提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第15話 退役提督とメロンタイム(2)

 暁が茶を立てていた。一人前のレディの嗜みである。神妙な顔をした電が茶碗を回し、景色を眺めているところにハイケンスのセレナーデが流れる。

 

「はーい、いかづちよ。」

「かあさん、オレオレ」

「オレなんて名前の子供を持った覚えはないわ」

 限られた者用の着信音と自分をかあさん呼ばわりする男は一人しかいない。

「オレだよ、オレ。かあさん、ちょっとヤバイことになってちゃってさあ。

助けてよ、お願いだからさあ。」

 雷は笑い出した。「サリーたいさ、御見限り。どうしたの」

「夕張が62人に明石が3人、コミケしてる。」

「はい?」

「別口で47人、魔改造バイクやビンテージバイク乗ってパレードしている。」

「きゃははは。なにそれ」

「輸送任務で陸さんに知り合いいるだろう。帯広の第5旅団に誰か話のわかる奴いないか。」

「第7師団ならいるけれど、急ぐのよね。」

「可及的速やかに。」

「わかったわ。だけど大本営の大淀さんに聞いた方が早いんじゃない」

「勘弁してかあさん。退役してまで大淀に説教されたくない。」

「説教されるようなことしたの」

「ここにいるメロン子がな。」

 電話越しにえーっ、あたし?と抗議の声が聞こえる。

「試製14cm砲開発したいっていうからデータ取りみんなでやりなさい、って言ったら」

「みんな来ちゃったのね。あははは。 バカでしょ、司令官。」

「え?オレ?」

「夕張さんにそんなこと言ったらみんなして試し撃ちに来るに決まってるじゃない。」

「108隻夕張の主砲斉射は見ごたえがあったよ。

 実艦は1隻除いて沈座して隠したけど、夕張本人がめちゃめちゃ目立ってるんだよ。

艦隊にはもちろん届出済みだけど、それが全員十勝沖にくるなんて本人たち以外、誰も知らなかったんだ。

 大本営にしてみれば知らないところで大艦隊が動いていた、って話。」

「うわー。大淀さん、眉間に縦縞三本くらい入っていそう。」

「せっかく大本営の龍田が蜃気楼だ、って誤魔化したのにぶち壊しにするもんだ。

現地軍の暴走とかいって、統制強化を騒ぐ奴が出てくるだろうし、そうなると夕張も見せしめで何人か処分されかねない。陸さん巻き込んで陸海軍交流とかにしておきたいんだ。」

「うーん。サリーたいさも教唆煽動で引っ張れ、って言ってくるかもしれないわね。

 わかったわ。この雷様に任せておきなさい。心当たりに当たって連絡するわ。」

 

 

「提督、どうしたの?」暁が尋ねる。

「それがかくかくしかじかでね。」 雷は暁と電に状況を説明した。

「相変わらずの巻きこまれ体質なのです。じゃあ」

 電はにっこりほほ笑んだ。「電の出番なのです。いなづまフラッシュ!」

 

 電速報。電専用の緊急通信網である。睡眠中、気絶、高速修復中、などどいった場合の除き全電がリアルタイムで相互通信が可能。同じ周波数で何人も一斉にしゃべれば雑音にしかならないはずなのだが、妖精さんの謎技術で必要な情報だけがやりとりできるようになっている。三人どころか百人単位で情報共有ができるが、使いどころを間違えると大恥をさらすことになるので使用は自重されている。

 

>電0089から全電へ 陸軍第5旅団で話のわかる人誰か知ってない?

 夕張さんが下手打って、後始末でうちの柳提督が話をしたがってるの

>電0144よ 第4連隊長がおもしろいひとだったのです

>電0233よ 最先任上級曹長なら知ってるのです

>電1597よ 第4連隊副官が大地寮の責任者と話したがっているのです。

>それなのです

 

 

「む。来た。」

 

 ゆったりとしたピアノ伴奏が流れる。この着信音にしているのはただ二人だけ。

「はーい、雷よ。向こうが提督探していたわ。第4歩兵連隊副官の新井大尉。

連絡先教えてあげていいかしら。」

 雷を英語で称えて歓声を上げる柳。

 陸さんは陸さんで情報つかんでいたのか。しかし艦娘がたむろしているだけでなぜ私を探す?旅団本部でなくて連隊?

