方向音痴のサイヤ人   作:

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9. なんにもない日々

強い日差しが弱まり始めても、まだ昼間は肌を焼くような暑さが残る。

地球に落ちてから、はじめての夏。

 

……そもそも、夏というもの自体が不思議だ。

 

惑星ベジータじゃそんなもの聞いたことがない。乾いた岩の大地に、いつも変わらない乾いた空気。あるとすれば、雨季と乾季くらいだ。

それが地球ときたら、温度の変化は激しいし、年中雨が降ったり止んだりする。

まるで、いくつもの違う星の気候を継ぎ接ぎしたみたい。

 

そんなことを考えながら川べりを進むと、川の中程で悟空が水浴びをしているのが見える。

 

「メイズは泳がんのか?」

「およ……何?」

「泳ぐかと聞いたんじゃ……もしやお主、泳ぎ方を知らんのか」

「およぎかた?あの、ゴクウが手足をバタバタしてるやつ?」

「ば、バタバタ……まあ、そうじゃ。その様子じゃ知らんようじゃな」

「うん。別にそんなことしなくても動けるし」

 

証明するように、川面に軽く飛び込む。

 

ひんやりとした水の流れが火照りを冷ましていく。なるほど、水浴びも悪くない。

そのまま気を練って、水中を、まるで空を飛ぶのと同じ要領でするすると進む。手足はほとんど動かしていない。気を纏って身体を押し出すだけで、水の抵抗なんてものはあってないようなものだ。

 

水面から顔を出すと、老人が困ったような、それでいてどこか楽しそうな顔をしていた。

 

「確かに、必要なさそうじゃ……しかし、泳ぐのであれば全身を鍛えながら体力もつくし、効率的に鍛えれるんじゃがのう。それに泳げれば気を使う必要もないが……まあ、お主に興味がないというなら強制はせんよ」

「何をすればいい」

「ん?」

「およぎかたはどうやるのかって聞いてるの!見てろ、すぐジジイも悟空も追い抜いて見せるから!!」

 

売り言葉に買い言葉で飛び出した啖呵を、老人はにこにこと聞き流す。

この手の煽りに乗せられているのは自分の方だと、後になってから気づくのがいつもの流れだった。

 

手足の動かし方、息継ぎの間合い、水を掻く角度。ひとつひとつ教わりながら、何度も水を飲んでは咳き込んだ。

情けないことに、いくら手足を動かしても身体が沈む。息継ぎの度に水を飲み、鼻の奥がつんと痛む。

 

「なんで沈むの……ッ、ぶはっ!」

「お主、力みすぎなんじゃよ。体の力を少し抜いてみい」

 

暢気にそう言う老人の隣では、ゴクウが、教わってもいないのにぷかぷかと水面に浮かんで気持ちよさそうに漂っていた。

 

「ねーちゃん、あぶくでてるぞ」

「う、うるさいっ。指摘するな」

 

数メートル、水を蹴る速度を上げてようやくまともに泳げたと喜んだ矢先、横で水面を滑るように進む幼子の姿を見て、悔しさに歯を食いしばる。

 

絶対すぐに追い抜いてやる……!

 

 

◇◇◇

 

 

毎日毎日、水浴び代わりにひと泳ぎ。ついでに夕飯の魚も獲るのにも慣れてきた。

 

段々と泳げるようになってくるとともに、水は冷たさを増していく。冷えると体が強張って、確かにジジイのいう通り、泳ぐというのはなかなかの体力が必要そうだった。

だからというわけではないが、今日は少し早めに切り上げて帰ってきた。

 

月が上がる前に帰ってきたかったのだ。

随分と空が澄んでいるから、きっと今日は綺麗な真円が見えることだろう。

 

今夜は、月に一度の満月である。

 

「……っと、あったあった」

 

帰りにポッドの墜落位置に立ち寄り、ブルマにもらった薬を引っ張り出す。

 

本当はすぐ飲めるよう寝床に置きたいのだが、ジジイがいい顔をしないのだ。

どうも西の都から帰ってきた時の様子がおかしかったのを気にしているらしい。

あれは都の気の密度が多すぎたから少し変になっただけだと言ってるのに聞きやしない。

 

だからこうして満月の晩にはこっそりポッドまで来ては飲んでるわけだ……が。

ふと視線を感じて顔をあげれば、ジジイが真顔でこちらを見ていた。

 

「……メイズ、しばらくそれは飲まないと言ってなかったかのう?」

「た、たまには、効果を確かめてやらないといけないから」

「ふむ?この前もおなじことを言ってたような」

「それは……あっ!今回は続けて飲んだらどう変化するか調べるためだからいいの!!!」

「そうか……いや嘘じゃろそれ」

 

錠剤を素早く回収される。

 

いいじゃんどうせそんな長い時間は効かないんだし、少しくらい楽したって!!

普段は大抵笑って流すくせに、こういうところはめざとい。

 

言い返す言葉が見つからず、諦めて話を逸らすことにした。

 

「……夕飯まだ?」

「もうすぐじゃ」

 

窓の外に目をやれば、夏の間あれほど鬱陶しく感じた虫の声はもうしない。代わりに、山は赤や黄色に染まっている。

 

一日一日は、大して代わり映えのしないもののはずだった。

しかし、いつのまにか──。

 

……うん。やっぱりあとで寝たふりして薬取り返そう。せっかくたくさん満月の機会があるんだから、今のうちに大猿状態での戦い方を身につけてみせる!

