提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第32話 愉快なやつ(2)

「北海道の牛乳は美味しいですねー」

 

 午前5時40分。トイレを済ませ、起きがけの一杯を飲むと青葉は満足そうに頷いた。

「ではでは、今日も元気に参りましょう。」

 階段を軽く駆け上がると総員起こし15分前の号令をかける。各部屋がゴトゴトし、真っ先に初雪が飛び出してきてトイレに走って行った。

「総員起こし、5分前」

 一斉に音が静まった。時計の秒針を見ながら今日の予定をどうするか考える。午前6時。ラッパを吹き鳴らした。

「総員起こし」

 一斉に部屋がゴトゴトして、5分で艦娘たちが廊下に飛び出してきた。

「番号!」

 点呼が終わると青葉が先頭になって外に駆け出し、二列になって整列した。

「右ヘ 二歩、開け! 進め

 前列 三歩 前へ 進め

 直れ 右に準え 爪先を合わせて軽く その場とび」

 

 

「ついに始まってしまったか・・・」

 

 青葉の号令に柳は現役時代を思い返していた。海軍体操は、いつの間にか日課になっていて、危く自分もやらされそうになったのを艦娘に諦めさせるのに暫くかかったのだが、ここまで追っかけてきたか。

 まあいい。あと15分。号令の聞こえているうちは安心してベッドの中にいられる。

 

 

 0645。柳が食堂に入ってきたのを見て、衣笠、漣、秋雲を除く全員が目を丸くした。あと10分、後5分とかいってベッドから出てこないダメ人間がそんなバカな。初雪は不安げにあたりを見回している。

 

「どうしたんですか、こんなに早く。」 吹雪がおそるおそる尋ねた。

「いやあ、久々に掃除するかと思うと気が張っちゃってね。」

「ああ、そうでしたか。」

 皆が一斉に安堵のため息をついた。

「提督が掃除するの?」

 評判とずいぶん違うじゃない。衣笠が訝しみながら尋ねた。

「うん、掃除は結構得意なんだよ。」

「へーえ、ご主人様が掃除得意なんて、珍しいですなあ。箒とか持っちゃいます?」

「うん、箒は使わないかな。」

「そりゃあそうでしょう、こんだけ広いんだし。よかったらスケッチさせてよ。提督が掃除する姿って、面白いと思うんだよね~」秋雲が俄然興味を示してきた。

「掃除が?そんなものかな。」

「そりゃあそうよ。椅子にふんぞり返ってる提督ならいくらでもいるかもしれないけど、掃除する提督なんてめちゃめちゃ珍しいもん。」

「ま、確かに珍しいかもしれんなあ。」

 頷く柳。元部下の面々は会話が噛み合っていないことを面白がっていた。

「吹雪教官。今日の予定は。」 話をまじめな方に戻す。

「実艦を使わない艦隊運動訓練を午前、午後共に3時間ずつ実施。青葉学生の慣熟飛行訓練は、水上部隊を大樹新港に輸送してから午前、午後共に2時間ずつ実施。

 昼は、水上部隊は広尾、飛行部隊は大地寮に戻して喫食します。」

「青葉学生の方が訓練時間短いのか。」

「給油さ。連続だと燃料がもたないんだ。最初の1時間はともかく、後は特殊飛行の連続になるからね。」と、響。

「そうだな。」白雪が志願し、柳が逃げる理由である。

「白雪戻ってくるならお昼も、い、いえ。何でもないです。」

 青葉の自分に向けられた笑顔に気付いた蒼龍が慌てて口を噤む。

「水上部隊は、そのまま晩成温泉に一泊します。本来は、基礎課程修了と休養を兼ねてのご褒美ですが、今回は広報が目的ですから。」

「なるほど」

 柳は意味を考えていた。どうせ大本営の奴らのことだ。青葉だけではなく衣笠達の手荷物にも色々仕込んであるのだろう。本人たちには知らせていないだけで。完全に清掃してもよいのだが、それだと引揚を命令してくるかもしれない。青葉の面子も立ててやらなければならないし、ここは盗撮盗聴をシャットダウンするより流す情報を統制した方がよいだろう。極端は反動の対処が困難だし、中道を旨とすべしとは古今東西の聖人の金言である。

「晩成温泉は、海辺の温泉でね。海を眺めながら温泉はいいもんだよ。入浴上陸、楽しんできなさい。」

「やった!」

「青葉は?」 常識人の衣笠が尋ねる。

「どうする。温泉行ったら一回出撃回数減るが。」

「いやですねえ、出撃がいいに決まってるじゃないですか。」

 

