提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第三話 支援到着

 

「今日の予定は?」

「施設改修が終わりました。確認願います。

 ヒトマルマルマル時、鎮守府から支援到着。

 ヒトヨンマルマル時、日用品の配達。

 以上です」

「支援?」

「詳細不明です。白雪から『支援送ル。到着予定10:00』と、それだけ」

「ふむ。surpriseか。楽しみなことだ。」

 びっくりなのか、奇襲なのか。詳細を言ってこないからには両方だな。

「工廠長でも来ないかな。」

「鎮守府がストップします。」びっくり顔の吹雪に柳は説明した。

「滑走路の図面を引いて気付いたんだが、まともな滑走路にしようとすると技術的な問題が色々とね。工事自体もかなり大がかりになる。工廠長の意見が聞きたかったんだが、しかたないな。

 白線引いて方位入れれば取り敢えず使えるんだろうが、もうちょっとマシなものにしたい。実際に使うパイロットにも話を聞かなきゃならない。」

「パイロットなら明日来ます。第五艦隊の幹部が下見にくる予定でしたから。」

「第五艦隊?」艦これ世界では艦隊は最大四つまでしか編成できない。

「史実の方です。キス島出撃合宿始める前の下見で。」

「なるほど」

 ぶっつけ本番でレベリングするわけにはいかないからな。柳は第五艦隊の編成を思い出そうとした。第21戦隊と第1水雷戦隊。那智に多摩と木曾。水雷戦隊旗艦は阿武隈だ。

「空母がいないが」

「那智さんの零偵です。こんなに早く滑走路ができるとは思っていなかったので、十勝川に着水する予定でした。」

「自分にできるのはラフ描いておくくらいだな。それなら昨日終わっている。

 巡検と行こうか。支援が来るまで」

 

 

 朝食の後片付けが終わってから二人で各部屋を見て回った。

 放送室は通信室になっていて、さすがに大淀はおらず、退役者の面倒みるほど大淀さん暇じゃないです、と吹雪に呆れられた。

 浴室は鎮守府にもあった豪華岩風呂。家具職人妖精さん、相変わらず無駄に頑張った。浴場の隣は艦娘用の修理ドックが6つで、一個艦隊が丸々収まって非常に使い勝手がよろしい。鎮守府のドックは、どこの鎮守府も建造専用4、修理専用4と決まっていて融通が全く効かない。おかげで艦娘の多い古い鎮守府ほど建造ドックは全く使用されず埃をかぶる一方、修理ドックは出撃した艦隊のうち、被害状況の大きい4人を優先して状態のよい者が2人が順番待ち、と運用に支障をきたしていた。

「いいな、これ。すごくいい。さすがは妖精さんだ。」

「とうぜんよ」

「もっとほめるがよいぞ」 艦娘のマネをして喜ぶ妖精さん。

 

 しかし、リネン室。ランドリー+物干し場。

「やりなおし。」

「がーん。」

「なにゆえ?」

「総ガラス張りに天窓、って夏は反射炉で冬は石油代いくらあっても足らん。

天窓廃止。窓の面積減らして二重窓。外は複層ガラスの樹脂サッシ。内は木な。」

「もくせいさっしなんてありませんが」

「冬は気温差50℃超えるんだ。一枚ガラスのアルミサッシなんかにしたら、結露が霜張って窓ガラスに指で文字が書けるんだぞ。溶けるとレールで凍って開かなくなる。お湯かけて溶かした後、窓外して空拭きしてからドライヤーで乾かすんだ。 やりたいかな?」

 ブンブン首を振る妖精さん。

「窓面積減っても問題ない。冬は、日射角度下がって奥まで差し込むし、乾燥していて湿度は60%ない。昼は30%台まで下がるくらいだ。実際、外干しでも洗濯物乾くからな。出し入れが寒いからやりたくないだけで」

 

 元給食室には見慣れた看板。

「明石屋本舗大地店って、あいつウチで商売する気かよ・・・」

「艦娘のいるところに明石屋がなくてどうするんですか。」

「いや、ここ俺の隠遁所なんだけど。」

 

 家庭科室が厨房と食堂になっているのはわかる。しかし

「なんでカウンターバーがあるんでしょうねえ。それに酒瓶並べる棚まで」

「清談するのが皆下戸というわけでもないでしょう。車飛ばして買いに行って帰ってきたら1時間かかるじゃないですか。」

「いっそ酒持ち込み禁止にするかな。」

「鬼!米帝!ちひろ2号にカナカ煙草仕入れさせますよ。」

 

