばたくのです。

 二つの軌跡は奇跡となって、ただ未来へと巡った。

 そんな、物語。

 あなた、何をもって楽しまざらんや。



#1 『超・初出勤!』

 

 ある日ゲーミング宇宙人が目の前に現れたとして、あなたはどうする?

 

 正解はそう、何もしない。だ。

 

 未来を予想できる人なんかいない。

 踏み出した一歩に傷付くよりも、変わらないことに安堵する日々を無理矢理に飲み込んだ方が、ずっと幸せの期待値は高い。

 

 だって、そうだ。

 

 世界は、自分の望むリアクションをいつでも返してくれるわけではない。

 それに自分だって、世界が望むレスポンスを準備万端に用意しているはずがない。

 折り合いをつけて、生きていく。

 それが当たり前だ、当然だと考えて、耐え忍んだ先に勝ち取る未来こそ、人が生きると書いて人生なのだろう。

 私、酒寄彩葉はそう思っていた。

 あの夜、七色に輝く電柱の中で赤ん坊を手に取った時から、かぐやを部屋に連れた時から、そんな私の小さな人生計画は、ことごとく破綻していたのだった。

 

 

 

 

「彩葉ぁ〜♡おねがぁ〜い♡」

 

「泣き落としはもう通じないってば……!」

 金がない。ああ金がない。金がない。

 世の中ままならない、なんと便利な、言葉だろうか。

 私は冷房のついていない蒸し暑い部屋で、突如猫撫で声を上げ始めたかぐやにウザ絡みされていた。

「え〜、でもぉ……絶対映えるよ? 買えば買うだけヤチヨカップに近付いていくんだよ?」

「……買わないって。元手がないんだから……」

 私の返事に落胆したかぐやは、よくもそんなに変わるなと言うくらい、表情をくしゃくしゃに歪めて、折り畳まれた布団に突っ伏した。

 かぐやは、最近増えた同居人で、ゲーミング宇宙人だ。髪の色が変わったり、肌の色が変わったりする。

 あと、目を離すと背が伸びていたりする。

 もうなんだか、かんがえてもしかたがないので、あまりふかくかんがえないことにしている。

 

 それにしても、ワンルームのアパートは、女二人で暮らすには相当狭い。

 自分の荷物は、おそらく年頃の女子としては少ない方だと思う。

 しかし、かぐやが配信のためだと言って、あらゆるものを後先考えずに買ってしまうので、部屋の中は混沌としていた。

「よよよ……」

「オイまだ諦めてないだろ」

 寝転んだかぐやは、泣き真似をしつつ、顔を覆った指の間から、ちらちらと私を垣間見ていた。

 私は硬い椅子に座って、勉強机代わりのテーブルに参考書を広げる。

 時間がない、おお時間がない、時間がない。

「よく飽きないねー勉強……」

「飽きる飽きないとかじゃないから。インプット増やして、自然に解法が浮かんで出てくる過程を増やしてるだけ」

 いつの間にか、かぐやは立ち上がって私の手元を覗き込んでいる。

 この女、止まったらマグロみたいに死ぬのか?

