提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第24話 Trick or Treat(7)

 補給艦ワ級2、駆逐艦イ級2、軽巡洋艦ホ級1からなる輸送艦隊は、未明に到着すると直ちに補給を開始したため、柳が総員起こし15分前の放送で目を覚した頃には係留を解いて離脱の最中であった。

 ちっ。暗いうちはやらないと思ったのに。見物を見逃した。心の中で舌打ちしつつ、便所に行く。あと10分、あと5分、とか言ってベッドから離れようとしない普段からは想像できない姿であった。卯月のフライングボディアタックにも多摩の添い寝にも伊勢の江田島地震にも耐えた柳だが、妖精さんには敵わなかった。しおけがたりないようです?と寝耳に水流し込んだり、ハンモックで簀巻きにして吊下げたりするのである。工廠妖精さんと違って戦闘妖精さんは、容赦がない。

 総員起こし5分前の放送が流れ、柳は毛布を被り直した。別に水兵を見習ったわけではない。単に毛布の温もりが惜しかっただけである。ラッパが鳴り、総員起こしの号令がかかると服を着替える。すぐに高波がやってきて寝具を片付けるのに柳を士官寝室から追い出した。

 

「おはよう」

「おはようごさいます、司令官。」

 

 洗顔、歯磨きを済ませ士官室に入ると吹雪が朝食を用意していた。塩鮭の切り身、ホウレンソウのおひたし、卵焼き、海苔、いぶりがっこ。いつもの吹雪の朝定食である。席に着くと吹雪がご飯とシジミの味噌汁をよそった。

 

「いただきます。」

「昨日はどうでしたか、司令官」

「うん。姫は人物だからね。勝海舟じゃないが、誠を尽くせば通じたさ。」

 皿の空いた部分にシジミの貝殻を積み上げる。「おもしろい男だ、って褒めてもらったよ。」

「そうですか。」

 吹雪は自分のご飯をよそいながらニコニコした。姫級や鬼級を小物だと思ったことはないが、人格的に大物という観点はなかった。魑魅魍魎の頂点に君臨するのに力だけでは不十分だ、と柳に言われた時のことを思い出す。港湾棲姫も驚いたに違いない。

「そっちはどうだった。」

「いっぱいお話ししまして、優秀な従兵だ、って褒められました。」

「従兵?副官じゃなくて?」

「副官は、私服を見繕ったり、献立考えたりしませんから。」

「吹雪さん、引き抜きかけられていたかもです。」

 高波が戻ってきて会話に加わる。「優秀な従兵は、同じ体重の金銀財宝より貴重だ、って。」

「同じ駆逐艦でもイ級やロ級じゃ、能力的にも体の構造的にも色々制限があるみたいです。」吹雪が付け加える。

「なるほどねえ。」

 柳も感心していた。深海棲艦とはヤクザの鉄砲玉より戦闘特化した連中である。掃除だの炊事だのしている姿は想像もできない。そういう人材を使わなければならない管理職が大変なのはわかる。姫も苦労しているのだな。

「できればもうちょっと後にしてくれるかな、吹雪。今見捨てられると私の人生がいきなりハードモードになる。」

「馬鹿な子ほど可愛い、っていいますからね。大丈夫ですよ。」

「あはははは。」

 

 高波の笑いに飛行場姫と吹雪の会話を察した柳であった。飛行場姫は、私のプライベートの駄目ぷりを聞いて呆れたに違いない。本気で艦娘を引き抜きできるとは思っていないだろうが、吹雪の有能さに感心している。そして退役してもなお、艦娘が私についていくのか不思議だったに違いない。

 まあ、私も不思議なんだけどね。艦娘にとってまだ利用価値があるらしいとはいえ。

 

「紅茶とサバイバルキットのEsbitをありったけ持っていってくれ。響のサモワールがあちらをクリティカルヒットしたらしい。固形燃料を使いきってサモワールが使えない、って懇願されたそうだ。なんでもヲ級の片っ方が英国派で、ロ級の片っ方がロシア派らしい。」

