提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
「想定。敵艦爆隊、防空網を突破。左舷後方から接近中。各艦は輪形陣を維持しつつ回避せよ。 なお艦娘は、実艦の戦闘艦橋に配置についているものとする。 状況開始。」
巡洋艦の衣笠を中心に半径500mで先頭漣、殿秋雲、左吹雪、右夕風で駆逐艦がぐるりと取り囲み、第三戦速で突っ走る。
「ではでは、吹雪さん、行きますよ」
「え?早い?!」
複葉機の貨客機がのどかに飛んできて襲撃行動ごっこする。グラディエーターの雷撃を想像していた衣笠達であったが、まともな早さで接近してくるのに真っ先に気付いたのは吹雪だった。夕張重工明石組JVの仕業ですね、これは。早速不死身のパイロットがテスト飛行ですか。
「取り舵一杯!」
今まで頑張って40°近い降下角度だったのが、どう見てもそれ以上の角度で降下してくる。それにジェリコのラッパってなんですか。サーヴィスしすぎでしょう、夕張さん。楕円に見える模擬爆弾を見ながらそんなことを考えていると、爆弾は吹雪の右斜め30mに落下。ささやかな水柱を上げた。よし、実艦でも避けきりました。
「戻ーせー……舵中央」
アントノフは、機首引き上げもそこそこに衣笠目がけて突進、機銃掃射する。
「いたたた‥‥」
展開すれば防弾防水の謎仕様で、7.7mm機銃くらい軽々弾き返す艦娘の艤装だが、だからといって痛みを感じないわけではない。そして夕風の後方50mあたりを掃射すると上昇していく。
「これを避けますか吹雪さん。やりますねえ。」
「吹雪さん、損傷なし。衣笠さん、艦橋機銃座全滅。夕風さん、艦尾25mm連装機銃座全滅。」響が損害報告する。
機首を上げ、3000ftまで上昇してからインメルマンターン。更に上昇しつつ艦隊の前方から左舷方向に飛び去り、今度はシャンデルで高度12000ftまで上昇。水平に戻して爆撃コースに入った。
「ではでは。漣さん。頑張って避けてくださいね。」
結果
吹雪:回避
漣 :艦橋被弾。艦橋要員全滅で戦闘不能。
衣笠:汽罐室被弾。轟沈。
秋雲:右舷中央被弾。前マスト倒壊、厠全壊。
夕風:左舷前部被弾。士官室全壊。
ボール紙とベニヤ板でできた模擬爆弾をまともにくらった漣はクレンザー被って真っ白になり、体には当たらなかったものの、撃沈判定の衣笠は青ざめていた。まともに回避したのは吹雪だけで、他は全員艦橋付近に被弾。それを艦娘の青葉が、っておかしいじゃない!
そんな衣笠たちを秋雲は、慢心絶対ダメ徳川家康三方ヶ原戦役画像よろしくスケッチしていた。日頃からのネタ集めを怠らないオータムクラウド先生である。
模擬爆弾は6発でなくなったが、代わりに、と急降下中に機銃掃射というわけのわからん目にあって衣笠の驚愕は更に大きくなった。命中率がおかしい。
「半数命中半径20m、っておかしいでしょう!普通、静止目標に高度1000mから急降下開始、500m投弾で40mじゃない!」
「普通はそうなんですけどうちの青葉さんは、一周回ってますから。」
「一周回ってる?」
「青葉から各員。これより牽引索を投下します。」
やけにエンジン音が近くなったと思いきや、着陸態勢に入らんばかりにアントノフがこちらに向かって降下してきた。高度は2mを切っており、二匹トンボの産卵よろしく主脚が時折海面に着水する。対地速度はたった60km/h。少しでも気を抜けば失速するか高度を失って墜落すると思いきや、ここまで高度を下げると地面効果で安定するらしい。そして機体後部からロープを繰り出し始めた。
「あれに掴まって帰りますよ。それっ!」
吹雪が最大戦速に加速してロープを掴み、ロープを伝って前に進む。続いて夕風がロープにとりついて端まで下がっていく。吹雪と夕風が確保したロープに衣笠と漣と秋雲がとりついた。
「全員掴まりました。」
「速度を上げます。しっかり掴まってくださいね。」
みるみるうちにスピードがあがっていく。40knt(74km/h)、45knt(83km/h)。