「他に何人か知り合いいたから、心掛けをお願いしておくわね。

 それと私と暁姉さんからプレゼント。音更と陸別の自動車テストコース。それぞれ限定4名、計8名様ご見学。乗車体験もさせてくれるって」

「修羅場になるな。」柳はクスクス笑った。「しかし、どうやって」

「ちょっと知り合いにね。殿方をお手伝いするのが一人前のレディというものよ。」

「ありがとう。感謝する。」

「そうそう。もーっと私に頼っていいのよ。先方待たせてもいけないから、またね。

響によろしく。」

 

 

 

 第4連隊副官からの電話は非常に丁重なものであった。互いにさも軍務である風を装い、それらしいやりとりが行われ、陸海軍交流のために夕張が駐屯地に見学に行くことで話がまとまった。

 

「私もあらためてお伺いしたいと思いますが、旅団長、連隊長のご都合はいかがでしょう。」

「旅団長には、報告がてら都合を確認いたしますが特に予定は入っておりません。

 連隊長は先に現地に向かいましたので、もうそちらに居りませんでしょうか。」

「いや、お出でにはなっていませんが。」

「うーん。出てから1時間以上は経つので、もうとっくに着いているはずなんですが。」

 オリーブドラブの6桁ナンバーなんて見逃すはずがない。

「失礼ですが、どんな車でしょうか。」

「いや、私物のバイクです。若いのが何人か一緒に。」

「バイク?」

 

 ようやく得心が行った。陸軍は、バイクでパレードしている夕張を見つけたのだ。実艦の艦隊の方ではなく。それを見て飛び出してくる連隊長殿は、筋金入りのバイク乗りに違いない。第5旅団は帯広飛行場を管理しているからと思ったが、そうじゃない。だから旅団本部じゃなくて実働部隊の連隊の方から連絡が来たのか。

「なんというか、お察しします。あなたは、バイエルライン中佐のような立場であるに違いない。」

「ありがとうございます。」

 

 

 フリッツ・バイエルラインが中佐だったのはアフリカ軍団の参謀長していた時である。軍団長はあの『砂漠の狐』エルヴィン・ロンメル。オーバーヒート防止のため日中は10Kmごとに停止してラジエーターの熱さましをしていた北アフリカで、2000km先のトリポリ港から毎日トラックできちんと補給物資が届く予定で攻勢計画を立て、足りなければ敵から分捕れ、というお狐さんである。軍団長自ら最前線で中隊や大隊指揮していたせいで、通信傍受してもドイツ軍の動静がまるでつかめず、イギリス軍の対応が後手後手に回ったという突き抜けた前線豚。その軍事行動の膳立ての苦労は並大抵のことではない。

 提督といえば艦娘とイチャコラするのが仕事の連中とばかり思っていたが、歴史を知っている奴もいるんだな。新井大尉は柳の評価をしなおした。

 

「バイク組は別働隊で十勝スピードウェイにいます。本隊は、十勝川温泉のキャンプ場で夕張会の臨時総会やっています。」

「臨時総会?」

「艦娘の総会なんですが、ご存じとは思いますが、夕張がああいう艦娘なもんですから。パーツとか小物のガジェットとかアニメとかなんとか持ち寄って気合の入ったフリーマーケットというか、コミケというか、そういうのをやってます。」

 提督提督。陸さんに営業してよ。サーヴィスしちゃうわよ。電話越しに夕張の声が聞こえる。

「外部の人間が行っても構わないので?」

「むしろ歓迎します。というか、来てください。夕張のトークに付き合うのに私一人では全然足りないんですよ。人数も趣味の分野も。 それが62人もいるんです。

おまけに工作艦の明石が3人」

「海軍の要請。承りました。」

 

 新井は、大真面目に答えて柳との会話を終えた。後は旅団長への報告であったが、旅団長は、兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきをみざるなり、だな、と連隊長の行動を好意的に追認。更に 夫れ兵久しくて国に利するは未だ之有らざるなり、と本文の続きまで講釈して変に凝らないですぐできることを今やれ、と準備を急がせたくらいであった。

 そして軍務とあらば何事も忽せにしない最先任上級曹長が例によって熱心に事に当たり、夕張は蕎麦好きと聞きます。ここは一つ、私が蕎麦を打って歓迎しましょう、と広報の仕事を買って出たことから、上も下も安心して艦娘との合コン、もとい交流会に当たれるようになったのである。

 

 

 

 更別村 十勝スピードウェイ

 

