うーん……。
仕方、ないよねえ……。
相手が相手、だし……。
諦め切れるかと言うと……。
んんん……。
仲の良い友達、それは変わらないよね。
それでも良いんだ、たぶん。
でもなんだか、ほんのちょっぴり切ないような、そんな気持ちがするのです。
「彩葉、かぐやちゃん、やほ〜」
仕事中の私とかぐやに声をかけたのは、同級生の諫山真実だ。私たちは、またも店からヘルプを頼まれていたのだった。
彼女とこんな場所で会うのはあまりない。
「真実、ここ来るなんて珍しいね」
「そだね〜。かぐやちゃん、制服似合ってる〜」
真実は水を配膳した私に礼を伝える。今日は私とかぐやの二人とも、ホール勤務となっていた。
メニューは決めてあったという風に、注文を矢継ぎ早に繰り出す真実に、かぐやが慌てる。
グルメ系インフルエンサーの真実だけあって、彼女の注文は限定メニューや季節のスイーツをしっかり抑えていた。
かぐやはカウンターに、女子一人ではいささか重く見えるオーダーを伝えに行く。
「あっもしかして……この間の配信見たから?」
「そうそう。これは見ておかなきゃ〜、って」
私は照れ隠しに頰をかいた。
時間を選んで来店した真実の気遣いなのだろう。幸い、客は少なく、少し立ち止まって話すくらいなら問題なさそうだ。
「昨日のヤチヨの発表、見たでしょ?」
「……まあ、ね」
ツクヨミ内で突如発表されたのは、その名もずばり『ヤチヨのお料理対決!』と題されたイベントだった。
そのとき、ちょうどかぐやはASMRネタを探す配信中で、いつも通り、フォローのために自分も隣で配信画面を見ていた。
私たちは視聴者たちと一緒に、リアルの反応を返すこととなったのだ。
つまり、そのニュースを聞いて、たいそう驚いたのだった。
「こんな面白そうなの、ヤチヨカップ前に飛び付かなかったら嘘だもんね〜」
真実はバッグからスマホを取り出して、ニュース記事のタイムラインに目を通している。
「今日がバイトで良かったよ……朝からかぐやのテンションがずーっと高くてさ」
苦々しく口の端を歪める私の様子を見て、ふふっ、と真実は口を押さえて笑った。
「あんまり引き止めちゃ悪いし、今日夜、ツクヨミのいつものとこでいいかな?」
わかった、と私は真実に伝えその場を後にする。
振り返れば、かぐやが厨房から、スープ皿を二枚、トレーに載せて戻ってくるところだった。
「お料理部門と、リアクション部門〜!?」
私はついさっき発表されたヤチヨのお料理対決の概要を見て、大きな声を上げてしまった。
古都の川床を想起させる風雅な喫茶は、周囲もその話題で持ちきりだった。
「おぉ……! これはまさに超バズ勝負!!」
私とかぐや、真実と、同じく友人の綾紬芦花の四人で、机を囲んでいる。
喫茶といってもバーチャルだ。雰囲気だけで、さすがに味はない。
四人ともツクヨミの出で立ちなので、装いはファンタジーだ。
「ヤチヨの、新人ピックアップの応援企画なんだって〜。だから帝さまとか、大手は参加しないみたいだね〜」
真実が名を挙げたのは、ツクヨミのトップライバーだ。彼女は彼らのチームの熱狂的なファンでもある。
「二人はもちろん出るんでしょ?」
しどけない仕草で口を挟んできたのは芦花。美容系インフルエンサーだけあって、アバターの姿でもルックスは抜群だ。
「私は……」
「出る!!! やる!!」
「……だ、そうで」
かぐやはもう、今から何をしようか考えを巡らせるのに忙しいようだ。
すると、話していた私たちのもとに、手のひら大の小さなアバターに姿を変えたヤチヨが飛んできた。
私は息を呑む。
「ヤオヨロ〜、早速お料理対決の出場者の気配を感じたから、飛んできちゃったよ」
ヤチヨは管理AIなのもあり、さまざまな形でツクヨミのアバターたちと関わりを持っている。
そうは言っても、私の推し。
姿を変えていても、心の準備がないまま間近に見れば、息も詰まる。
かぐやはちびヤチヨを開いた両手のひらに乗せて、即座に伝えた。
