かぐや&いろPの自認古参ファンだけど……。
泣くよあんなの。無理だって。
最初の頃、二人でツクヨミの路上ライブとかしててさ……。
いつの間にか、こんな大きい舞台に立っちゃってさ……。
でも、二人はずっと変わってなかったんだ。
かぐやもいろPも、お互いがお互いをすっごく信頼してて。
私たちリスナーは、そういうの、すごくいいなって思ってたんだよ。
え、仕事の時間?
あ、はい。仕事はちゃんとやります……。忠犬なので……。
『さあ! 全組が揃いました! いよいよヤチヨのお料理対決、決勝が始まります! 出場者のみんな、オーディエンスのみんな、準備はいいかー!!?』
あっという間に決勝の当日になった。
オタ公が開会を宣言すると、超満員の観客から轟く地鳴りが、海嘯のようにツクヨミ中を揺らしていく。
大鳥居を囲むステージ中央の実況席には、オタ公、琴、そしてヤチヨの三人が立ち並んでいた。
決勝の参加は私たちを入れて、八組。
隠しきれない緊張に身を包んだもの、プロ意識高くファンサの笑顔を絶やさないもの、ただ不敵にその時を待つもの、様々だ。
『料理時間はすべてのスピードが速い今らしく一時間! ロスタイムは無しだ! 間に合わなければ配信即終了! サムいエンドは無しにしてくれよ!』
琴は改めてルールを簡潔に説明する。
最強の料理、最高のリアクションで、最も多く観客と視聴者の支持ーーつまり、得票を得たものが勝者となる。
チャンネル登録者数の多寡だけでは、ガチの勝負結果はわからない。
同時視聴では、いかにして観衆の視線と聴覚を奪う時間が長いか、それが勝負を決める。
おそらく全員、調理時間の一時間をフルに使った作戦を考えているだろう。
『それではヤチヨ! 開始の合図を頼むよ!!』
私とかぐやは、真正面に立つヤチヨを強く見据えた。彼女も私たちの挑戦を受け止めるかのように、期待に満ちた眼差しで、真っ直ぐに見返してくる。
横から、かぐやの視線を感じた。
「いま、ヤチヨに見惚れてた?」
「ううん、大丈夫だよ。かぐや」
もう、怖気付かない。
私はかぐやと絶対にーー勝つ!!
『ヤチヨのお料理対決! 決勝戦の〜……スタート!!』
料理漫画よろしく、開始のドラの大音声が鳴り響く。
各参加者は、一斉にそれぞれの配信を開始した。
『さて! 早速予選一位のかぐや&いろPの配信から見ていきましょう! おっと、これは……?!』
『我々が見たことのないキッチンが映されている!? もしかすると自室生配信か……?!』
現実の私はカメラに向けて、咳払いした。
緊張で声が震えないように、慎重に声を絞り出す。
「り、料理担当の。いろPで〜す……よろしくお願いします……」
束の間の静寂、そして。
『いろPが喋ったああああああ!!??』
私がカメラに向けて手を振ると、会場は悲鳴と大きなどよめきに包まれた。
絶対男だと思ってたのに、と驚く声もある。
スマコンでお料理対決の配信を見ているかぐやが、両腕を広げて大きなマル印を作った。
作戦は一つ。
できることを全部やろう、だ。
かぐやの雰囲気から、スタートの盛り上げには成功したように見えた。
いろPと縫い付けられたエプロンを付けた私は、小さなキッチンを最大限使って、オムライスの食材を並べていく。
勝負はここからだ。
決勝開始前、私たちは特別な準備を行うよりも、部屋を片付け、掃除するのに必死になっていた。
一時的にでもかぐやの食事を撮影するエリアと、私が料理をするエリアを確保しなければならない。
隠しきれないあれやこれは、無地のシーツを張って誤魔化すことにした。
料理用スタジオを借りる手もあったが、かぐやが、この部屋で配信したいと言ったのでこうなった。
初めてのご飯を食べるのだから、初めての配信をした場所にこだわりたい、と。
そして最も重要なのは、配信用カメラの画角に問題がないか、確認することだった。
芦花と真実にお願いし、テスト用配信の中でバミりを入念にチェックする。
