提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
「得撫島では。南西の風、風力3。晴れ。5ミリバール、10℃」
「・・・。好きにしろ。」
突如一日だけ復活した入電に一部気象好事家が驚きと歓喜の声を上げているとは露知らない深海棲艦たちであった。
指令は、砂浜に埋められた24個の缶の中からシーピースを探し出すこと。ご丁寧に縄張りがしてあって、金属探知機、篩、シャベルが3組置いてあった。これだけ道具が揃っていれば探査も容易だろう。
「そう思っていた頃もあったね。」
出るわ出るわ。王冠にプルトップ、煙草やガムの銀紙にジュースの紙パック内張りのアルミ箔、錆びて原形を止めないボルトにワッシャ、100円ライター、等々。得撫島には高々半世紀も定住者がいなかったのになぜこんなに金属ゴミがある。
「許すまじ人類!あたしがその腐った根性を叩きのめしてやります!」
ロ級Aが燃えていた。そしてロ級Bにどつかれる。
「いいからさっさとシーピース探せ。」
「あうっ、痛いじゃないか」
感度を落とし、再び探査を開始する深海棲艦たち。外れの瓶詰め(苺、杏、さくらんぼ、ラズベリー、黒スグリ、プラムの砂糖煮漬け)に力を得ながら根気よく探したが残り4個がどうしても見つからない。
「まさか縄張りの外にあるとか?」
「いや、それはないわ。ふざけた奴らだけれど、そういう根性曲がりじゃないわ。」
リ級とツ級の巡洋艦ペアがプリャーニクの一杯詰まった金属缶とミネラルウォーター一箱を見つけて、誰が言うともなくお茶会になっていた。新知島にはティーセット一式の他にピクニック用の籐のバスケットもあったから、そのまま置いていくという選択肢はありえなかった。サモワールは、元々はアウトドア用品扱いの野点の道具であったから原点回帰といえる。
寒冷前線通過で気温は低いが、よく晴れた海辺の昼下がり。誘拐された幼女を奪い返しに行く、というシリアスな任務とは程遠い状態がそこにあった。
「宝探しというより、地雷除去作業のような。」
「やっていることは変わらないわね。見つかりにくいように隠しているのがお宝か地雷の違いなだけで。」
ロ級Aに応えた飛行場姫であったが、何か引っかかるものを覚えた。「そういえば、あそこの」飛行場姫は砂に埋まって上だけ表に出ている真っ赤に錆びたジェリ缶を指差した。「ジェリ缶の下探した者はいる?」
「そういえば」
「探して」
ジェリ缶の中から金属缶が見つかった。「ありました!」
「マトリョーシカか、ロシア人め。」
「中身は・・・、卵?」
ロ級は、極彩色に彩られたイースターエッグを10個見つけた。
「他に探していなかったところは?」
空母ペアが半ば砂に埋まった真っ赤に錆びた金網の下から、巡洋艦ペアが何かの看板だったトタン板の下から金属缶を掘り出す。
「でかした。これは、パスカだな。」港湾棲姫がカップケーキを見て断定した。
「やはりロシア人か。いや、パスカはアメリカにもある。」
「姫様・・・」
「空、だと?」
ヲ級の差し出した缶は空だった。そして残りの缶は1個。
「ふむう。ヲ級、その缶が出てきた下を掘れ。」
ヲ級は、シーピースを見つけた!
「フン、空き缶の下に地雷。その地雷を無効化したらその下に地雷。まるで工兵の仕業だ。」
final stage:43°30' N 151°30' E
at final stage,contact us using these frequency
GMT 0900-1000 5.960MHz
1000-1100 9.760MHz
1100-1130 7.180MHz
1130-1215 11.765MHz
1230-1255 9.745MHz
1300-1400 7.480MHz
1400-1500 7.130MHz
password:me zoo cock look door
「短波だと?」
二人の姫は首を捻った。短波は昼間は受信状態が悪いから指定時間が夜になるのはわかる。しかし、陸を離れた海のど真ん中に会合地点を指定しておいて、交信の周波数が遠距離用の短波とはどういうことだ。誘拐犯はどこにいる?
