とある英雄の原子熱冷 作:むぎのん
昼休み
今日もまたいつも通り、日常の風景として皆が各々雑談に花を咲かせている
「ねー、進路希望どうするか決めた?」
「えー、まだ全然だって。ていうか早くない?」
そんな会話が飛び交う中
窓際の席で、麦野沈利は頬杖をついていた。
特に興味もなく、ただ時間を潰しているだけの姿勢で
そんな彼女に一人の女子生徒が身を乗り出す
「ねえ、むぎのんは?」
「……何が?」
「進路だよ進路。もう二年だしさ、そろそろ考えないとじゃん?」
この手の話題が出ると、必ず共通で出てくる内容がある。
それは『麦野沈利なら雄英高校を目指せる』というもの
今回も例にも漏れず当然のように話題に出てきた
「むぎのん、先生に雄英勧められるくらいには頭良いじゃん!本格的に目指してみたら?ヒーロー!」
「そーそー!成績いいし、個性も強いしさ!」
友達である女子生徒達は互いに明るく言い放つ。
教室の何人かがちらりと視線を向けるのを見て、麦野は小さく息を吐いた。
「‥‥‥そう?」
「まあ、考えとくわ」
それでも彼女は相変わらず興味なさそうに返す。
完全に受け流す姿勢だ。
それ以上話を広げる気を感じられない
女子生徒は「えー絶対いけるって!」とまだ何か言っているが、麦野はもう聞いていなかった。
(雄英ねぇ……)
頭の中でだけ、単語を転がす。
ヒーロー育成の名門校。
この世界の象徴みたいな場所。
(どうでもいいわね)
麦野にとって興味すら沸かない存在でしかないようだった
放課後。校舎裏にて、いつもの場所。
ここは人の気配は少なく、静かで無駄がない。
相変わらず麦野は壁にもたれ、ぼんやりと空を見上げていた。
(進路、ね)
さっきの会話が、ほんの少しだけ残っている。
だが、深く考える気はない
どこへ行こうが、大差はない
そんな風に思っていた
仮に、自分が雄英高校に入学するとなればだ
麦野沈利はヒーローとしての道を歩むことになるのだが‥‥‥
「冗談」
暗部時代の仲間が聞いたら、きっと腹を抱えて笑ってしまうだろうな。とかつての仲間たちの反応を妄想しては肩で笑ってみせた
_____そんな時だった
複数人での話し声が響いてくる
元々静かな空間だったということも相まってその声はより明確に聞こえてくる
声のする方へと視線を向けると、轟焦凍は囲まれていた。
相手は上級生らしい。数は三人
軽く威圧するような空気を出しているが、決定的に何かをする気配はない
ただ、面白半分に絡んでいるだけだ
「なあ、“エンデヴァーの息子”くん」
わざとらしい言い方だった。
焦凍の表情は変わらない。
「氷だけじゃなくて、"エンデヴァーの個性"も使えるんだろ?1回だけでいいからさ〜?見せてみれねぇ?」
「‥‥‥断る」
「‥‥‥あ?なんで?」
明らかな敵意を向けながら断ったせいで上級生も臨戦態勢に入ってしまっていた
上級生達からすれば明らかな敵対意識だが、麦野は確かに感じ取る
(‥‥‥エンデヴァーって単語の度にイラついてるわね)
エンデヴァー、それは世間で賑わせているトップヒーローの一人
あの平和の象徴 オールマイトに最も近い男No.2ヒーローだ。
単に父親の個性にコンプレックスを感じてるのかもしれないが、何故だろう。
どうしても"ただそれだけ"とは思えなかった。
焦凍の表情は変わらない。
だが、その目だけは違った。
感情を押し殺しているのではなく、最初から“そこにない”ような空虚さ。
上級生の一人が一歩前に出る。
「見せてみろって言ってんだよ」
空気が変わる。
ほんの一瞬。
暴力に変わる直前の“間”、焦凍は動かない。
「断る」
それだけをただ繰り返す。
(……はぁ)
麦野は小さく息を吐いた。
(ああいうの、一番ダルいのよね)
弱いくせに群れて、どうでもいい理由で他人に絡むやつ
見ていて、純粋に“つまらない”。
「聞こえてんのか?」
上級生の手が、焦凍の胸ぐらへと伸びる
その瞬間だった。
「……うるさい」
ぽつり、と
場違いな声が落ち、全員の動きが止まる。
視線が、一斉に一点へと集中された。
そこにいたのは____壁にもたれていたはずの、麦野沈利。
「……あ?」
「なんだよお前」
「別に」
麦野は気だるそうに答える。
