方向音痴のサイヤ人   作:

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6. 割とトラウマなソレ

思考の沼に沈んだ子供を引きずるように進むことしばらく。

 

視界に入ったそれに、少し近づいて立ち止まる。

数歩先に地面はなく、つま先に当たった小石が転がり落ち、しばらくしてからちゃぽんと十数メートル下の川面を揺らした。

 

峡谷だ。

 

そんな深くないし、小鳥ものんびり飛んでいる。髪を揺らす風は柔らかい。

これなら余裕、そう足を踏み出したその時。

 

さっきまで碌な返答もしなかった子供が、いきなりわたしの服の袖を掴み、喚き出した。

 

「ちょっと!!そっちは崖でしょ?!死ぬ気?!」

「うるさ、意識戻ったんだ。そろそろぶん殴ろうかと思ってた」

「はぁ?!あのパワーで殴られたらさすがに生身だと死ぬ、ってそうじゃなくて。前、崖!落ちるわよ!」

「だからなに?普通に飛べばいいじゃん」

「飛ぶって、飛行アタッチメントもカプセルもないんだから無理に決まってるでしょ!」

「別に、道具なんかなくたってそのまま飛べば……」

 

ふと、この数ヶ月を思い出す。

この星に来てから飛んでる人間、いたっけ?

あの凄腕の老人が跳躍じゃなく滞空しているのを見たことがあっただろうか?

 

「待って、もしかして地球人って飛べない?」

「もしかしなくても飛べないわよ。なにを当たり前のように……え?」

 

答えるように軽く地を蹴って浮かんでみせると、思った通り子供の顔が驚愕に彩られた。

 

「と、飛んでるーーー?!メイズ、あなたとべるの?!!」

「当たり前でしょ」

 

ふふんと得意げに胸を張れば、そんなわたしのことなど意にも介さず矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 

「宇宙人……にしてはかなり普通の外見よね。重力装置は?使ってなさそうね、なら超能力?その力を使うのに代償は?生まれつき飛べたの?体重を軽くして飛んでるの、それとも体を支えられるだけのエネルギーを費やしてるの?止まる時は反対の力を加えるのか、それとも移動エネルギーをゼロにする?空気抵抗は受けるの?重力の負荷は──」

 

皮を剥がして、神経の一本一本まで解剖してやろうというような、尋常じゃない知的好奇心。

戦士の殺気ではないはずなのに、その執拗な視線に皮膚がチリチリと焼けつくような錯覚を覚える。

 

なんなんだこいつは。

頭の回転が悪くないとか、そんな次元じゃない。

 

「し、知らない!!そんなの知らなくてもわたしは飛べてるんだからどうだっていいじゃん!」

 

思わず、半歩下がって間合いを取っていた。

 

……愕然とする。戦闘力もまともにないはずの子供に、気圧された?

 

「いいじゃない、歩き疲れてきたしちょっとここらで休憩がてら教えてよ」

「休憩なんて、そんなの着く前に日が暮れる!!うっとおしいヤツだな、これ以上止まるならもう置いてって帰る」

「ふーん、放り出して逃げるんだ」

「逃げる?!わたしが?!そんなわけッ……!」

「なら待ってくれるわよね。あ!なんならあなたが運んでくれてもいいけど」

「はぁ?!……でも、確かに遅すぎるか。チッ、仕方ない」

 

日が暮れてもつかないどころか明日になっても着きそうにないペースだ。

しかし、酔い止めを考えると簡単には捨てられないし。

 

「やった……って何よこの持ち方」

「なにって、普通に持ってる」

 

首根っこを引っ掴んで。

 

何か変なことをしたか?

持ち方はおかしくない。わたしも訓練を始めたての時はこうして運ばれていた。

それに、こうして運ばれて手合わせや戦闘のたびに投げ飛ばされ、いつのまにか飛べるようになっているのが普通だって、年上の戦士が言ってたし。

 

ちょっと苦しかったし運悪く死にかけたこともあるけど、今は飛べるし怪我も跡だけですっかり治ったから、たぶん問題ない。

 

そう説明してあげたが、余計に子供は頑なに拒否した。

 

「ね、猫じゃないのよ!くるしいし怖いじゃない!抱えるのよ!!!」

 

そこから抱え方がどうだの力が強すぎるだのしばらく口出され続け──結局、横抱きにして飛ぶことになった。

 

腕に触れる温度に、自分とは違う簡単に折れそうな脆い感触に慣れない。

 

オヒメサマ抱っこ?というらしいが、重心が取りにくいしとても持ちにくい。肩に担いだ方が楽そうなのになんでこんな持ち方なんだろう。

地球人の文化なのか、変なこだわりだ。

 

「ほんとに飛んでる!!あたし自身には特に何も浮遊感なんかはないわね。てことは自分自身の身に働く力?超能力なら念力みたいなのであたしだけ飛ばしたりできそう……って、なんかふらついてない?」

「こんな風に抱えて飛ぶなんて初めてなの!重心が掴みにくいんだよ……くっ」

 

人ひとりの重さなど知れている。だが、自分と同じか少し軽い程度の質量を横抱きにし続けて移動するのは初めてだ。

 

気流の抵抗と、重心の揺らぎ。この星の重力が軽すぎるのも相まって、感覚が掴みづらく集中力が削られる。

 

「初めて?じゃあやめやめ!崖ルートは無し!」

「いい!わたしにできないわけがない……行く!」

「ちょっと?!!あっ慣性は働くのね、じゃなくてダメ、戻っ、キャーーッ!!!

