提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第21話 Trick or treat (4)

「新知島では。北西の風、風力5。雨。990ミリバール、5℃」

「だから何を打電しているロ級!」

「そうしなければならないような気がした。」

 

 新知島、武魯頓(ブロトン)湾。放棄されたロシア海軍基地を深海棲艦たちが家探ししていた。武魯頓湾はカルデラ湖で、外輪山の北東が切れて海とつながっている。水深は深く、外輪山で風が防がれ、停泊地としてはもってこいであった。深海から湧いてくる深きものどもも雨風に晒されるのはうれしくはない。そして指令は、基地内に隠されているシーピースを探し出せ、とあった。

 

「こ、これは?」 駆逐艦ロ級Aに電流走る。

 ロきゅうは ペチェーニエを みつけた!

「これは」 空母ヲ級Bにも電流走る。。

 ヲきゅうは こうちゃかんを みつけた!

 

 妙に真剣になったヲ級とロ級が探し出してきたシーピースのスカ?は以下の通り

 

 サモワール ×1

 ティーポット ×1

 固形アルコール燃料 ×8(8時間分)

 ティーカップ、受け皿、小皿、スプーン ×各8

 ミネラルウォーター 1箱

 (生水飲用禁止 本島は、エキノコックス原虫汚染地 と注意書きあり)

 イチゴジャム 2瓶

 

 

「姫様。風が強くて海も荒れていることですし、今日はここに停泊しましょう。」

「そうしましょう、はい」

「お、おう」

 

 シーピース自体はあっさりみつかったのだが、ヲ級Bとロ級Aが目を爛々と輝かせて凄いオーラで上申してきたもので、とても緊急出港を命令できる状態ではなかった。早速湯沸かしにかかり、お湯が煮立つ間に皿が並べられ、ジャムが小皿に取り分けられる。

「ペチェーニエをどうぞ。」

 ヲ級Bが穴あきクッキーを港湾棲姫と飛行場姫に勧めた。

「ロシア人ね」と、飛行場姫。「てっきり誘拐犯はアメリカ人だと思って追ってきたけれど。どんどんアメリカから離れていくから変だと思ったら」と、サモワールを指さす。サモワール自体がロシア人の身分証明みたいなものである。

「確かにこの先はロシアか日本だけれど、ロシアなら幌筵島からカムチャツカ半島に行くのが普通じゃないか。」

「でも日本人がサモワールを使う?」

「それはそうなんだけれど。」

 港湾棲姫は、シーピースと共にあった次の座標を確認した。「得撫島。ロシア人に都合のいい場所とはいえない。」

 

 ヲ級Bが紅茶を配り始めたので会話を中断する。小皿に取り分けられたジャムをティーカップに入れようとしたところ、ロ級Aに違います。ジャムは中に入れるのではなくて、舐めながら紅茶を飲みます、はい。と止められた。ヲ級Bがうんうん、と頷く一方、ヲ級Aは、ミルクは無いのかしら、と不満げであった。深海棲艦は、前世の記憶を稀に断片的に憶えていることがあって、時に妙な行動に出ることがある。

 

「ベーリング海もオホーツク海も我らの支配下にある。例外は、ここ」海図を指差した。「南千島。日本の単冠湾基地海域だ。得撫島はその隣だ。」

「座標は択捉島と反対側よ。ロシア海軍の基地があった場所だわ。ここもそうだけれど。」

 港湾棲姫はパスワードを見た。"tax tar cow war, color cool rain nine knee"

 変な英語を使うのは、ロシア人も日本人も似たようなものであろう。

 

 

 この時、単冠湾泊地鎮守府が港湾棲姫と飛行場姫の搭乗した機動部隊の接近を知ったら恐慌状態に陥ったことだろう。しかし実際は、悪天候のため偵察機は発進できず、艦隊は出撃を取消していた。嵐の中では航空戦は不可能だし、砲撃戦は下手をすると戦闘より操艦の方が忙しくなる。雷撃戦に至っては言わずもがな。

