提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第30話 trick or treat (13)

 内火艇が戻ってきたのは日も暮れなずむ頃。ただ深海棲艦を送り届けるだけだと思っていた龍驤は、やきもきしながら柳達を出迎えた。

 

「ホンマ心配したで。なんかあったかと思ったやんか。」

「まあ、軍使みたいなもんだからほら、色々と。」

「ほらほらアレアレは、年寄りの言うこっちゃ。あ?」

 見たこともない艦娘を見て一瞬思考が止まる。全く知らない顔なのに龍驤はその艦娘のことを知っていた!

「あんた、夕風か」

「はい。」

「ウチは、龍驤や。 久しぶりやねえ。」

「はい。」

「司令官、この子、どうやって連れてきたんや。」

「ん。吹雪が不思議な踊りを踊ってロ級を成仏させた。」

「なんや?」

「それで港湾棲姫からもらい下げてきた。時間がかかったのはそのせいだよ。」

「なんやねんなあ~」

 

 龍驤は頭を抱えた。柳提督の指揮下に入ってから、そんじょそこらのことで驚く気はなくしていたはずなんやけど。 いやいや待て待て自分。

「決めた。今日はとことん呑むで、夕風はん。」

「え?」

「龍田も呼んでぱーっと、やるでぇ。」

「ハラショー。こいつは力を感じる。」特型22番艦:酒が飲める酒が飲める

「そうか。それじゃあ、お邪魔虫は消えるから艦娘同士でごゆっくり。」前回航海で危く龍驤と伊168に潰されそうになった男

「疲れた。ちょっと…ひきこもります。」特型3番艦:下戸1号

「あたしも今日はお風呂入ってすぐ寝たいかなあ、って。」特型1番艦:下戸2号

「さよか。食事は士官室に用意しとくで。ウチらはガンルームでぱーっとな。」

 

 そして例によって感動体質になっている柳。

 

「うーまーいー!なんでポレンタがこんなにうまいんだ!貧乏飯だぞ、貧乏飯!」

「どうして龍驤さんがつくるとツナのパスタがこんなにおいしくなるんでしょうね。」

「・・・命の出汁?」

 

 貧乏飯とてやっつけ仕事はしない龍驤であった。一方ガンルーム。

 

「人払いの訳を聞こうか。」穏やかな表情で日向は龍驤を見やった。

「大本営は、まだ夕風のことを知らへんのやね。」

 

 呑む呑むと言った割に食卓に並んだのはビュッフェ形式の料理の数々。サンマの刺身。トキシラズのマリネ。おにぎり。ベイクドトマト。フルーツポンチ。等々。龍驤、夕風の歓迎会を空酒で済ませる気は毛頭なかった。

 

「ああ。姫を帰してからでないと報告できないからな。」

「そやね。あん人が知っとったら、おっとり刀でウチんところに飛んできたはずや。

ちゅーことはやな。」 龍驤はとびきりの悪い笑顔をした。

「サリー大佐にドッキリ仕掛ける千載一遇のチャンスよね~」と龍田。

「ほーほっほっほ」

「あーはっはっは。良い知らせは、いち早く届けないとね~」

「龍田屋。お主も悪よのう」

「龍驤さんほどではないわよ~」

「そこまでだ。」

「何奴!」

「痴れ者めが。余の顔を見忘れたか。」

「上様! って、日向はん何やらすんじゃい。」

「夕風が混乱しているだろうが。 では、佐世八鎮の伝統に従って。」

「「「「じゃーんけん、ぽん」」」」

 

「通信室を借りるぞ。」日向が龍驤に付き添われて席をはずした。

「あのう、今のは何だったんでしょうか。」

 夕風がおずおず尋ねる。越後屋、お主も悪よのう、はTV時代に作りだされたテンプレなので夕風は元ネタを知らない。

「夕風が一番会いたい人に誰が連絡するか、決めていたのさ。」

「うれしいことを伝えるのは、うれしいものなのよ~」

「そうだったんですね。」ぱあっと顔を輝かせる夕風。「ところで」

「なんだい」

「龍驤さんはなぜ関西弁なんでしょう。」

「本人いわく、どこにいるかわからないような存在感の薄い自分をアッピールするためのキャラ付けだそうよ~。」

「・・・。あれで存在感薄いんですか?」

 

 

 そして大本営海軍部教育局の一室。

 ノックの音に思考が一瞬停止する。今日はもう、何も予定はなかったはずですが。

「どうぞ」

 互いに敬礼を交わす。

「いい知らせがあって飛んできた。北海道大地寮の私から連絡があった。『本日1400、千島海溝にて演習航海中の機動部隊は、峯風型駆逐艦第10番艦夕風を自称する艦娘と邂逅せり。評価を求む。』」

