提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
退役は、本人もいささか拍子抜けするほど事務的に進んだ。形ばかりの慰留の後、退役の手続きがなされ、艦娘たちにも淡々と受け止められた。
それもこれも本人のものぐさな性格。大本営に何か期待するくらいなら輸送船団と護衛艦の回転率考えていた方がマシ、とおよそ組織内遊泳に無関心。貸しも借りも作らない主義で普段は平凡な戦果に留まり、普通ならば干されるところなのだが、大規模攻勢中に突出しすぎて補給が間に合わない、思わぬ反撃に遭い予備兵力が急遽必要、という事態になるとおっとり刀で駆けつけてくるのが彼の艦隊であった。それが一度や二度ではない。
「たまたま近くを通りがかった」「運よくメンテが間に合った」などと作戦の不備がある度にしたり顔で聞かされ続けては大本営海軍部の立つ瀬がなかった。どこかの派閥に靡くわけでなし、出世につられるわけでなし。海軍部は、彼の退役の申し出を聞いて胸をなでおろしたという。
艦娘の方といえば、折に触れて提督に『憧れの年金生活』を聞かされていたものだから、驚きはなかった。それどころか提督に感化されていた。
「深海棲艦と戦うために生まれてきた。確かにそのとおりなんだが」提督はボリボリ頭をかきながら言ったものである。「それだと単に死ぬのが早いか遅いかだけになるんじゃないかなあ。それなら辛い思いして下手に生き残るより、さっさと死んだ方が楽じゃない?」
存在意義の全否定に艦娘の反応は様々であったが、深海棲艦の脅威から人類を守るために生まれたのと、深海棲艦と戦うために生まれたはイコールじゃないよ、と言われて各々思うところがあったらしい。艦娘は提督引退と共に解体を選ぶか、異動して戦い続けるかのどちらかだったのだが、ここの艦娘は書類上の制度に過ぎなかった予備役編入を選ぶ者が出てきて海軍省を当惑させている。
送別会は、そんな面倒なもの、と固く辞退するつもりであったが、最後くらいびしっとするネー、と秘書艦に気合を入れられ、いちいち挨拶回りしなくても一回で済みますよ、と長年の付き合いで性格を見抜いた初期艦の説得に乗ることにした。送別会というより同窓会のノリで昔話に花が咲き、気楽なものになったのはありがたかった。
それやこれやで柳佐理(やなぎ すけまさ)はここ、大平原の小さな廃校の前に立っていた。北海道十勝平野のど真ん中、大地町。西には日高山脈、北には大雪山系の蒼い山容が聳え、季節によっては東に遠く阿寒山地も見えることがあるらしい。
憧れの年金生活。田舎に住もうを実践したらこうなった。廃校でも管理費はかかるし、解体費用を捻出するのは大変、と町でも持て余していたから柳の申し出は渡りに船であった。
役場からもらってきた鍵をポケットから取り出す。
「あれ、開いてる。不用心だなあ、いくら田舎たって」
苦笑しながら扉を開き、スリッパに履き替えると事務室兼職員室に入ったところが
「おはようございます、司令官」
黒いマントを羽織った白のセーラー服。黒地に赤線の襟に赤いタイ。見慣れた顔が笑顔で柳を出迎えた。
「なぜ君がここに」
「司令官さん、憧れの年金生活ですよ、年金生活」
「ヴぁい!」
当惑して間抜けな声をあげつつ柳は大体を理解した。自分が退役する、ということは、初期艦も当然退役該当である。初めからそのつもりだったな。道理で最後の日まで淡々と日常業務していたわけだ。
「ふーぶーきー」
「怖い顔してもだめでーす」
「帰りなさい」
「やだやだやだぁ。」
「ここは君の来る場所じゃない」
「たまに外に遊びにいく以外、海と鎮守府しか知らない世間知らずのかわいそうな女の子を放り出すんですか?ひどい…」
提督になって以来、25年付き合ってきたんだ。見かけは中学生かもしれないが、中身は40のおばさんだぞ。レ級とも渡り合ってきた海千山千がか弱いって、冗談にもならん。ウソ泣きする初期艦に首を振り振り尋ねる。
「君も物好きだね。こんなおっさんに、こんな田舎までついてきて。何かやりたいことなかったの?」
