甘ったれ。
同族の幼子に対し、数日過ごして浮かんだのはその言葉だった。
幼いとはいえ、
下級戦士でも強くなった人とかいるし、ゴクウを見るとその人を思い出すくらいにはのびしろはありそうなのに、もったいないなと少し思う。
スカウターが故障してるからわからないけど、この様子じゃきっと戦闘力は5もないだろう。
このままでは母星に帰っても、おせっかい焼きな知り合いにすら『ゴミめ!』と呆れられてしまうかもしれない。
ゴクウと彼の雰囲気がどことなく似ているからか、なんか、ちょっと叔父さんを思い出して喉に棘が刺さったような違和感がある。昼食の魚の骨は抜いたんだけど、おかしいな。
どうも喉の鍛え方がたりないらしい。
首をさすりながら、ゴクウの様子をチラリと確認する。
とても美味しそうに饅頭を頬張っている。いいな、わたしも食べたい……じゃなくて、相変わらずポーッと生きてるやつだ。
いや、別によく食べて寝ることを責めるわけじゃない。戦闘力を上げるには休息も大切だと訓練で学んだし、うまい飯うまい飲み物がやる気になる人がいるってのは知っている。
かく言うわたしも、外の世界にはそう言うのがいっぱいあるって聞いて楽しみにしてたし、実際ジジイのご飯には舌鼓を打っているわけだけど、それはそれ。
わたしはマンキツするだけじゃなく、ちゃんとサイヤ人の本分を忘れず毎日ジジイの命を狙っているのだ!
なんなら仕事にないが、ご飯のお礼に苦しまないように終わらせてあげようとまで考えていた。……まあ必要なかったけど。
心底悔しいことにそれをかなぐり捨ててもまるで歯が立たず、結果はいちじるしくない。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「放っといたら死にそうだよね、ゴクウ」
「?」
「急に何を言っとるんじゃ……?」
例えばこの『いたってフツーの老人で、戦闘なんか全然できませんよー』といった雰囲気のジジイが、その通りこの星基準ではたいして強者じゃなかった場合。手も足も出ないわたしや、そんなわたしにすら大猿化しなければ勝ち目がないゴクウは、ここから出たら生きていけない。
甘いジジイは命も取らずどう言うわけか食事までくれる始末だが、他はそうとは限らないのだ。
それをどうもゴクウは知らないようだ。
家族でもない赤の他人だけど、ここでは唯一の先輩なのだから、わたしが教えてやらないといけないのでは?
正直放っといてスカウターを直したい。ないと色々まずい、特に戦闘力測定とマップ機能が。
でも、わたし自身が弱すぎては直す前に殺される。
というかそもそも、目の前に戦う相手がいて、尻尾を巻いて逃げ出すなんてサイヤ人じゃない。
ついでにゴクウも鍛えれば、8年後にはすごい戦いができるんじゃないだろうか。
ならば。
「挑むのみ!!!いけっゴクウ、ずつき!!」
発破ついでに放ったゴクウが、はしゃぎながら、すぽーんっとジジイの腹部に突っ込んでいく。
当然、ジジイはそれを軽々と受け止める。
だが、それも計算のうち!
その隙に背後に回って以前の仕返しとばかりに首筋を狙った、
はずが。
……。
………。
気がついたら柔らかな布団の上で朝を迎えていた。
デジャヴ!!
今までの夢だよね?夢であって欲しい。
そんな複雑な気持ちの時にいつも割り込んでくるのは、この幼子である。
「ねーちゃん。きのうの、もいっかい!」
「いやねーちゃんでもなければ遊びでもなかったんだけど!?ほんとうにこれで生きていけるのか、おまえ……」
満面の笑みで催促するゴクウ。スリルを求めるその様子はとても同族らしいけども。
危機感を持てと叱るべきか、図太さを誉めるべきか。
いずれにせよ、8年でどこまで行ってくれるのか全く見当がつかないヤツだ。つまらないことにならないように頑張るしかない。
一つため息をついて、布団を跳ね除ける。
何はともあれ、ゴクウの言葉でアレが夢じゃなかったことが確定してしまった。
落ち込むのもそこそこに、朝の『挨拶』の準備をしないと。今度こそ一撃、目が覚めないようなキョーレツなやつを、いやせめて背後を取って『ご挨拶』を叩き込んで──
──あっ。
前にナッパ…さんに教わった『ご挨拶』って、もしかして。
「
はぁーー、たしかに訓練でも寝起き一番にとかなんなら寝てる間に攻撃とかあったっけ。
本物のエリートなら、これもすぐ理解できたのだろうか?
