提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第12話 段取りは大事

 昼食後、夕張と天龍が食堂に居残って旧交を温めていた。大正に建造され、太平洋戦争時には既に旧式化していたこの二人は、運用の面から何かと戦場を共にすることが多かったのである。腐れ縁という奴だな、と天龍が言い、腐っていやがる。早すぎたんだ、と夕張がよくわからない返答をする。夕張のメカニック担当の相方は明石だが、戦場の相方は天龍であった。

 

「隣、いいですか」

 

 シードルのボトルと駄菓子をもって吹雪が夕張の横に座った。昼間から酒、というのは褒められたことではないが、どうせオフで今日は何もやることがない。ビールでないのは下戸の二人を気遣った結果で、吹雪自身もからっきしだ。アップルタイザーの方が良かったのだが、なにしろ北海道ではジュースのアップルタイザーよりも酒のシードルの方が安くて、そこら辺のスーパーコンビニで売っているときている。

 

「嫌だと言っても座るんだろう、教官。」

「まあ、そうなんですけどね。」

 あたしは、と言いかける夕張を吹雪は遮った。「夕張さんにも相談しなきゃいけないので、ご一緒で手間が省けました。」

 試飲用の小さな脚付きのグラスにシードルロゼを注いで二人に渡す。天龍が手酌とは怪しからん、とシードルのボトルを奪い取った。

「乾杯」

「何に?」

「お酒の神様に、って響ちゃんがいってました。」

「ふっ、違いねえ」 グラスを合わせる。

 

 

「天龍さんは」教官ではなく、艦娘仲間の話し合いであることをはっきりさせた。

「既に完成された艦です。実艦に余裕がなかったせいで発展性がありません。

となると大改装して別の何かになるか、能力を尖らせるか、選択肢は二つです。」

「大改装?」

「防空巡洋艦計画がありましたよね。」

「うーん。」天龍は唸った。「劣化五十鈴になるのは御免だな。俺の実艦は小さすぎてどうやったって対空砲の搭載数が限られる。」

「では建造当初のとおり駆逐艦嚮導で雷撃特化しますか?」

「よせやい。俺だって二水戦旗艦やってたんだぜ。どう頑張っても神通には敵わねえよ。重雷装艦になっても大井や北上の劣化版にしからならねえし。」

「昼の対潜の後、夜戦ならあたしと大淀だしね。」

 吹雪が何を意図しているのか気付いた夕張が話に加わった。「対潜だけなら海防艦の子がいるし。砲熕兵装にステータス振るしかないわ。」

「私もそう思います。巡洋艦なんですから駆逐艦ができないことに能力を振るべきです。」

「ありがとよ。ヒトから改めて言われると俺の考えは正しかったんだ、ってのが実感できるぜ。しかし俺の主砲はなぁ。」

 

 小さな船体に目一杯詰め込む犠牲として、天龍の主砲は揚弾も装填も機械化しなかった。人力対応することで搭載しなかった機械の重量を削減したのである。そして主砲自体も筑摩型の15cmから14cmにダウングレードしている。成人男子の平均身長が160cm前半の時代に一発45.4Kgの15cm砲弾は重すぎたのだ。軽い砲弾(といっても38Kgもあるが)に変えた結果、分あたりの発射数は3.45発から10発と約3倍となり、時間当たりの投射量と継戦能力が向上したのだが、天龍のジレンマはそこにあった。

 通常、砲撃威力を増やしたかったら口径の大きな砲に換装するのが定番なのだが、天龍にはそれに当てはまらない。連装砲にして投射量を増やすにも増える重量は主砲一基当たり29t。四基で116tとなり、基準排水量3500tの実に3%以上の純増となる。もともと排水量の10%程度しか兵装に重量配分していないところにこれだけ重量追加すれば、ただでさえ悪い凌波性が更に悪化する。

「14cm単装砲の取り柄は軽さだからなあ。」と溜息をつく。「競馬馬に西洋の鎧武者乗せるようなもんだ。本来の動きはできなくなるし、すぐへばる。」

 

 大砲は伝統的にヤード・ポンド法で作られているため、メートル法の14cmなどという大砲を作って幅広く運用したのは世界広しと雖も日本海軍くらいなものである。いみじくも北上が、侘び寂びよね、という所以である。

 

「射撃精度を上げるしかありませんね。」

「俺は偵察機載せられないから弾着射撃できねえしなあ。電探射撃くらいだよ、精度上げるとすれば。艦時代にはなかったけどな、電探。

 それくらいは深海棲艦も許してくれるだろ。」

 

 

 深海棲艦が何であるか。色々説はあるが、船幽霊のようなものだ、ということでは異論がない。帆船時代の船幽霊が柄杓で水を汲んで船を沈めるくらいだったのが、鋼鉄船の時代になって第二次世界大戦レベルの兵器で沈めようとしてくる。なぜ第二次世界大戦レベルなのか。第二次世界大戦中に戦没した船のトン数が他の時代のそれを圧倒するせいだろう、といわれている。

 生者を亡者に引きずり込もうとする一方、正々堂々と戦って敗れれば満足して成仏するという背反した性質を持っていて、深海棲艦が戦火拡大の定石の追撃をしてこないのはそのせいだろう、という者もいる。腹ごなしにもならん。もっとマシな奴連れてこい、ということらしい。ミサイルだのCIWSだのといった現代兵器は、波長が合わないのか、それとも飛び道具とは卑怯なり。卑怯には卑怯で相手してやる、とばかりに非実体化して文字通りスルーする。確かめようもない話だが、そもそも深海棲艦のようなオカルトに論理的説明をつけることが間違いなのだ。