 道の駅で夕張を待ちかまえていた吉村大佐達だったが、ビンテージバイクの独特のエンジン音を聞きつけ、さあ来たぞ、と思ったところが夕張たちはそのまま通過していく。

 先回りして迎撃。どうやって声を掛けるかまでシミュレートしていたのにどうにも締まらない。慌てて追い掛けるが、幸いなことに夕張の行先は隣のサーキットで、まるゆ運輸のトラックが止まっていて、タイヤやら工具箱やらを最上と蒼龍が指図してピットに運び込んでいるところであった。

 自分たちが到着した間もなく続いてやってきたバイク集団に怪訝な顔をする夕張。何か間が悪いというか、なんというか。どうしてこうなった、と男たちがバツの悪い思いをしているところに号令がかかった。

「全員、整列!」 脊髄反射で連隊長前に集合。列を作る。

「気を―つけい」 私服姿の男たちが一斉に姿勢を正す。

「直れ」

 

 平服の男たちのとる軍隊行動に夕張があっけにとられていると、一番偉そうなおっさんが歩調を取り陸王の夕張に歩み寄ってきたので夕張も姿勢を正し、互いに無帽ではあったが敬礼する。

「陸軍第4歩兵連隊連隊長、吉村大佐です」

「大湊第2警備府所属、二等巡洋艦夕張です。」

「今日は、うちの整備班を連れてきました。宜しければ、お手伝いさせていただきたいがどうでしょうか。」

 

 あ…ありのまま 今 起こっている事を話すわ!

 サーキットに走りに来たら、陸軍がやってきてメカニック手伝うって言われたの。

な…何を言っているのかわからないと思うけど、あたしも何が起きているのか訳がわからないわ。頭がどうにかなりそうよ・・・

 本物の兵隊で、本物の大佐で、ドッキリとかなんとかじゃ絶対ない。

 現実は小説より奇なり、の片鱗を味わっているわ・・・

 

 しかし。夕張は気を取り直して自問自答した。断れる訳なんかないじゃない。指揮系統違い、って蹴ってもいいけれど、心証悪くするどころの話じゃないし、オフにバイク転がしに来た艦娘に恩売ってどう海軍に貸しを作るのか見当もつかない。

 素人にバイク触られるのは真っ平御免だけれど、整備班なら本職で助かるわ。つまり、白雪の根回しね。あの子は、こういうことにかけては本当に気が回るし。

 

 といったことを頭の中で思い廻らすと、満面の笑みを浮かべて答えた。

「助かります。走りに専念できますわ。」

「いよーし」吉村大佐はおどけた口調で命令した。「ものども、かかれ!」

 

 やったー!さすが連隊長。俺たちにできないことを平然とやってのけるッ。そこにシビれるゥ!あこがれるゥ!メロンちゃんの魔改造バイク、堂々と触れるぜ。やっほーい!

 本気で嬉しそうな男たちが三々五々に散ってゆく。

 

 

「バイク乗りの会話、ってことでいいかな。」

 

 先ほどと打って変わって砕けた口調になる吉村。

「はい、大佐」

「教授とかおやじさん、と呼んでくれないかい。」

「ええっ?」

「なんならおにいさん、でもいいよ。」

 それはちょっと無理があるでしょう。夕張はクスッと笑って相手が期待していたであろう答えを返した。「わかりました、ヨシムラのおやっさん。」

「んー、いいねえ。エライ人になった気分だよ。

 陸王の実物は初めてみたよ。手に入れるの大変だったろう。」

「レプリカなんです、図面から起こした。オリジナルなんて、とてもとても」手を上向きに広げる。

「図面起こし?凄いね」

「実はそれほどでもないんです。今は3Dプリンタという便利なものがあってですね。

だけど」

「だけど?」

「そのまんま起こすのも藝がないですよね。」

「おお。すると?」 目を輝かせて吉村大佐は続きを促した。

「エンジンをオリジナルじゃなくって、耐久性の高いくろがねに変えました。オリジナルはよくチェーンが弛んだり切れたりしたので、チェーンドライブからシャフトドライブに変えて信頼性をあげてます。」