 この青葉は、ずいぶん攻撃的なのね。うちの姉とは大違いだわ。衣笠は感心していた。うちの姉は、青葉の典型例。ゴシップ大好きの突撃レポーターで、やり過ぎて月に一回はハンモックで簀巻きにされて街灯に吊るされているが懲りる様子は全くない。

「だ、そうだ。気にせず行ってきなさい。私は、帯広に買い出しに行ってくるが、何か欲しいものがあればメモしてくれ。」

 

   *   *   *

 

「整列。先頭衣笠、秋雲、殿漣。前へ ならえ」

 

 本当にボラードと車止めと灯台くらいしか設備のない港に案内され、規模の大きさと設備のなさ加減に驚きながら水上部隊が水面に降り立つと吹雪が三人を縦一列に並ばせた。そしてロープを取り出すと各人の手に持たせて列をぐるりと回って先頭に立ち、ロープを縛った。なんのことはない、電車ごっこである。

 

「出港。微速前進。」

 

 港を知る吹雪と夕風が先立ち、列は暗黙の了解で排水量の順だった。吹雪が港内を案内しながら進むこと暫し。外防波堤を通過した時点で吹雪と夕風は列の右に付いて複縦陣をとり、針路を真南に向けた。

 

「私たち軍艦は、艦隊行動とってナンボです。突出すれば袋叩きに遭いますし、落伍すれば、味方が不利です。右往左往すれば、砲撃や回避の邪魔どころか衝突して味方を危機に晒します。 周りをよく見て、自分をよく知っていることが肝要です。」

 一々言われなくてもわかっている。口に出さないだけで誰でもそう答える。

「半速前進」

 人の姿で喫水下の船体がないから反応は早い。

「原速前進」

 衣笠の様子を見ながら速度をあげていく。

「強速前進」

 ここで陣形崩すようでは話にならない。

「第一戦速」

 秋雲がちょっと前に飛び出し、慌てて赤10、と号令をかけている。漣は、うん。ちゃんと旗艦をみていたようですね。よしよし。

「変針左45度。取ー舵」

 三人が揃って針路を左に変針するが、重巡洋艦の衣笠の反応は駆逐艦の二人に比べて鈍い。電車の形が崩れる。

「戻ーせー……舵中央」

「面舵にあてー……面舵10度」

「戻ーせー……舵中央」

「45度ヨーソロー」

 

 一々声に出さなくてもよいのだが、舵の効き方を互いに知らせるのが目的である。フネは受注生産の一品モノで、船体の大きさ、形状、機関の出力で舵の効き方は全く違うし、同型艦といっても造船所や建造年で細かな違いがあり、船底のフジツボや藻の処理の具合といったメンテでも変わってくる。特型駆逐艦なら2000tの海水を押しのけて前に進み、100mを超える船体の方向を変えるのは畳何枚ほどしかない舵だ。

 そして海は常に潮が流れ波打っており、先行艦の航跡でそれが変化する。硬い地面をタイヤでしっかり接地する大量生産品の自動車を運転するのとはわけが違う。

 

 

 

「とても素直な子ですね。気にいりました。」

 

 空の上では青葉がご機嫌であった。小型双発機ほどもある大きな機体を単発エンジンで引っ張るからには豚を引きずるようなものかと思ったが意外や意外。鈍重な貨物機とは思えない加速と上昇力である。複葉機で機動も軽快だ。

「設計者もびっくりの魔改造だからね。エンジン出力4割アップしているのに機体重量は逆に1割減ってるなんてさ。 操縦交代。you have control」

「I have control ではでは、まずは垂直旋回からいってみましょうか。」

 

 変装しないで零観以外の飛行機に乗るのも久しぶりです。軽くかかるGが心地いいですね。白雪さんも楽しそうです。

「宙返り、いっちゃいますよ。」

 軽い宙返りをうつと白雪が歓声を上げていた。うーん、これはご期待に応えなくてはですね。「響さん、この子、普通の宙返りできます?」

「問題ないよ。An-2Jの耐空類別はUだからね。」

「はい? U、ですか?CやTじゃなくて」

「かなりA寄りのUだよ。ここに来た時にハートループして見せたんだ。」

「何ですとお?」

 ロシア人が雑に扱っても大丈夫なからには頑丈な機体とは思っていたが、まさかそこまで頑丈とは。

「じゃあ、急降下は。」

「できるよ。艦爆並みというわけにはいかないけれどね。」

「あははは。楽しいですねえ。まるで英国海軍のソードフィッシュじゃないですか。

 宙返り三連発、行きますよ~。ひとーつ」

 水上部隊が隊列整えてひーこら言いながら海上を行ったり来たりしている一方、空中では青葉が楽しげに曲芸飛行を始めた。

「ふたーつ」

「きゃー!(はぁと)」

「みっーつ」

「きゃー!(はぁと)」

「水平に戻して、スプリットS」

「きゃー!(はぁと)」

 

