ズルい! ズルい! ズルい!
体があれば私だってハニトーが食べられたのに!
同じ月見として負けられない戦いがあったのに!
ヤッチョが考えたイベントに、後ろから不意打ちされた気分……。
あなかしこ……。
あと、一部の子からめっちゃ怒られ、いとかなし……。
だって美味しそうだったんだもん……二人の特製ハニトー……。
それから、嵐のような時間が始まった。
配信終了から一時間もしないうちに、私のバイト史上、見たことがないほどの長蛇の列ができて、私たちは営業時間を何時間も繰り上げて店をオープンした。
とにかくSNSの盛り上がりを見て、続々とやってくる列を何とかしなければならない。
制御できない客が溢れ出せば、周辺の店舗や施設にまで悪影響が出てしまう。
「列の折り返し作ってください! 最後尾の看板は段ボールに紙貼っただけでいいので!」
私は『大好評のため、本日ハニトー&ドリンクのみ!』と書かれたスタンド看板を店の外に設置する。もちろんSNSでも告知済みだ。しかし、どれだけこの店のキャパが耐えられるか。
店長は食材の確保を急ぎ、仕入れ先に電話をかけ続けていたため、私がスタッフ、そして遅れて合流した真実たちに指示を出すしかなかった。
制服を着た真実はテラスの注文取りに入ってもらう。芦花は帽子を被り、インカムをつけて列整理をお願いした。
キッチンは最初からフル稼働だ。オーブンを使う関係上、どんなに他を急いでもハニトーの提供は時間がかかる。
スマホを片手にやって来る客の流れがある限り、列は途切れない。
そう判断した私は、店長の了解を得た上で、ボトルネックとなるキッチンに、ロスが生じる覚悟でトーストを焼き続けてもらうよう頼んだ。
短時間では、デコレーションにムラが出ないよう、スタッフを教育し、指示するのは無理がある。
特に限定メニューの提供初日だ。オペレーションが混乱する可能性は高い。
一歩も動けなくなるとわかっていたが、ハニトーの仕上げの工程はかぐやに頼む他なかった。
かぐやはにひひと笑って、やってやんよー! と自分とキッチン内を奮い立たせた。
メニューはドリンク付き二千円のセットのみで会計先渡しに協力してもらった。来客も異常な混雑具合の迫力に呑まれていたので、どうにか理解してもらうことができた。
今のところ、大きな混乱はない。ハニトーを撮影し、食した客の反応も上々だ。幸い、限定メニューを提供することは関係先も知っていたため、比較的仕入れ在庫にも余裕があった。
それでも、一席あたりの提供時間から見て、時間あたりの限界となる席数を上回る、怒涛のような客の奔流を捌くのは不可能ということがはっきりした。
私は店長に相談し、来店目安時間を書いた整理券を配布することに決めた。
数百枚にもなるそれを配り終え、そこから後ろの列には、私と芦花が何度も頭を下げた。
私たちの対応が早かったのが幸いしたのだろう、ハニトーを食べられないことを残念がる客はいても、露骨に不満を漏らす客は少なかった。
最後の客を見送った時には、普段の営業終了時間を遥かに過ぎ、深夜の入りを回っていた。
高校生は普通、働けない時間だが、店の入り口から数百メートル伸びた列が相手では、遵法精神を可能な限り意識しても、これが限界だった。
例のハニトーを提供し続けたキッチンのスタッフ全員が疲労困憊となって、声も出さずに店内の席に座り込んでいる。
洪水。まさに人の洪水だった。店内、テラス席、相席依頼の全キャパで来店者を回していたにも関わらず、余裕で二桁は回転しているだろう。
「みんな、本当にお疲れ様。オーダー絞ってなかったら……秒で破綻してたね……」
顔に疲労を色濃く浮かべた店長が、休憩もろくに取れず、燃え尽きた灰のようになっているスタッフたちを労った。
私とかぐや、真実と芦花もへとへとになって机に突っ伏している。
働いている時はワーカーズハイで気にならなかったが、一度動きを止めると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「皆さん本当に……ありがとうございました。ご迷惑をおかけしてしまって……すみませんでした」
私は立ち上がり、全員に頭を下げる。
それが自分にできる、けじめだと思った。
それでも、全員が疲れた顔で笑っていた。
もはや笑うしかないほど、空前絶後の混み方だったのだ。
中にはヤチヨのことを知っているスタッフもいて、事故でしょこれはと、私を励ましてくれたりもした。
キッチンに閉じ込められ、ハニトー制作マシーンと化していたかぐやは、だいぶ前から魂が抜けて白目を剥いている。
私もかぐやも、自業自得と言えば、そうなのだが。
「ね……彩葉。エゴサしてみなよ。みんな、美味しかったって」
「トレンド一位おめでと。予選突破間違いなしだよ、これならさ」
真実と芦花がスマホを見せてくれる。かぐやのポストはひたすらインプレッションを伸ばし続け、一千万を超えていた。フォロワー数、配信の再生数も急上昇しており、私たちが見たことのない数字になっている。
私は一気に肩の力が抜けて、椅子に深く沈み込んだ。
明日のことを考えなきゃいけない、のに。
横に座るかぐやの体温の温もりで、私の意識はすぐに、深いまどろみに落ちていった。
目を覚ますと、自分のアパートの布団で寝ていた。隣ではかぐやの寝息が聞こえる。
辺りはまだ薄暗い。