「なるほど」

「それから、ここからが本番なんですけど、オリジナルって、昔の工作精度で作ってるから部品が結構ガバガバですよね。隙間から火花見えたり、排気噴き出したり。

 それを今の技術で作ってみたら。なーんとグロス出力2割以上向上しました。」

「2割もかい」

「プラグをプラチナに変えて、シリンダ精密研磨して、ピストンリングセラミックにして、20馬力になりました。」 ドヤァ!と擬音が沸きそうなくらい得意満面な夕張。

「Γ125とかNSR125と同じくらいか。 陸王って何CCだっけ」

「1260ですね」

「VFR1200と同じくらいか。VFRって」

「120馬力ね。型にもよるけど。」

 吉村は唸った。技術の進歩は残酷である。そこまで弄っても今のバイクの2割に届かない。そんな吉村の顔を見て夕張は口を尖らせて言った。

「この子は九七式なのよ。飛行機がまだ固定脚で、戦車が15トン150馬力で中戦車だったんだからね。」

「チハたん、ばんじゃーい」

 陸軍としてはチハは全力で応援しなければならない。それが海軍から言われた場合などは特に。

「ばんじゃーい」 夕張も続けた。「オリジナルは12馬力よ。7割も馬力向上って、もうチューニングってレベルじゃないんだからね。

 フレームもエンジンブロックもアルミにして、足回り強化でドラムブレーキからディスクブレーキに変えて、サスも変えたから結構いけるはずよ。問題はねえ。」

「問題?」

「絶対オーバーヒートし易くなってるわ。それでくろがねに変えたけど。」

「空冷だからなー。」

「空冷だからねー。 でもどこまで回せるかしら。 ☆キラキラ☆」

 バイク乗り以前にメカニックだった。それもいかれた方の。吉村は呆れて言った。

「兵装実験艦だねー。」

「兵装実験艦ですから―。」

 

 日本語って便利だなあ。なんでもかんでも『いくさ人』の一言で説明する漫画にとやかく言うのやめようと思った吉村大佐であった。

 とはいえ、図面起こししている分だけ陸王はまだオリジナルに忠実な方である。

 

 

「星型エンジンがホイールの中に入ってる!?」

「ふふーん。おもしろいでしょ。」

「バカだ、バカがいるー!」

 

 星型エンジンの特性は、エンジン中心に回転軸があることで、飛行機ならそのまま回転軸にプロペラつければいいが、バイクの場合は、まさか車体中央を貫いてドライブシャフトを通すわけにもいかないので、一旦エンジン中央-車体下部に動力を伝えなければならない。部品数が増えて重くなる上に動力ロスが発生する。

 エンジンを飛行機のように正面向かせれば、飛行機ですら問題になっていた空気抵抗が生半可なものでは済まないうえにエンジンに膝がくっつきそうになって危険だし、横向きにすればハンドルを思いっきり長くしないと届かずハンドル操作性が悪い。横置きにすれば、排気管の配置がわけのわからん状態になる。早い話が構造上収まりが悪く、コンパクトさが至上命題のバイクに全く不向きということなのだが。

「星型エンジン載せるのにわざわざバイク再設計したんですか。」

「コマーシャルカーにあるわよ。」

「うわ、さすが英国面」

「ドイツ人よ。メゴラ。知らない?」

「そういやポルシェティーガーの国だったね。」

「この子は、あたしがちょっといじってるけどねー」

 

 

 はたまたサーキットでは。

 

「これでサーキットデビューするの?」

「そうよ。」

「ははは。こやつめ。所詮は原付、メーターだって60kmしかついて、あれ」

 メーターが240Kmまでになっている。

「メーター付け替えたところで所詮は原付。ナンバーは、あれ」

 縁がついている。「どういうことなの?」

 NS1の男の挑発ともとれる発言に夕張は簡潔に答えた。「走ればわかるわよ」

 

 スタートラインにつく。唸るNS1のエンジン。一方、マグナ50は重低音を奏でていた。シグナル音が終わると同時にNS1は勢いよく飛び出した。20,30,40・・・どんどんスピードが上がっていく。前を見るとマグナは小さくなっていった。

「うそぉ・・・。あれ、マグナ750だったか?」

 いやそんなことはない。いくら側は中型でも50と限定解除の750は間違えん。250だったとしても、NS1が置いていかれるなんてありえん。

 コーナーの手前でマグナが急速に減速。そもそもアメリカンでコーナーを攻めるようなバイクではない。ここで追いつき追い越さなければ。自分でも会心のラインを決めてコーナーから立ち上がる。先にストレートに入ったマグナの夕張が上体を起こし、うつ伏せに体勢を変えた。

