殺意に目覚めた夜島学郎   作:あばなたらたやた

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二話:邂逅②

 

 屋上への扉を通ると、そこは部室のような一室があった。

 

「私は封印されていてね、この部屋から出られないんだよ」

 

 学郎はその説明を思考の片隅に留め、机の向かいへ腰を下ろした。

 鵺が取り出したのは、卓上のカードゲームだった。緊迫した状況に似つかわしくない遊戯に首を傾げつつも、学郎は拒まなかった。

 乾いたカードの音が響く。

 

「つまり……貴方は最上位の幻妖で、この学校に封印されている。身動きが取れない一方、集まってくる雑魚の処理が追いつかないため、俺に協力を求めている。……この認識で合っていますか?」

 

 事実だけを整列し、確認する。

 人の善意も悪意も、まずは構造へ分解し、意図の確認するのはコミュニケーションを計る大切なことだから。

 

「うん、完璧! 君の力を借りたいんだ。さっきのを見たけど、すごい力だ」

 

 鵺は手放しに明るく頷いた。頼もしい助っ人を見つけ、心から喜んでいるような顔だ

 

「分かりました。引き受けます」

「……え?」

「具体的に何をすればいいですか?」

 

 迷いのない即答。鵺はカードを叩く手を止め、目を丸くした。

 

「おや、即決なのは嬉しいけど、何も聞かずに受けるのは不用心すぎないかい? 私は幻妖なんだ。 君たち人間にとっては討伐対象だし、私が嘘をついてるかもしれない。依頼が人間にとって正しいことだという保証だって、ない」

「はい」

「……どうして即決するのかな。リスクがあるのに」

「裏切られたら、その時点で貴方を始末します。俺は元々一人で戦ってきたので、協力が得られなくても問題ありません。ですが協力があれば、その分救える人が増える。なら、利用できるものは利用すべきです」

 

 一息つき、淡々と続ける。

 

「誰かを守ることに、相手の力や種族は関係ありません。強いから守るのではない。守る必要があるから守るんです。できるならやる。できないなら、できるようになるまで自分を鍛える。それだけです」

 

 高潔な美徳と、狂気的な独善。

 誰かを救うことに見返りも条件も求めず、大義のために己を無制限に消費していく思想。

 鵺は笑顔を崩さないまま、瞳の奥に深い真剣さを宿らせて目の前の人間を見つめた。

 

「確かに凄い覚悟だ。でも君は基礎的な『才能』という意味ではほぼゼロに近い。これは知っているね?」

「そうなんですか?」

「おっと、普通なら落ち込んだり反論するんだけどなー。じゃあ君は自分の能力をどう考えてるいるんだい? さっき幻妖を吹き飛ばした力だってそう。私を殺すために溜めているエネルギーだって……何をどうすれば、そこまでの出力が出るのかな」

「気合いと根性です」

「……は?」

「気合いと根性で幻妖を殺し尽くし、技術と精神と肉体を鍛え上げた結果です」

 

 落ちてくる沈黙。

 鵺は口を開きかけ、そのまま言葉を失った。学郎に冗談の色はない。自分が踏み越えてきた地獄を、客観的事実として述べている。

 

「本当に? 気合いと根性かあ……」

 

 やがて、鵺は小さく吹き出した。そこには嘲笑ではなく、狂気じみた努力を重ねてきた少年への、深い感嘆が混ざっていた。

 才能が足りないなら時間を削ればいい。

 肉体が耐えられないなら破綻するまで鍛えればいい。

 それでも足りないなら、壊れかけのまま戦えばいい。

 

 極限まで研ぎ澄まされ狂気の王道。だからこそ、決定的な欠落があった。

 『自分自身の価値』

 彼にとって己の肉体は、命ではなく誰かを守るための道具に過ぎない。

 

「精神力をエネルギーへ変えるのは肉体への負担が大きいよ」

「今の戦闘法は効率が悪い。より長く戦うための代替手段があるなら、ぜひ学びたいです」

 

 手段を使い潰すことと、大切にすることの違いを、彼はまだ知らない。

 鵺は目元を柔らかく細め、諭すような声で言った。

 

「頑張ったんだね」

「……はい?」

「君はずっと頑張ってきたとわかる。才能がないと言われても、身体が悲鳴を上げても……誰かを守るために、自分にできることを積み重ねてきた」

 

 鵺は穏やかに微笑んだ。

 

「みんなを守ってくれて、ありがとう」

 

 ありがとう。たったそれだけの言葉が、学郎の胸奥を激しく揺さぶった。息が詰まり、心拍が跳ね上がる。学郎は思わず視線を泳がせた。

 これまでも感謝されたことはあった。

 

 だが、この動揺は何だ?

 

 感謝されようと罵られようとやるべきことは変わらない。それが自分の信念だったはずだ。だが、鵺の言葉が認めたのは、学郎の戦果ではなく彼自身の苦闘だった。

 

 何人救ったかでも、どれだけ強いかでもない。

 ただ「頑張った」のだと。

 正義も、理想も、自らを縛る責務も、かつて一度として彼にそんな言葉をかけはしなかった。

 彼が知っていたのは前へ進む方法だけで、労われることなど一度たりとも無かった。

 

「……意外です」

「何が?」

「自分が……こんな言葉で動揺するとは思いませんでした」

 

 学郎は己の手を見つめた。拳を握り、悪意を打ち砕き、血に塗れてきた手。だが温もりを受け取る方法を、その手は知らない。

 

 鵺は答えを急かさず、静かに次のカードを卓に置いた。

 

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