「ヤチヨ! かぐやといろPチーム、参加でヨロ!」
「りょりょりょ〜。二人一組でエントリーね。彩葉とかぐやの、どっちがお料理担当?」
私とかぐやは顔を見合わせた。
その様子を、真実たち二人が見ている。
「かぐやちゃんって料理できるの?」
「彩葉は、なんでもできそうだけどさ」
む、とかぐやが頰を膨らませた。
「かぐやって、段取りはアレだけど、料理はうまいんだよね」
「ふふん!」
私がやんわりフォローすると、かぐやは自信ありげに胸を張る。
真実がへぇ、と小さな声で呟いた。
「でもさ、この料理対決って、結構考えていかないと埋もれちゃうと思うよ。ルール見た?」
「ん……ヤチヨ、説明頼める?」
イベントの概要が発表されてから間もないこともあり、私は流し見した程度だ。
かぐやはノリだけでなんとかしようとするから、このイベントでの飛躍を願うなら、そこはしっかり自分が押さえておくべきだろう。
「お料理対決は予選、決勝に分かれてるよ〜。予選で多くのインプレッションを集めた上位のチームが、決勝で一斉に勝負! 予選は投稿数の制限はナシ。でも、決勝は一発勝負で、入りのみんなと配信の評価で、けっかはっぴょう、だよ!」
「……実際に作れる料理じゃなくても良い、っていうのは?」
「予選はツクヨミの機能の中で勝負して、自由に創作してオッケー! 料理と言い張れるなら、見た目がなんでもオッケー! でも、味を想像してリアクションする人は大変かもね?」
ヤチヨは想定内の質問と言うように、すらすらと答える。
私は腕を組んで考え込んだ。
「この、役割の入れ替え可能って?」
「予選からずっと同じ役割だと、決勝でみんなが見た時の新鮮さが薄れちゃうでしょ? だからチームの判断で、決勝で料理役を入れ替えてもらっても構わないってことにしたんだ」
なるほどね、と私たち三人は頷いた。かぐやだけが、ヤチヨの説明をよくわかっていなさそうだ。
「えぇー、なんでそんなの気にするの? とにかく一番面白い配信をすればいいんでしょ?」
芦花は苦笑して、かぐやの頭をよしよしと撫でる。かぐやは心地良さそうにむずがった。
「かぐやちゃん、めっちゃプラス思考。確かにそうだけど、戦略的にバズを狙ってくる配信者もいるからね」
「予選で足切りされるようなら、そもそも埋もれちゃうし、かと言って全力で行けば、決勝でネタが陳腐化する、か」
私は芦花の言おうとしていることがわかった。結局のところ、配信を盛り上げるためには、予選を切り抜けるだけのプロデュース力が必須となる。
「ね? ヤッチョのこの企画、面白いでしょ?」
ちびヤチヨは目を細くして、にこにこと笑っている。彼女は電脳の世界の存在とは思えない、感情表現の豊かさを持っていた。
「それと、決勝は実食が必須だからね。ネタありき、バズありき、大いに結構! でも、リアクション役は体を張ってもらうよ〜」
決勝に残れたら、ちゃんと食べられるもので作るんだよ、とヤチヨは私たちに釘を刺す。
「まあ……爪痕残そうとする人、いそうだもんね〜」
真実がおかしそうに笑う。激辛激マズ……アーカイブ上に残してはいけないような、特級の呪物が注目を浴びる決勝の場で生成されてしまうのは、色々とマズいのだろう。
役割分担が決まったら教えてね、とヤチヨは私たちに言い残して飛び去っていった。
「私リアクション役がいい!」
「予選だけなら、そうなんだよねえ」
残された私たちは、戦略会議とは名ばかりのガールズトークに花を咲かせていた。
「でもそうすると、いろPが予選の料理作るってことでしょ? 彩葉は真面目で器用だけど、バズ狙いで思い切ったことをするなら、かぐやちゃんの方が向いてると思うんだ」
「うん、私もそう思う。かぐやちゃんの配信って何が起きるかわからないから、それを楽しみにしてるファンが多そうだし」
「かぐやの料理か……」
料理は上手いが高コスト。それがかぐやの料理だ。なんでもありのウケ狙いや料理のクオリティだけでは、継続したファンの導線を作るのは難しいかもしれない。