 元図工室。『夕張研究室』と真新しい表札がかかっていた。

「来るんだ、夕張。」

「はい。」

「名前は夕張だけど生まれは佐世保じゃないか。所属も第三艦隊と第四艦隊で北海道関係ないだろう。どこぞの鉄工所の地縛霊になると思ってたのに、なんでわざわざ畑のど真ん中についてくるんだ?」

「憧れの蕎麦打ち三昧、ってすごく喜んでましたよ、夕張さん。」

「それか・・・」

 

 名前からメロンと呼ばれる彼女だが、好物は蕎麦である。北海道で蕎麦といえば幌加内や江丹別だが、元は十勝の新得町が本場であった。妙なところが設計者に似たんだよな、アレは。

 それにしても軍の命令の箍外れた夕張と明石のコンビって、一体どうなるんだろう。今でも誉や熱田の稼働率が90%超えという、帝国海軍や中島飛行機の担当者が聞いたら気違い扱いなところにあのロマン主義者二人が本能の赴くまま開発改修やりだしたら。

 

 

 帰りなん、いざ 請う、交りをやめて以て遊を絶たん

 世と我とは相違えるに またここに駕してなにをか求めんとする

 親戚の情話を悦び 琴と書とを楽しんで以って憂いを消さん

 

 

「ああ、俺の歸去來計画がなんか変なベクトルに」

「ほおっておいたら一週間でもビスケットとジャムと紅茶で生活する人が何言ってるんですか。独りで生活したかったら、せめて火の通したもの作れるようになってからにしてください。」

「この世には電子レンジと電子ジャーという万能の調理器があってだね」

「銀杏の封筒綴じは、料理と言いません。それから後が大変なので電子ジャーでプーティン作るの禁止ですからね。」

「Fool! カナダ人の叡智を否定するというのか。」

 

 図書室。

「書斎につくりかえてもらいました。」

「おお、GJ!これで思いっきり歴史研究ができる。」

 吹雪はほほ笑んだ。現役時代から憧れの年金生活に歴史研究、と散々聞かされたが、さて。訳も注釈も古すぎる、と、身辺整理の際に本棚1本分の岩波文庫捨てた時には私もびっくりしたけど、これから本棚どう埋めていくんでしょうね、この人は。

 

 妖精さんにお菓子を振るまい、執務室に戻る。なぜ人がいないのに巡検がこんなに疲れなきゃならんのだ。訝しみつつも柳の心は晴れやかであった。憧れの書斎。自然、笑みがこぼれる。吹雪の作戦勝ちであった。

 

 

「毎度様でーす。まるゆ宅配でーす。」

「御苦労さま」

「はんこお願いします」

 

 深海棲艦から日本沿岸の制海権を完全に取り戻すまで、海上輸送はまたもやまるゆの鼠輸送頼みであった。大量のまるゆが建造されて任務に当たり、制海権奪回後は、復員して予備役編入。陸軍の肝煎りで設立された運送会社に雇用されて現在に至る。いつまた制海権を奪われるかもしれないし、輜重兵としてのまるゆは優秀すぎた。みかけはせいぜい10歳そこらの子供にしか見えないが、力は大の男に遥かに勝り、玉掛けその他の荷捌きも自由自在。今更人に戻せるわけがなかった。

 

「大中小のダンボール箱、って昔を思い出すな。」

「そうですね」

「さて、何を送ってきたのかな」

 

 中の段ボールを開くと、きちんとアイロンがけされた制服の上に制帽とファイルが載っていた。軍をやめた人間に必要ないものなんだがな。首を振りつつファイルを手に取る。

「こんなものまで送ってよこしてきたのか。ちゃんと分別して燃えないゴミの袋に入れといたんだけどなあ。」机の上にファイルを置く。ゴミ?白雪ちゃんがわざわざそんなものを送ってよこす?首を傾げた吹雪が手にとり中身を見て顔色を変えた。

「司令官、正座」

「え?」

「正座」

 うちの最先任、物凄くお怒りである。「聞こえなかったんですか、正座」

 オーラに気押されて正座する柳。あのレ級がニタニタ笑うのを止めたという、今、自分はそれを目の当たりにしているのか。

「すみませんでした!」光の速度で土下座する。

「何が悪かったか言ってください」

「えっと」

「取り敢えず謝ってすまそう。司令官、それで解決すると思ったんですか?」

 なまじ静かな声で問い詰めてくるので余計怖い。

「この袖章は、例えば船団護衛の結果です。この筋がこの太さになるのに、どれだけ敵潜の襲撃に日夜神経をすり減らしたか、お忘れですか。

 この星は。必死に敵機の急降下爆撃を回避して戦艦や巡洋艦の砲撃をかいくぐり、駆逐艦と鍔迫り合いして、やっと雷撃しても回避されたり早爆、不発で命中するのは僅か。この星一つに魚雷がいったい何本必要になるのか、憶えていますか。

