提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第26話 Trick or Treat(9)

 お子様の北方棲姫に合わせて桜でんぷマシマシ&お酢控え目のちらし寿司は、港湾棲姫や飛行場姫にも好評であった。男の柳にはご飯というよりデザート感覚だったが、お客さん第一である。

 デザートは、北方棲姫が欲にかまけて作った何種類ものアイスクリームで、面白がって作った結果は響の監修もあって皆に大好評だった。

 あまり知られていないことだが、ソ連邦のアイスクリームは世界一であった。ソヴィエト労農者には低廉で高品質なアイスクリームがふんだんに供給されねばない、と当時贅沢品扱いだったアイスクリームが社会主義経済の勝利の象徴として政治決定。連邦崩壊までの半世紀以上、誠実に履行されていたのである。

 外貨固定相場制時代、日本にも5円アイキャンや10円ミルクキャンデーはあったが、ソ連邦ではラクトアイスでもアイスミルクでもない正真正銘のアイスクリーム。植物性脂肪分、添加物及び合成保存料不使用という、日本ではレストランやホテルでもなかなかお目にかからない高級品が似たような値段で販売されていた。おかげで響が着任して間もない頃、司令官、どうしてこんなものがこんな値段で売ってるんだい、と間宮アイスを不良品扱いして労うつもりの柳を大いに面喰わせ、間宮と伊良子をうろたえさせたものである。

 

「ボクの一番のお勧めは、このカシュタンだよ。」

「カシュタン?」

「栗のことさ。ショートケーキでモンブランがあるけれど、そのアイスクリーム版だよ。本当はチョコレートをトッピングするんだけど、残念だな。」

「この赤いのは」

「さすが蒼龍さん、お目が高いな。トマトだよ。」

「トマトぉ?!」

「好みがはっきり分かれて、本当はこういう宴会向きじゃないんだけどね。ほっぽちゃんが気にいったんだ。」

「あらホント。意外においしいわ。」

「ウマ!」 無邪気な笑顔で北方棲姫。

「うえぇ・・・」試した兵装実験艦が情けない声を上げている。

「これは何」と初雪。

「クレームブリュレだよ。」

「クレームブリュレって、何?」

「焼きプリン、と言えばいいかな。普通なら上からカラメルかけて出来上がりなんだけど、クレームブリュレは上に砂糖撒いてバーナーで炙ったり、ブランデーかけて火をつける。作り方が派手でおもしろいんだ。」

「Fire,fire!」

 

 はしゃぐ北方棲姫に目を細める港湾棲姫と飛行場姫。内心で安堵しながら柳は感想を尋ねた。

「ウマ!オナカイッパイ!」

「フム。マタキテヤロウ。」

「アラアラ。コウワンッタラ、スナオジャ ナインダカラ。」

「是非そうしてくれ。歓迎するよ。9月まで、と制限つくのが心苦しいところだが。」

「ドウイウコトナノ?」

「ご覧のとおり、大地寮の滑走路は未舗装でね。春と秋は泥沼になる。ゲルマンの鋼鉄の意志もマルクス・レーニン主義も泥将軍はどうにもならん。」

 飛行場姫の質問に柳は肩をすくめ、手を広げた。「10月初めから11月一杯、3月中旬から4月一杯まで滑走路閉鎖だ。じゃあ12月から3月初めはというと」

 今度は港湾棲姫の方を向いた。「ご存知かと思うがこの辺に主力艦が入港できる港はない。それで大地寮にくる艦娘は、実艦を停泊地に沈座しているのだが。」

「チンザ、ダト?」

「投錨したまま艦娘がここに来たら、実艦が走錨して衝突したり座礁したりするかもしれないかもしれないからね。」

「ソウダナ。」

「真冬に潜水なんかしたら浮上した後、艦全体に着氷して転覆必至だ。だから大地寮は、5月から9月一杯の営業しかできないんだよ。」

「ソンナコトカ。」

「アイカワラズノ ヒンジャクナ セツエイノウリョクネ。」

 港湾棲姫と飛行場姫は鼻でせせら笑った。そして互いに目配せしあう。

「シンカイセイカンノ チカラ、ミセテヤロウ。」

「アットウテキナ チカラニ フルエルガ イイワ。」

「ツイテハ トクハイヲ ヨウキュウスル。」

 芝居っ気たっぷりに港湾棲姫が宣言した。

「御意。なんなりと。」

「グロックヲ ショモウ。」

「ダークラムが手に入らないからゴールドラムベース、シナモンスティックとクローブなしになるけれど、いいかな」

「ユルス。トクモテ。」

「アラアラ、コウワンッタラ。アタシニモ オナジモノヲ。ホッポニハ ホットレモネードヲ オネガイ。」

「少々お待ちを。」こちらも芝居っ気たっぷりに最上が深々と礼をして下がった。

 

