提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第28話 trick or treat (11)

 表面上は何の変哲もない舗装された滑走路だが、アスファルト層6インチ×2、表面強化コンクリート層8インチ、巡洋艦用装甲板2インチ、砕石層24インチの下にゴシック建築が埋まっている。余った土砂は、横に積み上げられて防風用の堤になった。

 飛行場姫曰く、滑走路とは瞬間的とはいえ、t×100km/hの力積が10cm^2単位にかかるもの。何年も自然転圧かけているならともかく、そうでなければ構造で支えないとすぐ凸凹になる。

 なるほど戦艦の艦砲射撃でもなかなか破壊できなかったわけだ。滑走路がツィンメリット・コーティングの装甲板なんて-滑走路は水はけを良くするために溝が刻んである-誰が想像する!

 それにしても桜の木の下には死体が埋まっている、というが滑走路の下にダンジョンとは。しかしどう考えても無駄に広い物置ができた、という印象でしかない。100mぶち抜きなら格納庫にもできようが、アーチで支えたドーム、約1坪の部屋が20×100×3階分。駐車場にするのでもターンテーブルが必要だ。幸い点検用の竪坑を左右100mおきに作っていったので換気だけはいいが。

 いや、そんなことを考えている場合ではなかった。

 

「あなたの艦隊は、今、どこにいる?」

 

 

 

 昼食を終え、食後のコーヒーも飲み終わって、これからどうしたものかと吹雪がぼんやり思っていた時であった。茶の湯外交も無限に紅茶を飲んでいるわけにいかない。

 空母ヲ級改flagshipの一人がホワイトボードに稚拙な空母の艦体と飛行甲板の絵を描き、矢印を書いた。ヲ、ヲ、と発するばかりで何を言っているのかはわからないのだが、声の調子から友好的な雰囲気は感じ取れる。

 丁度いいところです。ガンルームに籠っているのにも退屈していたところですし。なにせ空母というのは巨大な建築物で案内なしでは迷子になってしまう。新兵が遭難した、という笑い話もあるくらいだ。吹雪はヲ級に連れられて表に出た。艦橋の他には何一つ遮るもののない広々とした空間。青空が眩しい。

 吹雪が辺りを見回していると、重巡リ級がアコーディオンを手にして、他の深海棲艦が向かい合わせになって並ぶとダンスを踊り始めた。右手に棒を持っていて、二人一組で打ち合ったり、ぐるぐる回ったり。足に一杯鈴をつけていて、飛んだり跳ねたりするごとに鈴がシャンシャン鳴る。

※ Morris Dance  イギリスの伝統的な庶民の踊り

 

「楽しそうですね。ねぷたみたいです。」

 

 パチパチ拍手をする。一曲終わると、鈴を外して今度はコサックダンスを踊り始めた。さっきの踊りが一杯ひっかけてみんなで踊る盆踊りのようなものなら、今度は鍛え抜かれた踊り手の超絶技巧だ。軍艦の端くれとして、強靭な足腰に驚愕して目を見張る。

 

 

「うわー。うわー。凄いです。」

 

 曲が終わると懸命に拍手をした。欧米人ならブラボー、って叫ぶんですよね。

 拍手をやめると、ヲ級がこっちを見て拳を数度突き出す。今度は、あたしにやれってことですか。参ったなあ。まさか司令官に言われて仕方なしにやり始めたことが本当に役に立つ時が来たなんて。若いうちには色んな経験を積んでおくものです。

 

 真顔になり、すっと腰を落とす。深呼吸して気持ちを落ち着かせるとともに真正面の深海棲艦を見据えた。

「その時人々力を添え、引揚げ給えと約束し。一つの利剣を抜き持って」

 

    *    *    *

 

 ゴーレムの使役が終わり、後は妖精任せということで午後のお茶をしている時であった。港湾棲姫が通信が入った、と言っていかなる言語か不明な交信の後、我らを通信室に連れていけ、と要求した。