 

 

◇◇◇

 

 

あれから暴れるし耳元で叫ばれるしで散々だった。

両腕が塞がってるので耳は塞げないし、顔の近くで叫ばれたから耳が痛い。ほんとうに、あの運び方の利点が全くわからない。

 

非戦闘員のくせに生意気……でも医療関連のやつは粗雑に扱うと後々大変だって叔父さんも言ってたから。

 

「ねえ。気のせいじゃなければ太陽の位置的に東に向かってるように思えるんだけど。本当に西の都に向かってる?」

「さあ、知らない。西がどっちかとかスカウターがないからわかんないし」

「はあ?!ま、まさか右も左も分からないとか言わないわよね……?じゃあどこに向かってるの?!」

「とりあえず近くの沢山いそうな方。西が逆ならそっちに行くけど、そっち側あんまり人いなさそう」

「……どれくらいかかるの?」

「歩くの遅いし数時間、いや半日?わたしだけならもう着いてるだろうけど。まっすぐ行こうとしても遠回りしたがるんだから仕方ない」

「半日?!ていうかまっすぐって、崖やら岩山を突っ切ろうとしてたじゃない!死ぬわよ!!あたし飛べないんだから……そんなに言うなら、メイズが運んでよ」

 

悪くない提案だ。

いい加減この遅さに飽きてきたし、相手から言い出さなければそろそろ問答無用で担ごうと思ってた。

 

「わかった。でもオヒメサマ抱っこは面倒だから嫌」

「いいの?!担ぐとか首元を掴むとかじゃなければいいわよ。背負うとか」

「報酬にご馳走も追加ね」

「三食おやつつき」

「いいじゃん!サービスでちょっと本気で走ってあげる」

「え、本気って──」

 

何か喚き始めたのを無視して、子供を背負う。

これならオヒメサマ抱っこよりよっぽど安定するし、走りやすい。

 

そのまま硬い土に爪先が少しのめり込むほどにぐぐっと力を込め、地を蹴る。

次の瞬間には木々が瞬く間に後ろに流れ、風が気怠い道中のつまらなさを洗い流すように頬を打つ。

 

……どうも速度を上げると地球人は静かになるようで、途中から叫び声は消えて静かなものだ。

もっと早くこうすればよかった。

 

 

そのまま気配が固まっている方に進み──1時間と経たないうちに、木々の隙間から人工的な柵が顔を覗かせた。

 

「ついたよ、人里」

「や、やっとついたのね……うっぷ、これは確かに酔い止めいるかも」

 

柵を飛び越え、通りに降り立つ。

木製で、どうも宇宙から見た集落とは様子が違いそうだ。

特産なのか、そこら中に転がる野菜の匂いが鼻につく。

 

「都、ではないね。ハズレか、まあ西の都がどっちかはここの住人に吐かせればいい」

 

立ち並ぶ建屋の中には、いくつかの気配がある。

子供とよく似た弱い気配、誘拐犯のような荒々しさは感じない。

 

 

──いや、むしろ静かすぎる。

 

 

まだ日も高いというのに、もう眠っているのだろうか。

静まり返った集落に、二人分の足音と声が響く。

 

すっかり冷え切った食べかけの食卓、中途半端に薪に突き刺さったまま転がる斧。所々鉈や包丁などの刃物が落ちていたり燃え尽きた焚火の跡もある。まだ、ほんのり暖かい。

ギィ、と音がして振り返れば、開け放たれた家の扉が風で微かに揺れ動いていた。

近くにヒトの姿はない。

家屋の中も外も、ヒトの形そのままに脱がれた服とそれに添えるように野菜が転がっているだけ。

 

だが、ヒトの気配はある。なんなら呼吸さえしていそうな生気を感じる。

 

……もしかして。

 

一通り確認し、ふとある考えに思い至ったところで、抱えた子供が震えながら口を開いた。

 

「ひっ」

「ひ?」

 

「人里って、人っこひとりいないじゃないのよーーー!!!」

 

「いるじゃん。服と一緒に転がってるソレ。口がなさそうだから西の都のこと聞けないけど」

 

つんざく叫びに耳を塞ぎながら、わたしは足元に転がっている『ソレ』を指差す。

そこら中に散乱した服の残骸の近くに落ちている、立派で鮮やかなオレンジ色の野菜を。

 

「は?ただの野菜じゃない……まさかギャグのつもり?!人って字が入ってるから?!面白くもなんともないわよ!!」

 

怒りが混ざった声に、嘘の雰囲気はない。

 

もしかして、この星の人間は特定の条件下で野菜の形態を取る種族なのかと思ったんだけど、どうやら違うようだ。

 

「なんかお前みたいな呑気な人間の気配、弱すぎるからかソレとの違いがよくわからない」

「一目でわかりなさいよ!!あとお前じゃなくてブルマ!おやつなしにするわよ」

「ああブルマね、ブルマ。にしても一目でなんて、集中したってわかるかどうかってレベルなのに……」

 

もう一度、今度は目を閉じて余計な情報を除外する。

 

そして間違いなくブルマと同じヒトの気配と認識した方向に視線を向ける。

その先には、中身がない服とそこら中に散らばる鮮やかなオレンジ色。

 

「人参ね……あーもうわかったわよ!あんたのギャグは面白い!はい、こんなゴーストタウン薄気味悪いし早く進みましょ」

「いやギャグとかじゃないんだけど……まあいっか」

 

やっぱり。

 

ここのニンジンって、生きている人間の気配とまったく(・・・・)同じ(・・)なんだ。

 

 

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