提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
「うーん。わかってはいたけれど、いや、わかっちゃいなかったな。」
事務室で柳とシローが書類をにらめっこしていた。二人の間にあるのは空港整備計画の見積書。フル規格、標準規格、最低規格の3パターンでシローが作った。
「妖精さんパワーでどうにかならんですか。」
「ならんね。」
無碍に言い捨てるのも大人気ないと思って付け加える。「妖精の仕事が錬金術かなんかにみえるかもしらんが、ちゃんと世の中の理に従ってるんだ。ないところから物は作れんよ。」
最低限規格でも砕石が100m×500m×0.5m=25,000m^3、アスファルトとコンクリートがそれぞれ100m×500m×0.1m=5,000m^3の×2で10,000m^3。
柳も舗装道路というのはまず穴掘って結構な厚みの砂利を敷いてからアスファルトを上に被せるのは知っていたが、1m近くも掘り下げるまでは知らなかった。これだけ土を削って運び出し、砕石やらコンクリート板やらアスファルトを搬入しなければならない。
「もっと薄くしたら?」
「アスファルトやコンクリを薄くしたら、離発着の衝撃で凹んだり穴が開く。
砕石薄くしたら衝撃を分散吸収できないか、冬に凍上した氷で舗装面が盛り上がって、春に溶けて凹んで舗装が砕けて河原になる。提督も田舎育ちなら霜柱知ってるだろう。」
「まあ」
「砕石の隙間に氷が張るんだが、コンクリまで届かんように砕石厚くしなきゃならん。ここいらじゃ道路でも砕石は30cm以上、ってことになっている。
運用が単発複葉機のアントノフだから道路並みに抑えてるんだ。これが爆装した流星ならフル規格で1.4mだぞ。」
「うーん。あのう、白雪さん」
「新品のヘリコプター2機買って、これからみんなに免許取得させて、1週間に10時間飛ばしたとして、何年で損益分岐点超えるか計算してみましょうか。」
駄目です、無理です、という言葉を使わずにきっちり否定してきた。
「土質改良とかなんかで何とかなりません?」
「やれることはやれるが、費用が砕石やコンクリの倍じゃきかんよ。手も全然足りんし、ha単位なんて全然無理。」
妖精さんは、提督がいると自然と集まってくるものだし、柳は、妖精さん受けの良い提督ではあったが如何せん場所が悪かった。平野のど真ん中に鎮守府があって提督がいるなど想定外。提督は海辺にいるものなのだ。大地寮には吹雪が借りてきた妖精さんと、武者修行の旅で滞在中の元工廠長のシローしかいない。
「使用は4月末から10月中旬、冬と春と秋の泥濘期間は、使用禁止で代替帯広空港。
A-PAPIと標識はいいでしょう。保安機器ケチって事故起こしても意味ないですし。」
妥当な判断である。だがしかし。
「めんどくさい」
「はい?」
「目の前に滑走路あるのに半年も帯広まで送迎に行くの面倒くさい。」
うわ。また始まったよ、提督のめんどくさい。白雪とシローは顔を見合わせた。これが普通なら先立つものください、とか、マルクス・レーニン主義も物理法則は曲げられません。燃料根性でフネ動かして飛行機飛ばしてください、で済むのだが、柳は有能な怠け者であった。わけのわからん策を巡らして、あちこち引き摺りこんで結構な騒ぎになるのだ。面倒事の予感に二人は柳を見つめた。今度は何が起きる?