 両腕をバンザイして歓声を上げる白雪に響はあらためて呆れていた。普通地べた民は、最初の宙返りでグロッキーになって、1回目のまともな宙返りでゲロ吐いて動かなくなるもんなんだけどね。うちの次姉にかかっちゃジェットコースター扱いなんだから。

 右にロール。背面から機首を下げ一気に降下に入る。1000mの位置エネルギーを速度に変え機首を上げると急激なGがかかって流石の白雪も黙った。2000mまで高度を戻す。

 

「ちょっと物足りないですね~。白雪さん、どうですか。」

「バッチ来い、です。」

「じゃ、バレルロールいっちゃいます?」

「ヤッホー!」

 

 ひとしきり空中機動を楽しみ、大地寮に引き返す。初雪の誘導で駐機場に移動。5分間アイドリングしてエンジンオイルを冷ますと青葉、響、白雪の三人はトイレへ。日向と最上が機体の点検を行い夕張は給油を開始した。

 

「うーん。出撃の後の一杯は格別ですね~」

 

 腰に手を当てて冷たい牛乳を飲み干す青葉。白雪と響は厨房に駆け込み、クラブサンドを作り始め、青葉が強張った体をほぐすのに始めた海軍体操を終えた頃には出来上がっていた。外に出ればアントノフの点検も給油も完了している。

 

「ではでは。午後の出撃、張り切って参りましょう。」

 

 バスケットにサンドイッチとサイダーを詰め、青葉は再び空の人となった。

 

 

 帯広市。

 ホームセンターで柳はまず真っ白な木製ブラインドを6間分注文し-幸いに在庫はあった-配送してもらうことにした。それから文房具コーナーでサークルカッター、カッターマット、4つ切り画用紙、お絵かきボードを籠に入れた。次に日曜大工コーナーに行って白のペンキを手に取り、成分表を眺めて頷くとペンキを一缶。ロールにするかエアブラシにするかで暫し悩み、使った後は夕張が有効活用するだろう、とエアブラシとコンプレッサを籠に入れた。直径2mmの真鍮の丸棒と内径4mmの銅管を1本ずつ。工具コーナーに行ってグリースのスプレー缶を1本。面倒なので丸棒は35cm×2、銅管は12.5cm×2本にカット。丸棒を25cm-10cmでL字型に加工してもらう。丸棒にさっとグリースを一吹き。銅管に丸棒を差し込み、クルクル振り回して満足そうに頷いた。

 

「これでよし、と。蒼龍はどこだ。」

 

 白雪にお遣い頼まれた蒼龍を探し回ること暫し。あれこれ品定めしているのを見て、これはもう暫く時間がかかりそうだと判断。園芸コーナーで花を眺めて時間を潰す。

 さてさて。外回り用の、手間がかからんでそこそこ見栄えのする花ってないかな。無駄に広いから芝桜でもいいんだが、あれワラジムシの巣になるしなあ。ラベンダーは花が咲けば蜂が集って危なくってしょうがないし、花が咲き終わればみすぼらしいし。

 

「お待たせしました」

 

 ようやく蒼龍が買い物を済ませてやってきた。「全部揃ったんですか。」

「全部は無理。後は楽器屋と妖精さん用のお菓子だな。」

「楽器屋さん、ですか。」

 不思議そうな顔をする蒼龍に柳は微笑んだ。

「楽しいぞ、楽器屋は。電子楽器にはいろんなメカが必要でね。ちょっと時間がかかるから先に〇月でお菓子買ったら飯にしよう。」

 

 例によって三方〇を大量に買い込む。

「せっかく本店に来てるんだからケーキもだな。蒼龍、みんなの分、選んでくれ。」

「よーし、何にしよっかなあ。 あ、泊まり組の分はどうします?」

「温泉入ってうまいもん食ってるからいいだろう。日持ちもしないし。」

「アイアイサー」

 

