提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第20話 Trick or trear (3)

 イムヤは感慨に浸っていた。実艦時代に文字通りの五里霧中。結露で防水双眼鏡も使えないほどの霧の中を敵に一方的に電探射撃されるのではないか、と神経をすり減らしながら航行したこの海域。逆探はあったが、感あり。感度5。方位、本艦右前方、などど報告受けても方位は大雑把にしかわからないし、距離は原理的に測定できない。そもそも感度5がいったい何を指すのか、誰にも説明もされず実戦で推測するしかなかった。

 今やレーダーがあり-といっても妖精さんが手回しでパラボラアンテナを回しているのだが-奇襲兵器であるはずの潜水艦が奇襲を受けることはなくなった。敵あらずば昼だろうと洋上航行。あらばさっさと潜行してやり過ごす。道中、何度かひやりとする場面はあったが敵には気付かれず、予定通りウナラスカ島、ウラナスカ湾に到着した。

 

「うう、さみっ!」

 

 ハッチを開けた途端に流れる新鮮で冷たい空気。換気用のファンが唸り、アンテナをもった妖精さんが飛び出していく。夕日に沈むウナラスカ島は海に浮かぶ木の一本も生えていないハゲ山で、よくもまあ、こんなところに人が住もうと思ったものだ、と柳は呆れていた。山というのは日本に住んでいれば木が生えている場所と決まっている。類似の場所を探そうとすれば夏山の森林限界を超えたあたりくらいしか思い当たらない。たぶん、一年の内半分以上は冠雪しているのだろう。

 

「ほな、ちょっち行ってくるわ」

 

 龍驤が近所のコンビニでも行ってくるかのように軽い口調で言えば、いってらー、と柳も気の抜けた返事をする。浮上した時点で座標は確認、時計を合わせ済。龍驤は黄昏時の海に飛び降りた。物が一番見えづらい時間帯に借り物のあきつ丸の上着を着こんで姿は波間に溶け込み、僅かな航跡の他にその姿を辿る術はない。名残惜しそうに航跡を一瞥すると柳は艦内に戻り、潜航を命じた。

 

 

「ぽ?」

 

 北方棲姫がその音に気付いたのは寝る少し前だった。ヘンナオト ガ キコエルワネ、と気づいたのは他にもいたが、かすかに聞こえる繰り返される音が楽器の音だ、と気付いたのは北方棲姫ただ一人だった。

 

 篠笛の音に誘われて浜辺を歩く。歩いても歩いても音が近くならない。近づくにつれて音が小さくなっているらしい。かつてアメリカ軍が築いた要塞地帯の水際、トーチカのある辺りまで来てしまった。そして音が途絶える。

 

「ぽ?」

 

 辺りを見回していると、砂利を踏む音が聞こえて黒い人影が近づいてきた。

「や。ほっぽ、久しぶりやな」

「リュージョー!」

 やっぱり。人影にとてとて小走りで駆け寄る。龍驤は、北方棲姫を驚かさないように暗視装置を外した。

「元気しとったか。飴ちゃんあげような」

「ワーイ!」

 エセ関西人だが基本に忠実な龍驤であった。

「実はほっぽにお願いあってな。柳のおっちゃんおるやろ」

「ウン」

「おっちゃん、仕事辞めて近所に引越してきたんや。っても、まだ3,800km、2,050NMくらい離れとるんやけどな。」

「チカクナイ」

「それでも1,600km、870NMくらいは近くなったんやで。それでなあ、おっちゃん引越祝いでほっぽとお姉ちゃん呼んでパーティしたろ、って。」

「パーティ?」

「ごちそう一杯作ってな、お菓子も一杯や。でもなあ」

「デモ?」

「ほっぽもお姉ちゃんも何出したら喜んでくれるか、見当つかへんのや。困ったなあ、って。御馳走出したつもりで嫌いなもの出したらあかんやろ。」

「ウン」

「それでなあ、何やったらほっぽもお姉ちゃんも喜んでくれるんか、教えて欲しいんよ。。それとな」

「ぽ?」

「ほっぽが御馳走作ったらお姉ちゃん、すっごく喜ぶと思わへん?」

「エート」

「大丈夫。ウチが教えてあげるさかいな。お姉ちゃん、びっくりさせたろ」

「ワカッタ。ジャア、オネエチャン ニ イッテクル。」

 振りかえって駆けだそうとする北方棲姫の肩に手を置いて止める。

「あかんあかん。秘密にしておいてびっくりさせるんよ。surprise、ってやっちゃ」

 

 ちゃんと書置きしとくから大丈夫、と幼女を言いくるめると龍驤は北方棲姫をおぶった。暗視装置を被り、夜の海へ。

 

 