「人生、何が起きるかわからないかもです。」首をしきりにふる高波。

「黒板かホワイトボード持っていけば、言葉は通じなくても絵文字でなんとかなるだろう。牛乳は積んであるな、高波。」

「LL牛乳を定数通り積んであります。」

「ヲ級がミルクがない、ってぼやいていたそうだ。英国空母のなれの果てなのかな。」

「ミルクが先か紅茶が先か論争を黒板でするんですか。」

 いささかげんなりした顔をする吹雪。

「それならもう解決済みだ。」

「え?」

「王立化学協会の学会誌にミルクが先の方がうまい、って記事が出て決着がついた。

異議があるなら王立化学協会に論文提出して査読を受けるように。」

「「あははは・・・」」

「姫のお帰りの際は、固形燃料と紅茶と練乳と響特製のジャムをおもたせにしよう。」

 

 

 

 洋上補給を終えて、立会していた港湾棲姫と飛行場姫が再び高波に乗艦してきたのは、8時を過ぎてからだった。一応、朝の慌ただしい時間帯は控えたらしい。

 

「デハ、アナイ セイ」柳に向かって港湾棲姫。

「フブキ、ヲキュウニ ツイテユケ。」と飛行場姫。

「はい。」

 特に何か言うまでもなくヲ級について士官室を去る吹雪。柳も声をかけるわけでもない。

 これから司令官を護るのがあたし独りになるのか、と高波は暗澹たる思いだった。実艦時代も命短ければ、艦娘になってからもまだそんなにたっていない。メンタルモデルの姫にどのくらい戦闘力あるのか知らないが、自分より弱いということはないだろう。機嫌を損ねて敵対されたらどれくらいもつのか。司令官を逃がす時間稼ぎができるだろうか。

 

 今朝は紅茶入れたら、うーん、不味い、と司令官に顔をしかめられ、吹雪からは、立派な艦娘になるにはまだまだ修行が足りませんね、と真顔で言われた。金剛さんじゃあるまいし、紅茶艦が立派な艦娘の条件なんてそんなことがあるかと思ったが、司令官に注がれた紅茶を満足げに飲んでいる眼前の深海棲艦の姫を見ているとその気持ちも砕けた。

 あたし、この任務が終わったら金剛さんに弟子入りするんだ。

 

 

「良くお似合いだ。」

 

 扶桑型の装束に着替えた港湾棲姫と飛行場姫を柳が誉めていた。「いや、美人は何を着ても似あうというべきかな。」

「フン、セジ カ。」言葉の割には港湾棲姫の口調に強さはない。

「これは心外。」割と本気で言っているのだが。「陸でそのままのお姿では目立ちすぎるので変装していただこう、と考えて真っ先に思いついたのがその装束でね。きっと映えるだろうと思ったが、思った以上だった。」

 巡洋艦の制服のブラウスやスラックスだとサイズ合わせが難しい、という事情もあったが言うだけ野暮というもの。

「サスガテイトク。オンナノ アツカイニ タケテ イルナ。」クックック、と笑いながら飛行場姫。「フブキ カラ キイタゾ。コノフクヲ キテイレバ フソウガタ ニシカ ミエナイ、ト。」

「艦娘にはそう説明したがね。」やれやれ。パンツさん、そんなことバラしてたのか。「姫殿下が水兵じゃあるまいし、セーラー服はなかろう。」

 さすがにBBA無理すんなとは言えない。「空母の制服も却下だ。胸当てとか、飛行甲板の草摺とか、実用的だが優雅ではない。

 英国艦やフランス艦のドレス姿もお似合いだと思うが、私は和装のあでやかな姿が見たかった。」

「ホカニモ アルデハ ナイカ。コンゴウガタ トカ。」

「ああ、それが全く駄目でね。」柳はにこやかに否定した。「あなた方に金剛型の制服着せたなんてうちの金剛が聞きつけたら、面倒なんてものではすまなくなる。」

「メンドウ?」

「ワタシと深海棲艦、どっちがキレイですカー、って、ファッションショーやり始める未来しか見えない。」柳は大袈裟に溜息をついた。

「今日のワタシは、ドウですカー、って金剛が用もないのに押し掛けてきて、テイトクの一番になるためにワタシ、がんばるデース、って騒いで、比叡と榛名がさすがお姉様、って囃して、霧島が今日の金剛お姉さまは、前日比何%美人指数があがっています、ってわけのわからん分析をするのが目に見えている。

