提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第13話 日々是好日 親身の指導

「では行ってきます。」

「ウィ。昼にはご飯食べに一旦戻れよ。」

 

 艦娘がそれぞれの訓練海域に散っていくのを見送ると、柳はアウトドア用のテーブルセットを並べると椅子とテーブルを展開。パラソルを広げた。自分用には長椅子。これで一応準備はできたことになる。それから太陽の方向を確認すると、日向謹製のソーラークッカーを展開する。南部鉄器の鍋に豚バラ肉のぶつ切り、ネギ、卵を放り込み、上から醤油、みりんをかけて目分量で水を足すとソーラークッカーの真ん中に掛けた。

 途中で火力調整とか強火で一気に、というものには不向きだが、じっくりコトコト煮込む料理にはもってこいで柳は大いに気に入っていた。何しろ煮込み料理の一番の手間、火の番する必要が全くない。もともと鍋が焦げ付くほど火力はないし、忘れて放置しておいても太陽の角度が変わって勝手に火力が落ちて保温モードに移行する。

 さして難しい技術でもないのに調理器具として開発されたのは21世紀になってからというのは人類の怠慢ではないだろうか。燃料にするラクダやヤクの糞を求めて炎天下を一時間も毎日歩きまわる生活をいったい何千年やってたもんだか。石器時代は仕方がないとしても、青銅器時代には気づいてもよかったはずである。実際、アルキメデスは磨き上げた青銅の盾を凹面鏡状に並べて船燃やしていたし。今日の天気なら2時間もあれば煮えるだろう。やれやれ、やっとこういう生活ができるようになった。

 長椅子に寝転がると、携帯プレーヤーを手に取ると顔に近づけスイッチを入れる。イヤホンを挿し、目を閉じた。

 

Steig' nur zu Grund, da greifst du mich sicher!

 底まで下りて、私を捕まえて!

Wohl besser da unten!

 下がまだよさそうだ

Nun aber nach oben!

 今度は上よ!

Hahahahaha! ×2

Wie fang' ich im Sprung den sproden Fisch?

 あの跳ね回る魚をどうやって捕まえればいいんだ。

Warte, du Falsche!

 待て、この嘘つき女!

 

 ラインの乙女は、柳はラインの黄金を聞きながら思った。どうやってもイクだな。

 男にちょっかい出すのが挨拶だと思っていて、しかもその気にしたら散々からかわれた揚句水の中に逃げられるわ、下手打ったら水底に引きずり込まれるくらいにして、性悪といえば性悪なんだが、可愛いから許して、みたいな?あんなのを3人もいっぺんに物にしようとしたアルベリヒは、やっぱりバカだ。男として、ガッツだけは認めてやるが。

 手にするのは楽劇『ニーベルンゲンの指輪』の対訳書。これから二週間、飛行機の見張り番の名目で陣取っては艦娘が戻ってくる間、ワグナー漬けになる計画であった。毎日飛行機に乗って、アウトドアでじっくりと腰を据えて音楽に浸る。長椅子の横には冷えたシードル。飽きたら昼寝。ああ、素晴らしきかな年金生活。

 

 

 

 などと退役提督が人生を満喫している頃。第一訓練水域。

 柳から渡された封筒を開封した白雪が唸り声を洩らしていた。入っていたのは一枚の写真。やけに薄いわね、とは思っていたが、命令書がないとは想像もできなかった。しかし、意図することはわかりきっていてくだくだ文章連ねる必要は全くない。

 

「では、始めましょうか」

 

 

 

 第二訓練水域。封緘命令を開いた初雪が写真を見つめていた。なにこれ。場違いすぎる、と反発したところで気づいた。私生活ではダメダメで妹に介助されて生活しているけれど、こと軍務ではそんな話は聞いたことがない。手抜きというか、要領がいいというべきか、コツがわかっているのだ。あたしと同じか。

 

「やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことなら手短に。」

 

 

 

 第三訓練水域。

 

「押忍!」

 

 響が写真を見て反射的に声をあげていた。なんてものを渡してくるんだ司令官は。こんなもの渡されたら、気合を入れるしかないじゃないか。学生に向き直る。

「君たちは、元気一杯なようだね。それをボクに証明してくれるかな。」

 

 

 

 特別訓練水域

 

「実艦を浮上させてください。」

「応!」天龍はラッパを取り出し、総員起こしを吹き鳴らすと叫んだ。

 

"Ia! Ia! Hastur!

Hastur cf'ayak 'vulgtmm, vugtlagln, vulgtmm!

Ai! Ai! Hastur!"