案の定、柳はブツブツ独り言を始めた。妖精さん足りないんだったら、代わりやれるのは・・・。とーすると、彼女動かさないとならんから当然。鼠輸送で史実は、で決まり。
どうせなら港もやりたいよなあ。ならついでに姉も。港やるんだったら、話通さんとならんから段取りいるなあ。んー、誰にしよ・・・。場所は・・・。
柳はPCで地図を開くと考え込み始めた。既存の港は臨時に使うならともかく、恒常的には使えない。小さすぎるし、小型船舶にすぐそばを航行されると気を使ってしょうがない。専用港が必要だ。
漁港があるところ以外は元から道路もないような無人地帯が大半だし、海浜は国有地だからどうとでもなるが、問題は漁業権だ。下手なところに作ると補償しなければならない。漁師は日常的に深海棲艦の危険に晒されているから海軍に好意的だけれどそれはそれ、これはこれ。無疵の艦は沈座できるから海底秘密基地でもいいけれど、底引き網引くところだったら目も当てられん。
泊地でいいんだけれどな、くそっ。赤城の言葉を思い出して過去の自分をどやしたくなった。これが恵庭や千歳なら室蘭港や苫小牧港使えてこんな悩みしなくて済んだのだ。
それとできれば連絡機用の滑走路。空母がいれば艦載機が使えるが、そうでなければアントノフを飛ばして迎えにいかなければならない。牧場や砂浜どころか藪でも降ろせるアントノフだが、滑走路があるにこしたことはない。
「んー、悩むまでもなかったな。」
柳は地図の一点をみつめてつぶやいた。「あとは段取り決めてから顔出ししてと。それに合わせてあいつら呼べばいいか。白雪。」
「はい。」
「大本営に停泊地設置の具申。目的は、大地寮専用停泊地。設置場所は、大樹町浜大樹地区。具申書を作成、提出してくれ。」
「はい、Headmaser」
* * *
「エッグスパムバーガーをくれ」
「ほーい」
「エッグソーセージスパムバーガーお願いするわ」
「ほーい」
「エッグベーコンダブルスパムバーガー、ください。」
「私にも同じものを」
「ちーとまってな」
佐世保第8鎮守府食堂。やや物憂げな表情で龍驤が注文をさばいていた。右手はベーコンとスパムをトングでつまみ、左手で卵を割り鉄板で焼く。鳳翔が居酒屋やっている鎮守府はようけあるけどウチが給養班指定って、ここくらいなもんやないか?おかげで大概のもんは商売やれるくらいになったんやけどな。退役したら店出しちゃろうか。本場佐世保バーガーRJ、って。
ラ〇〇スパーム、ワンダ〇〇スパーム、と第一戦隊と一航戦が囃したてながらテーブルに去っていくのを見ながら今日も平穏無事やったな、と龍驤は思った。この時間に小腹がすいた、と長門や赤城がハンバーガー食べにくるくらいだから、出撃もなければ訓練も書類仕事も全部終わっている。後は船団護衛についている駆逐隊が帰ってくるだけだ。餓鬼共も来たし上がるわ、と間宮に声をかけ厨房を出た。
さてさて。新しい提督が軽空母の運用に慣れていないせいで出番がなかなか来ない。焦燥に駆られて訓練のための訓練に嵌る艦娘もいるが、龍驤はその域を超えていた。前の提督に体よくこき使われた結果がレベルカンスト。改装か新兵装の装備でもない限り、訓練したところで伸び代がない。
寮に戻り、ベッドに転がってぼーっと窓の外を見る。厨房入りは良い気晴らしにはなるんやが中弛みやな、この期に及んで。そんなことを思っていると明るいマリンバの音、『きょうの料理』のテーマ曲が携帯から流れ始めた。
「ほーい、龍驤」
「およ、乙姫様につながった?」
「うちは竜宮城とちゃうで」
「それじゃ盆踊りと鍾乳洞で有名な」
「それは郡上八幡や」
「弓をとっては本朝無双な」
「八幡太郎、源義家な」
「え、君、男だったの」