視線すら合わせず、ただただ面倒くさそうに口にする
「目障りなの。それとも一度言わなきゃ分からないくらい脳が足りてないのかしら?」
麦野の一言で明らかに空気が悪くなるのを肌で感じる
彼女はそんなのお構いなしと言わんばかりに一歩ずつ歩み寄る、焦凍隣に並ぶように
それを見た上級生が眉をひそめた
「……お前もやんのか?」
「やる?やるって何よ。」
「"テメェも喧嘩売ってんのか"って聞いてんだよ!」
上級生の一人が声を荒げて叫ぶ
今にも飛び掛かってきそうな勢いだったが、麦野はそんな彼らとは対照的に不敵な笑みを浮かべた
その場に居る一人、轟だけは感じ取っていた
彼女から発せられる"異様な雰囲気"を
(なんだこいつ‥まるで‥"親父"みたいな‥‥)
彼女の様子を見た一人が舌打ちし、腕を振り上げる。
「調子乗って___」
____閃光。
何が起きたのか、誰も理解できなかった。
音は遅れてやってきて、衝撃は全く感じられない。
だが、麦野の放った"それ"は上級生の顔面をかすめるように、確かに空間を抉っていた。
コンクリートの壁がまるで溶け落ちたかのように削れている
「……は?」
腕を振り上げたまま、固まる。
______あと数センチずれていたら
その事実が、遅れて理解される。
麦野は指先を軽く下ろす。
「知ってる?喧嘩って同じレベルの者同士が争って初めて成立するの」
笑みを深くしながら、麦野は自身の放つ雰囲気を更に濃くしていく
それは素人の人間でも感じられるような"明確な殺意"
「分かったんなら失せろ三下共。次は当てるぞ」
空気が凍り、その場に居る誰もが動けなくなる。
いや、動けるはずがない。
理解してしまったからだ。
(勝てない)
本能が激しく警鐘を鳴らしていた。
その場に居た一人の上級生が、恐怖に耐えきれず声を上げて逃げ出した
それに一人、また一人と続いて行き、やがて焦凍を除く全員がその場から逃げ出してしまった。
足音が遠ざかり、静寂が戻る。
麦野は、興味を失ったように視線を外す。
こうした格下の扱いは前世にて既に心得ていた。
______心底嫌になるくらいに。
声だけはデカく、何の力を持たないくせに楯突く雑魚や
変に慢心し、自分なら勝てると自惚れた勘違い等
例を上げればキリがない程に
こういった輩の対処法は"ほんの少し"脅してみせればこのように尻尾を巻いて逃げ出す
「……ほんと、くだらない」
それだけ呟いて、背を向ける。
「待て」
背後から声が飛び、足が止まる。
振り返らずに麦野は返事をした
「何」
「なぜ、止めた」
その問いに麦野は少しだけ考えるような素振りを見せてから肩を竦める
「うるさかったから、それ以上でも以下でもない」
「なら、なぜ助けた」
「‥は?」
「うるさかっただけなら、お前がその場から居なくなればいいだけだろ。」
正論だ。
無駄がなく、感情がまるで篭ってない
ただ事実を並べた言葉
麦野は数秒の間沈黙してしまう
(……こいつ)
ほんの少しだけ、苛立つ。
見透かされたような感覚が、妙に癪に障った。
「……別に」
「アンタがどうなろうが知ったこっちゃないわよ」
「……そうか」
あっさりと引く。
それ以上踏み込んで来る様子はなかったが
「……個性の使い方、相当手慣れてるな」
「さっきの一撃……威力を抑えて、軌道もギリギリの所で逸らしてた」
「‥普通の中学生が出来る芸当じゃない」
今度は淡々とした口調で分析した結果を述べてくる
(‥‥‥はぁ)
彼女は内心舌打ちをしながら、振り返らずに口にする
「‥‥だとしたら何?」
「‥ヒーローを目指してるのか?」
その問いに、麦野はようやく振り返った
露骨に、面倒くさそうな顔で
「……あのさぁ」
ため息混じりに口を開く。
「勘違いしてるようで悪いんだけど」
「別にアンタを助けた訳じゃない」
「私はこの場所を気に入ってるの」
一歩ずつ彼に近づきながら、視線をぶつけ、静かにきっぱりとそう言い切る。
「アイツらが邪魔になったから、"追い出した"だけ」
ただ、それだけの話
___そのはずなのだが
(‥‥‥あれ)
そう言いながら、ほんの一瞬だけ違和感が走る。
(私、なんで……)
今出た理由も、全ては後付けでしかないことに気付く
‥‥‥ならば、あそこで踏み出した理由は?