 焼肉店に入ると蒼龍がメニューの左から三人前ずつ頼んでいった。柳は、一人焼き肉というのはなんともハードルが高いものだし、白雪に頼まれたおつかいが面倒だった。

 蒼龍は、女で二食、とか大盛り、といちいち驚かれることなく注文できるし、何よりも昼ご飯ぬきという危機を回避することができた。いわゆるwin-winという奴である。

 

「ガンガン行きますよ。」

「そうだな。明日から青葉にしごかれるんだし。」

「それは言わない約束ですよ~。」

 口調は萎れているが、手と口はせっせと動いている。

「しっかし重巡に操縦しごかれる空母って、なんなんでしょうねえ。今更ですけど。」

「うちの青葉だから仕方がない。」

 ジンギスカンをしっかり焼きながら柳。かぼちゃに火を通すのも忘れない。

「どこの艦娘も信じてくれなくって、ついに滑る冗談で終わったんですけど。」

「あれなあ。戦闘詳報よほど気をつけて見続けないとわからんからなあ。」

「気付く提督も提督ですけど。 おいしい~」

「野菜も食べなさい。私も後任にも引き継いでおいたんだけど、ああやって放出したところをみると嫌がらせか冗談扱いされたよね。」

「まあ、そうなりますよね~。カルビ、焼けましたよ。」

「ジンギスカン味わってから食べるから残しといてくれ。」

「提督ってホント、ジンギズカン好きですよね。」

「北海道民のソウルフードだからな。」柳は重々しく言った。「それに加えて〇和園のジンギスカンは、私が店で食べる時のスタンダードだ。ロールの冷凍マトン何年ものの薄切りなんて許さん。」

「はいはい。ミノ、焼けてますよ。」

「うん。蒼龍もようやくわかってきたようだね。」

 

 

 昼食を済ませ楽器店に向かうと、柳はレバースイッチとジャックが一杯付いた小箱やらなんやらについて若い店員と熱心に話込み始めた。蒼龍にはちんぷんかんぷんでついていけない。軍艦の化身でありながらメカに弱いとはちょっと、いや大分口惜しいかも。そう思いながら楽器を見て歩いた。舞の一差しも差し、琴の一つも弾いてみせないといつまでたっても雑兵だよ、という方針により柳麾下の艦娘は、踊りか音楽の一芸は必ず身につけている。蒼龍の場合はピアノであった。

 

「へえ、ベヒシュタインかあ。」

 

 これ見よがしに置かれたピアノを見て感心する。鍵盤を軽く叩いてみた。

「いい音だなあ。」 久々に鍵盤に触れた感覚がなんとも切ない。

 ちょっとくらいいいよね。辺りを見回し、バッハの5つの小プレリュードのうち、第5番 ハ長調 を弾いてみた。

 うん。指は動く。曲もさることながら鍵盤のタッチ感がとても心地よい。じゃ、蟹のカノン、試してみましょうか。

 楽譜の左端から弾いても右端から弾いても曲として成り立ち、左右同時に弾くと今度は伴奏になってやっぱりきちんと終わるという、遊び心満点のフレーズを何度か繰り返して満足を覚えた。

 うん。ちょっと右手動かしてみようかな。蒼龍は、モーツァルトのトルコ行進曲を弾き始めた。暫くブランクあったけれど、結構動く。今度は左手ね。サティのジュ・トゥ・ヴーを弾いてみた。OK,OK。暖気運転終了。うん。じゃ、本番ね。

 

 

「ピアノを弾いている方は、お連れさんですよね。」

 

 店員とメカ談義をしている柳に年配の男が話しかけてきた。どうやら店主しい。BGMにしては珍しい曲だし、音がやけに素晴らしいな、と何となく思ってはいたが。

「ああ、すいません。すぐに止めさせます。」

 慌てて謝る柳だったが、店主は鷹揚に首を振った。

「いえいえ、そんな無粋なことは申しません。BGMよりライブがいいに決まっています。

 それでお連れの方は、艦娘の蒼龍さん、ですよね。」

「ええ、そうです。予備役で、現役から離れていますが。」

 私服姿だし、一航戦の二人に比べればネームバリューも落ちるが、それでも蒼龍の姿はそれなりに世間に知られている。

「艦娘があんなに風にピアノを弾くなんて知りませんでした。」

 ベートーベン、ピアノソナタ第14番嬰ハ短調「月光」。その第一楽章を蒼龍は、一小節一小節、愛しむように奏でている。やれやれ。蒼龍め、完全に没頭しているな。ここがどこなのかも忘れて。