 それをゴミに出す。娑婆に出るのに浮かれていたとはいえ、どうも私の教育が足りなかったようですね。」

「すいません。受験生が受験終わって問題集焼き捨てるくらいの感覚だったんです。決して他意は」

「言い訳はそれだけですか、中将閣下。 ふーん、佐官の階級章がありませんね。」

「それなら、そこのコンテナの中のアルバムに」

 

 と、柳は自前で持ってきた荷物を指さす。コンテナを開け、アルバムを開けば。

「ああ、これは」

 見開き左ページには、少佐任官及び鎮守府発令辞令。右ページには一枚の写真と少佐の階級章が貼りつけられていた。緊張した面持ちでこちらを見ている若き日の柳と私。次のページをめくると自分に続いて着任してきた妹たち、初雪や白雪の写真があった。アルバムをパタンと閉じる。

「なるほど」

 これは鎮守府に残っている者の誤解を解かねばならない。全員、ということではないだろう。白雪ちゃんは、どこまでくいとめてくれたのかしら。オーラが収まったのを見てほっとした表情を浮かべる柳に正座を崩していいと誰が言いましたか、と釘を刺す。

 手間のかかる人ですね、全く。それで支援というのは何かしら。小さいダンボールを開ける。

「わたくし、生まれも育ちも肥州、佐世保です。姓は海、名は志郎。人呼んでフーテンのシローと発します。」妖精さんが飛び出してきて仁義を切った。

「工廠長?!」

「どうしたんです、その格好」

 

 黒のコール天地のスリーピースに白いシャツ。黒の山高帽。上着とベストには派手なボタンが一杯ついていて、それよりその変な杖何?

「おう、これは万国共通、流しの職人の印よ。」

「流しの職人?」

 工廠長、じろり、と吹雪を眺め、正座、と言った。

「はい?」

「正座」

 わけのわからぬまま、柳の隣に正座する吹雪。

「一所懸命、ってえ言葉があるが、俺はずいぶんそうしてきたつもりだ。そうだよな、提督」

 柳はコクコク頷いた。

「腰据えて頑張る。立派なことさ。しかし、そこで天狗になってると世間知らずになっちまう。それでこの、流しの職人さ。」工廠長改めシローさんは胸を張った。

「世界は広く、自分の知らない技を磨いている奴が必ずどこかにいる。自分の技を伝え、知らない技を教えてもらう。そうやって職人は技を伝え、広めてきたんだ。ところが」

 シローは、吹雪をぎろりと睨んだ。「この俺を差し置いて、吹雪の姉ちゃんは、若いのを先に出しやがった。やれ大規模作戦だのなんだのって付き合ってやっているうちに、旅に出そびれてたらこの仕打ちだ。」

「工廠長が抜けたら鎮守府がストップするかと思って」

「てやんでえ。一人抜けたら仕事止まる、ってそんなアホなことしとらんわ。おまいさんたちだってそうだろうが。長門の嬢ちゃんが抜けたら全員出撃不能になるのか?」

 これには吹雪もぐうの音も出ない。

「で、白雪の姉ちゃんは何をよこしたんだ?」とシローさん。大きな段ボールを開ける。

「初雪……です……よろしく。」

「初雪?」

「初雪ちゃん!」

「ようよう姉ちゃん、何でダンボール詰めになってたんだい。」

「電車の乗り方わからない、って言ったらこうなった。これが本当の箱入り娘。」

 

 それで箱詰めする次女も次女なら、箱詰めされる三女も三女だ。誰だよ、特型が真面目だけが取り柄の没個性とか言ってる奴は。

「あー、吹雪。初雪の面倒みてやってくれ。飲まず食わずだろうし、色々」

 トイレ連れていけ、までは言わなくとも面倒みるだろう。「えー、シローさん、取り敢えず工廠行きます?」

 

 

 なお、柳のお仕置きは午後に搬入になった日用品の整理と、紅茶抜き2日の刑で済んだ模様。

 




 流しの職人のシローさん
 元工廠長。ジャケットに輝く6つのボタンは週6日勤務、ベストの8つのボタンは1日8時間労働を現すドイツの放浪職人の格好をしている。マイスターなのでサーヴァントを召喚するかもしれない。


 初雪
 特型駆逐艦三番艦。鎮守府で一二を争う引き籠り。予備役編入まで有給消化していたら白雪に駆逐艦寮を追い出された。
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