轟焦凍を助けるような真似をした理由は?
麦野沈利自身もよく分かっていない。
「……そうなのか」
焦凍はそれ以上踏み込んで来なかった
満足するような解答ではないのは間違いないが、これ以上問いを続けても答える気がないことを悟ったのだろう
「そういうアンタはどうなの」
麦野の問いに、焦凍は一切迷わず答える。
「……俺はヒーローを目指す」
間を置かず。淀みなく。
「……No.1ヒーローになる為に」
その言葉に、"熱"は無かった
そこにあるのは、やはり見覚えのある"目"
道端で『ヒーローになる!』と夢を掲げた少年のような"希望に満ちた目"ではない
それとは相反するような、"憎しみ"が混ざったかのような___
麦野は数秒、無言で見つめる。
(‥‥は)
内心、小さく笑う
(バカみたい)
そんな感想しか出てこなかった
きっと、彼が抱えてるものは彼がNo.1ヒーローになることで解決するのかもしれない
しかし断言出来る
「アンタじゃ無理ね」
興味なさそうに、それでいて確かな確信を持って告げる
「‥何?」
「少なくとも、今のアンタじゃ絶対に無理ね」
「‥ッ‥‥お前‥‥」
睨みつけてくる焦凍だったが、麦野は構わず続ける
「じゃあ聞くけど、"平和の象徴"って呼ばれてる
「‥‥‥そんなの、まだ分からない。
だが、絶対に俺はオールマイトを超え__」
麦野は、一歩踏み出す。
わずかに視線を落とし___焦凍の左側を見た。
「
沈黙。一瞬だけ。
空気が張り詰める。
「まあ、ここまで聞いてりゃなんとなくその縛りにこだわる理由は分かるけどさ」
「自分で自分の足引っ張って、一位になりますって
そんなの、無理に決まってるじゃない」
「ッ……お前に、何がわかる」
声が、わずかに低くなる。
初めて、焦凍の感情が滲んだ。
麦野は小さく息を吐く。
「分かるわよ」
「そういう目、腐るほど見てきたから」
まるで興味を失ったように視線を外す
「……復讐とか、否定とか」
「どうでもいい理由で縛ってるやつってさ」
肩を竦めながら、静かに断言する
「大体、途中で"壊れる"」
否定ではない。
ただの“経験則”だった
焦凍は何も言えない。
言い返す言葉が、出てこない。
「……ま、好きにすれば?」
麦野は背を向ける。
「別に、アンタがどうなろうが関係ないし」
一歩、歩き出し
「せいぜい頑張んなさい」
それだけを残して
今度こそ、本当にその場を立ち去った。
_____数日後。
「進路希望、ちゃんと書いて出せよー」
教師の声が教室に響き
配られた紙に、クラスがざわつき始める。
「どうするー?やっぱ普通科?」
「いやー、ヒーロー科ワンチャン……」
そんな中、例の女子達が身を乗り出してくる。
「ねえむぎのん!やっぱ雄英でしょ?」
「絶対いけるって!むしろ行かなきゃもったいないって!」
「そーそー!ヒーローなろうよ!」
(……うるさい)
麦野は頬杖をついたまま、ペンをくるくると回す。
興味はない。
本当に、ないはずだった。
(雄英ねぇ……)
紙の上に視線を落とす。
空欄のままの進路欄。
(ヒーロー、ね)
ふと____あの声が、蘇る。
『……No.1ヒーローになる為に』
(……は)
思わず、鼻で笑う。
(バカみたい)
そう思うのに。
指先が、止まらない。
「……」
ペン先が、紙に触れる。
躊躇はなかった。
深い意味もない。
ただ_____
『雄英高校』
それだけを書き込む。
「……ま、ここでいいか」
ぽつりと呟く。
「え!?ほんとに!?むぎのん!!」
周りが騒ぐが
そんなものはどうでもいい。
(どうせなら)
ほんの少しだけ、口元が歪む。
(退屈はしなさそうだし)
理由なんて、それだけだった。
_____そのはずだった。
とりあえず体育祭まで書くつもりではあります
次回は入試試験編にしようかと考えてます
轟君は推薦枠で入ってましたが、むぎのんは一般で受けます。
成績優秀なむぎのんなら推薦枠でもよさそうですが、勧められた推薦枠をなんなら一度蹴ってそうだなと思ったので