 そして千島近海。

 艦を揺らすローリングにうんざりして、気分転換と外の空気を吸いに外に出てきた柳が見たのは真っ暗な空と山なす波だった。ジャンピングワイヤーや空中線が風で不気味な音を鳴り響かせ、艦橋にも容赦なく波しぶきがかかる。

「うわ、ひどいな」

「モットヒドクナルヨー」と先任妖精さん。「コレカラ カンレイゼンセン ツウカスルカラネ」

「うええ」一気に興がそがれた。「やっとられんわ。イムヤ!」伝声管に向かって大声を張り上げる。

「はい、司令官」

「潜航してくれ。嵐をやり過ごす。」

「了解。潜航します。潜航!深さ40」

 ブサーが鳴り、柳を先頭に艦橋に出ていた妖精さんたちがラッタルを駆け降りる。

 

「いやあ、快適快適。潜水艦ならではだな。」

 

 吹き荒ぶ風も逆巻きうねる波もこの深度になればもはや別世界。穏やかな水中がそこにあった。空だと圏界面を超えると下は雲海、上は明から暗へと変化してゆく青のグラデーションが宇宙まで続く青天が広がっているが、海はその逆である。圏界面が高度4kmに対して、海は深度40mという差はあるが。

「これが駆逐艦なら露天艦橋でずぶ濡れだし、戦艦なら揺らされまくってオスタップとなかよしこよしだ。」

「えへへ」 イムヤも潜水艦という艦種を褒められて思わず喜びの声が出る。

「でも良かったんですか。少しでも距離を稼ぎたかったんじゃあ。」

「うちら一人で馬鹿正直に戦争してもしょうがない。一時停戦。」

 笑ってやるべきやろか、それとも気がつかなかったふりをすべきやろか。迷いながら龍驤「まあ、この天気じゃ飛行機は飛べへんし、水上艦も可動物固縛中やろうからな。対潜戦闘どころの騒ぎやないやろ。」

「そういうこと。こっちだって魚雷まともに馳走するわけないし、戦争は建物の中で仕事しているのと違うんだ。海の中でのんびり日和を待つとしようよ。ついては」

 柳は大仰な身振りをして皆を見回した。「船乗りの伝統に従い、酒を片手のよもやま話といこうじゃないか。」

「ほほう。艦娘相手に大きく出たもんやなあ、自分。ならばこの龍驤さんが語って進ぜよう。」 左手をクイクイさせて酒をねだれば、妖精さんがどことからともなく現れてグラスを渡す。

「あれは昭和10年、第四艦隊事件のちょっち前のことやった・・・」

 

 

 

「出撃しますよ。」

 

 大地寮。午前は待機と聞かされてのんびりしていた4人の駆逐艦娘に吹雪は穏やかに言い渡した。「二人、私と一緒に行ってもらいます。」

 

「ちいぃっ、出撃は午後からじゃなかったのかよ。」

「かーっ、車引きはつらいねぇ」

「急いで待て。軍隊の基本です。」笑顔だが目は笑っていない。

「寒冷前線は通過しましたが伊168の予定航路はこれから前線通過です。司令官のことだから潜水してやり過ごしているでしょう。会合地点が東に移動する可能性があります。ならば」

 教官として、最先任として新米のペーペーを見据えた。

「ここは早めに動くべきです。命令通りに動くだけでは機を逸します。

 と、いっても機を見るに敏になるようになるには一重にセンスなんですけどね。」

「えーっ」

「さもなければ経験です。センスがなければ、経験積んでカンを身につけるしかないんです。天候は回復したし、前線を追いかけるだけでこれから嵐の中に突っ込むわけじゃありません。」