「呼吸すら億劫という駄目人間の面倒みてくれませんか、と各方面から頼みこまれまして」問われて吹雪は、憲兵隊の隊長に隣の鎮守府の提督、先輩、同僚、後輩、上司の名前を次々と挙げた。
「深海棲艦倒すだけがご奉公じゃない、って拝み倒されたら断りきれませんでした」
「あいつら…」
「まだ何かおっしゃりたいことはありますか」
「いや。無駄な努力はしない主義なんだ。」
「結構。じゃ、車出してください。帯広まで買い出しに行きますよ。」
「えっ?」
「鎮守府から妖精さん借りてきたんです。お菓子一杯あげる、って約束で。
妖精さん、後お願い。」
「はいな」
「おまかせあれ」
「おやくだちです?」
わらわらと妖精さんが沸いてきて、掃除や模様替えを始める。
「ほらほら、司令官。邪魔ですから。どうせここにいたって突っ立ってるか、座ってるしかできないんですから。ここは妖精さんに任せて買い出しに行きますよ。」
「アッハイ」
退役提督、柳佐理の年金生活初日はこのようにして始まった。
帯広市。西2条南11丁目。
「柳〇どこいったあああ!」
「〇ーげつ?」
「三方〇、大人喰いするんだっ!」
「〇ぽーろく?」
謎の執着を見せてグルグル回り、ようやく店を見つけると10本、自宅用、と注文して店員を驚かせる柳。
「大通に移っていたとはなあ。しかしこれで帯広に来た目的の半分は達成した。」
美〇楼で遅めの朝食兼早めの昼食を注文しながら満足気な柳。
「そんなにおいしいなら、はっちゃんに送ってあげようかなあ」
「バウムクーヘン自体がそんな高級菓子じゃないからあんまり期待されても困るが、普通にうまいと思うぞ。私の場合は刷り込みと思い出補正かかってるからアレだが」
「そうですか。それで残り半分は?」
「あそこで」柳は通りの向こう側を指さした。「魚買って、ま〇やでパンを買わなきゃならん。」
「〇花亭も。妖精さんに苺ホワイトチョコあげる、って約束したんです」
「任せる。私は〇月派でね、千秋〇はあんまり詳しくないんだ。」
「〇しゅーあん?」
「その前に藤〇行って日用品買わないとな。となると魚は後回しか」
吹雪は衝撃を受けていた。あの司令官が、オフにはトイレに行く以外、一歩たりとも動こうとしないあの司令官が買い物の段取り立てている。これは事件ですよ青葉さん。気付かれないように携帯を取り出す。
「はい、白雪です。あら?」
・・・ところで日用品ってどれくらい買えばいいんだ。妖精さんの仕事次第で買うもの変わってくるんだが。
台所にお風呂みたいな配管回りのある部屋と、寝室リビングの改修改築はお願いしてますけど。壁紙や床、作りつけの家具くらいは作るかもしれませんね。
さすがに鍋釜庖丁という訳にはいかんか。台所に風呂に寝具に、家電も一通り揃えなきゃならんし、結構時間かかりそうだな。一日で終わるかな。
お店に案内してもらえばあとは私がやります。財布を用意して傍に立っててください。
かたじけない。
白雪も呆れかえっていた。あの生活能力ゼロのダメ人間が吹雪を連れ回して買い物している。奇跡っておきるんだ。神はいるかもしれない。そして”適当に処分しておいて 宜しく”と貼り紙がしてあった提督私室のことを考える。
「よし」
通話を切り、姉に短くメールすると白雪は駆逐艦寮に向かった。
「パンツさんつかれたー。休憩しようよぉ」
デパートのフロア全制覇、というのは呼吸することすら億劫がるダメ人間には荷が重すぎた。もっとも全部配送にしたので手荷物はなかったのだが。
「はいはい、買い物終わったら喫茶室行きましょうね。」
娘にたしなめられるおっさんの図に六〇亭の店員は苦笑していた。
「チョコパフェぇぇ」 「はいはい」
「紅茶ぁぁ」 「もう少し我慢してくださいね。」
甘味で英気を回復すると、宣言通り魚とパンを買いに行ったので吹雪の驚きは更に大きなものとなった。司令官が疲れた、を乱発すれば、紅茶とビスケットを脇に置き、毛布を被って一歩も動かず、という姿しか知らなかったからである。
「これから帰ってもアレだな。ちょっと早いが晩ご飯にしようか。喰うぜー、喰うぜー、ふ〇もり特選弁当、超喰うぜ―」