ただでさえ1Kの部屋は狭いのに、バミりも何もあったものではないが、事前準備は必要だ。
そう、この配信では私もカメラに映る。
顔は隠すが、よく知っている人なら、画面に映るいろPの正体に気付くかもしれない。
全ては、かぐやと、私たちのためだ。
料理の絵で興味を惹けないなら、今まで切らなかった切り札を出していくしかない。
それが私とかぐやの至った結論。
いろPの中の人を、お披露目すること。
その作戦が吉と出るか凶と出るかーー悩んでいても、仕方がない。
私たちは前だけを見て、全速力で進むしかないのだ。
「でも、彩葉とかぐやちゃん、思い切った作戦に出たよね」
「彩葉が前に出るくらい、本気なんだよ……やっぱりこの二人、運命的だね」
真実と芦花はかぐや&いろPと文字が書かれた応援用のうちわを持って、私たちの部屋の隅にいる。
二人はスマコンを着用して、ツクヨミの会場でも同様にして見ている。
ライブビューイングしながら、現実の演者たちを同時生視聴するのは、どんな感情の発露なのだろう。
私がそれを尋ねたところ、二人は一番近くで応援したいから、と揃って答えた。
二人には散々お世話になっているし、生放送でトラブった時のことを考えれば、ヘルプに入ってもらえる人数がいてくれるのは、それだけでありがたい。
「いろP頑張れ〜♡」
「かぐやちゃんがお腹を空かせて待ってるよ〜♡」
ただしその代わり、めちゃくちゃ気が散る。
リラックスリラックス、と真実は私に言った。
今は参加者の平等のため、実況は別の配信者を注目している。
もちろん私たちの熱心なファンはこの窓を追っているだろうから油断はできないが、真実の言う通り、過度に集中しすぎるのも良くない。
配信はエンタメ。見てくれる人の、心に残る中身でなければ。
「うわぁ。あれ美味しそう……」
「やっぱ決勝だし、派手なとこが多いね。いろPの登場で掴みは決まったけど、他は王道にすごい料理で攻めてきてる!」
私たちの作戦は、どちらかと言えば弱者の奇策だ。
役割交代で意外性を演出し、あえて落ち着いた画面を見せることで、他の参加者との対比を狙う。
準備中、私たちの考えを説明した時、手伝いに来ていたインフルエンサーの真実と芦花は、この作戦の一定の有効性を認識していた。
「かぐやちゃんの予選の戦い方を見れば、ほとんどのところは、絶対に埋もれないように、目立つ料理を出してくるはずだよ。だからこそ、彩葉のオムライスが気になる人はいるはず。参加者たちも、絶対裏があると勘繰ってくる」
「それに、見た目やクオリティを求めるとコストが鰻登りになっちゃうからねー。そこで二人が勝負しなかったのは、賢い選択だよ」
豪華な食材、最新の設備、卓越した技術。
料理配信ってさ、そういうのも重要だけど、一番大事なのは、見てる人が共感できるかどうかなんだ、と真実は言った。
「すごくなくても、派手じゃなくても、隣で美味しそうに食べてくれる人を見てるだけで、人間って幸せな気持ちになるでしょ? この決勝はエンタメだけど、やっぱりみんなが一番求めてるのはご馳走じゃなくて、作る人と食べた人の反応……んー、愛情なんだよね。だからすごく、二人に向いてる舞台だと思うよ」
私はぎくりとした。
「そう、愛情! かぐやも彩葉もお互い大好き! だから、見てる人がいっぱい幸せになれる料理で、私たちが勝てる!!」
止められなかった。
私は顔から火が出そうになる。
「ちょっ……かぐや……」
わざわざ二人の前で言わなくても。
かぐやの告白を聞いた芦花と真実は、気持ちよく、そして愉快そうに笑った。
「そうだよね! あーあー! 失恋したよ失恋! かぐやちゃんのバーカバーカ!」
「これは私たちの負け確ですなぁ。かぐやちゃんに白旗を上げるしかないよ」
鈍感な私だって、二人から示される感情が、ただの親愛によるものだけじゃないとは気付いていた。