 最初に嫌なことを言って後でフォローを入れる。人使いの基本である。

「志願者は一歩前へ!」

 そう言われて留まるほどの度胸はなかった。皆、一斉に前に出る。

「宜しい。では」 吹雪はニコニコした。「公平にじゃんけんで決めましょう。勝っても負けても恨みっこなしですよ。 せーの、じゃんけん、ぽん」

「わぁっ!」

「じゃ、高波学生と照月学生。出撃。響教官、連絡機の操縦お願い。」

「ダー」

「朝霜学生と谷風学生は、連絡機出すの手伝って。」

「了解!」

「あたしは、明石から被服を受領してきます。」

 

 出撃と言っても会合地点までさっと行ってさっと帰ってくるだけなんですけどね。まるで帆船時代のスループ艦みたいな任務。気負った高波と照月が初々しくて、つい微笑んでしまう。深海棲艦と遭遇すれば面倒なことになるけれど、深海棲艦は昨日新知島に着いてまだ得撫島には来ていないし、前線の通過中で飛行機は飛ばせない。

 お客さんの安否を確かめるまでは目立つ動きはしないはずだし、潜水艦娘の遅滞工作でこちらに敵意がないこともわかるでしょう。司令官は散歩がてら迎えに来てくれ、と言っていたけれど実際そうでしょうね。新米には危なっかしい任務はさせない。うちの司令官らしいやり方です、と、吹雪は誇りに思った。そう柳を教育したのは他でもない、自分であるからだ。最年長大佐で最年長少将だった帝国海軍随一のおバカさんだけれど、あれは死ななきゃ治らないレベルの馬鹿なので誰が教育係になったところで治せなかったはず。

 今回の件もバカじゃなきゃ考えもしないようなことで、いつまでたっても面倒見てあげなくちゃいけないんですから。全くもう、しょうがない人です。

 

「初雪教官」

 吹雪は、気配を消して立ち上がろうとしていた初雪に釘を刺した。

「私と一緒に行ってもらいますからね。」

「・・・。わかった。」

 

 やっぱり駄目だったか。初雪は心の中で溜息をついた。視線を下げて、誰にも目を合わせないようにしていたんだけれど。観念して視線を戻すとこちらを見ている龍田と視線が合った。うあ。姉をちょろまかしても逃げられなかったね、これは。

 

 白雪は、単冠湾泊地の各鎮守府に演習の通告をしていた。大地寮は、明後日及びその翌日、0900から1600まで、千島近海にて機動部隊訓練を実施。訓練海域は以下の地点を結んだ区域内。北緯44°東経150°、北緯44°東経152°、北緯42°東経150°、北緯42°東経152°

 

 ふうん。千島カムチャツカ海溝の真上ですね。天候回復早々、熱心なことです。単冠湾の各鎮守府の大淀はそのように受け取った。取り敢えず当日は、該当海域を哨戒する必要はありませんね。

 




 朝霜

 夕雲型駆逐艦16番艦。戦争末期に建造され、マリアナ沖に始まる聯合艦隊崩壊の中でしぶとく生き残り、オーバーホールもままならぬまま転戦。大和と共に天一号作戦に参加、戦没する。
 艦これ世界では蓮っ葉な性格で登場。史実のぞんざいな扱いをされれば、まあそうなるな。

 谷風

 陽炎型駆逐艦14番艦。ミッドウェーで飛龍を救助中、襲来した米軍の爆撃を至近弾1発を除き137発回避。当たらなければどうということはない、を実現した駆逐艦。
 艦これ世界では、ニセ江戸っ子として登場。

 高波

 夕雲型駆逐艦6番艦。昭和17年8月31日竣工、昭和17年11月30日戦没。

 照月

 秋月型駆逐艦2番艦。昭和17年8月31日竣工、昭和17年12月11日戦没。

 短命駆逐艦第1位と第2位。運が悪いんです、この二人。史実と違ってもうちょっと活躍させてあげたい。

 ペチェーニエをどうぞ

 ガルパンはいいぞ。なお、ピロージナエ・カルトーシカはココアパウダーを使うため、艦これ世界の日本では高級品過ぎて調達できなかった模様。
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