鬱ゲー世界の魔法少女たちを助けるために俺ができる幾つかのこと 作:それは違うよ!
ぼくは、ずっとひとりぼっちだ。
生まれてすぐに国連の施設に預けられたらしくて、両親の顔だってわからない。
内気で、どもりで、言いたいことが言えなくて、それなのに、「やらない理由」を探して頑張ろうともしない人間だから、当然だった。
魔法という超常の力が自分の中で目覚めたことを知って、横須賀基地で「管理」されることになってからも、それは変わっていない。
変わったことがあるなら、尊敬できる人が、大好きな人が増えたことだろうか。
常に「最優」であろうと自分を磨き続けているアンジュちゃん。「次席」であろうと、諦めずにその背中を追いかけ続けているフタバちゃん──ぼくは、三百六十五の朝を迎える度に、皆のいろんなすごいところを知っていった。
そして、三百六十五の夜を迎えたときに、例外なく、皆──いなくなった。
尊大に見えて、実は草花を愛でるのが大好きなコユキちゃんも、人当たりがよくて、常に笑顔を絶やさないユウカちゃんも。
皆、皆、ぼくを残して、死んでいった。
ぼくの魔法が、戦いの役に立つことはない。
皆には「五分後の未来を予知できる魔法」と説明しているこの力は、本当のことを打ち明けたとしても、「使えない無能」の烙印を押されることを避けられないだろう。
だから、ぼくはそうあろうと決めている。
最初の夜に見たあの悪夢を──いや、最悪の結末を繰り返さないために。
皆から好かれずに、ただにこにこしながら、嫌われ続ける無能として、振る舞うのだ。
だから、三百六十六回目の今回だって、それは変わらないと思っていたのに。
「どこの席も空いてなくてな、隣はいいか。桜木ノア」
「え、えっと……コユキちゃん?」
「いかにもわがはいは柊木コユキだが」
とてとてと、食堂の隅っこにある席──いつもぼくが一人でご飯を食べている場所に、コユキちゃんが現れた。
「せ、席、他のところも空いてるよ……?」
「空いていない。わがはいの中ではそうなっている」
「……そ、そうなんだ」
「それともなんだ、桜木ノア。おまえは、このわがはいと顔を突き合わせて食事をとりたくないのか」
「……え、えっと、それは逆に、ぼくが聞きたくて」
「ならいいではないか」
ぽふっ、と食堂の椅子に腰を下ろして、コユキちゃんはお盆に乗せて運んできたきつねうどんを小さな口に運んでいく。
おかしい。
三百六十六回目の今回に至るまで、ぼくが魔法少女の誰かと一緒に食事をするのは、決まって絶望的な結末を迎える前で。
「……桜木ノア。わがはいは、まだおまえのことを認めたわけじゃない」
「えっあっ、そ、そうだよね……ごめん……」
「でも、抜いた草が詰まったゴミ袋を運ぶのは想像以上に疲れた。そういう意味では、今までのおまえを褒めることはやぶさかじゃない」
任せきりにして、すまなかった。
コユキちゃんはバツが悪そうに視線を逸らしながらも、確かにそう言ってくれた。
なんでだろう。今の今まで、コユキちゃんと和解できなかった「回」はなかったわけじゃないけど、いくらなんでも、早すぎる。
「か、管理官殿に言われたからじゃない。これはわがはいの意志だ」
そう言って、コユキちゃんは照れた顔を、丈がダボダボに余った袖で隠した。
……そうだ。
明確な違いがあるなら、そこだ。
今回は──三百六十六回目の管理官は、まるで別人のようにぼくたちのことを思って行動してくれている。
でも、どうして?
