提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
「天龍ほか5名、到着したぜ」
「ご苦労」
つい習慣で雑な敬礼を交わし、お互いにしまった、という顔をする。
「提督。俺は、これから提督をどうやって呼べばいいんだ。」
天龍が神妙な顔をして尋ねてきた。
「寮監とかHeadmasterと呼んでくれ。もう軍人じゃないからな。オフは、好きなように呼んでくれてかまわん。」
「Headmaster?なんで英語なんだ。」
「校長先生のことだ。私立の小中学校のな。」柳は説明した。
「ここは軍の術科学校じゃない。委託を受けた外郭団体の艦娘専用宿泊研修所だ。所長でもいいんだが、税務署の署長とかと区別がつかん。それに」
「それに」
「幼稚園は卒業しているんだろう。」
「違いねえ」 互いにカラカラ笑った。
貧弱な武装と低燃費から、専ら遠征任務に当てられる天龍と睦月型の組み合わせは、天龍幼稚園と呼ばれている。見かけは幼児の睦月型と一見不良娘の天龍という組み合わせのギャップから付けられた俗称だが、柳は大いに評価していた。
第一線を引退した旧式艦が練習艦になるのはごく普通のことだ。大井がそうだし、比叡に至っては書類上は最期まで練習戦艦だった。水雷戦隊の嚮導艦として設計・建造された天龍に駆逐艦の面倒見させるのは当然のことで、史実でも寄せ集めの駆逐艦10隻もの旗艦を勤めたせいもあってかとても面倒見がよい。
華々しい艦隊戦に目が行きがちだが、駆逐艦の用兵は多岐にわたり、艦隊戦はその一部にすぎない。戦艦空母に雷撃戦挑むことばかり考えて潜水艦追い払えないのでは駄目なのだ。大型タンカー一隻沈められると戦艦一隻どころか一個艦隊が行動不能になってしまう。
ブラウンウォーター時代の成功体験を引き摺って異様なまでに雷撃に拘る一方、護衛任務なんぞ卑しくも海軍軍人なら誰だってできる、と放言していた作戦部の尻ぬぐいに翻弄された天龍はその辺をよく心得ている。雷撃の神とか夜戦仮面といった能力特化なら他にも軽巡洋艦はいるが、護衛を戦略面から理解している軽巡洋艦はあまりいないので教育専任にしたら俺も戦わせろ、とやたらボヤくようにはなったが。
「とりあえず荷物置いて一休みしてこい。30分後に会議室でオリエンテーリングだ。
蒼龍、みんなを部屋に案内してくれ。それから初雪を必ず会議室に連れてきてくれ。」
「はーい。じゃ、皆さん、こちらですよー。」
* * *
「あらためて、ようこそ大地寮へ。これから3週間、レベリングに励んでもらう。
先ほども天龍から質問があったが、時間中は諸君らは学生、こちらは教官だ。わかったか、天龍学生。」
「えっ。俺も」
「そう。おまえも学生だ。自分だけ例外だと思ったか」
「いやまあ、その」
「おまえの教官は吹雪だ。」
「マジでか」 天龍は柳の顔をまじまじと見つめてささやいた。
「うっしゃあ、漲ってきたあ!」拳を握りしめガッツポーズ。
「おまえには個人的にも、先生としてもレベルアップしてほしいからな。」
「おう、任せろ」
「一週目は班に分かれて個別指導。二週目は艦隊運動。三週目は実戦だ。北方海域哨戒で経験値稼ぎしてもらう。教官は、響、白雪、初雪で星組、月組、雪組を担当する。」
「えー、めんどくさい。」すかさず鎮守府一の引き籠り二―トが抗議の声を上げた。
「三方〇2本出すぞ。」
「えー」
「〇成バターサンドも一箱つける。」
「・・・わかった。・・・頑張る。」
「白雪がウエスト計測係で、吹雪がバルジ大作戦な。」
「・・・・・・。みんなで分けて食べる。」
「初雪はいい子だなあ。うんうん。」
さすがは働きたくないでござる提督。似た者同士の扱いを心得ている。おかげでお菓子にあり付けた。表情を押し殺しながら心の中で初雪に拍手喝采する艦娘たちであった。
「座学は、基本ない。鎮守府で待機中にできるはずだからな。
一週目と二週目は実艦使わない訓練を予定している。教官が手取り足取りするのに不便だし、そもそも教官の実艦は返納していてない。
三週目は、大本営にねじ込んで一日三会戦、三日分の資源用意させた。出撃した次の日は実艦の補給、整備点検と諸君らの休養だ。高速修復材は寄こさなかったから、誰か一隻でも中破したら即哨戒中止して帰ってきてもらう。目的は諸君らのレベル上げで攻略じゃないからな。
土日は私の課外講座を予定している。」
柳は一旦言葉を切って皆を見渡した。無表情な者、困惑している者。うれしそうにしている艦娘がいるわけないか、と思ったら天龍が興味深々な顔つきをしていた。失敬な奴め。私だって休日に働くことはあるんだぞ。
「内容はアウトドア。実艦が沈没、大破着底、座礁して遭難。最寄の陸で味方の救助を待つ状況を想定している。直接戦闘には役には立たないが、知っているに越したことはない知識だな。土曜日が晴れれば土曜。雨なら日曜。日曜も雨だったら休講だ。
