提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
大樹町浜大樹。町はちょっとした騒ぎになっていた。軍艦が1隻、町に近付いてきたからだ。はるか沖を航行しているのが遠目に見えたことはあっても、そんな大きな船が近づいてきたことはない。大樹漁港は第1種漁港で軍艦が入港できるような港ではない。
「へえ、連絡はあったけどねえ。」
外を見ながら漁協長はつぶやいた。双眼鏡でみれば小さな艦橋に艦橋の4倍くらいありそうな高いトップマスト。沖に他に艦影が4隻見えるが、遠すぎてなんだかはわからない。そして漁港のかなり手前で停止する。おやおや、と見守っていると人影が船の影から出てきて漁港に向かって水上を進んできた。
「うわ、艦娘だよ。ほんとに海の上走ってる。」
感心しながら今日の客を待つことにした。そして約束の時間の5分前に相手がやってきた。
「お忙しいところ時間をいただきありがとうございます。私、海軍大地寮で寮監をしております柳と申します。」名刺を差し出す。
「はじめまして。龍田だよ。どうぞよろしくお願いいたします。」
「漁協長の清水です」
名刺を交換してお互いに眉をひそめる。
「柳佐理?」「清水大樹?」
「魔法使いサリー?」
「清水町から来た清水君?」
「うわー、久々だなあ。大地中以来か」
40年の時を経て、十勝平野のど真ん中の中学の同級生が再開した瞬間であった。
「お前、海軍だったのか。」
「お前こそ、漁師やってたんだ。」
「よく生き延びていたなあ、お互い。」
海を仕事場に選んだ男の述懐であった。深海棲艦が現れるようになって以来、船乗りは文字通り命懸けの仕事になっている。
「いやあ、偉そうになったなあ、お前。」
「提督だったからな。退役したけど。お前もどっからどうみても海の男じゃねーか。」
赤銅色の肌。がっしりとした広い肩幅。太い腕。そういったものを柳はまぶしそうに眺めた。
「そりゃそうよ。30年も漁師やってれば、偽物だって本物になるわ。
ま、立ち話もなんだ。掛けてくれや。」
暫し中学時代の話をして思い出に浸る二人。初めて聞く話に龍田もニコニコしながら適当に合の手を入れていた。
「で、さ。本題いいべか。」
「おう。」
「ピリカに分校あったべや。海軍で十勝に艦娘用の合宿所つくることになってさ。ピリカ小が海軍の寮になったのよ。」
「なんでまた大地に。海から思いっきり離れてるしょや。」
「半分は強化合宿所なんだけど、半分は保養所なのさ。小樽の朝里にある奴の艦娘版。
深海棲艦みたいなグロいのとやりあってるからなあ。オフの時くらい、海から離してやるべや、ってことだわな。」
龍田がジロリと柳を見たが何も言わなかった。わかってますって、龍田さん。私だってまさか交渉相手が中学の同級生だとは知らなかったんだよ。
「で、退役した俺が寮監なったのさ。艦娘の施設だから普通の人間じゃできんのよ。」
「学校の先生が退職したら児童会館にくるみたいなもんかい。」
「うん。それでさ。これから定期的に艦娘と軍艦来るようになるんだけど、停泊地になる場所教えてほしいのさ。」
「停泊地?」
「十勝港じゃ戦艦空母入らんくてな。」
「十勝に湾なんかないぞ。襟裳岬からこっち、厚岸まで。釧路じゃ駄目なのかい。」
「駄目さ。飛行機で送迎するのに釧路じゃ天気悪過ぎるも。」
「飛行機?」
「うん。アントノフ2ってな、砂浜や牧場でも飛ばせる飛行機なんだけど、霧の中飛ばすわけにいかんべや。」
「そりゃそうだわ」
「大樹の航空宇宙公園に滑走路あるしょや。あそこ使いたいのさ。それで浜大樹ば停泊地にしたいのさ。」
「飛行機はそうかもしらんけど浜大樹って、お前。大樹漁港からホロカヤントーまで、波荒くてテトラポッド積んで削れるの防いでるような場所だぞ。」
現地を知らない人間は、と呆れる清水に返ってきたのは斜め上の答えだった。
「それはいいのさ。実艦は沈めとくから。」
「沈める?」
「うん。浮かべとくから波に流されるんで、初めから沈めとけば流されようもないしょや。」
「損害が あまりない場合に 限りますけどね。」
「艦娘、ってなんでもありなんだな。」
「まあな。水の上走ってくるから桟橋もバースもいらんし。階段くらいかな、上陸する時の。
ただ、そうやって沈座するのはいいけど網入れるところじゃまずいべや。それで邪魔にならんところ教えてほしくて来たんだわ。」
「おお。確かに。どっかの国の潜水艦みたいに網切ってかれたら大損だわ。」
一気に仕事モードに切り替わった。必要とする海域の広さ、期間等々は柳、海底の状況、沈座中の艦の位置を示すブイの標示等々は龍田が細かく打ち合わせる。
「ところで」
なすべきことがなされ、お互いにほっとしたところで清水が尋ねた。
「龍田さんはアレかい、柳の嫁艦かい。」
「あらあ」
「おいおい、龍田はケッコンカッコカリお断り勢筆頭だぞ。」
「そりゃ失礼。いや、柳の嫁艦って、こんな美人なのかと思ってさ。」
龍田は微笑んでいたし、頭上の天使の輪っかも淡く発光しながらゆっくり回っているので悪い気分ではないらしい。
「じゃあ嫁艦って誰よ」
「いやあ、いないんだけど」