「それはいったい?」

「フブキガ フシギナ オドリヲ オドッテ ロキュウヲ カンムスニ シタ。」

「はい?」

 泥人形使いはアンタたちの方だろう、と言い返したい気持ちをこらえる。

「フブキト コウシンセヨ。」

 そして言われた通りの周波数に合わせる。

「こちら大地寮Headmaster柳。吹雪教官、応答せよ。」

「吹雪です。」

「港湾棲姫から聞いた。何が起きた。」

「本日1400頃。千島海溝で峯風型駆逐艦10番艦、夕風と邂逅しました。同時にロ級駆逐艦一パイが消失しました。」

「峯風型?」

 確か神風型の前級だったか。事実だとすれば初邂逅だが、また随分旧式艦だな。

「消失したとはどういうことだ。」

「それがどうもこうも。」

 困惑しきった吹雪の声が伝わってきた。「舞を一さし勤めたら、それで成仏しちゃったみたいです。」

「成仏?何をやったんだ。」

「ですから親善目的で舞を一さし」

「いや、演目だ。」

「海士、玉之段です。」

「ほう。」柳は素直に感心した。「パンツさん、そこまで極めていたか。」

「台無しですよ司令官!」

「とんだ歌行燈だな。両姫殿下には私から説明しておく。しかしもう一度舞う必要があるな。そちらの様子はどうだ。」

「困惑していますね。言葉が通じないのでわかりませんが。少なくとも今すぐ戦闘になるとか、そういうのはなさそうです。

 それから一番勤めるなら扇子を一本お願いします。どうにも格好がつかなくて。」

 

 交信を終えると柳は港湾棲姫に向き直った。

「吹雪が舞ったのは古いメルヒェンヴェイルだ。かれこれそうだな、1300年前の」

「1300ネンダト!」

 詮索するつもりが歴史に圧倒されて港湾棲姫と飛行場姫は絶句した。

「身分を超えた恋。その後日談がテーマになっている。百聞は一見に如かず。実際に観られた方がいいだろう。

 いささか急ではあるが、今回はこれにてお開きということでお帰りの支度をされたい。当方も準備がいる。今日は」柳は時計を見た。「これからすぐ発っても現地に着くのは夜になるから無理だ。うちの連絡機が夜間着艦できない。

 明日、0630に出発で宜しいか。」

 

 

 

「話は聞いたぞ。私が謡を謡ってやろう。」と日向。

「鼓はまかせて」と初雪。

「本格的だな。そうなると装束も整えたいな。メロン子。」

「これなんかどうでしょう。」

 

 持ってきたのは幅広の白い襟、胸元に大きな黄色のリボン。膝が隠れるくらいの赤いスカート。そして神通や神風もびっくりの巨大な赤いリボン。

 玉之段は、動きの激しい舞である。こいつはどうしてもパンチラを人さまに見せたいらしい。そう柳は結論した。

「お前の気持ちはよーくわかった。吹雪に伝えておく。パンツ見せてなんぼだってな。」

「えっ?嘘です嘘です。冗談ですってば!」

 うろたえる夕張を無視して柳は明石に声をかけた。

「桔梗屋さん、初春の檜扇と神風型と飛鷹の制服はあるだろうか。」

「そんなこともあろうかと思ってストックしてあります。」

 やった!この台詞を言う時が来た。胸を張り、勝者の余裕で夕張をみると夕張は、くっ、と呟いて下を向いた。

「流石だな。パンツさんがアカレンジャー、コタツムリはミドレンジャーな。」

「むー。あの帽子被るの?あたしは別に旗風や春風の制服でも。」

「キレンジャーは浜風で、モモレンジャーは飛龍と決まっている。」

「えーっ!」居合わせた艦娘全員が異議の声を上げた。

「どっちかというと二人ともキレンジャーなんじゃ」

「提督が百人いたら、百人ともそう答えるぞ。飛龍はキレンジャーと思いますか、それともモモレンジャーだと思いますか、って聞かれたら。」

「えーっ?」

「グリーンの相方といったらピンクに決まっている。」

「まあ、そうなるか。」

 