 童謡を龍驤が歌えば北方棲姫も楽しげにそれに合わせる。伊168が待機する水域に近づくと、赤外線を断続的に発信するブイが見えた。ブイは、海水を入れて水面すれすれで浮かんでいるドラム缶で、上に赤外線発信装置とハンマーがガムテープで止めてあった。赤外線発信装置を回収し、出港合図よろしくハンマーでドラム缶をぶっ叩くと聴音で聞きつけた伊168が浮上してくる。

 どこで憶えてきたのやら潜水艦のロックを歌いながら乗艦。シュノーケルを突き出し、伊168は一路北海道へ。ちょっと早く寝に行ったと思っていたせいで深海棲艦たちが北方棲姫がいなくなったのに気づいたのは翌朝のことだった。

 

 

Dear Harbour Princess and Airfield Princess

 

Let's meet Northen Princess to collect sea pieces.

 

First stage

50°40'39.5"N 156°088'42.4"E

 

 

"Fuuuuuuck!"

 

 トーチカに残されていた置き手紙に港湾棲姫と飛行場姫が怒り心頭であった。

 

"Fuckin' cowboys and fuckin' cowgirls."

"How fuckin' dare they make up such fuckin' kidnap."

"They are like that motherfucking asshole."

"Fuckin' yeah."

 

 二言目にはファッキンファッキン罵る姫を見ながらロ級やヲ級は思った。自分たちはまともに人語をしゃべれなくてよかった、と。

 

 空母ヲ級2、重巡リ級1、軽巡ツ級1、駆逐艦ロ級2からなる深海棲艦怒りの機動部隊が最初に向かったのは幌筵島。指定の座標は、岩礁だらけでとても実艦を近づけられる場所ではなかったので、沖合に投錨すると港湾棲姫と飛行場姫は実艦に残り、配下を指定座標に向かわせた。二人とも陸上タイプで水上航行は苦手なのである。

 ブイ代わりのドラム缶がこれ見よがしに浮かんでおり、最初の指令は海中に沈めてあるペール缶の中から、シーピースを探すこと。

 

(いやーっ、タコが、タコが!)

(気味悪い魚がこっち睨んでる!)

 

 岩礁は、岩の隙間を隠れ家にする魚介類の棲み家だが、ペール缶のような大きな缶にもなるとねぐらにするのも大物揃い。2m超のミズダコだのオオカミウオだのがとぐろを巻いていた。グロテスクさ加減では深海棲艦もいい勝負なのだが、深海棲艦と雖も女の子であった。墨を吐きかけられたり、帆立貝もバリバリ噛み砕く恐ろしい形相した魚相手では原始的な恐怖が先にわく。

 

「総員退避、総員退避」

 

 姫は配下を実艦に戻すと駆逐ロ級と軽巡ツ級に命じて、天にも響け、地も震えよとばかりにアクティブソナーを最大出力で打ちまくった。可聴音から高周波音まで、聞いたこともない大音量を浴びせられて混乱しているところに今度はヘッジホッグが隣接海面に撃ち込まれ、失神した魚が海面に浮かびあがってくる。

 

「馬鹿者めが!」

 

 ペール缶の中に入っていた缶ビールを飲みながら港湾棲姫が文字通り溜飲を下げていた。「深海棲艦の技術力は世界一!この程度で我らを邪魔だてしようとは笑わせる。」

「Cheer higher blue 何、このパスワード。」

 シーピースを回収した飛行場姫が首を捻っていた。「意味が通らない」

「情報秘匿のための無意味回文という奴だろう。次の座標は、松輪島?」

 

 と、オカルトな存在が技術の勝利でペール缶24個の中から最初のシーピースを見つけていたのと近似時刻。伊168潜。

 

 

「ほっぽ。まずはタコ焼きからいってみようか」

「タコヤキ?」

「家庭料理の基本中の基本や。しっかりおさえとこうな。何事も基礎からやで」

「ウン」

「ええと、キミィ、薄力粉の粉振るって」

「え?俺も」

「どうせなんもすることないやん。働かざるもの食うべからず、ちゅーやっちゃ。

イムヤ」

「はい」

「タコさん一本、冷凍庫から出して解凍してくれへん。」

 

 龍驤が艦内でお料理教室を始めていた。ちなみにタコとタコ焼き器は龍驤の私物である。こんなところまでそんなもの、と呆れる柳に1週間以上もタコ焼き食べられへんなんてありえんわ、と龍驤は薄い胸を張って答えた。キミィ、紅茶なしで何日耐えられる?