 

「今のは一体」 無駄に発音がよいのは何度も練習したせいだろう。

「実艦呼び出す呪文だ。夕張が考えてくれたんだ。風の精霊の眷属呼び出す呪文だそうだ。俺らしいだろう」

「そうですね。」

 聞くだけでも怪しさ全開だが、それが魔術師メーロンの発案ともなれば知らない方が身の為に違いない。吹雪はそう結論した。

「パラリル パラリル ドリリンパ 、っていうのもあったんだが、そっちは文月に譲った。」

「そうですか。」

 絶対イア、イアの方を唱えさせたくてそんな呪文出してきたに決まっています。龍田さんが聞いたら悶え死にしそうですけど。いや、文月ちゃんがそんな呪文唱えたら悶え死にする人が大量発生しそうですね。例えば司令官とか北上さんとか長門さんとか。

 水底より、巡洋艦天龍が浮かび上がってきた。

 

「標的を設置してきます。距離の計測と揚弾願います。」

 

 背負っていたザックに括りつけていた釣竿を外す。振り出し式の継ぎは全部で16本、全長8間、14.5m。船では近づけないポイント用の竿で、もちろん投げ釣りには使えない。重さそのものはカーボンで1.1kgしかないのだが、如何せんとり回しが大変難しく、暫く釣竿として使われた後、無線アンテナとしてもらわれていくという-しかもメーカーもそれを売りにしているという-男の浪漫を極めた一品である。

 継ぎ一本一本をヘラ浮きよろしく蛍光色に塗りなおしており、全部の継ぎを固定し、スイッチを入れると先端が赤く点滅発光し始めた。竿をザックに括り直し、先に進む吹雪。身に付けた艤装からでも距離は計測できるのだが、実艦の測距儀の方が正確だし精度は上だし、何より天龍が標的がどこにあるかを見ていてほしい。

 実艦から離れること15km。駆逐艦の主砲では届くことのない巡洋艦の間合い。ブイを4つ、前後は100m、左右は30m離して設置して竿を立てた。先端の点滅発光は、天龍から見て左が緑、右が赤。前後は白色で航海灯に見立てている。

、天龍に通信。

「設置完了、これより観測位置に移動します。」

「戦闘。左砲戦、285度、標的、左舷標的。全量射法、砲側照準、一斉打方発令発射、初弾観測斉射、斉射間隔20秒、発射弾数各門10発、苗頭503・150」

 砲術長妖精が号令をかける。

「目標ヨシ、砲向ヨシ、射撃用意ヨシ」各砲塔から報告が返ってくる。

「主砲、砲向ヨシ。射撃用意ヨシ」

「観測位置に到着。いつでもどうぞ。」

「打ち方、始め!」天龍が号令をかけた。

 

 

 

 12時30分前。吹雪と天龍が帰ってきた。

 

「お帰り。どうだった、天龍学生は」と柳。

「いっぱい落書きしてきました。」と吹雪。

「落書き?」

「まさか妖精さん相手にバッタやホース振り回すわけにもいきませんから。」

「10外すと、へのへのもへじとか、タコ入道描かれるんだ・・・」

「米海軍式にMust be AirforceとかFooled up! とかの方が良かったですか」

「・・・勘弁してください」

「はっはっは。」

 本当は笑いごとではないのだが、一番ショックを受けているのは天龍である。叱ってもしょうがない。

「実戦で使っているうちに思っていた以上に撒布界が広がってたようです。」

 真顔になって吹雪。

 主砲は、10km先の動く目標に命中させる精度を求められる精密機器だが動作環境は苛酷である。高温高圧、大衝撃、カーボン。経年劣化で可動部分に微妙なズレは出てくるし、ライフリングは削れて形が変わってくる。そこに工作精度の悪い砲弾を打ちだそうものなら弾はあさっての方向に飛んでいく。帝国海軍の命中率は米海軍の3倍だ!とのたまわった将官がいたが、貧乏でろくすっぽ実弾演習できなかったからアメリカ海軍ほど経年劣化してなかっただけじゃね、というシニカルな説もあるくらいだ。

「主砲換装だな」

 14cm砲は鹵獲やら開発失敗で散々出てくるので、どこの鎮守府でも産廃扱いの兵装である。消耗品をいじましく使い倒す必要はない。

「換装するのはいいけどよお、何に換装するんだ」

 柳は目を剥いた。「14cm砲以外に何がある。」

 吹雪と天龍の自分を見つめる真摯なまなざしに説明を付け加える。

「連装にすれば、重量オーバー。航行性能が悪化する。

 浦風砲(40口径89式12.7cm高角砲B1型)は両用砲だけれど、巡洋艦が駆逐艦と射程一緒になるのでは意味がない。

 阿賀野砲(50口径41年式15cm連装砲)は、重くなって投射量が減る。開発当時から中途半端という評価だったし。

 最上砲(60口径3年式15.5cm三連装砲)は、傑作砲だが所詮は重巡用の砲だ。無理矢理積んでも三景艦みたいなものにしかならんだろう。一番迷惑なのは主砲班の戦闘妖精さんだろうけれど、運用するのもメンドクサイ。」