 

 

翌朝。

 

 響特製のフル・ブレックファストに大いに気を良くすると、港湾棲姫と飛行場姫は、停泊地に行くと宣言。パイロットの響、柳、それから後学の為にシロー、日向、夕張、明石の工廠組がお伴した。最上も行きたがったが、北方棲姫の守役があって断念。

 

 汀に扶桑型の装束で港湾棲姫と飛行場姫が並び立つ。港湾棲姫がどこからともなく三方を取り出し捧げ持つ。三方には大きさが異なるシャーレのようなものが四段重で載っており、港湾棲姫は、力の籠った歌を歌い始めた。口を閉じているので何語とも知れない。

 潮が、引き始める。

 

「ええーっ!」

 

 約幅1km、沖は水平線まで水が引いてしまった。人類サイドが仰天していると今度は飛行場姫が別の歌を歌った。目の前の海底だった場所から一体一体がガンダムほどもある巨大なゴーレムが水平線まで湧き始める。放心した夕張がビデオカメラを落し、明石が慌てて拾い上げた。一体のゴーレムが跪くと左手に港湾棲姫、右手に飛行場姫が腰かける。

 

「ハジメルワヨ」

 

 飛行場姫が号令をかけるとゴーレムが沖に向かって前進。後にはゴーレムが抜けた分だけ深くなった海底が残った。再び不思議な歌を歌って地の底から新たなゴーレムを召喚。歌が転調するとゴーレムの色が茶色から灰色に変わった。

「クラスチェンジしたのかしら、ストーンゴーレムに」夕張がささやく。

 

 飛行場姫の号令でゴーレムが互いに間隔をとり隊列を組む。何が始まるのか、柳達が固唾を飲んで見守っていると岸一帯のゴーレムが轟音を立てて炸裂した。

 

「な!」

 

 幅100mほどの砂利道ができた。飛行場姫がキビキビと号令をかけると沖合にいたゴーレムが回れ右して足音も高らかに岸まで行進。まわれ右して沖に向かう、ということを繰り返す。砂利道がすっかり踏み固まってしまうとゴーレムの列が道の上に停止した。

 

"terram terra, cineram cineribus, pulverem pulveribus"

(土は土に、灰は灰に、塵は塵に)

 

 ラテン語の祈りを唱えると一瞬にしてゴーレムが砂の山に変わる。そして号令をかけて沖合のゴーレムを呼び戻した。

 

「明石の。頼みがあるんだが。」

「偶然ですね、シローさん。あたしもです」

「「頬っぺた抓って、思いっきり」」

「痛ってー!」「痛い!」

 元工廠長と明石がシンクロしていた。

「データよ、データ!」

 夕張は無我夢中でビデオカメラを回している。

「ちっとも驚いていないんだね、司令官と日向さんは。」響は感心していた。

「こんなことでSAN値が削れるものかね。私は提督だぞ。何年軍艦の付喪神の指揮やっていたと思う。」

「飛行場姫の回復能力からいって資材を現地調達しているのは間違いないし、それがまともな方法じゃないのもわかりきっていたからな。しかし、ゴーレムとはな。文字通りの人柱だったのか。」 日向は感心していた。

 

 

 柳達は見た。地均しが終わるとゴーレムが隙間なく横たわって砂利道が石畳に変わったこと。それが終わると横10列、高さ8段の人間ピラミッドの組体操始めたこと。最終的に幅100m、延長1kmの石畳の道路に幅20m、高さ20m胸壁つきの石垣でできた岸壁が出来上がった。海底はゴーレムがいなくなった分だけ掘り上げられて広大な地溝になっている。

 