「えっ」

「明日とあさっての予定は全部取消した。今、教育局長が出張命令にハンコを押している。代理の教官には空母が龍驤。戦艦は山城。重巡は金剛。軽巡と駆逐艦は神通に頼んでおいた。」

「・・・。感謝します。」

「なあに、メンコの数は伊達じゃないさ。礼はそうだな、土産に菓子でも買ってきてくれ。」

 大正6年進水の日向には4年の長がある。教育局長席では龍田がとてもいい笑顔で局長の手を取っており、局長の右手には判子があった。そしてお仕事お仕事、と飄々とする龍驤の前で鬼と地獄が手を取り、二水戦旗艦は私が代理、と静かに感動していた。

 

「北海道の、大地寮?」

「柳佐理中将の隠居所だ。まあ、あの柳提督が大人しくしているはずもなかったな。」

「まあ」

 

 

 突然の出張に何事!新型深海棲艦の襲来か、と部屋に押し掛けた者が見たのは、ニコニコ顔で鼻歌など歌いながらあーでもない、こーでもないと、お出かけ用の服を広げたり畳んだりする鳳翔の姿であった。ありえないものを見てしまったと、皆無言で扉を閉めたという。

 

 さて、そんな事とは知らぬ柳一行。浜大樹に出来ていた港に練習艦隊が仰天しているのを柳が澄まし顔で見守り、その澄まし顔がどこまで持つかな、と日向と響が取り澄ましていた。人を呪わば穴二つである。龍驤を発艦したアントノフは飛行中、特に何があるわけでもなく大地寮に着陸。最上の誘導で駐機場に着く。

 

「お客さんがお待ちかねですよ。早く早く。」蒼龍が吹雪と夕風の手を引く。

「えっ、お客さん、ですか。」

「司令官はこっちです。急いで。」白雪が柳の手を引く。

「お客、って誰がこんなところに。」

「大本営の鳳翔さんです。」

「何!白雪、制服は」 捨てたのを白雪がとっておいてくれて助かった!

「クリーニング済です。」

「恩に着る。」

 建物に小走りする柳を見て親指を立てる飲み会組であった。吹雪と夕風がノックをして事務室に入る。

 

「鳳翔教官」

「吹雪学生」 鳳翔が立ちあがって敬礼を返す。

「夕風さん。」

「はい」

「また、会えると信じていましたよ。」

「私もです。」

 鳳翔は、歩み寄って夕風を抱き寄せた。

 

 

「あなたが夕風さんを連れてきてくれたのですね。鳳翔を代表してお礼申し上げます。」

 

 鳳翔が吹雪に向かって深々とお辞儀をする。指導教官に最大級のお辞儀をされて戸惑う吹雪に鳳翔はカードを手渡した。握りしめるとちょっとうれしい。

「これは、ささやかながらのお礼です。居酒屋鳳翔ご招待券。対象は全店で、一店につき一回有効。期間は無制限になっています。」

「ええっ!」

「準備がありますので必ず予約してくださいね。精一杯歓迎させていただきますから。」

「恐縮です。」

 

 全鎮守府の居酒屋鳳翔回るのに何年かかるんでしょう。確かに期間無制限にしてくれないと回りきれないです。吹雪はあらぬことを考えた。

「それで吹雪さんは、夕風さんとどうやって邂逅したのでしょうか。」

「えっと、それは」

「それについては小生がご説明しましょう。」

 白雪に身嗜みを整えられた柳が入ってきた。第一種軍装に身を包み、授与されたすべての勲章をぶら下げている。

「司令官・・・」物ぐさ男がやる気満々だ。嫌な予感なんていうものではない。

「一言で言うと、ろうそく出せみたいなもんですな。」

「ろうそく出せ?」

「『ことーしゃ 豊年七夕祭りよ おーいや いやよ ローソク一本ちょうだいなー 出ーさーねーばーかっちゃぐどー おーまーけーにーどんづぐぞー』知りません?」

 囃し歌を歌われて鳳翔は首を振った。節がそれらしいのでこの場で咄嗟に思いついたハッタリではないことはわかる。

「北海道だけなのかな。実際は、ろうそくじゃなくてお菓子あげるんですけどね。七夕に子供が家回ってお菓子貰い歩くんです。貰えなくても本当に引っ掻いたり、ど突いたりはしませんがね。アメリカのハロウィンみたいなもんです。」

「それと今回の件が?」

「子供だからそれで済んでいますが、これが悪鬼悪霊の類であったら?」

 

 語る柳に相槌を打って続きを促すくらいで聞き役に徹していた鳳翔は、一通りの事情聴取が終わると深々と溜息をついて言った。

「私の理解が正しければ」流石の鳳翔も額に手を当てている。

「半年間、週に何回か車を一時間運転するのが嫌で深海棲艦を餌付けして飛行場と港をつくらせた。これから深海棲艦の姫が稽古の見物がてらご飯を食べに来る。そういうことでしょうか。」

「その通りです。さすが鳳翔さん、ご理解が早くて助かります。」

「あなたっていう方は。猫や鳥の餌やりじゃないんですよ。わかっていますか。」

「もちろんですとも。猫や鳥に土木工事はできません。」

 

 柳麾下の艦娘が提督の他所行きモードとか対大本営モードと呼ぶものになっていた。夕風は混乱し、吹雪のストレスがマッハだった。やめてください司令官。相手は、大本営の鳳翔さんなんですよ!組織運営に汲汲としている木端役人じゃないんです!