「o┓⌒┗o⌒o┓⌒┗o⌒o┓ヒャッホーゥ♪」
「最高だぜぇぇぇぇ!!」
はしゃぐ漣と秋雲。あの小うるさいPTボートはこんな感じなのか。それにしても波が穏やかでよかった、と衣笠は冷静に考えていた。
55knt(101km/h)。青葉が伝える速度に衣笠は軽い眩暈を覚えた。水上を動くものとしては、もはや水上機の離発着以外ありえない速度である。60knt(111km/h)までスピードを上げたが、波しぶきがひどく、足の負担も結構来るので55kntに落してもらった。スキーを履けばもっといけるということだが、それだと演習中、何の役にも立たない長尺物を背負っていなければならない。
「ワレニオイツクギョライナシ(`・ω・´)」
はしゃぐ18番目の妹を微笑ましく見守る吹雪であった。
海岸線まで5kmの地点でアントノフは再び速度を落とし、牽引索から吹雪たちが手を放して離れると高度を上げ、空中で牽引索を回収して滑走路に向かった。
車も急に止まれないが船はもっと止まれない。人の姿になっても船の運用はそう簡単に変わるものではないし、喫水下が減った分、減速制御は難しくなっている。ブレーキなんていうものはなく、闇雲に速度を落とせば舵が効かなくなって思わぬ方向に迷走するので接岸するにはどうしても距離が必要なのだ。最後は寄せる波に乗って吹雪たちは晩成温泉前の浜辺に戻ってきた。
「ここが海辺で良かった。」
「そうですねー」
隣に座わったものの、衣笠は会話の継ぎ穂を掴みかねていた。急降下爆撃といい、超低空飛行といい、鎮守府違いの姉のやることが異常過ぎるのだ。しかし何をどこから尋ねたらいいものやら。取り敢えず体を洗うことに専念する。
「白雪ちゃんは?」
ありがたいことに吹雪が青葉に話しかけていた。
「それがですねー。夕張さんたちがちょっとやり過ぎまして。」
「ああ、そうでしたか。」 一隅を挙げてみせれば三隅を反らす吹雪であった。「お昼はお蕎麦以外にした方がいいですね。」
「どゆことなの、響」 漣が尋ねた。
「貨客機の機動じゃなかっただろう、あのアントノフ。」
「うん。」
「青葉さんがパイロットやるって聞いて夕張さんたちが張り切り過ぎてね。」
ますますわからない。「ホントに青葉さんが操縦していたんだ。」
「久々に見たよ、白雪が『採算と警告の冠首』になっているの。」
「採算と警告の看守?」
「司令官がね。軍政の三権分立だ、って言ってたね。帆船時代から兵站の概念変わってないバカの頭冷やす役だって。」
「うは」
帆船時代の艦船に燃料はいらず、斬り込みで制圧することが多かったので弾薬は現代ほど決定的ではない。船体が木造だったため大抵は現地で修理できた。ビスケットと干し肉と真水さえあれば地球の裏側まで行って何年も艦隊行動可能で、勝負を決する最後の要諦は各員の必勝の決意という、まことに精神論者お好みの時代であった。
金も人材も用意できない無能が上に立った時に使いたがる決まり文句だ、と、柳はネルソンの名言を引用して褒め殺ししたものである。
「昼ご飯外、っていうことは午前中一杯絞ってたんじゃないかな、白雪。こういう場合は、かなりの確率で晩ご飯が蕎麦になる。」
近似時刻。大地寮、蕎麦工房。
選別機のモニター画面を夕張がぼんやり見やっていた。落下する玄蕎麦の実に時折センサーが反応し、割れ、未熟、カビといった不良実、茎や葉、小石といった夾雑物が弾かれる。
玄蕎麦の磨きは、重要ながらも退屈な作業だ。収穫した玄蕎麦には萎れた花弁がくっついたり、葉や茎、小石が混入したり土埃を被っており、そのまま挽いて蕎麦を打とうものなら浅蜊の砂抜きを忘れた深川飯を食べるような破目になる。しかし、洗濯ネットに入れた玄蕎麦を作業台に叩きつけたり揉みしだいたりしてゴミを剥離させた後、洗濯して乾燥、といった手作業は一回やっただけで嫌になってしまった。
これ、あたしのやりたかったこととと違う。茶道を習いたい、といったら風呂敷渡されて折り畳みをやらされたみたいな?
