夕闇の中、光り輝く眠らない都市──西の都。
その一角にあるブルマ一家の邸宅にて。
「おかわり!」
「メイズくんだったかい?ブルマと同じくらいの歳に見えるのに、随分と気持ちのいい食べっぷりだなあ」
「今日は料理人を呼んでるけれど、次に来た時は私の手料理もご馳走するわね〜!」
「ん、食べる」
「体調が治ったそばからこんなに食べるなんて、どんな胃袋してるのよ……」
パオズ山の老人の懸念をよそに、わたしは元気に肉をかき込んでいた。
いや。
実のところ迎えのジェット機に乗ってから、この都に近づくにつれて感じ取る気配がどんどん増えていった。
あちこちで蠢く気に、吐き気はするし頭は痛い。
最悪の気分だった……のだが。
なんと、全てを解決するスーパーアイテムがあったのだ!
気の感知はそのままに、不調だけを取り除く。
それこそ、わたしがブルマをここまで運んだ理由──
──そう、酔い止め!!
「薬ってこんな凄いものだったのか!!あ、飲み物もおかわり!」
「まにあわせの市販薬だけどね。まさかあたしもここまで効くとは思ってなかったわ」
もう匙を置いているブルマをよそに、ひたすら運ばれてくる
「それで、どう?メイズ。あなたの要望通りの“エリート向け”の食事、お眼鏡にかなった?」
「量が少ない。なんでこんなちょっとずつなの?ここの文化か、それともエリートはみんなちまちま食べるわけ?」
一皿に数口の料理。
次から次へと出てはくるが、まるでつまみ食いをしている気分だ。
これがエリート向けだとしたら、少量に抑えることで忍耐力とか精密性とかを鍛えているのか。
もしくは同じものを食べ続けるより、たくさんの種類を食べた方が強くなれるんだろうか。
とにもかくにも、こんな少しずつでは食べた気がしない。
「格式張ったとこじゃ、みんなこんな感じよ。でもまあ、一皿に多いほうがいいならそう変えてもらうけど?」
「わたしはエリート候補だし、ちょっとくらい違ってもいいんじゃないかな。うん、多いのがいい!」
「な、なんかさっきから妙にテンション高いわね……まあ、そういうと思ってさっきお願いしておいたから、じきにメイズ向きの量が運ばれてくるわよ。それで、量はともかく味はどう?好きなものとかあった?」
「味?味は……まあ、悪くないね」
この星ではジジイの料理くらいしか食べたことがない。
それでも、母星にいた頃には考えられないほど多種多様な味付けで、心なしか料理そのものがキラキラと光って見えるほどだ。
……だが、なぜだろう。
不思議と、一口食べるたびにジジイの作った、ゴマの匂いが香る食事が脳裏をよぎる。
やっぱり、毒じゃないにしても何か盛られてたんだろうか。
──あ。そういやこの前食べ損ねた包子、今日作るとか言ってたような。だからか?