雨降りに外出て歩くのは正直めんどくさいし疲れる。」
笑い声。よろしい。
「天龍は、午前中は学生で吹雪教官についてくれ。午後は、オフだが、場合によっては他の教官の応援に回ってもらう。どのみち吹雪の訓練は2時間が限度だしな。」
「そうなのか」
「それ以上集中力がもつならいつでも大本営の鳳翔教官の特別講座基礎課程受講の推薦状書いてやるぞ。」
「は、は、は。そ、そうなんだ。」
龍田。俺、大変なところに来ちまったよ。明日が見えてしまった天龍であった。
天龍を軽くやりこめると柳は続けた。「実艦時代にオール漕ぎとかモップもって甲板廻れ廻れとか、色々訓練見ていると思うが、あれ、艦娘に全く役に立たないから。」
「えーっ!」駆逐艦5人が一斉に声を上げる。
「艦娘のレベルって、装着した艤装をいかに使いこなして実艦を動かすかだから。なんぼ走り込みしようが、腹筋鍛えようが艤装使ってなければレベル上げにならんよ。」
「でも、先輩方、体鍛えてますよね。」
「人間の体って、どうやって動かせばいいのか、そのためにな。
最大戦速で取り舵一杯なんかやったら乗員がすっとんでいくだろう。当たり所が悪かったら死ぬかもしれない。君たちは艦娘だから死にはしないだろうけど、人の体を持つ、ってことはそういうことだ。艦橋に砲弾命中しそうになったら、最後の瞬間まで実艦は回避に努めつつ、体は逃げるか伏せるかしなきゃならん。実戦には必要な訓練だ。
しかし、実艦を操るわけじゃないからレベル上げにはならんよ。だから天龍もやらせていないだろう、そういうの。」
そういえば。朝一時間早く起きて、夜、消灯時間過ぎてから、ランニングやってたあたしって。俯く者、逆に上を向く者。がっかりしているのが4人に素直に感心しているのが1人ね。柳は名前を控えた。
「日常生活は鎮守府と同じだ。研修で泊地を変えているだけだからな。変える理由がない。私物で欲しいものがあれば明石屋があるから明石屋で買うか、取り寄せできる。
ちなみに言っておくが。」 柳はにやりとして口調を変えた。
「門限破りしても警備もいないし、塀乗り越える必要もないけど、深夜料金で帯広からタクシー飛ばしてきたら軽く5千円超えるからね、ここ。私は、年寄りで寝るのが早いし、晩酌やってること多いから夜は車を運転できないんだ。Headmasterは、みんなが良い子だと信じているよ。
返事は?」
「はあーい。」
自由意思は尊重してもらったが、それは小遣い吹っ飛ばすか、夜道を10km以上歩くかを選ぶ自由意思だ。空から見た分には、周りは畑ばっかりで、ご近所さんが数軒。想像以上にストイックな生活送ることになるかも。艦娘の返事が気のないものになるのも仕方がない。
「明石と夕張が艤装のメンテとチューニングするから、ラボに艤装置いて今日の業務は終了だ。寮を見学するなり、風呂に入るなり好きにしていい。わからないことがあれば、適宜教官か、まわりに聞くように。
天龍は、ちょっと打ち合わせたいことがあるから一緒に管理室に来てくれ。
以上。解散。」
「打ち合わせってなんだ、Headmaster」
「山雲以外は意識が空回っているようだが、足踏みしているのと、基礎固めてやらなきゃならんのと、どっちだ。」
「どっちもだな。親潮と春雨は、一通りできてるんだが伸び悩んでいる。嵐と江風は、まだまだなんだが、先走りしたがる。
こういうのはもっと前に聞いてほしかったぜ。」
「すまんな。」柳は素直に詫びた。
「全然余裕がなかった。だからお前に丸投げしてたわけだが。しごくなら神通、戦闘特化なら球磨とか大井とか五十鈴にやらせるが、基礎はおまえ以外に考えられん。」
「まあな」
「私も天龍幼稚園、通いたかったですよ。」と、吹雪。
「よせやい。鳳翔教官の特別講座修了者に教育って」
「手さぐり、ぶっつけ本番で、出撃すれば高確率で中破大破して撤退。」吹雪はちょっと遠い目をした。「天龍さんがいればしなくていい苦労でした。後から来た娘がとてもうらやましかったんですよ、あたし」
白雪と初雪もそうだよねー、うんうん、と頷いている。
「そりゃあ、俺様は世界標準だからな。」
「今までもあてにしていたし、これからもそうだ。頼むぞ、天龍。」
「おう、任せておけ」
天龍
3500t級天龍型巡洋艦一番艦。小さな船体に武装を詰め込んだ結果、居住性や船としての操作性が悪化して巡洋艦というより駆逐艦。拡張性がなく、大正時代の建艦早々に見限られた旧式艦。出来立ては世界標準超えだったんだけれどね。艦これ世界では眼帯の怖くない方と言われる中二病キャラだが、兵器はカタログスペックだけでは語りきれない。
鳳翔
正規空母として建造された世界初の空母。史実では小さすぎて複葉機しか運用できず活躍の場はなかったが、艦これ世界ではすべての空母の母。一線落ちしているがとんでもない練度の隠れボスとして登場。