「彩葉〜! 退屈すぎて死にそう〜!!」

 やっぱり死ぬんだ。

「夜にあんまり大声出さないでってば……」

 しかし、かぐやの気持ちも理解できないわけではない。

 ヤチヨカップ。限界女子高生の私のレゾンデートルと言っても差し支えない、仮想世界ツクヨミのゲームマスターたる、AIライバーの月見ヤチヨが、唐突に公表したイベント。

 その優勝者には、超有名人(人?)の彼女とコラボライブをする権利が与えられるというが……。

「それこそ奇跡、だよ」

「なにが?」

「なんでもない」

 私はかぐやを無視して、シャープペンシルを握る手元を動かした。

「ねぇ彩葉?」

「……なに?」

「やっぱ欲しい」

「あ゛ぁ?」

「食い気味にドス効いた声出されたぁ〜!」

 買って買って買ってと恥ずかしげもなく脚をバタつかせるかぐやを流石に無視できず、私は視線を床に落とした。

「誰かさんのおかげで、この家の家計は大変なことになってんの! わかるでしょ!」

「承知しておりますぅ〜……」

 かぐやは、思い立ってからの行動が早い。

 大したことのない物欲を容易く購入の導線に変えてしまう、現代のネットショッピングと、致命的に相性が悪い人物だ。

「ケータイ代に電気代、家賃に食費に学費に雑費! 最低限の身だしなみ費用! 私が緻密に計算してきたそれを、いっつもいっつもアンタはねぇ〜……!」

「ひっ、ひいいぃ〜っ! 彩葉が、女子高生がしちゃいけない顔してるぅ〜!」

 口に出したらムカついてきたので、私はかぐやに馬乗りになって、ふにふにと柔らかな両頬をゴムのように引き伸ばしてやった。

 ひゃめひぇ、ひゃめひぇ、とかぐやは私の手の中でもがいている。

「はぁ……やめた。かぐやの顔面捏ね回しても、通帳の残高が増えるわけじゃないし……」

「彩葉さぁ、急に冷静になるの。普通に怖いよー?」

 私は手を離し、過去の文豪のように、じっと自分の手のひらを見る。

 かぐやは赤くなった頬をさすっていた。

「まあ最悪、薄めのパンケーキ作ればいいしな……」

「ぬああぁーーーーっ!! あれはもうやだ! なんか緩慢な死の味がするんだもん! カブトムシの方がマシなモノ食べてるよ!!」

 結局、これではまるで勉強にもならない。

 私は部屋のフローリングに身を投げ出した。

「金、金、金かあ……」

 我ながら守銭奴のようだ。全てがそれに支配されるのは、さもしい考えではある、と思う。

 かぐやが横に寝転んで、私と同じように、蛍光灯の灯りに照らされた天井を見上げていた。

「まだ、気にしてる?」

「……いや、それはもういいよ。多分、かぐやは才能あるし」

 かぐやはヤチヨカップにエントリーするため、自らが勝手に購入した、配信用の器具のことを言っているのだった。

 私も最初は怒りを通り越して呆れたが、かぐやのころころ変わる表情と性格、キテレツな言動は、刺激に飢えた現代のネットに映えるものだった。

 それは、始めたてのライバーとしては十分すぎるほどのファン数の伸びと反応で、目に見える手応えとして示されている。

 もちろん一握りのトップ層とはまだ、比べるべくもない、が。

 それでも、かぐやは相当数の表現者が一度ハマってはなかなか抜け出せない、最初の呪いを易々と突破したように見えた。

「あ! いいこと思いついた」

「私寝るね」

「なんで聞いてくれないの!!」

「かぐやがそう言っていい話だったこと、全然ないじゃん……」

 私は部屋の電気を消した。

「彩葉のとこでバイトする!」

 私は部屋の電気を点けた。

「……はぁ?!」

「彩葉のとこで〜……バイトする!!」

「いや、聞こえてるよ。二回も言わなくていいから」

「だってそうすれば配信のネタにもなるし、お金も稼げて一石二鳥じゃん!」

 かぐやは腕を組んで、自信満々だ。

 あ、この流れは良くない。

 私から進んで断る理由が、ない。

「ねぇ彩葉……ダメかなぁ……?」

 かぐやがしっとりした上目遣いで私を見てくる。

「うっ……そう言っても、急にシフトに入れるかなんて……」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、私のスマホから賑やかな通知音が鳴った。

『酒寄さん夜にごめんね、明日欠員が出ちゃって……シフト調整できるようなら、至急連絡ください!』

 そして最悪のタイミングで、かぐやに今のメッセージを見られた。

「やりっ、最高のタイミングじゃぁん!」

 咄嗟の出来事に固まっている私が次の言葉を口にする間もなく、かぐやがバイト先の店長にメッセージを返信した。

『いとこも連れて行きます!!』

 にしし、とかぐやが楽しそうに笑っている。

 もうその表情を見れば、怒るに怒れない。

 悪意じゃないだけ、余計にタチが悪い。

「……はぁ〜……マジか……」

 私は大きなため息を吐く。

 かぐやがやらかして怒られることになったら、一緒に怒られよう。

 せめてヘルプに入る場所が、私の目の届くところであって欲しいのだが。

 

(また、かぐやを止められなかったな……)

 押しに弱いのかもしれない、私は。

 それとも、かぐやに弱いのか。

 

 

 

 

「え、私がキッチンですか?」

 

「ええ、酒寄さんはどこでもこなせそうだし……今日が初めてのかぐやさんには、ホールの方がいいでしょう?」

 翌日。私とかぐやは勤務先の飲食店を訪れていた。

 今はまだ開店前でお客さんの姿はないが、混雑時には、なかなかの忙しさになる。

 かぐやは初めて見る光景に、辺りを興味深そうに見回していた。

「私はいいですけど……」

「私もそれで大丈夫です!」

 どこから来るんだその自信は、とますます不安になった。そもそも生まれてこの方、かぐやは手を荒らして働いたこともないはずだ。

 それに、働くエリアが別れてしまえば、さりげなくフォローに入るのも難しい。キッチンからでは、ホールの様子を知る方法はないし。

「あのさ、妙に自信満々だけど、大丈夫なの?」

「ひひっ、大丈夫じゃない! でも、精一杯彩葉のために頑張るから!」

 私とかぐやは、更衣室の中で、小声で会話を交わす。

 彼女には、私の替えの制服を貸した。かぐやは家でも私の服を着回しており、服のサイズはほとんど把握している。

 私はキッチンに入るため、帽子とエプロンを身につけた。あまり馴染みはないが、業務の経験自体は何度かある。

 かぐやは店長から業務のレクチャーを受けている際、意外にも殊勝に聞いていた。

 気分はまるで、子どもの職場体験を見守る親になったようだった。

(いけない、いけない)