「すまん。私が間違っていたよ。」

「わかればええんよ。卵はないから全卵粉で代用な。」

 

 

翌朝。松輪島。

 

「松輪島では。北西の風、風力4。曇り。5ミリバール、8℃」

「何を打電しているロ級!」

「そうしなければならないような気がした。」

 

 

 深海棲艦たちが岩ガキ相手に途方に暮れていた。例によってドラム缶のブイに入っていた指令は牡蠣の中にシーピース入ってるから頑張って探してね(はぁと)というもの。そして牡蠣を引き剥がすためのバールのようなものと牡蠣剥きナイフが6本同封されていた。

 だいだい牡蠣というのは一度とりついたら二度と動かないという、動物というよりは植物みたいな生態をしており、周りの環境次第で形が変わるので一つとして同じ形の物がないのだ。それが化石になると全く岩と区別がつかなくて、束になって出土しているはずなのに古生物研究がまるで進んでいなかったりする。

 そして牡蠣剥きは、映像を見る分にはいとも容易く1分もかからないでやっているが、あれは熟練の技というものであって、ど素人がやると5分かかっても刃一つ通らない。貝の上下はわかるけど、下手すると蝶番がどっちかわからんぞ。

 

「うがー!」

「姫様も飲みます?体温まりますよ~」

 

 ドラム缶の中に入っていた白ワインに日本酒、ブランデーがなければ、怒りのあまり当たり構わずヘッジホッグを叩きこんだかもしれない。

 ※ なお、剥いてみたものの外れの牡蠣は、やはりドラム缶の中に入っていたレモンをかけておいしくいただきました。

 

「ふん、食べ物を粗末にしてはいかんからな。」

 

 朝から始めて昼過ぎにはだいぶん要領が良くなっていた。オイスター・バーに寄るのも悪くはない、と思い始めていた頃、30cm以上もある大きな牡蠣の中からようやくシーピースが見つかる。

パスワードは、come your more sea ray new  やはりわけがわからない。

次の座標は、47°08'23.4"N 152°15'36.3"E

 

 

 

「アイスー! アイスー!」

 

 伊168潜では、どんぶり一杯のアイスクリームに北方棲姫が大喜びだった。

「自分で作るとすごくおいしいやろ。」

「ウン」

「どうや、ほっぽのアイス。初めて作るにしてはなかなかなもんやろうが」

「オイシイ?」

「おいしいなあ。おっちゃんうれしいよ。これならお姉ちゃんも大喜びだな。」

「ヤッタ!」

「夢みたい」

 

 イムヤがしみじみつぶやく。ずっと洋上航行のおかげで電池は満タン。浄水装置から蒸留水がふんだんにとれて、蒸留水タンクどころか真水タンクまで満水。真水が余ってしょうがないのでシャワーを使い放題にしている。実艦時代、この海域の哨戒では10日に一度、洗面器半分の水で顔を洗っていたことを思えば天国のようだ。

 アイスクリームも通風冷却用の冷却機を使ったもので、全卵粉に砂糖に牛乳があればいくらでも作れる。妖精さんも大喜びだ。帝国海軍潜水隊の黄金時代、歌に出てくるインド洋哨戒はこうだったのだろう。

 

「おいしい」 イムヤはアイスクリームをまた一口掬った。




 北方棲姫

 陸姫三姉妹の末っ子。ダッチハーバー基地の化身。世界の深海棲艦に君臨する姫級のうち北太平洋を統べる幼女。
 深海棲艦は負の感情から変化した(たぶん)もので、姫級はその最上位なのだが、他の姫級は恐ろしげな成人なのに北方棲姫だけは幼女の姿をとる。本作では物心がつくかつかないかの年頃にわけのわからんうちに戦争で死んでしまった子供が変化したものと脳内補完。
 好戦的ではないのだが天は幼女に苛酷で、正月は〆飾りの材料、桃の節句は菱餅、秋はサンマ、クリスマスはクリスマプレゼント、と季節の折々に賽の河原の悪鬼のごとく全鎮守府が北方海域に押し掛けてはアイテムを強奪していくもので、かなりやさぐれているところに飴ちゃんコミュニケーションで佐世保第八鎮守府の龍驤と仲良くなった。

 港湾棲姫

 陸姫三姉妹の長女。軍港の化身。額の大きな一本角と深海棲艦随一を誇る胸部装甲が目印。深海棲艦にあるまじき厭戦的な性格。

 飛行場姫

 陸姫三姉妹の次女。軍飛行場の化身。頭の両側に生える丸くて短い二本角がチャームポイント。どこまでが服でどこまでが素肌なんだかわからない白いボディスーツを着ている。
 陸上基地のくせに運用するのは艦載機。その数392機!可愛い顔して凶暴なんてものではない。翔鶴型6隻分、レキシントン級の5隻分って、PCのない時代にどういう航空管制していやがります?
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