方向音痴のサイヤ人   作:米

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13. 望月のころ

雄叫びで空気が震える。

 

湿った空気を吹き飛ばすような咆哮。

大きく振るわれた腕の一振りで、岩山が砕け散る。

夜闇の中、月光に照らされ鋭く光る赤い瞳。

 

 

──あのちっぽけな悟空が、これになるんだから。

何度見ても、やっぱり大猿化っていいなあ。

 

 

飛び退いて拳をかわしながら、血が沸々と湧き立つのを感じる。

憧れの姿。

今ならわたしも空を見上げれば同じ姿になれる。薬もまだ残ってる。

 

比べるまでもなく、大猿化した悟空はわたしの何倍も大きい。

このまま戦うのは少々手間だし、それならこちらも大猿化すればいい。

大猿化は戦闘力が跳ね上がるし、同じ条件ならば、そんな時間をかけずに勝てると思う。

 

「……それで、いいのか?」

 

歯を食いしばりながら、四肢に力を巡らせる。

 

この星に来た日。

負けたのは、大猿のわたしじゃない。

 

変身して勝ったところで、それはリベンジにはなり得ない。

 

爪先で地面を掴み、振り下ろされる拳の隙間を縫うように潜り込む。

 

腹に拳を叩き込む。

鈍い衝撃が腕を駆け上がった。だが、大猿の巨体はかすかに震えるだけ。

 

「くっそ、全然動かない!」

 

普通に攻撃するんじゃダメだ。

一点集中で、隙を狙わなければ。

 

「ウォォオオ……!!」

 

苛立ったような唸り声と共に、太い尻尾が地を薙ぐ。

跳んで避けたところに、追い打ちで振るわれた腕が空を切った。

 

一撃一撃は正直、そこまで速くない。

振り切った腕を戻すまでには隙がある。理性がないぶん、動きも単純で読みやすい。

 

だが、大猿の腕も尻尾も、ただ振るだけで周囲をまとめて薙ぎ払ってしまう。

そしてその巨体は、周りにあるものなどまるで気にしていない。

 

「あっ、ばか!!それわたしのポッド……あーー!!」

 

ただでさえ壊れかけていたポッドが、真後ろで轟音と共にひしゃげて水たまりに突っ込んだ。

どうせ役に立つことはもうないとはいえ、複雑な気持ちで思わず肩を落とす。

 

もう、こんなこだわりは捨てて大猿化しちゃおうか。

そんな考えが頭をよぎった、その時。

 

「悟空?!月を見たんかっ」

 

木々の隙間から、驚愕したような、聞き覚えのある声が響く。

 

目を凝らせば、ちょうど、大猿の足が向かう先にじいさんの姿があった。

避けようと身動ぎ、ずるりとぬかるみに足を取られる老人が嫌にはっきり見える。

 

「──じいさん!!」

 

考えるより先に地を蹴っていた。

大猿の足が大きな影を作り、じいさんめがけて降りていく。

重なるか否かというところで膨れ上がる気を足一本に集中させ、体重もパワーも全て載せて、大猿の膝に蹴り込んだ。

 

「ど、けぇッ!!」

 

大木を押すような感触が、脛から全身に突き抜けた。足の骨がかすかに軋む。

だが、狙い通りわずかに体勢は崩れた。振り下ろされかけていた足が、じいさんの頭上を素通りし、代わりに真横の林を丸ごと潰す。

 

「し、死んだかと思った……なにやってんのじいさん!!」

 

肩で息をしながら、ズン、と地を揺らして大猿が足を着ける音を背に聞く。

じいさんが、ふう、と息をついてこちらを見た。

 

「すまんな。助かった」

「助かったじゃない!!あんなの避けれただろ、呑気にするなよ。殺されかけてたじゃん!」

「いや、近頃、たまにうまく力が入らんことがあってのう……それに悟空には殺す気はなかろうよ。あれは、ただわからんだけじゃ」

「同じだよ、当たったら潰れるんだから!くそ、せっかくリベンジしてたのに。邪魔しないでよ」

 

顔に飛んだ泥を拭って悟空に向き直る。

勘弁して欲しい。こんなんじゃ気が散ってまともに戦えやしない。

 

「……観戦するならもっと邪魔にならないところにして」

「ふふ……ああ、そうじゃな。くれぐれも、無理はするでないぞ」

 

飛び立つ間際に背後へと言い残せば、場違いな程に穏やかな声が返ってきた。

こ、このおとぼけジジイ……本当にわかってるのか?怪しいところだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