 かぐやを気にするだけではダメだ。

 慣れない仕事に入る時こそ、不慣れや油断からのミスが出やすい。

 私は頬を軽く叩いて気合を入れた。

 ふと、こちらを向いたかぐやと目が合う。

 彼女はばちこんと片目を瞑って、私にウインクした。

 シフトは数時間、なんとか乗り切れるだろうか。

 

 

 

 

「疲れたぁ〜……彩葉ぁ〜……癒してぇ……」

「……まあ、今日はかぐやも頑張ったもんね」

 帰宅した私は、水揚げされたタコのように、ふにゃふにゃになったかぐやを労った。

 許可した覚えもないのに、かぐやは私の膝の上に頭を預けて、寝転がっている。

 バイト中のかぐやは、所々の細かいミスはあったものの、初回にしては驚くほどそつなく務めを終えていた。

 彼女は、キッチンまでよく通る元気のいい声と、持ち前の愛想で、客やスタッフの目を良く惹いていた。

 流石に彼女は配信者なだけあって、物怖じしない性格のようだ。

 それに、失敗そのものを周囲が笑って許してしまうような……天性の愛嬌とでも呼ぶべきか、そんなものを持ち合わせていたようにも感じた。

 しかし、かぐやが元気だったのは勤務中だけで、店を一歩出た途端に彼女は張り詰めていた緊張の糸を失い、ぐだぐだになった。

 重い疲労感で足を止めそうになるかぐやを引きずって、私は部屋まで帰ってきたのである。

 かぐやは半日分の日給で得た数枚の紙幣を、ぼんやりした部屋の明かりに透かし見ていた。

「彩葉は、こんなに大変な思いをして、お金を稼いでたんだね……」

「ん……まあね」

 自分自身、お金を稼ぐ苦労と向き合ったのはさほど昔ではない。

 親元を出て一人暮らしを始め、自由を得た代わりに、自分の力で生きていく責任が生まれたこと。

 外した枷の重さと比較しても、決して楽だと言えるものではなかった。

「彩葉っ!」

「わっ、何?」

 かぐやは、がばりと身を起こした勢いで私の肩に腕を回し、眼前に端正な顔を寄せる。

 距離が近いし、なまじ顔がいいせいで、私はかぐやから目を逸らしてしまった。

「打ち上げしようよ!」

「いや私はしないけど」

「ぶえぇーーーっ!!?」

 私の返答にショックを受けたかぐやが、部屋の壁まで後ずさっていく。

 かぐやは日払いだからともかくとして、私は月給だから、月の合間にシフトを追加しても、今使えるお金が増えたわけではない。

 それに、使えば使うだけ、お金は減る。

「う、うぅ〜……でもさあ、私の初の給料だよ? どう? どう?」

「かぐやのお金なんだから……かぐやが使いたいことに使うならいいんじゃない?」

 かぐやは眉をひそめて私を見た。

 何か考えている顔だ。

「よ〜し、彩葉、じゃあ、私の奢りでなんかしようよ!」

「奢りって……」

 二人で使えば、半日分の給料なんてあっという間に無くなってしまう。

 それに、かぐやからの提案とはいえ、自分自身が他人に金銭で負担をかけるのは、少し気が重いのもあった。

 かぐやは私の内心を見透かしたらしい。

「彩葉、良くないこと考えてるでしょ。今日は彩葉のおかげで、初めてアルバイトができたんだから、私が彩葉のために使いたいの!」

「そこまで言われると……断るのも悪いか」

 元から気分の問題だけで、私にはメリットしかない提案だ。

 それに自分の時だって、初の給料が入った時には少し贅沢をしようと、外食に出かけた。

「でも、かぐやに全部出させるのは遠慮する。私も半分払うから」

「えっ……彩葉、無理しなくていいんだよ?」

 かぐやは冷や汗を浮かべて、動揺した様子だった。私の懐具合をよく知っているだけに、この提案が本当に信じられないのだろう。

「だって、かぐやがちゃんと働いてるところを見たらさ、なんか嬉しかったから。私だけ奢られるなんて、やだよ」

 私がツクヨミ内のゲームで得た収入、それにかぐやが配信で得た収入、それらは未だ微々たるものでしかない。

 私たちはまだ何も手に入れておらず、何者にもなれていない。

 

 だから、額に汗して、働いて収入を得る。

 夢のために。

 今日よりも明日、一歩でも前に進むために。

 

 私とかぐやは、ぎゃあぎゃあと、かしましく騒ぎながらも、なんとか日々を暮らしている。

 私自身の器量の小ささを、彼女の負い目にしたくはなかった。

「彩葉が……そう言うなら……」

 かぐやは納得してくれたようだ。ころりと表情を移り変わらせ、彼女は笑った。

 

「どうする、焼肉とか行く?」

「行かねーよ!!」

 

 とまあ、ここで終われば、ただのちょっと良いだけの話だった。

 その日の夜、かぐやが早速始めた配信の話題に、このことを出してしまうまでは……。

 

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