「ばーすハ、コンナモノデ イイワネ。 イデヨ!シンカイヨウセイ!」

「ウィーッス」

 港湾棲姫の召喚に低く、間延びした返事とともにいずこからともなく湧いてきたのは緑の帽子に緑の服。めっさ目つきが悪い犬の顔した、手が異常にでかい三頭身の妖精たち。

「コボルトだな。」

「コボルトね。」

 日向と夕張が頷く。

「こんぱにー あんとん、べるた」

「へーい」

「えぷろん ホソウ。こんぱにー かいざー、どーら」

「ウェーイ」

「ホソウガ オワッタトコロカラ ボウゲンザイト ぼらーど セッチ。カカレ!」

「Jawohl,Ihre Hoheit !」

 

 チワワほどもない、眼光だけは狼並みのわんわん共が走り去り、巨大ゴーレムの手に乗った港湾棲姫と飛行場姫が干上がった海の底を隊列を組んだ無数のゴーレムに先導され、不思議な歌を歌いながら東に去ってゆくのを柳は唖然として眺めた。

 主力艦停泊可能、と豪語するからにはマルベリー人工港の上位互換があるのかと思ったが、まさかこんなこととは。

 

「海辺で穴掘りと言えばドイツ人だったか。」

「きゅうごしらえのいっせんじんちとはしんじられぬ。」

「こうへいいらずですか。」

「おかるとですな。」

「ながいきはしてみるものです?」

 

 いつの間にか妖精さんがわらわら湧いていた。すかさずシローが反応する。

「よし、お前ら。仕事だ。外郭の立ち入り禁止柵設置。今日中にやっつけるぞ。深海の奴らなんかに負けるんじゃねえぞ。」

「がってんしょうち」

 歓声を上げながら散っていくシローと妖精さんを見ながら柳はボリボリ頭を掻いた。

「メロン子。」

「何、提督。今忙しいんですけど。」

「そのまま記録係を頼む。桔梗屋さん。」

「完全に想定外ですよ、ドイツ産のコボルトにこっちの妖精さんって。」明石は首を傾げた。

「ビールはいいですけど、ポップコーンなんて喜ぶんでしょうかねぇ。」

「師匠。」

「ビールに枝豆。定番だろう。」

「そうだな。桔梗屋さん、大地寮に連絡。枝豆茹でて妖精さん用の増加食用意。

 取りに行くのは一人で足りるか?」

「お任せください。」

「すまんな同志ひびきん。トンボ帰りで。」

「2ソーティ増えるくらい、どうということはないさ。」

 

 

 

 昼12時のサイレンを長一声鳴らしてやや暫く。シローと妖精さん達が戻ってきた。

「おひるだ、おひるだ」

「はらぺこなのです」

「おなかとせなかがくっつくかもしれないみたいな?」

「たーんとお食べ。それーっ!」

 

 明石と夕張が餅撒きよろしく飴やらなんやらをバラまけば、妖精さんが歓声を上げながら飛びつく。続いてサイレンの音に何事か、とゴーレムを急かせて戻ってきた港湾棲姫と飛行場姫が焼き肉の匂いに鼻をひくつかせた。

「ぐりるトハ、キガ キイテイルナ。」

「北海道名物。新歓コンパのジンギスカンパーティだ。

 そこの新入生も、そうでない人も寄っといで。取り敢えず食ってけや。」

 口調の変わった柳に姫二人が呆気にとられていると、日向と響が手早く紙製エプロンを被せた。

「さあ、じゃんじゃん、いってくれ。」

「じんぎすかん?ナゼ ぐりるガ もんごるノ ダイオウノ ナマエナノ?」

「キャッチコピーさ。外で豪快に焼き肉するイメージにぴったりだったんでしょうや、昔の日本人の感覚じゃ。

 さあさあ、食いねえ食いねえ肉食いねえ。」

「ビールお待ちどうさま。」

 

 明石がビールサーバーを見せるとうおおおお、と野太い歓声が上がり、サーバーに集る深海妖精さん。何がどうなっているのかわからないが、深海妖精さんがサーバーを操作して庭の水撒きよろしくビールを撒くと、待ち構えていた有象無象の深海妖精さんが左手に手にした紙コップにすべて収まった。枝豆も食べ方を教えると片っぱしから籠から空中を飛んで妖精さんの右手に収まる。録画の逆回しにしか見えない。

