彩葉の寝顔の写真……。
やっぱ言われた通り消すか……?
でも二度と撮らせてくれないだろうし……。
もう写真立ても注文したし……。
かぐやちゃんとのツーショめっちゃ絵になる……。
それに、彩葉もこんなに油断してくれるっていうのが。
私も真実も、すっごく嬉しかったんだよ。
朝からお風呂に入って、洗濯機を回して朝ごはんを食べる。
歯を磨いて、顔を洗って、髪型を整えて、薄い化粧をして、出かける準備をする。
きっと私はまだ、ギリギリでも女の子らしくいられてる?
「彩葉ぁ〜、遅刻しちゃうよ〜?」
「メイクしなくても顔の作りがいいやつは、ほんとこれだ……」
「えぇ〜? 彩葉がそれ言うかなぁ……」
人前に出る準備ってもんがあるんだ、こっちには。
私は寝不足のクマを、百均のコンシーラーで誤魔化す。
それこそ常日頃からキラキラしてる一軍女子の芦花、真実とデートなんて、緊張しないわけがない。
「ツクヨミの中なら、こんなに苦労しないんだけどな……」
「うわ、彩葉が危ないこと言ってる」
泣き言を言っても始まらない。リアル、バーチャルはそれぞれ違いがあって、それぞれの作法があるのだ。
友人と肩を並べようとするなら、足並みを合わせられるくらい努力しなければ。
私はテーブルに置いた鏡を何度も見返し、変なところがないかを入念にチェックする。
実家にいた頃、子どもながらに、お母さんの化粧しているところを見ていて、本当に良かったと思う。
「……かぐや、変じゃない?」
「可愛い可愛い。いつもよりすっごく可愛いよー」
かぐやの感想は飄々としている。
まあ、いいか。かぐやなら嘘はつかないだろう。
私とかぐやは部屋を出て、二人との待ち合わせの場所に向かった。
「うわぁ、やっぱパンツスタイルも似合うよ彩葉。真実、写真撮って写真」
「もう撮ってるよ〜」
私とかぐやは、服のアウトレットの店内で芦花たちの着せ替え人形になっていた。何でもすると言った手前、断る選択肢も自由もない。
「え、めちゃカワじゃんこれ! ほしすぎる〜!!」
かぐやは真実にコーディネートされて、やたらにパステル調の色彩をした、フワフワな服装に着替えさせられていた。
ガーリー? フェミニン?
私がファッション方面に疎すぎて、その姿をどのように評すればいいのか、なかなか語彙が出てこない。
とにかく、フリフリのフワフワで、女の子らしい可愛い服だ、と言うのはわかる。
「彩葉も、もっと色々着てみればいいのに」
「それはそうだろうけどさ……そんなにわかんないよ、私は……学校、バイト、ツクヨミ以外はそこまで外に出ないし……」
「灰色の青春だねぇ」
何と言っても、最大の理由は金だが。
「彩葉、ちょっと来て。絶対これ似合うから!」
芦花に渡されたのはサングラス、丈の短いシャツ、ダメージジーンズ……。
「ヘソ見えるじゃんこれ!」
「それがいいんだよ。ほら、早く着替えて着替えて!」
芦花は私を試着室に追い立てた。
もう、何着を着回しているだろう。
あまりやりすぎれば、店員からストップが入りそうなものだが。
「あ、気にしなくていいよ。インフルエンサーやってますって言ったら、むしろお願いしますだって」
「インフルエンサーすげぇ!」
カーテンの向こうで、かぐやが仰天している声が聞こえた。
その後も女四人ぎゃいぎゃいと騒がしい撮影会のような時間は続き、芦花は私に試着させた服の中でも気に入った組み合わせのものを、自分用に購入していた。
どうして自分で試着しないんだろう……。
ようやく服屋から解放された私たちは、人通りの多いアーケード街を歩いていた。真実の提案で、軽食巡りをしたいのだそうだ。
「なんかさ〜、好きなことを発信して人に喜んでもらえるのはいいんだけど、たまに重くなるよねー」
「めっちゃわかる。良くも悪くも、バーチャルって現実に侵食してくるよね」
真実と芦花は共通の悩みを抱えていたようだ。
私とかぐやも思い当たることがある。
そもそも、昨日の騒動の発端は、ヤチヨの料理対決に起因するものと言っても過言ではない。
結果的には店長も喜び、店の売り上げも増え、様々なことに貢献したと言えばそうではある。それでも、多数の人を巻き込む騒ぎになったことは、言い逃れようがない。
「えー、でもそれがオモロなんじゃないの?」
「まあね。面白いから続けてるし、続けるから楽しくなってくるんだけどさ」
「私は楽しいほうが絶対いい! だから、真実と芦花たちは、すごい!」
かぐやが手放しの直球で褒めるので、二人とも頬を染めて照れくさそうにした。
私たちは露店でゲーミング色に輝くドリンクを買って、近くのベンチに並んで座った。
今日が給料日の後でよかったと、心から思う。この状況でケチケチしすぎるのは、自分の態度に問題すら感じてしまう。
それに、二人は何も言わずとも私とかぐやに気を遣ってくれているのだろう。デートコースを見て、私は勘づいてしまっていて、自分のしょうもなさに嫌気が差しそうだった。
ケミカルな味わいの飲料をストローで啜りながらも、私たちは喋り続けるのをやめなかった。
「それにしても惜しかったなぁ。彩葉の家の初お泊まりが、ただの雑魚寝で終わっちゃうなんて」
「そうだよ! やり直しを求めます!」
芦花、真実は腕を組んで深く考え込んでいる。
「ん……ちゃんとしたおもてなしができなくて、ごめん」
「うち、狭いしねえ」
「うっさ。誰のせい?」
私!
