「そういやおぬしは弟子、もう取らんのか?」
「最近はめぼしいのがおらんのだ。おぬしこそずっと取ってないじゃろうが」
「はっはっは!それがのう……なんと!二人もできちゃった、孫弟子」
「なにぃ?!」
「いいじゃろ〜」
──このジジイ、最初に襲いかかってきたヤツとは違う。
体に叩きつけられる圧に、思わず拳を握り込む。
そもそも、いきなりニセモノとか言いがかりをつけて喧嘩を売ってきたのは、もっと若いヤツだった。
ブルマを襲ってた奴等よりは断然強いものの、どこか型にハマった動き。
攻撃パターンを読んで、上空からガラ空きの脇腹に一発。そこからなし崩しに勝てた。
だがこの老人は違う。
「門下生を倒せたのはまぐれではなさそうじゃが……さて」
上空に避けたところまではよかった。なんならそれで終わると思った。
地球人は飛べないはず
飛んでいるわたしの頭上に影がかかる。顔を向ける前に、もう腕が届く距離にいる。
避ける間もなく、地に叩き落とされる。
「うっ……と、飛べるヤツがいるなんて、聞いてない……!!」
「こっちの台詞じゃ!うちの秘伝を誰に聞いた?」
「ヒデンだとかリュウハだとか、なんなの?!知らないって言ってるだろ!!」
起き上がりざまに、飛んできた膝蹴りを逆立ちして避ける。
そしてそのままカウンターを決めようと体を捻った先で、老人のつま先が地を抉る。
「なッ──」
避けたつもりの膝蹴りは、初めから狙いが違った。地面を薙いだ爪先が、そのまま乾いた土をまとめて跳ね上げる。
瞼を閉じる間もなかった。
視界が茶色く染まる。
「ッ目、が……!!」
思わず飛び退いて目を抑える。
瞼の裏にあるざらついた感触──しかし悠長に目元の砂を取る暇など、与えてくれはしない。
ゾッとするほどの殺気が肌を突き刺す。
迫りくる死の予感に体が震える。
心臓が痛いくらいドキドキして、思わず……思わず、笑みが溢れた。
「……ふ、あははっ」
「む、恐怖でおかしくなったか?」
「怖い?違う……むしろ、有難いくらいだッ!」
目が塞がれた分、はっきり
本能の赴くままに体を捻った。
肩が熱くなる。掠めただけなのに、こんなに痛い。
でも、致命傷じゃない。まだ、戦える。
「ほう?」
驚いたような声。だが構わず、迫る気配の、殺気の輪郭だけを頼りに躱し続ける。
そうだ。戦いってこうだった。
生きるか死ぬか。殺意をぶつけ合って、強いものが生き残る。
こんなの、日常だったはずだろう?
やがて息が上がり、汗が流れ──視界が晴れる。
「っは、なんだ、目、なくても意外と、なんとかなるじゃん」
殺気が、気配が、教えてくれる。
やっぱり気の感知を覚えたのは間違いじゃなかった!
なんなら、パオズ山でじいさんの攻撃を受けてる時の方が、殺気がない分避けるのが難しかったくらいだ。
これなら、きっと──そう、浮かれた時だった。
「なるほどな。ならば、普段通りにやるか」
サングラスの向こう側で、老人の目が細まる。
次の瞬間。
纏っていた圧が、消えた。
「──は?」
殺気が、ない。
さっきまで肌にべったりと張り付いていたはずのそれが、跡形もなく消え失せている。なのに、体は止まらない。腕は、まるで最初からそこにあったかのように音もなく振るわれ、首を掠める。
当たらなかった、が。
運良く視界に映ってたから動けたようなものだった。
汗が噴き出す。
……読めない。
いや、それだけじゃない。 今、目が使えなかったら。さっきみたいにまた砂を蹴られたら。
そう思った途端、背筋が凍った。
だから、老人の足がわずかに沈んだ瞬間、迷わず地を蹴って距離を取った。
「させるかッ!!」
かわす。とにかく、あの足払いだけは食らうわけにいかない。
外からエネルギー弾で仕留める!
「ぶっ飛べ……!!」
「ほほう、警戒したか」
老人が愉快そうに笑う。そのまま指先を、すう、とこちらへ一直線に伸ばした。
「──どどん波」
指先から伸びる、拍子抜けするほど細い一筋の光。
なんだ、この程度ならエネルギー弾で向かい打てば……。
そう侮りかけ、ふと気を探ってゾッとした。
たしかに細い。だが、込められた気が尋常じゃない……!
「くっ、そ!」
間一髪で撃つのをやめて体を捻り、避ける。 糸のような光線は後方の岩山を、音もなく貫通した。抉れた岩肌が、ボロボロと崩れ落ちる。
あのまま迎え撃ってたら……思わず息を吐く。
だが、その一瞬の安堵がまずかった。
視界の外、目に見えない位置。 殺気の欠片もなく、足音もなく。
ただ、掌が、そこにある。
「──かはッ」
気づいた時には体が浮いていた。
遅れて衝撃。
内臓ごと押し潰されるような一撃に、息が詰まる。声も出せず、ただ体だけが宙を舞う。
地面に叩きつけられる感触すら、遠い。
視界が白く霞んでいく。
……負けた。
その事実だけが、やけにはっきりと胸に落ちる。
薄れゆく意識の向こうで、しわがれた声がどこか楽しげに響いた。
「なかなか、悪くない。よし、お前は今日から鶴仙流だ。亀のやつ、見ておれ……!!」
ツ、ル?