 艦娘のモモレンジャーは誰か。提督の中でも議論の分かれるところで未だ定説は定まってはいないが、戦艦なら扶桑、伊勢、榛名。空母なら飛龍、千代田の名が最初にあがる。重巡は最も意見の分かれるところで衣笠、鈴谷、摩耶、利根、筑摩が鎬を削る。軽巡と駆逐艦は人数の割には少なく、軽巡は、北上、神通改二、能代の三人でほぼ確定。駆逐艦は、叢雲、嵐、秋月。潜水艦は伊8。特務艦で明石。

 艦娘に無用な混乱を与えないようにと想定問答による模範回答が定められており、真の理由は日向の眼を以ても見抜くことは困難であった。

 

 

 

 さて、千島海溝某所。

 

「爆弾なんて当たる気がしないね。よいしょー!」

「それそれ」

「こらしょー!」

「まだまだまだあ」

「どっこいしょー!」

「上ばっか見とらんと、足元にもきーつけんかい」

「かぁーっ!!なんてこったいーっ!!」

 

 龍驤攻撃隊の急降下爆撃を器用に避ける谷風であったが、そちらに気をとられて過ぎて低空から攻撃してくる雷撃機に気付くのが遅れた。しかも雷撃隊は、一番機と二番機が角度を変えて魚雷を投下。どちらを避けてももう片方が衝突コース。龍驤、手加減をする気が全くなかった。魚雷は、左舷前方、第一主砲下に命中。弾薬庫被弾で轟沈判定。

「やられたあ!畜生めぃ!」

「さすが谷風や。」

 横須賀生まれのエセ関西人は、大阪生まれのニセ江戸っ子を褒めた。

「生まれて間もなくでこんだけ回避するんやからな。それに引きかえ照月、朝霜、高波。キミたち、ビビリすぎ。」

 

 駆逐艦たちには5分が1時間にも感じられたが、実際は会敵報告から空襲まで30分もたっていない。嚮導の龍田こそ弾幕で直撃を避けたが駆逐隊、わずか20分足らずで全滅である。

「今日の訓練はこれで終了よ。」

 龍田の言葉に駆逐艦娘たちがそれぞれの艦橋で崩れ落ちた。朝一番で一回。昼前に一回。これで終わりだろう、と思ったら夕方前にまた一回。まさか一日で三回も対空訓練させられるとは思わなかった!

「お疲れちゃん。今日はゆっくり休むんやで。」

 

 本当は龍驤の方がお疲れであった。払暁発艦、一旦艦隊の探知範囲外に攻撃隊を移動させてから攻撃、収容はその場だが補給、再出撃が二回である。ほとんど休みはない。対空戦闘がない分気楽なもんやで、との言葉に駆逐艦たちは戦慄した。

 攻撃隊収用も終わり、搭乗員妖精さんを労って休ませ、整備兵妖精さんに声をかけてから龍驤は烹炊所に向かった。一日に三回出撃である。さすがの搭乗員妖精さんも爆睡だが、整備兵妖精さんはそうはいかない。これから補給、整備、点検ですべての作業が終わるのは夜中になる。

 何がええかな、と夜食を作っていると副長妖精さんから呼び出し。こんな時間になんや、と艦橋へ戻る。

 

『千島海溝 北緯43°東経151°付近に移動。連絡機を待て。会合予定時間、明日1200。なお7名、昼食を伴う』

 

 大地寮からの通信に龍驤は唸った。指定座標は演習海域の西端、大地寮からほぼ真東に約700km。アントノフの航続距離がなんぼかしらんが、エスベーで1200kmくらいやった。大陸の飛行機は足短いからほとんど最大航続距離やないか?もし会合に失敗して不時着したらって、乗ってるのは艦娘に深海棲艦だからええのか。