「浮上。」
「浮上します。」
伊168潜は、ほとんど半日ぶりに海面に出た。荒れ狂っていた海は嘘のように穏やかで朝の日差しが眩しい。
「天測開始。位置知らせ。」
「天測開始します。」
現在位置を知らされて海図とにらめっこする柳。潜行して進めなかった分、会合地点はかなり先になる。
「大地寮に打電。会合地点の変更。座標は」
柳の口にした座標と現在地の座標を見比べてイムヤが首を傾げた。
「たった13NM先じゃない。」
「それで十分なはずだよ。」と柳。
「高波より返電あり。変更了解。照月と一緒に一時間後にお目にかかるかもです。」
「一時間後?」とイムヤ
「来ていたか、吹雪。」満足そうに頷く柳。咳払いをするとマイクをとった。
「ピンポンパンポンピンポンパンポン。 ご乗艦の皆様、おはようございます。
本艦は、終点、落合に1000、到着いたします。
落合からのお乗換のご案内をいたします。
十勝行き急行、駆逐艦照月は、1030の出発となります。十勝行き急行、駆逐艦照月は、1030の出発となります。
次に、千島・カムチャツカ海溝行き、駆逐艦高波は、1045出発となります。千島・カムチャツカ海溝行き、駆逐艦高波は、1045出発となります。
本艦は、落合到着後、回送となりますので、ご乗艦できません。どなた様も、お手回り品、お荷物を確認の上、お忘れ物ごさいませんようご支度願います。
本日は、帝国海軍伊号第168潜水艦にご乗艦頂きまして、ありがとうございました。」
「司令官」イムヤはジト目で柳を見つめた。「それ、あたしの台詞。」
「あ、すまん。ついノリで全部言っちゃったよ。」
一時間後、伊168潜が会合地点に到着すると、高波と照月は既に艦首を風上に向けて漂泊していた。海流と巡航速度の違いがあるとはいえ、こんなに早く来ているとは。私の行動、すべてお見通しか、と柳は感心し、呆れていた。優秀すぎる部下を持つと、きっとこうしてくれるだろう、と期待する一方で自分が無能に見えるのだ。
実艦時代ならここで接舷してやや暫く時間を潰すのだろうが、そこは艦娘。駆逐艦から飛び降りてくると水上を進み、微速前進中の伊168潜に速度を同調させてジャンプ。甲板に飛び乗ってきた。
「司令官、吹雪以下二名、お迎えにまいりました。」
「ご苦労」
きびきびと敬礼を交わす。そして後ろを振り返った。
「おっちゃん、これからお姉ちゃんたち迎えに行くからね。ほっぽちゃんは、龍驤と先に行っててくれるかい。」
「ウン、ワカッタ」
「じゃ、ほっぽ、行こか。しっかりつかまるんやで。」
龍驤は北方棲姫をお姫様だっこすると空中高く飛び上がり、一回転して着水。
「どや!」
「ワーイ!」
そして照月に向かう龍驤を柳は伊168の甲板上からにこやかに見送った。
「司令官もやってみます?」と吹雪。
「いや、遠慮しておこう。」
「それは残念。では、こちらにどうぞ。」
柳をお姫様だっこすると軽く助走して柵を飛び越え海面に飛び出す。続いて荷物を持った高波と照月が手すりを乗り越え、海面に飛び降りた。荷物は主に洗濯物で、何しろ潜水艦は洗濯しても水上艦と違って干す場所がない。艦内で干せば結露して機器の故障の原因となる。
「行きますよ。」
「お客はどうしている。」お姫様だっこされたまま柳は吹雪に尋ねた。
「新知島到達、昨日1000。得撫島到達、本日0930。」
指令を載せたブイ代わりのドラム缶には、指令書を取り出すと同時に一回こっきり電波発信するように仕掛けをしておいたのである。これ見よがしにだんだら模様に塗って先端に点滅灯を付けたポールは、アンテナでもあった。
「100NM3時間半か。」柳は呆れた。本当に31ノットで急行してきやがった。「これは今晩来るな。第六艦隊は?」
