「ウォォォォオオオオ!!!!!」
山を震わせる咆哮。それが自身の体から響いている。
呆気に取られながら空を見上げれば、そこには墨を溶かしたような夜空の一部を切り取ったような、輝く真円。
満月。
「
8年後どころか「気」とかいう戦闘力探知訓練を始めてから、僅か2週間後のことであった。
◇◇◇
記念すべき大猿となったわけだけど。
なんか、思ってたのと違う。
大猿化って、もっと窮地を覆すような、溢れ出るパワーで圧倒するような、夢の力だと思ってた。
たしかに力は湧いてくる。体も圧倒的に大きいし、今ならこの星なんか簡単に滅ぼせそうな力がある気がする、のだが。
「ウォア、ウウウウ……」
まず喋れない。そして。
「ヴァ!!?」
「メイズ!今晩は外に出るなと言ったというに、まさかお主まで大猿になってしまうとは!!悟空でさえ被害が大きいのじゃ、暴れる前にわしがなんとかせねば……」
ちょこまか足元を駆け回るジジイに攻撃が全く当たらない。
ジジイから学んでいる気の感知とやらの精度は高くないものの、まあおそらく10倍くらいのパワーがあることはわかる。スピードも段違いにに早くなっている。
しかし!!
多分肝心の
力に振り回されすっ転んだり山を踏み崩したりしちゃう程度ならまだいい方である。
いきなり情報量が増した五感。
視点が高い、動きが速い、見てないのになんか周囲になにかあるのがわかる。
大量のデータに圧迫され、頭はクラクラするし胃はムカついてなにかが喉奥に迫ってる。
この前叔父の連絡を受けた時の喉に迫るものとはまるで違う酸っぱさ。
端的に言うと、吐きそう。
「ウップ……ゥウ……」
「……なんじゃ?ゴクウの時とはなにか様子がおかしいのう」
つ、つらい。
聞いてたのと違う!!大猿化は本領発揮とか嘘じゃん!
誇りある姿どころかなけなしの誇りを今失いそうだ。
なんで、動画で見た大猿は強くて大きくてスーパーカッコよかったのに!
なんなら地球に来たばかりの時のゴクウの方がよっぽど強そうだった。
おかしい。大猿化で意識を保てるってのはエリートの証拠と聞いてたのに、とてもエリートとは思えない醜態。
……ま、まさか。
脳裏に嫌な考えがよぎる。もしそうなら、そんなの酷すぎる。
ハンパに意識があるからむしろダメってこと?!
いや、そんなことあってたまるか!!
土を握りしめて蹲っていると、ジジイの気配が近づいてくる。
いつもよりこころなしか強く感じるような、気のせいか……?
「だ、大丈夫かの……?」
「ウッ」
近寄る老人の気配が、自分の動きが、さまざまなものが増幅されて頭が揺さぶられる。
もうダメだ、おしまいだ……ッ。
「
口から放たれたそれは、わたしの意思とは無関係に山肌を削り、煌めきながら夜空の彼方へ消えていく。
心なしか何か混ざっていそうなキラキラとした光の束をひとしきり夜空に放出し、元の体に戻ってから、わたしは三日三晩潰れかけのポッドに引きこもって泣いた。
だって、生まれて初めての大猿化だったのに。
◇◇◇
『お主自身が追いついておらん、だから気を排出したのじゃろう。文字通り排気とでも言ったところか』
ポッドの中で聞いた、老人の言葉が耳に残る。
どうやったら追いつけるのかと問えば、『慣れかのう』と返ってきた。
つまり、いつ解決するかはわからないのだ。
ずっとこのままだったらどうしよう。
せっかく意識を保てるってのに、下級戦士すら意識はなくとも十分につかえる切り札を上手く扱えないなんて……そんなの。
《足手纏い》
脳裏によぎる言葉を振り払うようにポッドを飛び出し、木々の奥へ飛び込んだ。
わたしの心とは裏腹に晴れ渡った青空には少し欠けた月が浮かんでいて、またそう遠くないうちに満月がくることを予感させる。
ちょっと気の探知みたいなものがわかってきたから大人しく続けてきた。守るためではなく無作為に暴れるようでは教えんと言われてるから耐えてきた。
戦闘欲さえ抑えてみれば、食事は美味しいし、寝床は柔らかいし、何か満たされるような、とても快適な暮らしだった。
でも正直戦闘がこんなにも少ない生活なんか初めてで、ずっと心のどこかで思ってたんだ。
戦いたい。今の自分の強さを知りたい。強くなりたい!!!
感情のままに野山を駆け回り……しばらくして、ふと、探知に違和感が引っかかった。
木々の先、何かが集まっている。
あのジジイやゴクウのような落ち着いたものとは違う、攻撃的で荒々しい気配。
どちらかというとわたしの中にあるものに近いような、そんな感覚。
「キャーッたすけてーー!」
「黙れガキ!!」
だから、そこに向かった。その声を聞き逃さなかった。
「みつけた」
人より獣が多そうなこの山には珍しい、人間が数人。
子供を縛り付けて取り囲んでいる。
……当たりだ。
「やっときた……って、ちょっとあんたじゃムリよ、もっと強そうな人よんできなさいよーーッ!!」
「なんだこのガキは?親はいねえみたいだな」
「オジョーサマ見られちまったし片付けとこうぜ」
男がわたしの腕を掴み、何か言っている。でも、どうでもいいことだ。
『むやみに暴れてはいかんぞ』と、老人の諌める声がどこからか聞こえた気がした。
「……うるさいな。でもこれなら、セートーボーエイってやつだよね?」
こちらから手を出すと怒られる。
だから面倒だけど待った。これで、久しぶりにジジイたち以外の対人だ。
思わず口角が上がる。
掴まれた腕をそのまま振り払えば、まるで抵抗もなく男が吹き飛んだ。
鈍い反応。
なんだ、ジジイみたいに隠してるのを期待してたのに、やっぱりこの程度か。
わたしの拙い気の探知でも、明らかに格下だとわかる。
そう。それならこれは手合わせですらない、みっともない八つ当たりだ。
「死んじゃったら、たぶん気の探知教えてもらえなくなっちゃうからさ」
視界の隅で、囚われた子どもの鮮やかな
賊の怒声と共に放たれた銃弾が手の中で屑石のように潰れる。
弱々しいものの、久しぶりに感じる殺気。
戦闘に生きるわたしたちには、楽しみであるはずのこの感覚。
……なのに、どうしてだろう。
ここ数週間の、つまらない平和な日々が頭から離れない自分にイラつく。
「すぐには死なないでね」
あーあ。
ご飯抜きにはならないといいな。