芦花が見せる空元気も、真実が見せる時折の儚さも、それは友人の心が、少しだけ遠くに離れてしまった諦めから生まれたものだったのだ。
彼女たちは今までの関係から、潔く身を引こうとしている。
それを、かぐやは許さなかった。
「え。私、芦花と真実も大好きだよ? この四人が揃えば、絶対最強だよ!」
芦花と真実がぴしっと固まった。
二人にとっては、想定もしていなかった言葉だったらしい。
私は、かぐやならそう言うだろうなと思っていた。
ふわふわと浮ついた空気に耐えられず、頰を朱に染めた芦花は額に手を当てて、そっぽを向いてしまった。
「ほんっと魔性の女だなあ……」
「彩葉ぁ、浮気されてるよこれ。いいの?」
真実も耳まで顔を真っ赤にして、もじもじとしている。
「浮気も何も……私とかぐやは一緒の部屋に暮らして、配信はしてるけど、付き合ってるわけでも結婚してるわけでもないし。変わらないよ、今までと」
別にいいんじゃないの、と私は言った。
好き好き言われて複雑な感情にならないわけではないが、かぐや自身は、私たちの事情を殊更に難解にしたいわけではない。
三人黙り込んで、妙な空気になってしまう。
無理矢理でも口を開いたのは芦花だった。
「よ、よしっ! 今はとりあえずこのことは……保留! 決勝終わってから考えよう!」
「そ、そうだね。ひとまず、準備をちゃんとしなきゃ!」
二人は頭から今の出来事を追い出すかのように、部屋の隅に無地のシーツを掛け始めた。
大事な決勝前、こんな話で時間を潰したのは、ツクヨミのどこを探しても、私たちくらいだろう。
「待って! 三人ともこのポーズで勝とうよ! 仲良しで勝ち確のやつぅ!」
かぐやが二本指を立てて前に差し出す。
その狙いを悟り、苦笑した私もそれに応えて、指先を前に出した。
「真似すればいいの?」
「なんだ、これ」
芦花と真実も同じように、二本の指を伸ばした。
私たちが並べた指先は、まるで四葉のクローバーのように広がる。
私とかぐやは両サイドから、彼女たちの指先に自分の指先をちゅっちゅっと合わせて、唖然としたままの二人の手をとって、きゅっと握りしめた。
「……うわ、無理無理無理、照れくさくて死んじゃう」
「彩葉……かぐやちゃん……わああ……」
二人とも空いたほうの手で顔を隠し、体を震わせて逃げ出しそうになっている。もう遅い。
「よっしゃあー! 勝つぞー!!」
そうして、かぐやを除く三人は、人生に禍根を残すほどの大火傷を負いながら、決勝の舞台に立つこととなったのだった。
『さあ! 配信も終盤です! 続々と料理が完成しているようだ!』
『配信者たちの画面はカラフルだけど、かぐや&いろPはどこからどう見ても普通のオムライスだ! シンプルさで勝負か?! 果たして、その作戦は上手く行くのか!!』
残り五分。
オムライスそのものは、前にも私が作った通り、さほど時間がかかる料理ではない。
玉ねぎやにんじん、鶏肉などの食材を切って、ご飯を合わせて炒め、味付けは塩胡椒、ケチャップ、粉末の鶏ガラスープで済ませる。
本格的なものを作りたいのではない。
これはかぐやのためだけに作る、私のオムライスなのだ。
この料理の一番の見せ場は、最後、薄焼きの玉子を乗せた上に、私が何を書くか、だ。
かぐやの名前。シンプルだ。最初はそれにしようと思った。
デビュー記念日? 配信には映えるだろう。
可愛らしいイラストや、デザイン。迷えば迷うほど、何もかもが良さそうに感じてくる。
私は真美の言葉を思い出した。
「ーーそっか」
決めた。何を書くか。
よりにもよってこんな時に。
みんなが見ているカメラの前で、私はかぐやに、この言葉を伝えるんだ。
『終〜了〜〜!! 皆さん、料理を終了してください!』
『料理が冷めてしまう前に、早速リアクション対決に移行するよ! まずは予選一位のかぐや&いろP! 準備はいいか!?』
私は完成したてのオムライスを持って、かぐやが待つテーブルに向かう。
