提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第38話 愉快なやつ(8) アワレアオバ

「それで青葉は何をしてああなってるの。」

「私が青葉の全人格を否定して国外追放した、って言ってただろうが。」

 衣笠は首を捻った。「そんなこと言ってた?」

「立派なジャーナリストになれ、って言ってドイツにやったって、誰がそんなこと言うか。冗談でも許さん。」

 うわあ、柳提督マジに怒ってる。でもそんなに怒ることなの。

「ご主人様、激おこ?」

「当然だ。提督が艦娘の全人格否定してどうする。バカモン・バカガになった時は怒鳴りつけるが、それはあくまでも任務上のことだ。」

 

 

 戦艦空母が突如敵の旗艦そっちのけで駆逐艦、しかも大破炎上停止中の沈みかけに執着するのはすべての提督の悩みの種である。休養を十分にとった高練度の艦娘でも発症し、武人肌の長門や冷静沈着な加賀が嗜虐にはしるから気味が悪い。前兆もなく、本人たちに自覚もない。卑怯の振舞いに怒った敵主力艦の正確無比なカウンターバッテリーを受け、中破・大破してようやく目が覚める。

 

「知的で誠実なジャーナリストを連れてこい。存在すれば、だが。お仕置きをすぐやめてやるぞ。」

「そこまで言います?」

「まず知性だが、新聞記者でもわかる科学は小学生でもわかる理科よりやさしく書いてやらんとならんのはアメリカもそうだ。

 じゃあ文系はというと、捲土重来に「けんどじゅうらい」って仮名振ってた。

 読者から突っ込まれたら当用漢字の音にジュウがあるから間違いじゃない。言葉は生き物で読み方も変わるんだ、って解説していたな。そのうち重宝を銃砲とか貴重品を機銃品って読むようなるかもしらん。

 で、どのくらい誠実かというとだ。

 嫌なことを見聞きするのがどんなに気分が悪くなるものなのか、珊瑚を削るとか、ありとあらゆるスレに差別語や罵倒を書きこんで世間に注意喚起する。社会の木鐸というそうだが。」柳は鼻を鳴らした。

「『人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない。』私もそう思うんだがね。」ルノワールの名言を引用する。「社会の必要悪なことは認めるが、人に勧める仕事じゃない。」

「うわー、ヤクザ扱いかー」

「ヤクザに謝れ。」秋雲をぴしゃりとはねつけた。

「筋を通すことと、ケツをもつことにかけて、ヤクザくらい厳しい商売はないぞ。極道がブンヤみたいに言うこところころ変えてたら、いくら命があっても足らん。

 世の中、綺麗事言って人に押し売りする商売は色々あるが、政治家は少なくとも利権の関係者には誠実だ。坊さんや神父は、赤の他人の悩み事を親身になって聞いてくれる。教師に建前や礼儀作法を教わらないと嫌みと拳で語ることが増えて危なくっていかん。

 ブンヤは誰に何をしてくれるのかね。」

 

 

「さあて青葉。これは何でしょう。」

「大根おろし器、ですね。」

「すりおろすのは大根だけじゃないわよ ☆キラッ☆」

 

 夕張がとてもいい笑顔で青葉に微笑んだ。「あたしが持っているのは何でしょう。」

「長芋、ですね」

「はあい、正解。

 本日の豆知識。里芋や長芋で痒くなるのは、シュウ酸カルシウムの結晶が皮膚に突き刺さって痛覚を刺激するせいなの。毛織物を素肌に着るとチクチクするのと同じね。

 玉ねぎにもあるんだけど、結晶の形が違って突き刺さらないから痒くならないわ。」

 夕張は長芋をすりおろしながら楽しげに解説を始めた。

「物理的刺激で痒くなるから酸もアルカリも関係ありません。不溶性だから水で薄まらないし、熱変性しないから煮ても焼いても無駄。ちなみに紫外線照射でも変性しないからね。」

「へー。ソウナンデスカ(棒)」

「次に取り出しますのは苛性ソーダ溶液になります。そして硫化バリウム。」

「青葉は胃はなんでもないですよー。」

「それは硫酸バリウム、BaSO4。こっちはBaSね。仕上げに消石灰を少々加えます。」

 夕張はすりおろした長芋に化学薬品を混ぜ合せた。

「さて、あたしはこれから何をするでしょう。」

「部品のさび落としか油汚れ落とし、ですか」

「ぶぶー。違いまーす。日向さん、青葉の腕まくって。はい。」

 夕張は刷毛を日向、最上、明石に渡した。そして手足や首の周りにとろろ芋を塗り始めた。

「え?えーっ!」

「では、強アルカリが体毛を溶かすまで3ラウンド放置しまーす。」

 

 塗られている間はちょっとくすぐったいくらいだったのだが、だんだんとろろ芋が効いてくる。青葉はジタバタしたが、体は椅子に固定されており掻きようがない。

 

"Round15、fight!"