「全艦、配置につきました。」
「よろしい。では日中やることはない。そうだな。」
「そうですね。」
「では、私は寝る。1600になったら起こしてくれ。昨日は酒盛りだったんだ。潜水艦がみんな飲兵衛なの忘れてたよ。眠い。」 あくびをかみ殺す。
「了解、もうちょっと我慢してくださいね。」
高波が呆れかえったことに実艦に乗るや否や、本当に柳は士官寝室で寝てしまった。深海棲艦が追いかけてきていて、軽空母の龍驤を逃がし、自分一隻だけで対処しなければならない。見方によっては捨て艦なのだ。なのに司令官ときたら緊張感の一つもなく眠りこけているし、最先任の吹雪は、お客さんに失礼があってはいけませんからね、と、手すきの妖精さんには満艦飾を命じ、自分は艦長室を-駆逐艦に客人用の部屋はないので-磨きあげ始めた。根性が座っているというか、なんというか。これが戦場慣れというものか。就役三カ月で沈んでしまったあたしにはまねできないかも。
「抜錨!」
シーピースを見つけた以上、最早ここに用はない。何と言ってもここは敵鎮守府に近すぎるのだ。船の性分として、停泊していたり、狭隘水道で身動きもままならないところを攻撃されてはたまらない。早く広い海面に出たい、ということもあった。指定座標まで175NM。第二戦速で8時間。さすがにそれ以上は燃料がもたない。
こんなこともあろうかと輸送船団を呼びよせていたのだ。船足は遅いが、こちらが探し物している間に差は詰まっている。指定座標に到達後には洋上給油できるだろう。あちこち引き摺り回して燃料不足による行動の足かせを狙ったのかもしれないが、そちらに策があれば、こちらに対策ありだ。
そしてGMT11:40、現地時間20:40。深海棲艦機動部隊は指定座標に到達した。直ちに交信を開始する。
"Hello, this is Harbour Princess calling"
"Hello, this is Xanadu" すぐに返電が来る。
"Who?"
"Xanadu"
"Oh!"
"Now we confirm the password. follow me, please"
スラブ訛りに港湾棲姫は顔をしかめた。やはりロシア人だったか。
「千早ぶる」
「カム ヨァモァ シーレイヌー」
「龍田川」
「カラークレナイニー」
「水くくるとは。"password confirmed"」
へえ。ちゃんと返してきたよ。これならカルタ取りもできるかもしれないな。響はそんな思いにクスリと微笑むと日本語に切り替えた。
「こちらは日本海軍大地寮所属、駆逐艦Верныйだよ。」
「ナ、ニホン ノ カンムス!」
「迎えの駆逐艦を送るよ。夕雲型高波。コールサインは、カモデス。そちらのコールサインはヒメカミ。以後、466MHzで交信してくれるかな。」
「コールサイン かもです コチラノ コールサイン ひめかみ 466MHz ダナ」
「交信終了。」
瓶詰め
実際はヴァレニエ。東ヨーロッパの伝統的な保存食で果物の砂糖煮。海が近い日本は野菜を塩漬けにして冬の保存食にしたが、東ヨーロッパでは果物の甘露煮を煮詰めて冬の保存食にした。
プリャーニク
ロシアの伝統的な焼き菓子。蜂蜜たっぷりのジンジャーブレッドにジャムを挟んだ饅頭的なケーキ。中国の月餅のロシア版みたいな?
パスカ
復活祭に正教会となぜかアメリカで食べられるパン。
なお、ヴァレニエもブリャーニクもパスカも全部響が心を込めて作りました。
Xanadu
元の首都上都をイギリスのロマン派詩人サミュエル・テイラー・コールリッジが『クーブラ・カーン』で歌いあげてから幻想的な楽園の代名詞となる。