一つ頷き、次の肉へと手を伸ばす。
皿の向こう側でブルマが引き攣った笑顔を浮かべていた。
「……な、なかなか肥えた舌をお持ちのようね」
「舌?確かに舌なんか鍛えたことなかった。噛みちぎられることもあるかもしれないし、鍛えるか」
「そういう意味じゃないわよ!!!ていうか舌を噛みちぎられるってどんな状況?!」
「どんなって、寄生形態の敵とかいるし、普通にあり得ると思うけど。それよりこの肉おかわり」
「ぜったい普通じゃない!!はぁ、よくそんな話しながら食べられるわね。しかも、もはや食べるというか吸引だし……」
「このスープももう一杯!!」
◇◇◇
「さて、やっと食べおわったわね」
ブルマが空になった皿の山を見渡す。
「……あの量がどこに消えたのかも気になるところだけど。とりあえず、さっそく測定しとく?」
「測定?」
「メイズ専用の酔い止め薬を作るの!体重とか体質とか、ちゃんとデータを取って調整すれば、市販のよりずっと効くはず」
「……今から?」
「もちろん!!既製品はあるけど、あたしの命を救った報酬なんだから、せめてオーダーメイドにするわよ。薬に詳しい従業員は捕まえてあるから、今日明日でデータを整理して、成分や副作用を調べて──」
「ダメだ!!!」
次々と計画を並び立てるブルマに、思わず待ったをかける。
「それじゃ包子が食べられないじゃん!!」
「え?包子?」
「今日の夕飯は包子の日だから、もう戻る」
「ちょっと待った。さっき食べたのは?」
「おやつ」
「あれで?!!!何人前食べたと思ってるのよ?!」
「半人前」
信じられない……と唖然としているブルマだが、こっちのセリフだ。
唖然とするブルマをよそに立ち上がり、扉へと足を進めると、ブルマの母親が扉を開けながら微笑む。
「メイズちゃん〜?食べ足りないようなら包めるけれど、いかが?」
「いらない。夕飯あるから」
「ち、ちょっと!待ちなさいよ」
「あらあら、ブルマちゃんたら。お友達が帰っちゃうのが寂しいのかしら?」
「は、はぁ?! 何言ってるのママ! ち、違うから!」
「オトモ……ダチ?いや、わたしはメイズだけど?」
「一緒に遊んだり、美味しいものを食べたりしたんでしょう?それをお友達っていうのよ〜」
「ちょっと!!また適当なこと言ってーー!!!」
一緒に遊んだり、美味しいものを食べたり。
……あ。
「オトモダチって、お供達ってことか」
供ね。
メディカルポットがない今、薬屋を手元に置くのは今後色々と役立ちそうだ。
ふむ。
「わたしはブルマの
「なっ……!」
ブルマが一瞬目を丸くする。
「……う、上から目線なのは気に食わないけど、そういう風に言われるとあたしが冷酷なやつみたいじゃない。なるわよ、友達!!」
「あら!やったわね、ブルマちゃん」
初めてのお供!
そういや、前に知り合いが『王子のお供なんぞ、色々任されて面倒でしかない』とか言ってたな。
……なるほど。楽しみだ。
「じゃ、今日からブルマは供ね。とりあえずこの市販薬?の酔い止めもらっていくから。足りなかったらまたもらいにくる」
「ああ、うん……って、あんたは何勝手に帰ろうとしてんのよ!!専用のはどうするの?!」
「今は急ぎだから無理」
「ぱ、包子に負けた……!」
ブルマが崩れ落ちる。
「……くっ。それならせめて、うちのジェットで送っていくわよ!居住区は?」
「ブルマと会った場所からしばらく走ったところ」
「走ってって……あの速度で?!そんなの範囲広すぎるじゃない!!何、じゃあ今あなた迷子なの?!」
「迷子じゃない!適当に飛んでいけば、そのうち着くし!!」
「あ〜……そういえば飛べるんだったわね……」
ブルマが何かを思いついたように目を光らせる。
「ねえ、ついでにどういう仕組みで飛んでるのか、少しだけ測定して──」
まずい!