 龍田に通信。予定変更。指定座標と会合予定時間を伝え、念のためトンボ釣りの用意を指示。あとよろしゅうな、と指揮権移譲して烹炊所に戻った。わざわざ昼食、と言ってよこしてきたのだ。今から仕込みしとかんと。

 

 

 

 翌朝0630。お持たせの紅茶やらなんやら在庫の限り載せ、アントノフは、大地寮を飛び立った。到着予定時間は1200、飛行時間は約5時間半。魔改造による機体重量軽減の結果、最大航続距離はオリジナルの845kmから1000kmに延びていたが、それでも日本海軍の基準から見るとやっと零式観測機並みになったにすぎない。目的地+一時間半分の燃料で、実用最大行動距離は700km。指定座標はそのギリギリの線にあった。本当はヲ級に直接乗りつけたいところだったが、アントノフの誘導、着艦、給油、発艦全部をぶっつけ本番でやるわけにもいかない。

 エンジンの音轟々。インカム越しでは多対多の会話も不自由なので夕張特選アニメ集を見て過ごす。定番のネコ型ロボット、世界を股に掛けた大泥棒、といった子供から大人まで一緒に見られるアニメを選んでいて、やればできる子じゃないか、と柳を感心させていたが、桔梗屋さんが小坊主にやり込められるのを見て姫三人が大笑いしていた。メーロンめ、江戸の仇を長崎で討ちやがったな。

 

 時速50Kmでやっと失速するアントノフの着艦は呆れるほど容易で、空母龍驤の評判を知る柳を拍子抜けさせた。飛行甲板には戦闘妖精さん一個分隊が並んでおり、号笛を鳴らして敬礼。一行をまずトイレに案内し、次に士官室に案内した。

 

「けつねうろんにかやくご飯、おまち」

「おお」

 破顔一笑する柳。手を合わせ、頂きます、といって割り箸を割る。「うまいよなあ、龍驤のうどんにかやくご飯は。なんでこう、うまいかなあ。」

 

 どう見ても普段の食事にしか見えないのにどうしてこの男はこんなにうれしそうなのだ。港湾棲姫と飛行場姫は怪訝に思いながら手をつける。

「オイシイワア。タダノ ヤスモノノ ハズナノニ」

 飛行場姫が首を傾げながら食べていた。

「そりゃあウチが作ったんや。うもうないわけあるかいな。」ニッと笑う。「鯛や鱧を使えば誰でも御馳走は作れる。普段づかいでうまいもん作って初めて一人前や。」

「ゲニ、ゲニ」

 無心で食べていた港湾棲姫が頷いた。




 歌行燈

 軽い気持ちの悪者退治は、自らを浮浪者とし、被害者の家庭は崩壊。跡取りを失い老師は嘆く。しかし、運命に手繰り寄せられて三年後。
 声に出して読みたい日本語、泉鏡花珠玉の名作。

 エスベー

 ソ連の高速爆撃機ツポレフ SBのこと。1930年代では世界最多最強の爆撃機。スペイン内戦では、SBに追いつける戦闘機は存在しなかった。

 桔梗屋さん:桔梗屋利兵ヱ(一休さん)

 戦で親も財産もすべてを失い、京都に流れてきた戦争難民から身を起こし、将軍家御用達の大商人に登りつめた立志伝中の人物。安国寺の大檀家でもあり、信仰心もそれなりに厚い。
 しかし完璧な人間というものはいないもので、いつも小坊主にガチで突っかかっては返り討ちにあっている。でもやめない。

 けつねうろん

 昭和までは狐饂飩と書いてこう読み、きつねうどん?なんや東京弁か?と言っていたはずなんだけどなあ。
 なお、龍驤は、前の晩は昆布出汁とって、干椎茸を戻していました。うどんは到着予想時間から逆算して9時から手打ち。
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