悟空の背丈が伸び悩んできた頃。
腕の通信機が、久々に音をたてた。
《直ったわよ。取りに来て》
スカウターが、ついに。
ついに、直ってしまった。
◇◇◇
はるか上空、青一色の空を切るように飛んでいく。
《目的地に到着しました》
腕の通信機が告げるまま、目下を見下ろす。
度々ここを訪れ、気配の多さには少しは慣れてきたがまだ鬱陶しい。やはり薬を飲んできた方が良かったかもしれない。
空の上からでも感じる人の蠢き具合に眉間を押さえ、深く息を吸ってから急降下する。
ツルセンリューの襲撃みたいなことがまた起きてはたまらない。
ブルマの気を探り、一番近い窓から素早く入り込んだ。
「あのねぇ、うちの入口は窓じゃないんだけど」
「こっちの方が楽だからいいじゃん。それで、スカウターは?」
「何のために玄関があると思ってんのよまったく……はい、もう電源入るから」
作業机の上に置かれた、馴染みのあるスカウター。
修理の詳しい話は、ほとんど聞いていない。
いや、聞かなかった。
文字の読み方を教えてからは、専門的なことはブルマに任せきり。酔い止めのテストに付き合うくらいのものだ。
「あたし、席外すわね」
「え、なんで?」
ブルマの声に、思わず顔を上げる。
「別にそこにいれば?変なところあったら聞くし」
「あんたがそれで良いなら、一緒にいるけど……本当に、いいのね」
「いいって。そんな気にするようなことじゃないし」
渋るブルマをよそに、スカウターの前に足を踏み出す。
一呼吸置いて、冷んやりとしたスカウターを耳元に装着した。
操作感覚を思い出しながら、起動する。
画面に映る通知は数件。何年も前の日付だ。
──結局、あれからずっと連絡なかったんだ。
まだ、強くなって見返せてないのだから仕方ない。
わたしが戦闘力を感じ取れるようになったことだって叔父は知らない。
仕方ないんだ。
ぐっと手を握り込み、古いものからメッセージを開封する。
惑星ベジータを出てからそう経ってない頃。
移動用の長期睡眠に入ってからすぐの日付だ。たしか……《足手纏い》と、書いてあったやつ。
そっと開封して、手が止まった。
《“──これからフリーザに反乱するから、足手纏いのお前は地球に送った。反乱が終わったら追う”》
読み終わるとともに、次々に開いていく。
《“フリーザのやつ、俺たちの計画に勘付いてやがった。ちょっと手こずりそうだ。到着は遅めに設定してあるが先についたとしても下手に動くな。遭難するぞ”》
《“まさか、悪い虫共を弾くために張ったプロテクターがこんな形で役立つとは。間違ってもいじるなよ。念のため、探知されないようデータベースからお前の記録を消しておく”》
《“やつら、俺たちを滅ぼすつもりだ。ベジータ王が殺された。惑星ベジータも危ない。帰ってくるな”》
《“生き延びろよ、メイズ”》
無機質な電子音が止む。
しばらく、メッセージをなぞって。
ふと、画面が暗くなり我に返った。そうだ、ちゃんと直ってるってブルマに教えてやらないと。
いつのまにか握りしめていた拳を開き、振り向く。
ブルマは、珍しく神妙な顔をしていた。
そんなに修理できたか不安だったのだろうか。
「ちゃんとなおってたよ。叔父さんからのメッセージ、全部……足手纏いだから捨てられたのかと思ってたけど。違ったね」
「そう──って、なにその勘違い?!何でそんなことに?!」
「え、いや仕方ないじゃん。データボロボロでほとんど読めなかったし、身近じゃ足手纏いは要らんとか言ってる人ザラだったからさ」
「厳しすぎるわよ、あんたの知り合い」
どんな環境にいたの、とブルマが嘆息する。
普通の惑星ベジータだよ。ああでも、大半は他の星に遠征してたし一概に普通の環境とも言いきれないか?
ブルマのため息が落ち、部屋が静まり返る。
……うん。なんか妙に疲れたし、もうやることやったから帰ろうかな。
スカウターが直ってすっかり用済みとなった腕の通信機を外し、ブルマに一言かけようとした時。
ハッとなにか思い出したかのようにブルマがこちらを見た。
「……そうだ。念のためメイズにも伝えておくけど、その、スカウター?いくつか変なアクセスが来てたのよ」
「変なアクセス?」
「
「ふーん……ありがと」
……迷惑めーる?