 いつになったら飽きてくれるんだか私にもわからん。」

「あははは。」思わず失笑する高波。「喰らい付いたら離さないかもです、金剛さん」

「ナルホド。カンガエテハ イルノダナ。」

「艦娘にはどうぞ内密に願いたい。姫殿下には似合わない、という話が独り歩きして提督はセーラー服や空母の制服が嫌い、なんて話になったら収拾がつかなくなるのでね。

 まあ、明石だけはひと儲けするだろうが。」

 

 

 

「タカナミ、キカン シドウ」

「ふーっ、やれやれでち」

 

 ゴーヤは、大きく息を吐いて緊張を緩めた。高波と深海棲艦艦隊の深夜のランデヴーが夜戦にならなかったから万一の事態は起きないと踏んではいたが、実際高波が動き出すまでは気を抜くわけにはいかなかった。

 

「引き揚げだよ。無音航行。深さ50、針路0-2-0。」

「ムオンコウコウ フカサ50 シンロ0-2-0」

 

 

 提督が指定した座標は、親潮が渦を巻いて北に反転している場所からやや外れた場所であった。おかげで水温躍層に潜り込めた。これが親潮の本流だったら安全潜航深度ぎりぎりの100mまで潜らなければならなかったところである。全く、外洋の真っただ中で待ち伏せしろって言われた時にはどうしようかと思ったでち。海底の凹凸に隠れてならともかく。帰ったらみんなとログ突き合わせて誰が一番最初に深海棲艦探知したか競争でち。ゴーヤはみんなの姿を想像してちょっとニマニマした。

 任務失敗で深海棲艦が高波を攻撃した場合に備えて、伊8、13、14、19、26、58、168からなる第六艦隊がこの海域に集結していたのである。高波が電灯艦飾してド派手に目立っていたのは敵意がないのをアッピールする一方、潜水艦が伏せているのをカモフラージュする意図もあった。

 攻撃を受けた場合、提督、吹雪、高波は直ちに実艦から退去。高波のビンの合図と共に狼群作戦を発動。深海棲艦艦隊を襲撃する一方、高波の真下に潜むゴーヤが救助に向かう計画であったが、闇夜の交戦中に救助が想定通りいくかはかなり怪しかった。艦娘の吹雪や高波はともかく、人間の柳が水に落ちた場合、心臓発作を起こさなくても低体温症でせいぜい20分で死んでしまう。

 

 しかしそれはそれ。終わった話である。敵影を見ず、一発も魚雷を打つことなく、ただじっと海の中に身をひそめて耳を澄ませていただけであったが、久々に潜水艦らしいことをしてゴーヤは大いに満足していた。後は親潮に乗って、といってもせいぜい1ノットの海流だが、千島沖を根室沖まで流れていけばいい。

 




 ゴーヤ 伊号第五八潜水艦

 巡潜乙型改二3番艦。乙型最終艦。原爆輸送から帰投中の重巡洋艦インディアナポリスを撃沈したことで有名。大戦を生き残り、戦後海没処分。
 艦これ世界では、キャラ付けの変な語尾「~でち」していて、ドイツ艦のU-511に懐かれたのはいいが、日本語をうまく発音できないU-511に丁稚呼ばわりされている。

 Esbit

 アウトドア用の固形燃料。マッチ一本で着火。4g,10mm×5mmほどの錠剤一錠5分でカップ一杯のお湯が沸かせる。

 ミルクが先か、紅茶が先か

 ミルクが先の方がタンパク質の熱変性が少ないのでおいしい。
 ソースはこちら
 Royal Society of Chemistry, How to make a Perfect Cup of Tea
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