「戦場に身を置く者こそ芸術を渇望して已まないものなんですよ。その間だけは戦争から超越していられます。」

「なるほど。」

 店主も思うところがあったらしい。何度も頷いた。「艦娘、演奏中、って録画して流してもよろしいでしょうか。こんな演奏、うちの店だけで聞くにはもったいない。」

「どうぞどうぞ。本人も喜びます。」

 

 妙なところで需要があるものだ。蒼龍の技量を知る柳はシニカルに思った。所詮はアマチュアがとても頑張りましたレベルで、これで金をとっちゃ本職に申し訳ない。それでも部下を褒められてうれしくないわけがなかった。

 店主に言われてバイト君が録画の準備をしている間に第三楽章が始まった。疾風怒濤をダイナミックにアタックしている。さすが15万馬力。パワーが違う。

 曲が終わり余韻に浸ること暫し。姿勢を正すとすぐに次の演奏を始めた。スタミナも人間の比ではない。

 ショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ。。andante spianato(落ち着いたアンダンテ)の名の通り、流麗なアルペジオ伴奏にノクターン風の、装飾音に彩られた主旋律が滑らかに宙に舞い上がり、溶けていく。続く大ポロネーズで指を馴らすとそのまま英雄ポロネーズに移行。

 この曲で柳が思い浮かべるのはポーランドの衝撃重騎兵フサリアであった。甲冑を煌めかせ、背負った羽飾りを揺らしながら馬を進め、敵前で最速となり圧倒的力積で突撃。阻む者を突き崩し進む陣形に乱れなし。

 演奏に高度な技巧を要することから前奏からポロネーズに入ると突っ走る演奏が多いのだが、蒼龍は抑制している。ファンファーレの後、ズダダタタ、ズダダタタと繰り返される伴奏部分をエンジンの轟音に見立てて主旋律を発艦中の艦載機に重ねあわせているのかもしれない。空母らしい解釈だな。

 

 演奏に没頭していて柳達が近寄ったのも気付かない。暗譜でこの曲弾くのはさぞ気分が良いのだろう。演奏を終えると首をやや傾け、右手を跳ね上げて見栄を切っていた。

 そして難曲を二曲も演奏して技量的に満足したらしく、今度は思いっきり崩したハンガリー狂詩曲第2番を弾き始めた。アレンジしまくった上に6番とか混ぜてないか?こやつめ。

 

「ジャズもいけるんですか」店主が小声で尋ねる。

「むしろこっちの方が本領です。」と柳。鎮守府で皆の前で演奏する場合、曲はどうしても万人受けになる。

「ほう」

 うれしそうな顔をする店主に柳はティン、とくるものがあった。

「電子サックス、ありますか。」

 

 

 忙しすぎたから今度はテンポ緩めね。ハンガリー狂詩曲の最終節をちょいと変え、そのまま聖者の行進に突入する。ちょっと強引だったけど気にしなーい。スタイル変えて、色々やっちゃいますよー。ブギウギ、ストライド、ラテンジャズ、ゴスペル。ビーバップで締めくくった。

 パチパチパチ。拍手の音で我に返る。柳と店の人が二人、ニコニコしながらこっちを向いていた。やだ、あたし、全然気付いていなかった!

「えっと、あたし、あの、あのっ」

「蒼龍、stay」 柳が電子サックス掲げて蒼龍に見せつけた。

「えっ?」

「店のオーナーさんがジャムセッションしたいそうだ。今、ドラムセットするからそれまで待機。」

「アッハイ」

 

 

 ドラムス:オーナー、ピアノ:艦娘、サックス:提督。ベースがいればいいんだけどな。録音のセットをしながらバイト君が人生を少々後悔していた。アコースティックもやっときゃよかった。しかし出来ないもんはしょうがない。となると次善の策は。

 

>誰かベースいない?今、うちの店に艦娘が来てオーナーとジャムセッションするんだけどベースがいないのさ。

 ネットにあげてみる。

>ジャムセッションとな。曲目は?

>俺でも知ってるメジャーな奴。sing,sing,sing、A列車で行こうとか

>トランペットなしとな。トランペッター、助太刀す。

>トロンボーンも要るよね。

 わらわら人が集まってきた。

>クラリネットだよ。やりたいけどリードが間に合わないんだよお(;;)

>もちつけ。そのための電子クラリネットだろう。

>そうだったー!30分で行くからやってて

>トランペット二人いてもいいよね。

 

 せいぜいカルテットでやるつもりが最終的にビッグバンドになったらしい。(せ、狭い)

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