 

「退役しても変わりありませんね、柳提督。」

「ははあ。人間、持って生まれた性分というのは変わらんものでして。」

 鳳翔はまたもや溜息をつくと同情の視線を吹雪に向けた。私も色々提督は見てきましたが、ソロモン王気取りなんて見たことがありません。この娘も苦労性ですね。

「私が来てよかったです。」

 昨日は浮かれていただけでしたが、日向さんが私に視察させた意味がわかりました。新艦とはいえ旧式駆逐艦に、とその辺の人に任せたら大騒動になるところでした。

「これは最初の五人に相談ですね。大本営に振っても持て余すだけです。」

「どうなりますかな。」

「そうですね。」 鳳翔は一瞬考え込んだ。

「電さんは、積極的に肯定するでしょう。電さんの考えとは違いますが、深海棲艦に話ができる者がいる、というのは大きな前進です。吹雪さんは、消極的に肯定するでしょう。別個体とはいえ、ご自分のやったことですし。漣さんは、少なくとも消極的に肯定するでしょう。珍しがり屋さんですからね。五月雨さんは、中立ないし消極的に否定するでしょうね。叢雲さんは積極的に否定するでしょうが、既成事実をひっくり返せとは言わないと思います。」

「小生もそれを聞き、安心いたしました。」

「元帥府なら膝を打ってくれる方もいらっしゃいますが、大本営は引きつけを起こしますよ、こんな話を聞いたら。

 夕風さん。」

「はい」

「本当は私のところに引き取りたいところですが、落ち着くまでここにいなさい。それまでしっかり修練を積むんですよ。私のところはずぶの素人では務まりませんし、この吹雪さんは私が鍛えた方ですから、あなたをしっかり鍛えてくれるはずです。

 夕風さんをお願いしますね、吹雪さん。」

「お任せください。」

 

 

 

 後日、夕風さんの顔を見に来ました、という鳳翔が三々五々とやってきては、夕風と吹雪に料理をふるまっていくもので、食材の仕入れに付いて歩いた明石の目利きが尋常ではないレベルアップを遂げ、それを認めた鳳翔が自分の店の仕入れの一部を明石に依頼していくようになって、明石はビジネスチャンスをつかんだ。

 寮の売店その他って聞いてたんですけど。人間到る処青山ありですね、と明石はしみじみと語ったそうである。

 




 鳳翔

 世界初の空母。艦これ世界では、その圧倒的な母性からついた異名がお艦。お艦ないがしろにするととりあえずすべての空母娘を敵に回します。第一線を退いて寮長や居酒屋している者が多いが、実は凄腕のベテランで、艦娘はスランプに陥ると艦種を超えて鳳翔に教えを請いに来る。本作の鳳翔はその頂点で、教育局付きになって指導教官を務めている。

 夕風

 峯風型駆逐艦10番艦。大正9年進水の旧式艦。大正7年の八六艦隊案で鳳翔と共に計画され、太平洋戦争直前に予備艦から現役に復帰。以来終始鳳翔の護衛艦を勤めた鳳翔の従士。
 戦後は復員船となり、復員事業終了で横須賀港に係留され、同じく復員船だった鳳翔と居合わせたのが最後の別れとなった。

 教官代理の面々

 龍驤

 龍驤型空母1番艦。空母運用黎明期においてノウハウを得るべくとにかく猛訓練。夜間発着艦訓練では、毎月殉職者を出していた

 山城(扶桑型戦艦2番艦)、金剛(金剛型戦艦1番艦)

♪鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門。日向行こうか、伊勢行こか、いっそ海兵団で首吊ろか。
♪地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡。乗るな山城、鬼より怖い。
♪鬼の山城、地獄の赤城、いっそ長門で首括ろうか。
 
しごきの厳しさの戯れ歌で色々バージョンあるが、山城は皆勤賞。金剛は元巡洋戦艦。

 神通

 川内型巡洋艦2番艦。太平洋戦争中、最も激しく戦った日本軍艦とアメリカの史家から評価される武勲艦。最も長く第二水雷戦隊旗艦を務めた。艦これ世界の鬼教官ネタは、夜間演習中に起こった艦艇の多重衝突事故(美保関事件)から。
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