 

そんなことを考えながら、湯気の向こうのジジイに、もう一度おかわりをねだった。

 

 

◇◇◇

 

 

事件が起きたのは、木々の葉がほとんど落ちた頃だった。

 

木の根元に置いておいたはずのおやつ――じいさんが作った饅頭の包みが、綺麗さっぱり消えていた。

犯人はひとりしかいない。

 

「ゴクウ……またお前か!」

「うまかった!」

 

悪びれる様子もなく即座に白状するのが、腹立たしいやら呆れるやらである。

 

「待てこら──」

 

言い終わる前に、幼子の気配がふわりと消えた。 いや、正確には消えたのではない。

周囲の木々や土の気に、器用に溶かし込むようにして紛れさせているのだ。

 

「へへ、こっちだよーっ!」

 

声だけが木々の向こうから飛んでくる。

姿はない。探ろうとすればするほど、背景に溶けて捉えにくい。

 

──最近、なんかこいつ見つけにくくなってないか?

 

わたしは何ヶ月もかけて、戦闘力をコントロールする特訓をしている。対して、悟空はまだ修行らしい修行もしていないはず……なのに。

 

木に登り、目を閉じる。

あいつはいつも、隠れながらもこっちの反応を窺っている。動かなければ、痺れを切らすのはあっちだ。

息を潜め、気を探るのに集中する。

 

声は出さないし、動きもしない。

 

「あれ……ねーちゃん、どこいった?」

 

しびれを切らした声が近づいてくる。

ぽきり、と枯れ枝を踏む音。 木の下に、小さな気配が油断しきって現れる瞬間を待つ。

 

「捕まえたぞ、このオヤツ泥棒!あとわたしはねーちゃんじゃない!」

「うぎゃッ!?」

 

飛び降りざまに脳天へ、軽く拳骨を落とす。

 

「いってぇ!!なんで後ろにいるんだ?!!」

「枝の上にいたんだよ」

「ずりぃ!!」

 

涙目で頭を押さえるゴクウを見下ろしながら、内心では舌を巻く。

 

覚えが早いというより、勘がいいんだろうか。それとも、余計な力みがない分、するりと上達してしまうのか。

 

腹立たしいけど、同族としては少しだけ喜ばしい発見だ。

 

 

◇◇◇

 

 

きっかけは、ちょっとした暇つぶしだった。

 

雪のせいでじいさんがあまり外に出なくなったので外での鍛錬もつまらない。

暇を持て余してゴクウと一緒に家中のものをひっくり返して漁っている時に、それを見つけた。

 

「本だ」

 

戸棚の隅、木箱の中にしまわれていた古びた書物。記憶媒体に保存されたデータじゃないところに、ここの文明の進度を感じる。

 

開いてみれば、並んだ文字は──思っていたより、すんなり読めた。

宇宙公用語に近い。所々掠れているものの、大体の意味は取れる。

ぴっ……?なにかを封じ込める術を記しているようだ。

 

「公用語使ってるのか」

「おお、メイズはもう字が読めるんか。しっかり学んでるようじゃな」

「ふふん、わたしはエリート候補だからね!」

 

得意げに一冊読み進めていたところで、ふと視界に別の文字が飛び込んできた。 裏表紙の隅に書かれた、点と棒がくっついたようなもの。

 

「じいさん。これは、なに?」

 

そこだけまるで違う模様に見える。

指し示せば、じいさんは懐かしそうに目を細めた。

 

「ん、それは書き手の名前じゃな。仮名じゃとこんな字じゃ」

「名前?名前ってゴクウとかゴハンとかみたいに書くんじゃないの」

「ここらでは、名前には漢字を当てることが多いんじゃよ。ほれ、悟空やワシもこう書く」

 

老人が地面に描いてみせたのは、全く見慣れない文字だった。

初めの塊は同じ形をしている。これが『ゴ』か?

 

「全然読めないんだけど」

「じゃろうな。教えてやろうか」

 

暇な時間を持て余していたのもあり、なんとなく頷いた。

 

……それが、まさか長引く羽目になるとは思っていなかったが。

 

毎日、棒で砂地に文字をなぞる練習を、悟空と並んでやらされることになった。悟空はというと、文字よりも棒を振り回す方に夢中で、家の中でやるなとじいさんに叱られていた。

 

「なんか暗号みたい。わたしの名前もカンジないの?」

「メイズは……迷子?いやそれは流石にのう」

「どういう意味?」

「……迷う子供。まいご、じゃな」

「わたしはまいごじゃないッ!!!」

 

 

◇◇◇

 

 

雪も溶け、新芽が生え始めた頃。

 

薬の残りも心許なくなってきた。

そろそろ、外へ出てもいいかもしれない。

 

 

──そう考えて、ひとりでパオズ山を出た日のことだった。

 

 

瞬きする間もなく目元に迫った皺くちゃの指先を、すんでのところでのけ反り避ける。

掠めた頬が熱い。

 

「ほう……ただの我が流派を騙る不届き者にしては、悪くない反応じゃ」

 

なんとか突き刺すような気配の方を向けば、鳥を模した奇妙な帽子を被った老人が、こちらへ向けて手刀を繰り出していた。

 

「──な、にッ?!」

 

考える間もなく空へ逃げた。反射的に、ほとんど本能で。

 

浮かんだまま、足元を見て鳥肌が立つ。

 

私の首があった場所。

そこら一帯の草が、刃物でも使ったかのようにスッパリと切れている。

 

いったい、何。誰。リュウハってなんだ。

何もわからない、だが。

 

 

そんなものはどうでもいい。

 

 

「手を出したのは、そっちだからな……!!」

 

 

──久しぶりの、戦闘だ。

 

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