 それやこれやでレーダーとしては原始時代レベルの21号電探で探知できてもフェーズドアレイレーダーでは探知できないとか、同じ5インチ砲でも吹雪の12.7cm連装砲なら当たるがオート・メラーラ127mm砲だと幻影を通り過ぎるだけ、ということが起きてくる。第二次世界大戦中に実績のある電探ならズルじゃないだろう、天龍の言わんとするところはそういうことであった。

 

「13号電探。俺にも回ってこねえかなあ。」

「開発もさることながら改修資材よね。」

 旧式巡洋艦二人が溜息をつく。相も変わらずの13号電探不足である。

「やることが決まりましたね。」にっこりほほ笑む吹雪。

「どうするんだ」

「練習です。」

 うん、わかってた。わかっちゃいたんだけどさ。ちっとは期待した俺が浅はかだったぜ。力なく首を振る天龍。

「明日は、実艦でひたすら固定座標撃ってもらいます。

夕張さん、データ解析をお願いしますね。解析結果から問題点を洗い出して、あさって以降の練習の方法を決めます。」

「まかせて」

 

 思わず安堵の溜息を漏らす天龍であった。練習、なんていわれたからてっきり神通ばりにしごかれるかと思ったぜ。

「それから主砲の改修をお願いします。散布界を狭くしたいので。」

 改修と聞いて夕張の目がきらーんと光った。「それなんだけどね。14cm砲には試作品があるんだけど、試していいかしら」

「試作品?」

「ええ。砲身長55口径の試作品があるのよ。大正九年度の八八艦隊計画の時にね。条約と一緒に開発中止になったけど。」

「うーん」

 吹雪は意味を考えた。14cm砲は汎用的な砲で戦艦の副砲と軽巡洋艦の主砲、給油艦その他の補助艦艇の自衛用の備砲に使われている。対空に使えない平射砲だったから両用砲の12.7cm両用砲に置換されてはいたけれど、それだと射程が中射程から短射程になるし。

「Headmasterに判断してもらいましょう、はい。」

 上役はそのために存在するんです。うん。

 

 

 

 一方、寮監室。その丸投げされた柳が教官三人を呼んで封筒を渡していた。

「これは」

「ん。訓練海域に着いてから開封するように。」

 

 封緘命令?高が訓練に?大袈裟だなあ。だけど、と三人は思い直した。初教官として色々細かい打ち合わせがあると思ったけれど、既に対策はできていたとはさすが提督。やる時はやる男。日常生活はダメダメだけど。

「了解しました。」

「今日は早く休むように。教官が生徒より先にバテていたら示しがつかないからな。

夜更かしして騒ぐ生徒はいるとは思わんがほっとけ。どうせ明日からは消灯前に寝るようになる。

それから明日は私も行くからね。」

「それは司令官が飛行機に乗りたいだけじゃないのかな。」

「そうともいう。」

 響のツッコミに悪びれもせず柳は答えた。「しかし、飛行機に留守番は必要だし、昼ごはんの準備だってしなければならないだろう。」

「あっ!」

 白雪が叫び声を上げた。教官やることばかり気をとられてあたしとしたことが。

「初雪ちゃん、あしたのご飯の買い出し行くよ。」

「えー」

「昼ご飯がジャムや蜂蜜かけたNavy biscuitと紅茶になってもいいの。」

「行こう。」初雪も本気にならざるを得ない。

「響ちゃん。向こう二週間の夕ご飯の献立作って日向さんに渡して」

「献立?」

「フリーズドライと缶詰の順列組み合わせにビタミン剤になるわよ、残りの面子なんかに任せておいたら」

「あ」

 

 駆逐艦たちが出払ってしまうとここに残るのは蒼龍と研究/工廠組の伊勢、最上、夕張、明石。毎食出前、と素で言いだしそうな蒼龍は論外。実験が始まると床に段ボール敷いて寝袋生活が当たり前と思っている研究/工廠組は、自分で作るとなると途端に食の順位が低くなる。夕張に至っては、アルファ米なら熱湯注いでかき回して20分放置しておけばできあがるのに、いちいち一品ごとに時間調整しなくちゃいけないじゃない、と冷凍食品をレンジでチンすることすら非合理的と切って捨てるくらいなのだ。

 通常であればどこの鎮守府にも任務娘の大淀がいてハウスキーピングをしているのだが、大地寮は軍の施設でないので大本営から大淀が派遣されていない。駆逐艦のいない艦隊など歩のない将棋を指すようなものだ、とは戦いだけに止まらないのであった。

 

 

「明日の準備があるので失礼します。」

 

 慌ただしく退出する白雪たちをみながら柳は思った。せっかくのアウトドアだからジンパにしようと思ったんだけどな。まあ、いいか。

 




 14cm砲

 念のため調べてみましたが、こんなレアサイズな大砲作った海軍は、日本海軍だけです。弾が重くて運用しづらいなら素直に機械化すればいいものを、わざわざダウングレード開発に予算がついてしまうところが日本だった・・・・・。
 陸軍では、なんとイギリス陸軍が5.5インチカノン砲作っていました。日本陸軍ですら作っていないのになんという英国面。
 あとはロケット砲でカチューシャの後継のBM-14とスコダ社の140mm重迫撃砲。まあ、こっちはただの鉄パイプだし。

 ジンパ

 ジンギスカンパーティのこと。春の花見も、夏のキャンプも、秋の遠足も、アウトドアの昼食といえばジンギスカン、というのが北海道クオリティ。
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