「水平乗り?なにやってんだ、あの艦娘!?」

 

 相当詰めたのにまたもや離されていく。結局コーナーで追い縋ってストレートで振り切られたままレースを終えた。

 

「いやあ、完敗でした。」

 

 全力を尽くして負けたのだがら気持ちの整理がついていた。ここでうだうだゴロまいても見苦しいだけだ。

「どんなチューンしたんですか」

「色々あるんだけど、メインはエンジン換装ね。マッハのエンジンに載せ換えました(はぁと)」

「それ、もうマグナ50とはいわないんじゃ・・・」

「やーねー。この辺とかこの辺とかマグナ50よ。フレームだって半分以上はオリジナルだし。」

「いや、それなら普通に中型とか大型に買い替えるところなんじゃ」

「普通すぎてつまらないじゃない。それにね、この子の妖精さんからお願いされたのよ。サーキット走りたいって。」

「妖精さんいるんだ・・・」

 艦娘、特に夕張は、妖精さんのお願いには弱いのであった。

 

 

 そんな中で驚異的なのが。

「GPz400。なつかしす。」

「ふふーん。いいでしょう。空冷4スト。今のバイクじゃ買いたくても買えないわ。」

「それでどんなチューンしたんだい。」

「してないわよ。」

「またまたあ。ボアアップとか」

「してないわよ」

「オーバーサイズピストンとか」

「してないわよ。どノーマル。」

「ええー!ホントに?」

「あたしがきっちり整備しているからね。チューンしなくてもきちんと応えてくれるわ、この子。8時間耐久したってオイル漏れ一つしないんだから。」

「そんなのKawasakiじゃねえ!」

 

 

「これでサーキット出るのかい?」

「いやー、無理無理。ターマックよりグラベル。グラベルよりダートで本領発揮するのがこの子だから」

 ケッテンクラートの持ち主、ブルネイ第3鎮守府からはるばるやってきた夕張は、鈴木軍曹に流し眼を送った。「どこかダートを思う存分走れる場所ないかしらねー。ちらっ、ちらっ」

「そういうことならイイところ知ってるよ。」ウインクして鈴木も調子を合わせる。

「まあ、あたし、ちょっと怖いかも」

「大丈夫、怖いのは最初のうちだけさ。そのうちとっても良くなって、もっと、もっと、ってせがむようになるさ」ニヤっと笑って携帯を操作する。

「もしもし、鈴木だ。紹介したい娘がいるんだ。」

 携帯のレンズを夕張に向ける。「は-い。自己紹介ね。いい顔でアッピールいってみよう。」

「はーい、お待たせ?兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました!」

「生艦娘?」

「これな。」 少し離れてマシンを映す。

「ケッテンクラートだと!?」

「夕張さんは、いつまでこっちにいるのかな。」

「土曜日に艦隊に戻るわ。」

「だそうだ。ところでおまえのところは、来週から演習だったよな。」

「うん、それなんだがな。1年前から決まっている演習を型通りこなす、というのは即応性に欠けるきらいがあると思うんだが、どう思う。」

 秋山の切りかえしは早かった。そうでなければ中隊長戦車の砲手は務まらない。

「こっちの予定問い合わせてから行動表よこして攻めてくる敵なんかいないからな。奇襲に備えた訓練は必要だろうよ。」

「軽快で機動力のある少数精鋭部隊が威力偵察、というのが妥当なところだろう。どう思う。」

「同感だ。」鈴木は大きく頷いた。「大部隊の移動ならルートはだいたい決まってくるんだが、クロスカントリー能力の高い軽車両なら道を選ばないから、思いもよらない場所から浸透してきて厄介だろうな。」

「そういう襲撃に備えた抜き打ち演習を試してみたい、と前から思っていたんだよ。」

「思い立ったら吉日、というぞ。やるなら早い方がいい。」

 言葉を切り、夕張の方を見る。「明日は総会に参加するわ。」

「例えばあさってとか」

「例えばあさってだな。急いで待てだけが兵隊の仕事じゃない、ってことを若いモンに教育してやるか。なんかワクワクしてきたよ。」

 

 

 2日後。各々方。討ち入りでござる、と見事な浸透強襲戦術で拠点を襲撃した後、あたしはここよ。早く捕まえて、と挑発しながら華麗な遁走をみせる訓練評価隊をなぜかよい笑顔で追い掛ける守備隊が然別演習場を所狭しと疾走したという。

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