さらに現実的な話をすれば、いくら財布の中身があっても、配信のためと名目がつけば、無限に散財されてしまう恐れもある。
むしろその方があり得る未来かもしれない。
まあ、そもそも自分の財布の中身も、誇れるほどの重みはないのだが。
かぐやと目が合った。
「彩葉は、どっちがいいと思う?」
「すっっごく不安だけど……かぐやが料理担当、私がリアクションかな」
私以外の三人は驚いた表情をした。
「芦花と真実の言う通りだと思う。予選はバズり勝負で、私じゃ多分、スタートラインに立てない。それに、ヤチヨカップの残り時間は限られてる。少しでも面白い配信を残す方がいい」
かぐやがヤチヨの隣に並び立とうとした時、私は共感性羞恥で死にそうだった。
だけど、かぐやはひたむきで、最初からずっと本気だった。
本当に夢を持って、それを叶えようと足掻いていることが、否が応でもわかる。
四六時中もこのテンションに当てられ続ければ、苦手に感じていたゲーミング宇宙人にだって、ほだされてしまう。
「全力で行こう、かぐや。手伝うから」
「彩葉ぁ〜……!」
全身から喜びの感情を発散させたかぐやは、私に強く抱きついてきた。というか、ツクヨミの中だけじゃなくて、リアルでもかぐやに抱きつかれている。触れ合った肌の温かさでわかった。
「もう……離れて! 暑いから!」
芦花たち二人から見れば、私とかぐやが、じゃれ合っているようにしか見えないかもしれない。
体にしがみつくかぐやを、なんとか引き剥がして、私は二人に向き直った。
「二人も、何か意見があったら教えて欲しいな。真実、どう?」
「ん〜……うん。ほんとは彩葉を誘って、私も出ようかと思ってたんだけどねえ」
「え、あっ……」
私は動揺する。
真実は何を考えているのか、アバターの髪の毛の先を一房、細い指で掴んだ。
「かぐやちゃんに彩葉を取られちゃったから、私は全力で二人を応援するよ。芦花もそれでいいよね?」
「こんだけ、二人の仲の良さを見せつけられちゃうとねぇ」
二人は一瞬だけ視線を交わし、意地悪そうにけらけらと笑った。
私は急に居心地の悪さを感じる。
「なんか……ごめん。えっと……なんて言えばいいか……」
「彩葉? どうしたの?」
デリカシーのないやつだ、と私はかぐやに小さな怒りを覚えた。
「かぐやちゃんは〜……彩葉と幸せになるまで頑張らなきゃダメって話だよっ!」
「うぁ? え? どういうこと?」
「あんまりいじめないで、真実……ちょっと。ほんと、そんなんじゃないよ……」
頰が熱い。
私は、顔を赤くしているかもしれない。
これも全部かぐやが悪い。
そのはずなのだ。
反論に窮する私いじりは、それからしばらくの間、拷問のように長く続いた。
一夜明け、小さな食卓で朝食を囲んでいる時、作戦を練ろう、と私はかぐやに言った。
「昨日決めた通り、予選はかぐやが料理役。私がリアクション、それでいい?」
「もちろんであります!」
決勝は、その時になってから考えよう。
今は予選を生き残ることを精一杯考えなければ。
「と言っても、かぐやのアイデア頼みなところはあるけどね。面白いことがポンポン浮かぶわけでもないんだし」
「昨日包丁研ぐ音でASMR録ったよ」
「何やってんの???」
山姥か? 山姥なのか?
「リスナー面白がってたけど、寝る前に聞いたら悪夢見そうって言われた」
「ああ確かに、今日の包丁、やたらよく切れるなとは思ったけどさ……」
そんなもの、どこに需要があるんだ、昔話以外で。
「ねえ彩葉。私の料理、食べられるものじゃなくても、いい?」
「ツクヨミの中で作るってこと? まあいいんじゃない」
かぐやはもうすでに、アイデアを暖めていたらしい。流石の速さだった。
「最初はインパクト勝負でさ……ふひっ」
耳元に口を寄せて話すかぐやの提案を聞いた私は、手に持っていた箸を転げ落としそうになった。
よりによってそれを食ってもいいのか?
かぐやって名前なのに?