ここは相手のホームだ。
器具が揃っているから何をされるかわかったものじゃない。
素早く窓枠に足をかける。
「て、適当なタイミングでこっち来るから! じゃ!」
「あっ、ちょっとメイズ!待ちなさいよ!!!ちょびっとエネルギー波測定するだけ、痛くしないから!お菓子あげるから……」
◇◇◇
ブルマの家を飛び出した勢いそのまま、夜の都を飛び抜ける。
ぐんぐん遠ざかる街並みが闇の中でチカチカ煌めいて、宇宙船の窓から見た星の海のようだった。
途中で海に出てしまうこともあったが、そのたび近くの人間にパオズ山の方向を聞いては飛び立つ。
そうして背後へ流れていく、いくつもの小さな気の塊たちを見送り──
──やがて、人の気配がまばらになってきた頃。
ようやく見覚えのある二つの気を掴んだ。
そのまま気配の元へ飛び込む。
「夕飯!!!」
「メイズ、戻ったのか!おかえり。まずは挨拶からじゃろう」
「戻った!!えっと、タ……タダイマ?わたしの包子は?!」
「よし。今、蒸しとるから少し待っとれ」
そう言うジジイの視線の先では、籠が火にかかっている。
もちろん、その中にはあの白くてふわふわで丸い包子が詰まっているのだ。
生地の匂いがふわりと香り、食欲をそそる。
「やった、間に合ったぁぁぁ〜〜!!!」
「な、なんじゃ?そんなに食べたかったのか?」
「ハッ!?いや、別に!鍛錬の一環だから、逃さないように急いだだけ!夕飯まだだったから!!」
「そ、そうか……?」
そうでしかないに決まってる。あまり気にするんじゃない。
包子まだかな。
「それにしても、随分と遅かったがどこ行ってたんじゃ?」
「えっと、山と西の都と海」
「ほうほう、山と西の都と……」
ジジイの顔が固まる。
「西の都?!!な、なぜそんな遠くに……! 迷ったにしても遠すぎるじゃろう?!」
「迷ってない!迷子を送ってやったんだよ」
すごいだろ、と胸を張る。
なんだかやたらと気分が良い。
薬のおかげで不快感がないせいか、なんでも楽しくて、掴み損ねた箸が転がるだけでも不思議と笑えてくる。
ていうかブルマ、西の都からこっちに来てたんだろう。
もしかして包子目当てか?ふふ、わたしの包子を食べるつもりだったのか。
許せん。
「なんと!それは良いことじゃな」
ジジイは嬉しそうに笑った。
「ふむ、西の都か……見たところ、そこまで体調は悪そうには見えんが、大丈夫じゃったか?」
「あー、それ!なんで教えてくれなかったの!気が多くて怠かったよ。まあ薬で治ったけど!」
「薬?!誰に、何のじゃ?!」
「ブルマ……あー、わたしの供で、迷子だったやつ。送り届けたら酔い止めが報酬で、包子はやらなくていいから!」
「友?!あのメイズに!……ん?包子?」
「包子はわたしので、測定するとかめんどうだから薬ももらったし、夕飯食べるから帰るって」
そうだ、薬。
どこにしまったっけ?
あれ。
えっと。
包子がそこに、ん?
「包子の籠が二つに増えてる……いや、みっつだ」
「籠が……?何を言っとるんじゃ?」
まて。
なんか、考えがまとまらない。
ジジイの言葉が、やけに遠く反響する。
足元が崩れて……いや、わたしが傾いている?
視界の端がぐにゃりと歪む。
いつの間にか、地面がすぐそこに──
「メイズ!!?」
ジジイの声が遠ざかる。
「大丈夫か!?一体何がっ……
……な、なんと。寝ておる」
そのまま意識は闇に落ちた。
翌日──昼過ぎ。
「……ん……?」
眩しい光に目を覚ますと、目の前には空っぽの皿が転がっていた。
記憶をたどる。
西の都を飛び出し、包子を待つ間にジジイと話し……
いや、待て。
わたし、昨日の夜、なんて言った……?
「ブルマはわたしの供で……包子は渡さない……?」
頭を抱えて床を転げ回る。
なんだ、あの支離滅裂な発言は?!
明らかにおかしい。どうかしていたのか?!
そんな変なことなんか何も、あ。
もしや、貰った薬の……いや、そんなまさか!
あれはわたしの悩みを解決してくれるアイテムのはずだ。
きっと都の気の濁流の影響であって、薬のせいなんかじゃない……!
「おや、起きたのかのう」
声に振り向く。
ジジイが呆れたような顔でこちらを見ていた。
「まったく、もう昼じゃぞ?昨夜は急にバッタリ倒れるし、寝言は変じゃし。何か変なものでも食ってきたんか?ほれ、残りの包子」
そう言って差し出してきたのは、すっかり冷めかけた包子が一つ乗った皿。
「って、もっとあったよね?!他のはどうしたのさ!?」
「ああ、お主がいつまでも起きんから、悟空が全部食べちまったぞ」
「また?!!おいこらゴクウ!!!」
「……ん?これもたべていいんか?」
「違う!それはわたしの……あ、ダメだってーーー!!!」
こうして、奇妙な出会いと共に、わたしのちょっと長い散歩は幕を閉じた。