「誰が男やねん。耳の奥から手ェつっこんで奥歯ガタガタいわしたるぞ。」
「というと沖縄県アンテナショップの」
「それ、わしたショップや」
「つみれにして澄まし汁にしたり、蕪の浅漬け載せてお寿司にしてもおいしい」
「魚の鰯やないけ!ウチは龍驤や」
「漢の最期の皇帝だった」
「劉協やないか。最後なんて縁起でもない。」
「太祖の方だったか。」
「それ劉邦。」
「あれえ。クジラちゃん、声変わった?」
「それは龍鳳や、瑞鳳型空母2番艦の。ウチは り う じ や う」
「ああ、熊本藩から献上された装甲コルベット艦の」
「なんで先代さんになるし!」
「ひもじゅうない、ひもじゅうない。」
「あんた千松さんだったんかい」
「日本の男は子供ですら江戸時代からハードボイルドなんだよ。楽しんでもらえただろうか。」
「久々にツッコミ倒したわ。ここまでボケてくれる人もおらんさかいな。」
ホンマ、ええとこに電話してくるな、柳提督は。「で、どうしたん」
「デートのお誘い。」
「はいぃぃ?! それってマフラーや手袋編むのに使う。」
「それは毛糸。」
「追剥にとられたのが口惜しゅうて、幽霊になってまう」
「それは外套。 ちょっとねーちゃん茶でも しばかへんか」
「そういう台詞は金剛に言ったれ。」
「いや、これは龍驤じゃなきゃだめなんだ。」
「ええ!?」
「伊号第168号潜水艦で行くウナラスカ島デートだからな。」
バリバリのお仕事やないけ。こん人はこういう人やった。横須賀海軍工廠生まれのエセ関西弁娘は盛大に溜息をついた。
そして潜水艦寮。暇を持て余した潜水艦娘たちが大富豪していた。
一体、艦これ世界ではまともな潜水艦運用ができない。潜水艦の本領は通商破壊戦だが、なにせ深海棲艦ときたら海から湧いてくるもので、撃破しようが撃沈しようが次にその海域を偵察すると何事もなかったように無疵の艦隊が燃料弾薬規定通り積載で復活しているのだ。輸送船を沈めて補給を絶ち、戦闘艦を浮かぶ鉄の箱にする定石が通じない。
日本海軍の艦隊型潜水艦が想定通りの能力を発揮するには第二次世界大戦後の技術革新を待たねばならず、当然、潜水艦娘にその能力はなかった。そして深海棲艦側は優秀な対潜装備をしていた。○輸任務を潜水艦に命じる提督もいることはいるが、ここの提督はそこまでがめつくもなければ無能でもない。
残るは敵軍港の監視だが深海棲艦。海域ごとに定数が決まっていて、基本的に同じ海域には同じ編成の艦隊が遊弋している。つまり、出撃前からわかりきっている艦隊編成を確認・報告するための出撃となるわけで、まるで重要視されてもいなければおもしろくもなんともない。そしてちょっかい出せばピンガーを浴びせられ、ヘッジホッグが降り注ぐことになる。通商破壊戦ですら任務の9割方は索敵と待機でひたすら忍耐だというのに、深海棲艦相手では残り1割の襲撃と退避もない。見ているだけの任務に忍耐に加えて退屈が加わる。これで意気軒昂を要求する方が間違いというものである。
「革命!」
「きゃああああ!」
「よーし。次の哨戒はゴーヤね。」
「ううう。ゴーヤは悲しいよう。」
オッフェンバックの「天国と地獄序曲」が伊163の携帯から流れ出す。
「あ、提督から電話」
退屈な日常からの解放の予感に色めき立つ潜水艦娘たち。
「はい、イムヤです。」
「柳だ。ALに挨拶に行くぞ。龍驤が同行する。」
「はい、司令官」
「対外的にはイムヤが対潜、龍驤が対空教官を大地寮でやることになる。龍驤と日程を調整。決まり次第連絡をくれ。こちらからそちらの提督に依頼を出す。
イクはいるか。」
「はーい、イクなのね。」
「イクにはちょっとしたいたずらを頼みたい。」
「いたずら?」
「イムヤを追いかけてくるお客の足止めを頼む。私がALから北海道に戻ってくるまで道草くってもらいたいんだ。」