今までは必ず横須賀基地は壊滅していたし、皆に働きかけて、なんとかアンジュちゃんを生き残らせても、まるで揺り戻しのように他の誰かが代わりに死んでいた。
「……あの男のことだって、わがはいはまだ信用していない。だが、桜木ノア。おまえなら管理官殿の秘密を知っているのではないか? 今日はそれを聞きにきたのだ」
「そ、そう言われても……ぼくだって、なんで急に管理官さんが優しくなったのか、わからないし……」
「ふむ……管理官殿は随分とおまえの力を買っているみたいだから、なにか密約でも交わしているのかと思ったのだが」
コユキちゃんには申し訳ないけど、本当にわからない。
三百六十六回目の繰り返しに現れたイレギュラーの存在も、彼がぼくなんかに優しくしてくれた理由も。
ぼくなんかに、優しくされるような価値はないのに。ぼくは皆に嘘をついて、ひどいことを、しているのに。
「なにはともあれ、わがはいの農園の維持にはおまえがいないととても困ることはわかった、これからも……その、なんだ。協力してくれると助かる」
頬を赤らめて、視線を逸らしたままコユキちゃんは言った。
……コユキちゃんの農園が無事なまま、ここまで進めたのも初めてだから、どう返せばいいのかわからない。
ぼくは、本当に必要とされている? ただ、いじめの一環で草むしりをさせられていただけなのに?
「……ぁ」
声が、出ない。
今まで皆と笑顔で話せていたのは、今までの
初めて向けられた感情に対しては、どうしていいのか、まるでわからなかった。
「……貴女がその子に絆されたのも、管理官の影響?」
呆然と答えを見つけあぐねていると、大盛りの刺身定食が乗ったお盆を持って、フタバちゃんが現れた。
ぼくに対する視線には相変わらず強い敵意と侮蔑が滲んでいて、逆にそっちの方が安心する。
ぼくは、戦えない無能だから。ぼくが皆のことを好きでいたとしても、ぼくは嫌われているべきだから──
「管理官殿は関係ない。もっとも、桜木ノアと共にわがはいの農園を守ってくれたことには感謝しているがな」
「得体の知れない存在に感謝をするのは、正しくないわ」
「相手が誰であれ、大事なものを守ってくれたことに感謝することは正しいはずだが」
「……屁理屈よ」
「道理だが?」
「……正しくないわね」
それだけ言い残すと、フタバちゃんは真ん中の方の席──アンジュちゃんたちが中心になっているグループに戻っていった。
顔が青ざめていく。
ぼくなんかのせいで、もしもコユキちゃんが孤立してしまうことになったら。とてもじゃないけど、耐えられない。
「ふん……なにを心配しているのだ、桜木ノア」
「ぁ、ぇ……え、えっと……」
「わがはいは、わがはいのしたいことをしているだけだ。それに梯フタバもそこまで頭が固いわけじゃあるまい。少なくともおまえや管理官殿のことを、まだ噛み砕けていないだけだ」
「……ふ、フタバちゃんが……?」
「……管理官殿に怒られて、初めて思い出した。相手には相手の立場があると。だから……そういう意味では、管理官殿との縁を作ってくれたおまえには、本当に感謝している……」
ちゅるちゅるとうどんを早口で啜って、もぐもぐと咀嚼しながら、コユキちゃんはぼそりと呟いた。
……どうしよう。
こんなに純粋に、自然に好意を向けられたことなんてなかったから、どんな顔をすればいいのかわからない。
ぼくに対する好意は代替品で、他に誰もいないから仕方なく手を取っただけのことで。
それなのに。
ぼくは。
「う、うぅ……っ……」
「……わがはいの胸で泣くか?」
「……い、いいです……だって、コユキちゃんのおっぱい、でっかくて、窒息しそうだから……」
「はは、言うではないか」
ぼくは、溢れるままに涙を流し続けた。
もしかしたら──なんて、期待も抱いてしまうけれど。
でも、ぼくは知っている。こんなに愛おしい時間も、向けられた好意も──全部、絶望と、真実の前には無意味なものに変わってしまうのだと。