よくわからないが、叔父のメッセージにあった悪い虫ってやつだろう。
弾かれてるなら別に気にしなくていいか。
叔父がいたら分析でも──あ、そうか。
もう、いないんだっけ。
ブルマが静かに口を開いた。
「……ねえ。雨降りそうだし、今日はもう帰りなさいよ。あたしじゃダメそうだから」
「?ああ。うん」
もともと帰るつもりだったので、促されるまま席を立つ。
青く滲んだ空を見上げて、首を傾げる。
雨が降りそう、なんて。
変なの。
今日は、雲ひとつないのに。
◇◇◇
「ただいま」
「おかえ……どうした?メイズ」
いつものように帰ると、こちらを向いた途端にじいさんの顔が真剣味を帯びる。
周囲に変な気はないし、何かおかしいところでも──あ。
「スカウターか。これ、ここに来た時に悟空に壊されたの、直してもらったんだよ。そんなことより、悟空は?」
「……夕飯の肉を獲りにいったぞ。何か急ぎの用でもあったんか」
「いや、別に。故郷滅びてたからここの侵略は保留だって伝えとこうと思って」
「ほ、滅びた?!侵略?!」
呆気に取られ、空の蒸籠を取り落とすじいさん。
そういや、この星にきた理由……言ってなかったっけ?
考えてみれば、侵略相手にわざわざ言うことでもない。
まあ、今となっては侵略も何もないけど。
「元々、わたしや悟空はこの星を滅ぼして売るのが仕事だったんだよ。あいにく故郷が先に滅んでたけどね」
「そ、れは」
「さっき直ったスカウターのメッセージ見て知ったんだけどさ、参っちゃうよね。何年も無駄にしちゃったな」
「メイズ、お主……」
じいさんは何か言いかけたものの、わたしの顔をちらりと見て、口をつぐむ。
そうして、目を閉じ一息ついてから、静かにこちらを見据えた。
「無駄では、ない。それだけ言っておくぞ」
「いいや、無駄だよ。叔父さんも仲間たちも悟空の親だって、もうみんないないんだから」
まっすぐ見返せば、じいさんは困ったように眉を下げた。
難儀じゃのうと小さくこぼしながら、皺だらけの手で落とした蒸籠を拾い上げる。
と、次の瞬間。急に顔色を変えた。
「ま、まて、それを悟空にも伝えるんか?」
頷くと、頭を抱えるじいさん。
急に何だ?
うっすらと汗を垂らしながら、じいさんが重々しく口を開く。
「その、な。悟空は、たぶん覚えとらんぞ……」
「……は?」
「悟空を拾ってからすぐに、あやつは崖から落ちてすっかり性格が変わってしまったんじゃ。そのあと確認したら、親のことも全く記憶にないようじゃったから、おそらく」
「おそらくって、なに。え?記憶喪失ってこと?そんなの聞いてないんだけど!?」
どうすんだそれ。
二人して頭を抱えた。
覚えてないなら言う必要ないのか?いやでも故郷滅んでるし……多分、悟空の親も一緒に。
な、悩ましい……。
そんなことを思案しているうちに、タイミングがいいのか悪いのか、悟空の気配がぐんぐん近づいてきた。
扉が勢いよく開き、小さな影が飛び込んでくる。
いつもの、じいさんによく似た締まりのない表情。
「獲ってきたぞ、ただいま〜!あれ、ねぇちゃん帰ってきてたんか。じいちゃんと二人で頭抱えてどうしたんだ?」
「ご、悟空……おまえ、惑星ベジータって知ってる?」
「なんだそれ、うまいんか?」
「じゃ、じゃあサイヤ人はもちろんわかるよな?!」
「さい……?よくわかんねぇけど、そんな顔すんなよ」
ダメだった。かけらほども覚えていない。
がっくりと項垂れるわたしを、悟空がキョトンとした顔で覗き込んでくる。
サイヤ人ならもっとシャキッとした顔をしろ……!
「く、くそ!!何でそんな面倒なことになってんだよお前、思い出せーーーッ!!!」
「わ、なんだ?!やめ、肉が落ちちまうって」
「落としとけそんなもん!なんならもう一度崖から落としてやろうか?!」
「やめんかメイズ!落ち着け!!」
じいさんに羽交い締めにされながら、悟空を見る。
背が伸びなくなってしばらく経つ。
もう、赤子じゃない。
──もう、星を滅ぼせる年頃だ。
ほんとは、スカウターが直ったら、この星を侵攻し始めるつもりだった。
じいさんに殺されるほど弱くはなくなったし、悟空もある程度一人で動ける。
それでスカウターまで直ってしまったら、もう滅ぼさないでいる理由がみつからなかった。
この数年間の生活は、終わらせるつもりだった。
でも。
全部違った。全部遅かった。
生き延びろって、何をすれば。
◇◇◇
エイジ746。
月が満ちる。
初めてその姿を見たのも、こんな晩だった。
まったく。毎月毎月、あれほどじいさんがバケモンが出るから外に出るなって言い含めてたのに。
ちょうど雨が上がったタイミングで出た挙句、月を見るんだから。
「悟空のやつ、意識を保てないんだったら、もっと遠くで変身しろよ……寝床が壊れるだろ!!」
「ウォォォォオオオオ……!!」
返答ともつかない雄叫びが、ぬかるむ大地に吸い込まれていく。
──リベンジマッチだ。
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