大きな篩を振り続けて腕は上がらなくなり、舞い上がる埃でくしゃみが止まらなかった。練りは頑張ったものの、麺棒をうまく使えず厚さは不均等。切りにも失敗して麺の幅はバラバラ。出来上がった不揃いな蕎麦は汗と涙と唾が混じった味がする様な気がした。旋盤があるのに鑓鉋で形を整えるような真似は馬鹿げている!
磨き終わった玄蕎麦は石抜き機、皮むき機、製粉機、攪拌機の順に流れていく。蕎麦の風味成分は熱に弱く、高速高回転のロール製粉機より低速低回転の石臼、お湯練りより水練りの方が風味がよいとされており、大きな羽根でゆっくり回した方が効率が良いとか、熱変性して特性が変わる、というのは技術者には馴染み深い話であった。調整は面倒だったが難題というわけではない。
ただ、製粉は挽きぐるみにした。素人の夕張には調整が難しかったこともあるが、今の時代の蕎麦は妙に上品なのだ。夕張の憶えている蕎麦はもっと黒くて香りが強かった。
攪拌機から水回しが終わった蕎麦がバケットに溜まると作業台に向かい練りに入る。
今日、あたしは、白雪にけちょんけちょんに貶された。
これは、全くの失敗だったのかしら。 いいえ、始まりなのよ。
理論は発展する。技術は進歩する。理学は実践を食んで油断無く進む。それは科学の摂理よ。その摂理に無理解な者たちによって、あたしたち技術者は何度苦汁をのまされてきたことか!
あたしのアントノフ、みんなが愛してくれたアントノフは色物呼ばわりされた!なぜ!
この悲しみも怒りも忘れてはならない!
それを、アントノフは、身を以てあたしたちに示してくれた!
つい力が入ってしまった。練りは加減があり、練れば練るほど良いというものではない。夕張は少々反省しながらもハンマーを握り、延しに移った。板金叩き出しに比べれば蕎麦生地の延展など遥かに容易である。慣れない麺棒を使うより手馴れており、空いた片手で打ち粉をふるメリットもあった。
無理解な世間から技術者は孤独であるか。孤高であるしかないのか。
いえ、全然違うわ。
見て、工廠妖精達を。既に肉体は滅び、三途の川を渡ったはずなのに、それでもなお妖精となって甦り物造りに勤しむ技術屋たち。
工廠妖精との絆こそ我が至宝!我が往く道!
兵装実験軽巡夕張が誇る最強宝具、メロノエ・ヘタイロイなり!」
いつの間にやら工廠妖精さん達が湧いてきて工具を打ち鳴らし、鬨の声を上げる。
「夕張とは!
誰よりも技術に生き、諸人を魅せる艦娘!」
"Aye!Aye!Ma'am!"
「すべての工廠妖精の希望を束ね、その道標として立つ者こそが夕張。故に、夕張は孤高に非ず。その意志は、すべての工廠妖精の志の総算たるが故に!」
"Aye!Aye!Ma'am!"
蕎麦が打ち終わる頃には、物を作る喜びに上機嫌となっていた夕張であった。一方、白雪は合鴨の肉を煮て天ぷらを揚げ、初雪はネギと海苔を刻んでいた。
吹雪たちが帰る頃には、もりそばと鴨せいろと天ぷらそばが出来たてで、明石が酒保を開き、日向が一合枡を配り、最上が冷酒を注いで回った。
これが柳提督の組織運営術。衣笠は半ば世辞、半ば感心して柳に尋ねたのだが、え?こんなこと一々指図することかい、と言われて思うところがあった。なるほど、ここまで艦娘の裁量に任せているのであれば大本営が艦娘可愛さに放任過ぎる、と柳提督を疎ましく思う訳だ。
ワレ アオバ
一周回っている。
衣笠
常識人。会ったことのない佐世保第8鎮守府の自分に尊敬の念を抱き始めた。
採算と警告の冠首
『知性化シリーズ』(デイヴィッド・プリーン著)に登場する銀河の覇権を争う好戦種族、グーブルーの行政を司る。
軍事を司る鉤爪の冠首、倫理を司る礼法の冠首の三人で社会を統治する。
夕張
永遠の15歳。中二病は、症状固定で卒業の見込みなし。
工廠妖精さん
ノリと勢いがいい。