足を動かすと、何か柔らかいものに当たる。上半身を起こしてそれを確認すると、足元で真実と芦花が雑魚寝していた。
思考が停止する。
私たちは部屋着や寝巻きに着替えてすらいない。部屋に着いた途端に服を着替える気力もなく、上着を脱ぎ捨てキャミソールに下着のまま、力尽きて倒れてしまったようだ。
なんともはや。
全くもって、全員年頃の女子とは思えないほどだらしなく、色気のない姿だった。
(そっか……タクシー、出してくれて……)
おぼろげに記憶が蘇ってくる。
流石に夜遅く、未成年を何もせずに帰すわけにはいかない。店長は申し訳なさそうにタクシーを呼んでくれたのだった。
意識朦朧とした私とかぐやを真実たちが部屋まで担ぎ込み、そこで全員が限界を迎えたらしい。
私は点滅するスマホを手に取った。メッセージが入っている。
店長からだった。
『酒寄さん、昨日は本当にお疲れ様。オペは系列店に応援を頼んだから、今日はゆっくり休んでね。しばらくは限定メニューも先着にするから、お客さんも何とかなると思う。かぐやちゃんと友達にもよろしくね』
『ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます』
私はスマホを枕元に置いた。
時刻は朝の七時前。みんな静かな寝息を立てている。起こすのも悪い気がした。
もう一度スマホを手に取って、かぐやの配信用アカウントを検索してみた。
『あなや〜! ヤッチョも月見ハニトー、絶対食べてみたかったな〜! 体があればな〜! 口惜しや〜!!』
ヤチヨのこの引用がきっかけで、昨日は大変な騒ぎになってしまったのだ。
私たちがヤチヨに認知されているのも含めて、人生で五本指に入るくらいの危機を感じた一瞬だった。ちなみにその中には、かぐやとの出会いも含まれている。
『限定の月見ハニトー美味かった! 病みつきになりそう!』
『醤油マジねーわと思ったけどかぐや天才かもしれん』
『ちょい高い』
『めちゃくちゃ可愛い子いなかった??』
様々な感想がSNSに上げられている。
私はじわじわと、体の内側から湧き出る喜びを実感してきた。
頰がにやける。
トレンド一位。料理対決の予選突破は間違いなしだ。
本当に、私たちを助けてくれた周囲の人たちには、いくら感謝してもし足りない。
不平も言わずに対応してくれたスタッフたち。ただ心配で駆けつけてくれた真実と芦花もそうだ。
かぐやと一緒に、きちんとお礼をしようと思った。
「んん……ぐわっ……チョコソースが……虹色に光ってる……」
かぐやは瞼の裏まで攻め込んだハニトーの影にうなされている。
「どんな夢見てんの……」
私は身を起こして、そっと掛け布団をかぐやたちにかけた。
乱雑に散らかった部屋の中。私たち四人が縮こまって寝ているのが、ひどくおかしかった。
多分起きたら、大騒ぎになるだろう。
でも、まあ、それもいいか。
「……おはよ、彩葉」
「芦花、起こしちゃったか。おはよう」
芦花は顔だけ私に向けてくる。寝起きでむくれてはいるが、やはり抜群に整った顔立ちだ。
「ううん、今起きたとこ。大変だったね」
「芦花と真実のおかげでなんとかなったよ。ほんと助かった」
二人はなし崩しで入った初のヘルプにも関わらず、持ち前のスキルだけで乗り切ってくれたのだ。さすがにフォロワー十万人単位のインフルエンサーだけあって、何をするにも肝が据わっている。
「ん〜……ま、いいものも撮れたしね〜」
芦花はスマホの画面を私に向けた。
そこに写っていたのは、店の椅子に寄りかかり、もたれあうように眠る、私とかぐやの姿だった。
私は急速に顔が熱くなるのを感じた。
「ちょっと……勝手に何撮ってんの……消してよ!」
「やだよー。家宝にしまーす」
芦花はスマホを手元に戻してしまった。
すると、すぐに彼女から画像付きのメッセージが送られてくる。
『こんなのもありまーす』
私たちの寝顔のアップだった。かぐやの口の端からは、よだれが垂れている。
「くっ……不覚すぎ……」
私は羞恥に耐えかね、枕に顔を埋めた。
芦花のくすくす笑う声が聞こえてくる。
「ね、彩葉、埋め合わせしてくれるって言ったよね。私と真実で昨日話したんだけど、今日って空いてる?」
「最近バイト増やしすぎたし、勉強しないとやばいかもだけど……」
「あー、そっかー。大ピンチを助けた彩葉の友達との約束より、大事な大事な勉強があるなら仕方ないかー」
「……空けます。何でもします」
誤解を招くから、あまりそういうことを軽々しく言わないほうがいいよ、と芦花は笑った。
「今のは冗談だけどさ。私たちは一旦帰るから、午後から全員で遊び行こうよ。料理対決もヤチヨカップも大事だけど、頑張ってる彩葉を労ってあげたいんだ」
ずっとこうしたかったんだけどね。なかなか言い出せなくってさ。
「で、でもそれじゃあ、私が芦花たちに何もしてあげられないよ……」
「いいんだよ、私たちがしたいの」
私は言葉に詰まった。
こんなにストレートな好意を向けられるのに、私は慣れていなかった。
よく見ると、芦花も目を逸らしている。
彼女も、照れているのか。
「……わかった。じゃ、エスコートよろしく」
「はぁ……そういうとこだよー、彩葉……」
芦花は目を細め、他にも何か言いたそうにしていた。
そうと決まれば。
芦花は薄着のまま勢いよく身を起こして、眠る二人の耳元で叫んだ。
「朝だぞー!!」