「はあ?提督って美人がより取り見取りって聞いてるぞ。それでいないってかい。」
「女百人以上の管理職って大変なんだぞ。ひーこら言ってるうちに俺が適齢期過ぎてたわ。」
「柳。お前、もしかして放送禁止用語?」
「違うわ!」
「まさか本当に魔法使いになってしまうとは。」
「なしてそうなるのよ!」
「では敢えて言おう。ヘタレ であると。」
「そうなのよ 柳提督ったらね」
提督いじりなら龍田に一日の長がある。提督となってからの柳がどんなであったか、清水が尋ね龍田が面白おかしく答えるという展開に柳は唸り声を上げた。交渉相手がウダウダ戯言ほざくようなら脅すつもりで龍田を連れてきたのにどうしてこうなる。
「では頼む。」
「任せて。」
埠頭にやってきた柳は龍田に抱きかかえられた。いわゆるお姫様だっこ。主客逆転なのだが、大抵の艦娘は艤装を背中に背負っているのでおんぶができない。。
un,deux,trois と軽くステップを踏んで龍田は海に飛び降りた。実艦には内火艇も積んであるが、人間一人なら艦娘が運んだ方が手っ取り早い。
「提督 独り占めね。天龍ちゃんが見たら どう言うかしら。」
ご機嫌でなにより。天使の輪っかや制服の色のせいで、龍田に運ばれているとヴァルキューレに運ばれる戦死者になった気がするのだ。口にしたら本当にヴァルハラに運ばれそうなので言う気はないが。
「到着よ ♪」
舷側にはラッタルが下ろされており、上がると妖精さんが整列していて号笛を鳴らして敬礼。見上げればメインマストにスルスルと将旗が上がっていく。答礼をして、もう私は退役したんだが、と照れ隠しをすれば、提督は 樽詰めになっても 提督よ ♪ と最上級の讃辞?を返された。
艦橋に上がれば既に機関の音が響いており、錨を揚げている真っ最中であった。そういえば答礼している時に龍田が錨を揚げて、と言っていたね。後ろを振り返るとミズンマストに笊が上がっていく。ワレニ ツヅケ。沖合で漂泊していた艦隊も動き出した。
きちんと船員教育を受けた提督もいるが、柳は艦娘専用提督なのでこういったまともな船の作業は見ているしかない。Great Captainたるもの、部下の仕事にいちいち箸の上げ下ろしを云々しないものなのだ。そう提督養成課程で教わった。枝葉末節に熱意を傾けて得意がり、能力をひけらかしたいのであればワイマール共和国に行くべきである。うまくいけば独裁者になれるかもしれない。
「アホ毛の姫姉様への言上は決めたのかしら」
「参ったな、すべてお見通しか。」
「浮気は 禁止されています。絶対許さないから~。」
「誰がそんなオソロシイことしますか。ちょっと予行練習、いいか。」
・・・ 元提督、実演中 ・・・
「あはっ♪ サリー大佐の意見具申、久しぶりね。本番が楽しみよ~。」
間もなく清水に教えてもらった停泊地に到着。各艦が沈座を始めた。
「ほな、行こか」
ラッタルを下りたところで龍驤とイムヤが向かい合って待っていた。二人の首に腕を掛け、二人が手を組んだあたりを座席のように腰掛ける。傷病者搬送の要領である。龍驤もイムヤも体格が小さいので龍田のようにお姫様だっこができない。
移乗する頃には艦隊はすべて水底に沈み、伊168だけが浮かんでいた。軽空母1、軽巡1、駆逐艦4からなる機動部隊が沈んで潜水艦が浮かんでいるのは妙な感じだな、と苦笑する。マストには『南無八幡大菩薩』と大書された白旗が翻っており、柳は自分の発案による幟が掲げられていることに大変気を良くしていた。この任務は成功する。強運艦にあやかれ。
龍田
天龍型巡洋艦2番艦。天龍型のこわくて可愛い方。いつ沈んでも惜しくないと老朽艦ほどこき使う帝国海軍で珍しく分相応に輸送・支援任務で運用されたのだが、艦これ世界では催眠ボイスのヤンデレ娘になっている。 あらあ、死にたい船はどこかしら ♪
清水大樹
大樹漁協の漁協長。柳とは大地中学校で転校生同志で仲が良かった。清水町から来た清水君から大樹町の大樹君にジョブチェンジ。山に行っても海に行っても十勝な名前である。柳も子供時代の友達に会って、方言全開。
樽詰めの提督
イギリス最大の英雄、ネルソン提督のこと。トラファルガー海戦で戦死後、水葬とせず腐敗防止にブランデーのアルコール標本にされて祖国に凱旋した。(公式)
ラム酒の樽に漬けられたが、水兵がネルソンにあやかろうとギンバイしたせいで帰国する頃には樽は空っぽ。ラム酒は「ネルソンの血」と呼ばれるようになった、という俗説の方がたぶん有名。
イムヤ:伊号第168潜水艦
伊号海大VI型a、1番艦。日米開戦で予備艦から現役復帰した老朽艦だが、ミッドウェー海戦では飛龍が討ち洩らしたヨークタウンに止めを刺して気を吐いた。アッツ・キスカ、ガダルカナル輸送任務では見事生還している。
『南無八幡大菩薩』の白旗の幟
オリジナルは倭寇。幟を見ただけで明の官船が逃げ出す程の猛威をふるった。
太平洋戦争では、伊36潜の艦長、稲葉通宗少佐が倭寇にあやかろうと士気高揚のために掲げたのが始まりで、幟を掲げる習慣は後にほかの潜水艦にも普及した。
伊36は戦果こそぱっとしないが、戦争直前に就役し終戦まで生き抜いた強運艦。巡潜乙型20隻のうち唯一の生き残りである。