英国人ばりの紅茶お化けと思っていたけれど、実は赤城さんタイプだったんじゃ。長年初期艦やってて知らなかった、と、新鮮な発見に心うれしく思う吹雪であった。
「とっても、鎮守府です…」
帰ってくると、外観こそ学校のままだったが中身が鎮守府になっていた。職員室は提督執務室、校長室は提督私室、家庭科室は食堂に。西端の教室は温泉岩風呂といった具合。
「おかえりなのです」
「一日でここまで作っちゃったんだー。さすが妖精さんですねー。」
吹雪が苺ホワイトチョコを配り始め、歓声を上げて群がる妖精さん。
「じゅうじつのおかし」
「このためにいきていたのです」
「これでしんでもよいです?」
「あの、吹雪さん」
「なんですか、司令官」
「なんで上の教室が全部寮になってるの。君一人なら寮にすることないよね。」
「どうして私独りだと思ったんですか。」
「ヴァい?」
吹雪は、携帯を取り出すと二言三言話して柳に渡した。
「よお、提督か。早速来週からうちのちび共やるからな。ちゃんと面倒見てやってくれよな。」
「えっ?」
「いやあ、助かるよ。キス島出撃合宿。強くなるぜえ、うちの駆逐艦共はよ。今取り込んでるからまたな」
一方的にしゃべって通話を切る世界標準さん。柳は携帯を見つめた。
「来週から合宿、って水雷戦隊寄こすつもりか?」
「機動部隊もですよ、司令官。北方海域哨戒任務が楽しみになったわ、って赤城さんたちも喜んでいましたから。」
「バカナ」
どうしてこうなった。どうでもいいことばかり馬鹿みたいに気を回す大本営が余計なチョッカイ出してこないよう、中央から離れた北海道。海から離れた内陸。陸軍第5旅団の御膝元に越してきたのに。
ええい、うろたえるな。帝国軍人はうろたえない。
いや、大本営の奴らじゃない。俺が退役して喜んでいた奴ばらが俺に艦娘をよこすわけがない。現に後任は見ず知らずの奴だった。
艦娘は、俺が退役すると聞いてもやけに淡々としていて、もうちっと愛されてると思っていたから地味にショックだったんだが、根回し済みだったせいか。
艦娘全員に根回しして、後任の提督にはさも定型任務に思わせて俺に艦娘よこしてくる・・・。
大淀は確実だな。龍田がいなかったら驚きだ。大淀と明石はセットだから、明石家本舗もだ。明石には洩れなくメロン子がついてくる。軽巡だらけだ。
空母は、趣味と実益兼ねた赤城だろう。戦艦は、あの明治生まれのオババに違いない。能天気なエセ外人キャラの下には英国仕込みの二枚舌と鬼が隠れているのを俺は知っている。重巡は誰だ。こういうことには疎そうなマイペース型か戦闘全振りばかりだ。もし俺がその立場なら古鷹を口説き落とすな。なんといってもすべての重巡洋艦の姉だし。だがしかし。
マイエンジェルがそんな陰謀にかんじゃうの?うおおお、俺はとっても悲しいぞ。フルタカエルぅぅぅ!」
「司令官、そんなに古鷹さんに会いたいなら北方海域哨戒合宿に呼びましょうか」
「えっ?」
「心の声がダダ洩れですよ。」
「どの辺から」
「マイエンジェルから」
こんなことで一々落ち込んだりやっかんだりしていては初期艦は務まらないのであった。本当は英国仕込みの二枚舌あたりから口に出していたのだが、聞かなかったことにするのが大人の対応。
「なんなら文月ちゃんも呼びましょうか?」
「ふみぃぃぃ、って何ブヒらせるんだ。」
と、吹雪閣下が愚民教育を施している横で
「あすはこうしょうとどっくをけんぞうするしょぞん」
「かっそうろもせいびするです?」
「ふきながしもたてねばです」
やる気満々の妖精さんがお菓子にパク付きながら元小学校の更なる魔改造を話しあっていた。
柳佐理
元提督。非常時は有能な怠け者だが、平時は独りでは生存の危ぶまれる生活無能力者。無事生き延びて退役。憧れの年金生活に入った。
吹雪
柳の初期艦。リボンすらない平凡と地味が個性の特型駆逐艦一番艦。改二で閣下化した。
白雪
特型駆逐艦二番艦。海軍経理学校卒。主砲で弾幕を張るトリガーハッピー。
天龍
世界標準の巡洋艦。眼帯の怖くない方。面倒見のいい、おっぱいのついたイケメン。