 ここは妖精さんに任せてあたしもお肉食べよっと。明石と夕張は考えるのを止めた。

 

「ズイブン ヨウイガ イイナ。」港湾棲姫はジロリと柳を見た。

「備えあれば憂いなし、っていうしょ。」柳はさらりと流した。「そっちの妖精さんも喜んでもらって何よりだわ。」

「クエナイ オトコダ。」

 妖精の接待まで用意していた、ということは初めから私に港湾整備させるつもりだったな。同意を求めるように飛行場姫を見たが元気に肉のお代わりを日向に頼んでいた。我が妹ながら、どうしてこうスットコなのか。

「余計なお世話だったかい?」

「フム。」

 

 港湾棲姫は暫し考え込んだ。人間どもに利用されて気にくわないから帰る、と言えば飛行場姫と妖精を落胆させるだけである。北方棲姫も取り戻さなければならない。

 あらためてデメリットを考える。つい習慣で水深18m、戦艦棲姫も余裕で接岸できる戦略拠点を敵にプレゼントしてしまった。といっても出来上がっているのは岸壁と東西の防波堤で、港正面の外防波堤はこれから作るつもりだった。ここで止めれば土砂が流入してすぐに元の砂利海岸に戻る。

 仮に自分がここを完成させたとして、人類が横須賀や呉のような策源地に整備するだろうか。否。ここは軍港にするには場所が悪すぎる。外海に剥き出しなのだ。やはり湾の中に奥まった大湊を使うだろう。前進基地なら単冠湾が既にある。

 ゴーレムの石垣はみてくれは立派だがまともな石垣を積んだわけではない。基礎捨石もテンプラ工法だし。それに向こうがのせるだけのせて持ち上げるつもりなら、騙されたふりをして上手にのってやるのがいい女というものではないか。

 我ながらたられば言い訳が次々に沸いてくることに苦笑する。

 

「タイギ。ヨキニハカラエ。」

「御意。」

 

 日本語って便利だなあ。そう思う深海棲艦と退役提督であった。

 




 三方に載った大きさが異なるシャーレのようなもの

 イメージは鹽乾珠(しほひるたま)。鵜戸神宮(宮崎県日南市)のご神宝。


 海辺で穴掘りと言えばドイツ人

 本当に犬の穴掘りと同じくらい遺伝子レベルに刻み込まれているらしくエスニックジョークの定番になっている。
 コボルトは地の妖精ノームのドイツ名。英語名ならゴブリン。
 中隊はKompanie、A:アントン、B:ベルタ、C:カイザー、D:ドーラ


 マルベリー人工港

 ノルマンディー上陸作戦で作戦名オマハビーチ、ゴールドビーチに構築されたケーソン、老朽船、浮き桟橋その他から構成された人口港。8ヶ月間に兵員250万、車両50万、物資400万トンが揚陸され大陸反攻の拠点となった。
 近代戦とはいかに物資を迅速に輸送・集積するかに尽き、ドイツ軍は大型船入港可能なシェルブール港とアントワープ港を頑強に守って連合軍の橋頭堡作りを阻止したが、何もないただの砂浜に港作られては連合軍の侵攻を止められなかった。


・水深18m

A:なぜそこまで掘ったのか。
Q:ガンダムの身長が18mだったせいさ。港湾棲姫と飛行場姫を手乗りにするにはゴーレムもそれくらいなければな。

 大和級の喫水が10.4m、アイオワ型11m。エセックス級8.4m。ニミッツ級原子力空母12.5m。世界最大のコンテナ船、マースク・トリプルE級でも16mで接岸可能ネ。
 計画艦のモンタナ、紀伊、フリードリッヒ・デア グロッセが着任しても全く問題ナッシングデース!(ハボクックは除く)

 なお、鎮守府があった横須賀港12m、呉港10m、佐世保港10m、舞鶴港14m、大湊港8m。
日本最大の水深をもつのは横浜港だが、18mでタイw
 この世界では外洋航路は深海棲艦の跳梁跋扈で衰退、途絶しており、巨大コンテナ船の需要はない。加えてここから半径100Kmの後背地の人口は30万ちょっとで商用港としても完全なオーバークオリティ。
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