書いたばかりの文字が崩れないように、慎重に歩みを進める。
『さあ! いよいよ実食です!』
リアクションに備えていたかぐやの表情がぱっと太陽のように輝き、食卓に置かれたオムライスの文字を目にした途端、ぽかんと口を開けたまま、作り物でない大粒の涙がかぐやの瞳に浮かんだ。
『いつもありがとう』
そこに私は、ケチャップで九つの文字を書き足す。
『これからもよろしく』
「ほら、食べて」
私は、オムライスと私を交互に見続けるかぐやを促した。かぐやは配信のことを忘れ、ほとんど素のようになってしまっている。
かぐやは震える手でスプーンを握り、零れ落ちる涙を拭おうともせず、オムライスを一口、ぱくりと食べた。
そこに大袈裟なリアクションはなく、静かに一口、次の一口を涙を流しながら食べていく。
ただ無言で、はらはらと涙をこぼしながらオムライスを食べるだけの、異様な配信。
しかし、観客も、実況も、誰も声を発さなかった。
一言のざわめきすら立たない。
あのかぐやが、破天荒に元気で、周囲に絶え間ない笑いを振り撒くライバーが、子どものように無心でオムライスを食べ続けている。
誰もが、その表情で分かった。
かぐやの心からのリアクションが今、世界に届いているのだと。
人の心を何よりも感動させ、大きく突き動かすもの。
それは、見たもの全てに届く、本物の気持ちだ。
私はかぐやの様子を、じっと見ていた。
かぐやは時折私に頷いて、表情を無理矢理笑顔に変えて、崩れた泣き笑いをしながら、オムライスを綺麗に食べ切った。
『そ、それでは。かぐや、感想をーー』
「いろP〜〜〜っ!!!」
かぐやは弾丸のような速さで配信画面からフレームアウトし、私に一直線に突進してきた。
「ぐあっ!!」
かぐやの頭部で腹部を圧迫された私は、潰れたカエルのような情けない声を上げる。
「美味しかった! 今まで食べたやつで一番! いろPが一番最初に作ってくれたオムライスと同じなのに! 同じ味なのに、もっともっとすごかった! それに、それに……わ、うわあぁ、わあぁぁ〜ん……!!」
私は芦花と真実の方を見た。マイクが入っているか、確認をするためだ。
彼女たちは指でハンドサインを作って、配信が続いていることを私に教えた。
「嬉しかった! 嬉しかった! 嬉しかったよぅ……! いろPにありがとうって感謝しないといけないのは私もなのに! 迷惑ばっかりかけてるかもしれないって、思ってたのに! う、うぅっ……びえぇぇ〜!!」
号泣するかぐやをこのままにすれば、大事故もいいところだ。私は配信用カメラに向けて謝罪し、少しだけ涙声で、自分たちの配信の中断をお願いした。
やりすぎたかもしれない。
でも、悔いはない。
「かぐや、ほら。まだ終わってない。ちゃんと終わらせよう」
「ううう……うん……ありがと、彩葉。私、すごい顔してるね」
かぐやは芦花から渡されたティッシュで涙を拭い、鼻をかんだ。
かぐやはカメラの前に座り、配信を再開する。私たちを心配する実況の二人は、さぞ肝が冷えたことだろう。
「……はいっ! お騒がせしました! いろP特製オムライスは、ご覧いただいた通り、最高の味でした! かぐやが暴走しちゃってごめんね? 皆さーん、ありがとうございました!」
かぐやの目は隠し切れないほどに赤かったが、精一杯のライバー意識を振り絞り、それ以上の涙は見せなかった。
私たちはリアルの配信を切り、スマコンをつけて、ツクヨミ内で決勝のステージに合流する。
正直言えば感情の振れ幅が大きすぎて、もはや料理対決どころの気分ではなかったが、私もかぐやも、この場所に立っている責任を果たさなければならない。
私たちはファンの期待と、ここに残れなかった参加者たちの代表として、堂々としている必要があった。
「うぅ……うくっ……ひぐっ……」
私の耳に、芦花の籠った泣き声が届く。
私はかぐやと、そして芦花と、彼女の肩を抱く真美にも手を伸ばして、四人で手を繋いでその時を待った。