なんの話だ、と問い返す前に、意識はぷつりと途切れた。
◇◇◇
こっそり。
周囲を伺いながら、抜き足差し足、服の山が積み重なる川辺を離れていく。
……意識を失った、あの後。
数分とたたずに水をぶっかけられて起こされたわたしに、老人は二択を迫った。
『弟子になるか、死ぬか』
ふざけるな、そう怒鳴り返したつもりだった。
実際に出たのは、掠れた呻き声だけ。
攻撃をまともに受けた直後の体では、言い返す気力すら残っていない。
舌打ちだけが虚しく響いた。
どう考えてもこちらは拒絶しているというのに、あのクソジジイ、何をどう勘違いしたのか。翌日には、当たり前のように弟子として朝から晩まで稽古と雑用を強制してきたのだ。
抵抗するたび指導指導指導、おかげであざや擦り傷が絶えない。
稽古はともかく、戦闘員のわたしがなぜ
憤慨しながら川を後にしかけたその時。
微かな風切音にハッと身を引けば、鼻先スレスレを洗濯板が吹っ飛んでいった。
「な、にしやがる陰険クソジジイッ!!!」
「洗濯をサボってないかたまにきてやれば、師に対する礼儀がなっとらんなこのクソガキ!!一本くらい折っておくか?」
「何が師だ!ツルっぱげ云々なんぞならないっての。雑用もごめんだね!」
「つるっ…?!鶴仙流じゃバカタレ!!」
「だれがバカだって?!」
叫びながら放った蹴りは、あっさりと躱される。反動で流れた胴体へ、鋭い肘打ちが容赦なく突き刺さる。
やはり速い。もしかしたらこの老人、パオズ山のじいさんより──。
「ぐぅっ」
よろめいたところに軸足を引っ掛けられ、勢いのまま地面に突っ込む。
息をつく間もなく、背中に重みが乗った。
「ほれみろ。こんな初歩的な手に引っかかるバカではないか」
「ッ、くそ…… !!!」
「少し気を感じ取れるからと慢心しとるからじゃ。せっかくの舞空術も、まったく活かせておらん」
うつ伏せのまま地面を殴りつける。土埃が舞って、口の中がざらついた。
脇腹があつい。汗が土と混ざって、あちこちの擦り傷にしみた。
チッ。あばら、ヒビ入ったかな。
「おぬしは亀仙人の孫弟子たちを打ち負かすのだぞ。そんな弱くてどうする!!」
「誰だよカメっぱ……カメセンニン!!」
「あやつはカメっぱげでよい」
ようやく、背中から重さが消えた。
起き上がる気力もなく仰向けに転がり、老人を睨みつける。
「好きで弱いんじゃ、ない……!」
さっき見せられたばかりだ。あんな足払いすらわからなかった。
パオズ山での鍛錬で、気の感知はそこそこ身についた。動きだってこの星に来た頃よりずっと見えるし、動ける。
でも、実戦が足りない。
命をかけるような戦闘から、いつの間にか遠ざかっていた。
殺されないのが、当たり前になっていた。
同族に見られたら
……このままじゃ、わたしはダメになる。
「さて、そろそろ朝飯時か。昨日のようなつまらん丸焼きは許さんぞ」
「勝手にちまいコース料理とやらでも食べにいけ!なんでわたしが、そんなことまでしなきゃならないんだ?!」
「負け犬の遠吠えがうるさいのう。ほれ、洗濯も早うやれ」
「く、くっそぉ……!!」
泥水に塗れた布を鷲掴みにして、力任せに岩へ叩きつける。ばしゃんと水が跳ねた。
濡れた岩の向こうに視線をやる。
去りゆく老人の背中が、遠い。
今は敵わなくとも──そのうち必ず、わたしが勝つ。
◇◇◇
食卓に、うまそうな食事と得体の知れない物体が並んでいる。
丸焼きは許さん、と陰険クソジジイがうるさいので。
パオズ山でじいさんがやっていたのを思い出し、竈門のそばにあるありとあらゆる瓶の中身を突っ込んで煮た。
エリート候補のわたしが手がけた素晴らしい料理。出来上がったのが、目の前の物体Xだ。
これまでにない複雑な味。
しょっぱくて張り付くような甘さで痛いくらい辛くて渋い……つまり、ゲロマズだった。
おかしい。確かじいさんもこんな感じのことしてたんだけど。
首を傾げていれば、毒殺を図るなら相手を選べ!!とゲンコツを食らった。まったく、毒だのなんだの失礼なジジイだ。
痛む頭部をさすりながら、軍用レーションの方が遥かにマシと言える物体Xを噛みちぎる。
向かい側で、ドン引きしながら自分だけうまそうな焼き魚を手にした老人が、ふと思い出したように口を開く。
「そういやおぬし、親は?」
「は、親?急に何」
「警察云々と言われたら後々面倒じゃろうが。で、どうなんじゃ」
「ケーサツ?よくわからないけど……どっかの星だよ」
少し考え、空を指差して答える。
いつもどこか攻めてる人たちで、あまりよく知らない。だがまあ、どうせ今もこの空のどこかにいるはずだ。
「星、か。既にいないならば手を回す必要はないのう」
「はぁ……?本当にここは変な文化が多いな」
嘆息しながら食事に戻ろうと皿を掴み……ふと思いついて、物体Xを持ち上げる。
「あ、ほら。細かいこと気にせずオカワリ食べなよ」
「ああ──ってコレおぬしが作ったゲテモノじゃろうが!!自分で何とかせい!」
「食べあきた。代わりにそっち貰ってあげるから」
「いらんわ!!本気でそれが対価になると思っとるのか?!!」