……答えてくれる人はいない。
◇◇◇
朝の『ご挨拶』のその後。
「幼子を放るなど、危ないじゃろう?」
「え?別によくあることでしょ、訓練でも頭をつかってて戦えって習ったし」
「頭を使えというのはそんな物理的なものじゃないと思うがのう……まあ、お主にはそれが当たり前だったのかも知れんが、ここではお主らのような子供はよく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休むことが仕事なんじゃよ」
よく
……別に、わたしが母星で習ったことと何も違わないけど?
首を傾げるも、それに応えるように続けられる。
「学びというのは、挨拶であったり食事の作法であったり、まあ生きるために必要なことじゃな」
「作法?そんなのより、戦い方を学んだ方が……」
戦い方を学んだ方が、よっぽど生きるために役立ちそうだ。そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。
目の前にいるのは、老人である。
サイヤ人ではほとんど目にしたことがない、老人。
対するわたしは、まだまだ幼児形態を抜け出すことのないひよっこ。
「年の功ではあるが、現時点でわしはお主より強いじゃろう?多少は経験を積んどるし、長い年月を生きている分教えられることがあるということじゃ」
「くっ……それは、たしかにそうだけど!同い歳まで生きれたらきっとわたしの方がはるかに強いし」
「時には先人の言葉に耳を傾けることも役立つぞい。例えば……お主、あのすかうたーとやらが壊れて困っとるんじゃろう?」
「まさか、なおせるのッ?!」
ジジイの言葉に思わず腰が浮く。
それをまあ落ち着けと宥めながら老人は口を開いた。
「いやそれはわしには無理」
「無理なんかい!期待して損した!!こちとら仲間に連絡できないのはもちろん、戦闘力すらも計れなくて困ってるっていうのに」
「それじゃ。その戦闘力とやら……わかるようになるかも知れんぞ」
息を呑む。
スカウターは直さずに、戦闘力を読み取れるようになる。
そんな便利な機械があるのか、この、機械のきの字も無いような山奥に?
それならそうと早いところ教えてくれたらよかったのに。隠してたのか?
「残念ながらそんな便利な機械は持っとらんし、全く同じものがわかっとるのかはわからんがのう。わしはいつも迷子になっとるお主を見つけとるじゃろ?」
「別にまいごじゃないけど!ちょっと険しい道を歩んでるだけだから。……でも、確かにどこにいてもすぐ見つけるよね。あれ、ジジイとかこの星の人間の固有能力でしょ?」
「アレは修行で身につけたものじゃ」
「……なんて?」
聞き間違いか──否。
間違いなく、この老人は
そしてこの話をわたしにするということは。
「一朝一夕では身に付かんし多少の才は必要じゃが、あれは技術じゃよ」
「わたしにも覚えれるってこと?!教えて!!」
「まあ、どれくらいかかるかはわからんが、おそらく身につけられるじゃろう。じゃが、身につけるには数々の条件があってのう……例えばさっき言ったよく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休むのも条件じゃ」
「食べることも……?!」
「その通り」
「し、しかたないなあ!悔しいけど今は強くなるためだし、ちょびっと真似てあげる。まずは朝食から!」
スカウターなしで戦闘力がわかるようなる。
それは、今みたいにスカウターが壊れた時でも、大猿化して装着できないときでも、関係なく動き回れるということだ。
異星の老人の言葉に耳を傾けるのに十分なメリットがある。
即座に実を翻し、いそいそと湯気といい匂いを立ち上らせる料理の前に陣取る。
体に染み入るように温かな汁物、香ばしい魚、そして何よりふわっふわの包子!今日は肉か、はたまたタケノコ入りか。
栄養補給だと思ってた食事が、娯楽だけでなくあの不思議な能力の源にもなるなんて!
そんな能力誰も持ってなかったし、身につけたら、きっと……!
だから引け目に感じる必要などないのだ。そう、これは強くなるのに必要だから食べるだけのこと。
どこか弾む心のまま食事に手を伸ばし……
ふと、よくわからない挨拶?をして食事を始めるゴクウを見て、呟きが漏れる。
「……うーん、ずつきの拍子に甘ったれた性格なおらないか狙ってたけど、ムダだったな」
「ほう」
「ん?!まって、なんで持ってっちゃうの?!じょ、冗談だよ!よく食べなきゃダメなんでしょ?!」
「言っていい冗談と良くない冗談があるんじゃよ……本当に冗談かも怪しいしのう。まあ、これもまた修行じゃ。ほれ悟空」
「だってゴクウ、こんな甘ったれじゃひとりで生きていけないじゃん!あ、あぁーッ!わたしの包子!!!食べるなゴクウ、それわたしの、わたしのだから!」
「んまい!」
「包子ーーーッ!!!」
「……なにも、一人で生きるだけが選択肢ではないのじゃよ」
老人の囁きは平和じみた子供たちの喧騒に溶けて消えた。
そして異星での修行の日々が始まり……ついに、待ち望んでいたあの日が訪れる。