キツネの着ぐるみを着た私の目の前で、配信衣装に身を包んだかぐやが揚げ物をしている。
と言ってもここはツクヨミの中で、かぐやは仮想の料理スタジオ内で、料理している自分を演じているようなものだ。
「全体がきつね色に揚がったら塩を振って……完成っ! これで五品、全部揃ったよ!」
配信タイトルは……『五つの難題、料理してみた』。
もう何もかも全てが冒涜的だった。
なんでも物が揃うバーチャルならではの企画だが、これを聞いたら、難題を提示された五人の平安貴族は咽び泣くだろう。
ちなみに。さっきカラッと揚がったのが蓬莱の玉の枝だ。枝じゃん。それはもう、枝の素揚げじゃん。
そもそも、空想上のアイテムをどのように食レポしたらいいのか。私に対するとんでもない無茶振りと言えないこともない、そんな内容。
配信のコメント欄は、かぐやの横暴に笑いが絶えない記号や、宝物の扱いの雑さにドン引きする声が飛び交い、大盛り上がりだ。
「え、え〜……かぐやさん、それではメニューの発表をお願いします」
私はかぐやの配信内では元のアバターの姿を隠し、いろPと名乗っている。まあ、こんな時代でも、少しでも匿名性を残すための、自衛のようなものだ。
「はい! まずは前菜! 蓬莱の玉の枝のフリット!」
かぐやが腕を振ると、私の目の前に熱々の湯気を立てる、蓬莱の玉の枝を揚げたやつが置かれる。そこかしこで金銀に光る玉が美しい。
「……歯が欠けそう」
蓬莱の玉の枝は、真珠や金、銀の珠玉が成る根や枝なのだと言う。やっぱり枝じゃん。
「次が燕の子安貝のスープ! よくフーフーして食べてね!」
よく煮込まれた貝殻の入ったスープ皿。しっかりとした出汁が出ていそうだ。
「おお……これはなんか、いけそう……?」
「燕の子安貝は安産のお守りなんだって!」
「お守り煮込むな!!」
そう、この配信の狙いは、私がツッコミでかぐやの料理をぶった斬るオチ芸だ。
今回の料理対決の予選の難しさは、参加者の多さによるネタ被り、内容被りにある。
私たちは真実と芦花の助言も借りて、まずはファーストインパクトで抜きん出ることを意識したのだった。
「次は魚料理! 竜の首の珠のパスタ!」
「あ、えー……キャビア的な?」
私の目の前に、一抱えはあろうかと言う大皿に、富士山ほどはあろうかと山盛りにされたパスタが運ばれてくる。
その上には、魚卵と呼ぶにはあまりにも大きすぎる卵が、ふんだんにまぶされていた。
「食えるかー!!!」
かぐやからは料理のネタをいくつか事前に提供されたが、私を驚かせたいからと言う理由で、実物のモデルを見るのは今日が初めてだ。
かぐやは色々な意味で期待を裏切らなかった。
「えぇ〜……いろP、全然食べてくれないじゃん……」
「まともな料理が出てこないんでしょ?!」
コメント欄は、いつにも増して流れが早い。
掴みには成功しているようだ。
「もうちょっと食べられそうなやつ、ないの?」
次はフランス料理のコース通りなら肉料理。
彼女は何を提供してくるだろうか。
「ずはり、次の料理は火鼠の皮衣の油淋鶏風!」
「ゆっ……油淋鶏……ふふっ、くっ……」
着ぐるみで私の顔が隠れていて良かった。
鼠の皮と言ってるのに、鶏が使われるはずの料理が出てきたことと、さっきまでフランス料理だったはずなのに、いきなり中華料理が出てきたことで、私はとうとう耐えられずに吹き出してしまった。
案の定、かぐやの料理はコメント欄でも多国籍料理とか、食材偽装とか言った総ツッコミを受けている。
「え゛ぇ〜? 全部ちゃんと料理じゃん! みんなおかしいよ!」
私は、本人には真面目にやればやるほど面白いから、かぐやは全力でやれと伝えていた。
つまり、これがかぐやの普段のペースだ。
場が落ち着き、ついに最後の料理の順番となる。残された難題は、仏の御石の鉢。
どう考えても、そもそも食材ですらない。
果たしてかぐやの答えは。
「最後の料理は……仏の御石の鉢のホットケーキです!」
「は?」
私が口に出した言葉と同じ威圧的な反応が、コメント欄に並び始める。
かぐやは焦っていた。
「あ、あの。仏のね? ホットケー……やだ!! やめて!! 怒らないで!! ギリギリ罰当たりにならないように、これでも私頑張ったんだよ!!」
かぐやに最後まで言わせることなく、私は無言でホットケーキを食べた。
おそらくこの中で、一番まともな食事だった。