 

 面相筆や平筆を手に大地寮の面々が青葉をくすぐり始めた。指と指の間、爪と関節の間、といった敏感なところがくすぐられるからたまらない。

「あははは!」

 3分間。ただ笑い声を上げる青葉であった。

 

 悶絶して呼吸が追いつかなくなり、半ば朦朧としている青葉の肌からとろろを拭きとると布テープを張りつけ、アルカリで溶けた皮膚ごとかゆみ成分を引き剥す。痛覚を刺激されて意識を取り戻し、テープが剥がされる度に青葉は叫び声を上げた。

「脱毛処理、完了です。」

「またタイトル防衛か。」

 

 15ラウンド制覇。これで何度目だ。柳は訝った。だいたい最終ラウンドまでいくのは青葉くらいなのだ。くすぐるだけで本当に罰になるのか、と自ら実験台に立候補した長門は10ラウンド、ビッグ7ともあろうものが、とせせら笑った武蔵は8ラウンドで音を上げた。

 全くとんでもない東洋チャンピオンだ。西洋がいても困るが。柳は首を振り振り立ち上がると青葉の前に歩み寄った。

「青葉よ。」

「し、司令官」

 

 青葉の返事にくるりと背を向けてしゃがみこむ。よろめきながら青葉がその背におぶさった。

 

♪大井足柄 比叡満潮

 三隈 大淀 佐渡龍驤

 松輪最上 大潮深雪

 日進鳳翔 天津風

 

 柳が歌い出すと皆が立ちあがって拍手した。あっけにとられる衣笠、漣、秋雲を尻目に柳が青葉をおぶって部屋を出ていく。

 

「筆頭長女のお姉さん」

「なんですか」

「今のは一体なんだったんでしょう。」

 

 漣は大分類では吹雪型19番艦だが小分類では綾波型9番艦で、細分類では朧型3番艦になる。そして吹雪型は、吹雪戦没後は白雪型、白雪戦没後は初雪型と名称が変わるため長女にあたる艦が何人もいてややこしい。

 

「佐世八鎮の伝統です。艦娘が全力を尽くして司令官がそれを認めた時、司令官が艦娘をおぶって高速修復浴場まで運んでいく。

 今回は損傷なしですから自分のお部屋になるんですけどね。」

「ちなみに認めてもらえなかったら?」

「ちゃぶ台ひっくり返されます。そういえばちゃぶ台なかったですね。」

「妖精さんに作ってもらいましょう。初雪ちゃん」白雪が妹に呼びかけた。

「・・・何?」

「ハチマキさんに言っておいて。司令官のちゃぶ台返し専用ちゃぶ台作って、って。」

「ん、わかった。」

「ちゃぶ台返し専用ちゃぶ台?」

「バカー!って70db以上で叫んだら割れた茶碗や皿が元通りになる安心設計だ。」

日向が説明した。「提督も全力でひっくりかえせるし、艦娘も思いっきり提督をバカ呼ばわりできる、ストレス解消家具だな。」

「声が小さい。もう一回、って何回も言われて神通さんがガチ泣きしていましたね。」

「礼号組がノリノリで霞ちゃんに叫ばせてねー」

「それで専用ちゃぶ台」

 

 漣は呆れかえっていた。あそこの提督は、神通を泣かせた鬼だとか、逆に艦娘に罵られて喜ぶ変態だ、ってそういうことだったんだ。人の噂ってアテになんねえ。

「どうしてバカーなの?」

「さあ。」初期艦は首を傾げた。「司令官は『これは鎮守府の掟だ。ウラー!』って言ってましたけど。」

「ソ連海軍ってそうなの、響?」

「いや。あの国の建前はみんな『同志』だからね、誰もが平等な。人前でバカ呼ばわりされていいのは反革命分子だけだよ。」

「それにしても青葉、親にかまってほしい子供が悪さしてるみたいだったわね。」

「やっぱりそう思います?よその鎮守府のひとでも。」

「人前で堂々と甘える青葉、っていうのは初めて見たけど。」

「それを受け止めるのが提督です。」吹雪は、えっへん、と胸を張った。

「あそこまで教育するのに手間かかったんですから。」

「あー、それはなんというか、凄いわね。」

 

 衣笠はここに来る前に大本営で聞いてきた柳の評判を思い出していた。見てくれも性格もぱっとしない、艦娘に面倒見てもらって仕事をこなしているダメ親父。カサノヴァ、ドン・ファン的な女殺しでもなければ、小まめに気を引くヒモでもなし、暁型3番艦にありがちなダメンズ大好きおかん製造器じゃないのか。

 大体合っているのだが、意味が事前情報と全く違う。

 

「ふうん、ところであの歌は何?」と漣。

「『日本海軍』の現代版よ。」と夕張。「元歌だとあたしたちの出番が少ないからね。」

 

 軍歌『日本海軍』は、日露戦争時の軍艦を網羅した歌で、太平洋戦争時にその名を継いでいた艦はさほど多くはない。曙や春雨は先代も駆逐艦だったが、明石や千歳は巡洋艦で、赤城や大和は砲艦だった。