「うふふ。じゃあ、こんなのはどうなのね。」
伊19は、思いついた案を柳に説明した。
「名案だ。後はそうだな。お菓子を一緒に入れて置いてくれ。あんまりむくれられても困る。客には後で一仕事頼むんでな。」
「はいなのね。」
「さあてと。ちょっと明石屋いってくる」」
事務室を出ていく柳に白雪は溜息をつき、シローは見積書を丸めて古紙回収の箱に突っ込んだ。電話の相手と会話からだいたい察しはついた。この見積書は必要ない。
「お客さんのお迎え準備しましょうね。」
「うん・・・。取り敢えずお子様用の椅子が入り用だな。」
扶桑型の制服と髪飾り2セット。
ポリバケツ 8リットル 3個。
業務用プリンの素1.5kg入り6箱、牛乳 3本
ゼリービーンズ 40袋
バターピーナッツサンドクッキー 20箱
オレンジクッキー 20箱
缶ビール350ml缶900本。
ポップコーン製造器
ポップコーン豆18kg
塩6kg
砂糖6kg
バター9個
業務用冷蔵庫。350ml缶を同時300本収容できること。レンタルでも可。
司書の選んだ読み聞かせ絵本セット
最上探知機
柳の注文を書きとった明石は目をぱちくりさせた。バケツでプリンなのとポップコーンはわかるけれど、飲み物といい、この量の多さは何です?そして最初と最後は全く見当がつかない。
「缶ビール30ケース、ってドラム缶1本半じゃないですか。サーバーレンタルした方が安いですよ。冷蔵庫の出し入れもしなくていいし。」
「注ぐのが大変だぞ。あと、毎晩300個グラス洗わなきゃならん。」
「注ぐ方はサーバーの数増やせば対応できます。グラスは、紙コップかな。ポップコーン入れるにも使いますし。」
「なるほど。その辺はやりやすいように変えてくれ。」
「最上探知機ってなんですか。」
「文字通り、最上の探知機だ。三隈がいないからな。あいつが本気でエスケープしたら誰にも探せん。」
「はあ、それは確かに」
世間的に有名な艦娘の妖怪食っちゃ寝は赤城だが、真の食っちゃ寝は最上である。秘書艦させたら起きていたのは6時間で、他は寝ていた。その起きていた6時間のうち2時間は朝昼兼のごはんとおやつ。1時間が夕食食べそびれの夜食。夜中の0時に夜戦をせがまれ-面倒くさいので川内に丸投げした-実働は僅か2時間。人間なら嗜眠性脳炎を疑うところである。やらねばならないことは手短に済ませるが、やりたくないことはボクラでマーリシュのインシャラーなのだ。なぜオフの度に姉妹艦の三隈が探し回っているのか気に留めていなかった柳の失敗だった。落ち度、といってよい。
「扶桑さんたち来るんですか?」
来るとしても、制服と髪飾りというのがわけがわからない。
「いいや。」
「じゃあ、なんで?」
「大人気だろう、扶桑型。」
外国の人でもくるんですかね。明石は首を傾げながら発注にとりかかったのであった。
龍驤
龍驤型空母1番艦。独特なシルエットで有名。重巡洋艦の船体に飛行甲板を載せ、建造中に何度も設計変更してできた結果があれだよ。
なんか艦上構築物の容積が船体の3倍くらいあるんですけど。こんなトップヘビーで乾舷と海面の差がろくすっぽない船を外洋で実戦運用していたっていうんだから(呆れ)
扶桑型
ジェンガ的な艦橋で世界中の海軍好きから愛される超ド級戦艦。どっちが扶桑でどっちが山城と問われれば詳しい人でないと見分けがつかないが、タイプは素人でも間違えようがない。違法建築で画像検索すると、船でありながら結構な上位でヒットする。
ボクラでマーリシュのインシャラー
アラブに行った外国人が悩まされるキーワード。
ボクラ(明日)から頑張る。マーリシュ(気にするな)。何事もインシャラー(神様のおぼし召しのとおり)