かぐやはからからと笑う。そこにイヤミはない。
彼女は、何にでも素直なだけだ。
「これはもう、また押しかけるしかないよねえ」
「四人でパジャマパーティーしようよ、パジャマパーティー!」
「するぅ!」
「家主、まだ何も言ってないけど」
三人とも、言っても何も聞かないなと私は思った。晩夏の空気がゆっくりと流れるのを感じられる、居心地のいい時間だった。
気付けば私も、ずっと笑っていた。
笑い続けていることに気付かなかった。
ただ、気の置けない仲間たちと、外でおしゃべりしているだけで楽しい。
甘ったるいクレープをかじり、一口、二口お裾分けして、誰が誰のを食べているかもわからなくなって。
考えること、色々あったはずなのに、長い陽がたそがれて、夕暮れになるまで、毒にも薬にもならない話を、ずっとだべっている。
「あははっーー」
「あのさーー」
楽しい。楽しい。楽しいーー!
私たち四人は、涙を流して笑った。
心が踊り出すのに任せて、延々とくだらない会話をした。
何が好きとか、授業のこととか、ツクヨミのこととか、好きな曲、美味しかったもの、気になった本……色々な話をした。
全然、気付けていなかったな。
私は、ずっと自分のことを全部自分で取り繕おうとして、小さな世界に引きこもっていたんだ。
芦花たちに頼るのが怖かったんじゃない。
自分を気にされるのが嫌だったんじゃない。
私は、ただ何も知らなかったんだ。
楽しい時間は対価の果てに得られるとか、責任を果たさなければ生きる資格を得られないとか、今この瞬間に比べればどうでもいい、そんな小さなことばかり、大事なもののように思ってしまっていたんだ。
「ねえ彩葉」
「ん?」
「やっと、いい感じに笑ってくれたね?」
「それ、言ってて恥ずかしくない?」
だいぶね、と芦花は笑って口元を押さえた。
私も声を上げて笑った。
かぐやと、真実もつられて笑う。
藍色の帷が穏やかに降りて、私たちを静かに包み込んでいく。
夜が来て、火照った顔を暗幕の下に隠せば、高揚したこの気持ちともお別れだ。
「……帰ろっか」
だからその言葉は、誰からともなく口にされた。きっと、全員が同じ想いを共有していたから。
「は〜あ、今日はもっとやりたいこと色々あったのになー……ちらっ」
「……今度は、私から誘うよ」
真実は大袈裟すぎるほど、飛び上がって喜んだ。
その言葉は本当にしたいと、私は強く思った。
帰り道、私とかぐやは都市の明かりで、星の見えない空を見上げて歩いていた。
「彩葉、楽しかった?」
「うん……すごく」
「私も楽しかった。すっごく」
「……かぐや、私さ」
ちょっとだけ、考え直してみるよ。
もっと、もう少しだけでも、やりたいことやろうって、やろうと思う自分になりたいって、かぐやと、芦花たちと過ごして思ったんだ。
「おお〜! めちゃいいじゃん! 彩葉がなんかレベルアップしてる!」
「ま……持って生まれた性格ばっかりは、なかなか治らないだろうけどさ」
「でも、それも彩葉でしょ? 私は彩葉のそーいうとこも好きだよ〜」
本当にかぐやは、惜しげもなく、恥ずかしいことを言うやつだ。
「はいはい、ありがと」
「あーっ! 信じてないな、これは……絶対彩葉に、私が彩葉を大好きなこと信じさせてやる……!」
かぐやは私の周りを、ぐるぐると子犬のように駆け回った。
「いまは……そうだ。かぐやの配信も、勉強も、バイトも、芦花たちと遊ぶのも、ヤチヨのファンも、全部、全力でやってみたい。どうなるかなんてわからないけど……すごく、そう思う」
「ふ〜ん……? 彩葉って、思ってたより欲張りなんだ」
「あ? そ、そう?」
私は見上げてくるかぐやと視線を合わせる。かぐやは普段のように、いたずらっぽく表情を崩していた。
「そう見えるなぁ〜。彩葉の顔みてたらわかるよ。本当に全部諦めてないもん」
「そんなもんかな……」
私はかぐやから視線を外した。
なんだか妙に気恥ずかしい。
「彩葉、ちょっと、変わったかもね」
「……そうだね」
本当に目まぐるしい二日間だった。
人生初の一千万バズを体験し、そのリスクとリターンをすぐに思い知らされたこと。
友人たちに、自分の見せたくなかった一面を晒し、知らず知らずのうちに肩に乗せていた重荷が一つ、霧散したこと。
案外、自分は単純なのかもしれないこと。
「……もう少し、みんなに頼るよ。かぐやにも、芦花たちにも」
「ふふん、彩葉に頼られるのが嬉しいんだからね、私たちは」
「……うん」
かぐやに言われるのは少し癪な部分もある。
でも、その通りなのかもしれない。
かぐやに振り回される私が、それを決して嫌なだけじゃないと思うように。
もし、芦花や真実が助けを求めるなら、私はなんでも投げ出して力になろうとするだろう。
空は相変わらず明るく、星は見えなかった。
しかし、人の思いが行き交う地上では、街の明かりが、ネオンが、満天の星空のように煌めいていた。