「艦名並べただけでしたのお。」

「提督が才能ないのもあるし、たかりにくるのがいるのもあるけれど根本的には数ね。」夕張は説明した。「元歌でも20番まであるのに、あたしたちでやったら」

「あー、確かに。」

 漣も頷いた。帝国海軍は日露戦争時は沿岸海軍だったが、大東亜戦争時は世界第3位の外洋海軍で所属艦艇数が全く違う。「それでも曲は作ったんだ。」

「それも無理。元歌があるわ。」

「へえ、どんな歌なの。」

 

 元歌と言いつつわざと替え歌を歌う夕張であったが、変な歌、と一言の下に切り捨てられて孤立無援を痛感したのであった。

 あっー、もう。提督がいれば一緒にボケるか突っ込んでくれるのに。

 

 

 

「司令官」

「ん」

 背中越しに青葉が柳に話しかけた。「ナイスアシスト、ヒクッ、感謝です。」

 くすぐられ過ぎてまだ青葉の声が治っていない。

「んーん?」

「ハゲの歌」

「ああ。」

 

 柳は理解した。今の情報部長はイケメンで切れ者を自称してやまない愚物である。どうして妖精さんが見えていたのか、艦娘ならずとも不思議でならない。青葉、特にこの伝説の54の青葉なら査問会にかかってもおちょくりたい相手だろう。

 

「挨拶は大切だからな。魏志倭人伝にもそう書いてある。」

「山海経じゃなかったですか。」

「実は死者の書にも書いてあったそうだ。」さも重大事を告白するかのように声色を作った。

「葦の葉っぱの方ですか、バナナの葉っぱの方ですか。」

 柳と付き合っていると青葉でもこれくらいは返すようになる。

「バナナの方だ。そんなものが下町の古道具屋から出てくるなんて流石インド。取材班は甲羅に金石文字が刻んであるのに気付いた王懿栄の気分だったろうな。 さて。

 後輩にねだられて制服のボタンがなくなった弓道部長さんは元気か。」

「打ち上げの帰りに送っていくのでキミちゃんとタカちゃんが取り合いした人ですか。」

「そうそう。そこをサトちゃん先輩がかっさらっていった人だ。」

「その人ならコーヒーにミルクふたつと角砂糖9個入れて、しっかり飲み干しておかわりするくらいお元気ですよ。大淀が悲しそうな目で見ていましたけど。」

 

 コーヒー栽培の北限は北緯25度である。日本では奄美、沖縄、小笠原が該当するが、いかんせん台風銀座で他の産地に比べて栽培は難しく収量は限られており、深海棲艦によって大洋航路が寸断されている現状にあってコーヒーは頗る高価なものになっている。自他共に認める紅茶お化けの柳にしてもあの泥水、と思っているわけではない。文字通り手が届かないシロモノだったから嗜好品にできなかっただけである。

 

「彼は千葉出身だからな。」柳は断定した。「きっと青春の味が忘れられなかったに違いない。」

「青春の味?」

「マックスコーヒーって聞いてみるといい。北海道出身の私が牛乳を語るくらいは楽々だぞ、きっと。」

「うは・・・。」青葉は、上司に言ってはならないタブーを一つ知った。

「司令官」

「ん?」

「あれくらいしないとデバラにならないです。」何度も太ったと言われて根に持っていたらしい。

「その時はそうだな。塩揉みダイエットするか?」

「それは、イヒッ、言わない約束ですよー。むー」

 青葉は腕に力を込めて心持ち柳を締めつけた。「手伝ってくださいね。」

「ふむ。私を誰だと思っているんだ?”サリー大佐”だぞ、私は。」

 

 昔、コンパでモテた話を先週の金曜日のことのように語るくらいの記憶力を誇る一方で、それが20年前のことで、細身のジャケットを着るには体型が変わっていることには気付かないくらい観察力が残念な人物は、身近にいる分にはうっとおしいだけだが、距離をとれるのであれば話はずいぶん変わってくる。

 

「買い物してネタはいろいろ仕入れてきた。期待し給えよ、君。」芝居気たっぷりに宣言する。

「うれしいなあ。司令官、これからも青葉をよろしくねっ」

 

 

 

   一方、同日午後の佐世保第八鎮守府

 

 

「・・・以上となります。」

「ご苦労。」

「しれー」 時津風が提督を見つめていた。

「なにか?」

「肩車」

 怪訝な顔をする提督に時津風は頬を膨らませた。

「もー!しれーったらあ!」

 

 提督は混乱した。肩車?何のことだ。

「しれー!聞いてる!しれーってばあ! もう!」

 

 ぴょん、と身軽に机を飛び越えて提督の後ろに回ると背中をよじ登り肩車の位置へ。すかざず周りの艦娘が拍手した。

「ふふーん」 時津風、ご満悦である。

「大淀、なんだこれは。」

「当鎮守府の伝統です。通常のMVPとは別に、特に抜群の功績のあった艦娘がいた場合、提督が艦娘を背負って凱旋行進します。」

「ホールインワン祝いみたいなものネー。駆逐艦や海防艦は肩車ダケド、その他の艦はおんぶや抱っこしてマーチするデース。

 さあさあ、間宮まで、shall we go!」

 

 

 妙な伝統残しやがって、と新任の提督は心の中で前任者に呪いを吐き、艦娘最年長は新米が知らないことをいいことにシレっと自分の願望を混ぜていた。

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