水たまりに映る月が、地響きと共に掻き消える。

 

それからどれくらい拳を交わしただろうか。

幾度も拳を弾かれ、大猿の攻撃を避け、服ももうボロボロだ。大振りだから避けやすいのがまだ幸いだが……さすがに体力にも限界がある。

 

それは、わたしだけじゃなく、相手も。

 

「そろそろ、終わらせなきゃな」

 

数秒前まで体があった位置を巨大な拳が押し通る。

身をひねって避けた先で、大猿の足が勢いよく振り上がった。

しかし、はじめに比べれば速度もパワーもガタ落ちだ。

 

本能のまま暴れ続けているだけの体は、燃費が悪い。気をコントロールしているこっちより、ずっと。

 

「はは。知ってた!」

 

目前に迫る大猿の膝を蹴り、その力を利用してぐんっと真上へ飛ぶ。

 

ここだ!これでやれないなら、今のわたしに勝ち目はない。

 

気を腕へ、拳へと集中させる。

ただ殴るんじゃ意味がない。

 

狙うのは、無防備な大猿の顎の骨。

 

 

「これで──おやすみ、だッ!!」

 

 

まっすぐ、かち上げるように拳をぶち込む。

衝撃は、骨を伝って大猿の頭の奥まで。

 

「ウグッ……?!」

 

くぐもった声を最後に大猿の赤い目が光を失い、ぐらりと傾く。

そのまま、大地を揺らして仰向けに倒れる巨体。

木々をなぎ倒しながら横たわった毛むくじゃらの体が、みるみるうちに縮んでいく。

 

……地響きが収まった後には、顎が少し赤くなった小さな体が一つ、地面に転がっているだけだった。

すう、と穏やかな寝息が聞こえる。

 

「──やった」

 

漏れ出た声は、掠れていた。

思ったより疲れていたようで、膝から力が抜けて、そのまま土の上に倒れ込む。

 

勝った。大猿に、生身で!変身することなく!

 

震える拳を握りしめ、空に突き上げる。

指先まで痺れて、動かすたび全身が悲鳴を上げた。

 

見上げた空は、光が滲んで紺色が薄まってきている。

 

 

夜明けだ。

 

 

「じいさん!!」

「なんじゃ?まったく、散々暴れて傷だらけになりおって……」

「わたしの勝ち、だよね?」

 

差し込む日の光に照らされて、じいさんがポカンと惚ける顔が見える。

 

「だから、朝食は山盛りの包子でよろしく!」

「は?……まさか、今から仕込めっちゅうんか?!老骨に鞭打つわい」

「ははは!冗談冗談、夕飯でいいって」

「今日なのは変わらんのか!!まったく……仕方ないのう」

 

じいさんがため息をつき、眠ったままの悟空を抱え上げ、肩を叩いている。

しばらく寝かせるかと思ったが、どうも違うらしい。

 

「起こすの?一応気は全部込めなかったし、たぶん大丈夫だと思うけど……」

「意識を失っとるからのう。ほれ、悟空。大丈夫か」

「んん……あさめしか?オラ、はらへった」

 

寝ぼけた様子の悟空が目を擦る。

この星に来た時から変わらない。相変わらず、あんな暴れ回ったとは思えない呑気な顔だ。

 

顔や顎をよく確認して、じいさんが一つ頷く。

 

「ふむ。少し早いが軽い朝飯にして、その後昼まで寝たらいいじゃろ。あれだけ動き回ったんじゃ。よく休むんじゃぞ」

 

こくりと悟空と共に頷く。

さすがに夜通し戦っていたので、少し疲れた。

 

「夕飯には食べ切れんほど包子を作ってやろう……メイズ。起きたら包むのは手伝ってくれるか?」

「仕方ないな。ま、わたしは大した怪我もないしね。包子のためだし少しくらいはやるよ」

「おらも、くうからやる……」

 

じいさんの腕の中でぼんやりと悟空がつぶやく。

呆れた顔でじいさんが口を開いた。

 

「……お主ら、ふたりして食い意地張っとるのう」

「はぁ?!わたしは勝者の権利であって食い意地なんかじゃない!!」

「そうかそうか、お主はそういうやつじゃったな」

「なにその生暖かい目……?!だから違うって!!」

「ほれほれ、そう騒ぐでない。寝不足の頭に響くじゃろうが」

「こ、こんのジジイ……!!」

 

小鳥の囀りが響き始める。

 

 

……いつもと変わらぬ、朝が来る。

 

 

 

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