 

 説得力あり過ぎです司令官。吹雪と天龍はアイコンタクトを交わしていた。メンドクサイ、というのが特に。

「で、夕張はなんと言ってた?」

 天龍ならいざ知らず、最先任の吹雪のことだ。メカフェチ娘に話を通していないはずがない。だいたい14cm砲は夕張の主砲でもある。

「改修型があるので試して良いかしら、って」

「そんなものがあったのか。知らなかったな。」

 暴走する前に課題与えなきゃならんとは思っていたが、これは好都合。

「面白いことは独り占めしないで夕張会に上げてみんなで楽しみを分かち合いなさい、って言っといてくれ。」

「はい、Headmaster」

 

 うちの司令官は、素でこれやるのよねー。吹雪は胸の内でつぶやいた。3日以内に全鎮守府の夕張が14cm砲の改修やり始めるに違いない。亀ヶ首の試射場は史跡のままで鎮守府になっていないし、コンテストやらせてよ柳提督。夕張のお願い、ってメールボックスが溢れる姿が今から見えるんですけど。

 

 

12時20分前。月組の白雪と山雲が帰ってきた。

 

「お帰り。どうだった、初めての強化合宿は」

「特にー、変わったことはー、ないわねー。普段のー、おさらいかしらー」

白雪もコクコク頷いている。マイペースな山雲であった。

「そうだね。だがそれでいいんだ。昼ご飯の配膳、手伝ってくれるかな」

 

 

12時15分前。雪組の初雪と親潮・春雨が帰ってきた。

 

 

「お腹すいた。ご飯。」

「はい、当て舵のコツがつかめたような気がします。」

 

 ダメな教官に代わって春雨が礼儀正しく答える。

「ほう。一日目の午前でそれは凄いな。よくやった。」

 柳は、初雪の頭をわしわし撫で、むー、と不満げな声は出したが撫でられるままになっている初雪。指で数えるほどしか艦娘がいなかった頃からの照れ隠しである。

「親潮学生は?」

「私は、面舵と取り舵で効き方が違うんですけど、左右同じように曲がれるような気がしてきました。」

 人間に右利き左利きがいるように、船にも右回りが得意で左回りは出遅れる、というような癖がある。もちろん設計段階では船体の重量配分は均等にしているのだが、いざ運用してみると転舵の反応が左右で違う、というのがどうしても出てくる。同型艦で組んだ艦隊ですら艦隊運動を繰り返しているうちに陣形が崩れる所以である。

「誰もが通る道だね。ある日突然、自然体でできるようになる。全身で気張るんじゃなくて、必要なところだけ力を配分する。

 初雪教官は、そういうのが得意だからな。傾注するように。」

 

 

12時5分前。星組の響と嵐・江風が帰ってきた。

 

 

「お帰り。ちゃんと12時前に帰ってきたな。」

「初日だからね。お客さんだよ。」

「えーっ!!」

 嵐と江風がハモった。あれでお客さん扱いなのかよ。

「腹八分目だよ、わかっていると思うけれど。」

 

 顔を見合わせる嵐と江風。満腹するまで食べたら吐くよ。響の言っていることはそういうことだ。あれだけ運動させられてすごくおなか減ってるんだけど。炊きたてのご飯の香りが、豚肉の角煮の匂いがおなかを直撃する。

 しかし、響は軽く食事を済ませると学生をジロリとみた。そして、お手製のソルティーラッシーを腰に手を当ててゴクゴク飲み干し、いつまでも休んでいる暇はないぞ。出撃だ!と、13時15分前に学生二人を急きたてて出撃していった。

 

 悲しげな二人の顔を見て白雪と初雪は思った。響が渡されたのは、あの人の写真に違いない。それで東坡肉作る司令官えげつない。




 イク(艦これ):伊号第19潜水艦

 イクさんは、旧型スクール水着に巨乳。艦これ世界では、泳ぐ18禁と呼ばれ、一部の紳士から熱烈な支持を受ける潜水艦娘。
 史実では一回の襲撃で空母と駆逐艦を撃沈、戦艦中破の無双っぷりなんだな、これが。
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