提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第40話 愉快な奴(10)

「じゃあ、掃除を始めようか。最上、このバケツ持っててくれるか」

 

 柳は宣言した。左手に小型トランシーバーを持ち、右手に印籠よろしくカクテルストロボフラッシュを突き出す。

 

 Hallelujah! Hallelujah!

 Hallelujah! Hallelujah!!

 

 讃美歌を歌いながら歩き出した。

 

♪For the Lord God Omnipotent reigneth,

 

 ワーンとハウリング音が響き、机に近付く。これか。最上が持っていたブリキのバケツに放り込む。底に当たって、消しゴムなのに硬い音を立てた。

 

 ハゲぇるぅや!

 

 再び歩みを進める柳。ハウリング音が響き、フラッシュに反射する輝点を見つける度にボールペン型のカメラ、盗聴器+送信機が組み込まれた電源タップといったものがバケツに放り込まれた。

 

「掃除って、そういうこと・・・」

 秋雲が絶句していた。掃除が得意って、誰がこんなことだと思う!

「さてと。ここからが本番だな。」

 

 ホームセンターで買ってきた銅管にL字に曲がった真鍮棒を挿し、両手に持った。脇を心持ち絞め、前に倣えの要領で両腕を前に突き出す。土木屋さんかオカルトマニアがいれば、すぐにダウジングロッドと見てとっただろう。

 真っ直ぐ前を見据え、ゆっくりと歩き出す。ロッドが交差すると歩みを止め、全周探査から指向探査に切り替える。再びロッドが交差したところを慎重に調べた。

 アンテナ端子のボックスの中に盗聴器。ボックス横の壁の中にはバッテリーパックと送信機が隠されており、電源ボックスから電線が引き回されていて電源をとっていた。表はコンセントに見えるが、裏では雄雌でつながっていて、コンセントにはトランス付きの延長コードが刺さり、机の裏にある電源タップにつなげて電源を確保している。

 

「有線じゃな。探知機に引っ掛からんはずだ。それにしても随分大容量だな。」

 バッテリーパックを見て首を捻っていた。

「流星バースト通信か?アンテナにつなげているところからして。」

「相変わらず反則技ですねえ。」

 

 仕掛けた方の青葉がぼやいた。「そんなもので見つけられちゃったら研究所の技術屋さんの立つ瀬がないじゃないですか。」

「これも提督の藝のうちだ。」柳は嘯いた。「艦娘や妖精さん相手に仕事していて、オカルトの一つや二つ身につけんでどうする。 これ一つということはないな。」

 

 再び歩き出した柳だったが、窓で立ち止まった。どうやっても窓に反応するが、それらしいものが見当たらない。

「うーん。外か? ま、対策済みだし、次。」

 

 

次にロッドが反応したのは事務室正面。月間予定表のホワイトボードでこれには柳も困惑した。定例行事と名前を書いたマグネットシートが貼ってあるだけで、磁石に盗聴器を仕掛けるのは原理的に無理がある。厚さからいってカメラを仕込むのも無理。

 

「うーん、調子悪いなあ。」 ハレルヤを歌うのを止めて柳はぼやいた。「掃除も久しぶりだから勘も狂うか。 never mind」

 

 ダウジングロッドは機械じゃないからこういう日もあるさ。でもマグネットクリップとかシートに反応したことなんてないんだけどなあ。訝しがりながらも事務室の掃除を終える。

「さて、私の部屋だが。掃除する必要はあるかな。」

「さあ、どうでしょう。」

 

 昨日の20時から今日の10時過ぎまで寝ていたのだ。現役時代なら激務のおかげで地震が起きても起きないくらい熟睡していたが、隠居暮らしの現在眠りは浅い。ドアの開く音か気配で目が覚めたはずだ。

「淑女が深夜に訪ねてきたというのに、お相手もせず眠りこけていたとなると、紳士としていささか礼を失することになると思うのだが。」

 

 秋雲、漣どころか衣笠、吹雪まで目を輝かせて見つめてきたので青葉は動揺した。妹の方はただの好奇心だが、初期艦の方は違う。殺気とまではいかないが、馬喰が牛馬を値踏しているような感じだ。搦め手から諜報工作阻止するなんて司令官、いつの間にそんなスキルを取得したんですか。

「いえ、司令官は常に紳士でしたし、これからもそうですよね。」

 龍田さーん、こんなものでどうでしょう。青葉はこれでいっぱいいっぱいですっ!

「それは重畳。」

 残念そうな艦娘たちの視線を感じながら柳は言った。「では、次に行こうか。」

 

 

 

 食堂

 

「・・・・・・」

 

 柳が睨みつけているのは「完食」と書かれた掛け軸。食堂にこれがないとどうも収まりが悪いわ、と一航戦が揮毫して妖精さんが表装したものである。汚れるのが嫌でアクリル額に入れたので正確には掛け軸ではないのだが、それにダウジンロッドが反応していた。仕込むとすれば艦橋を模した金具なのだがそもそも一体成型。もしやと思って力を入れて捻ってみたが手首を痛めただけであった。書の文字にカメラを仕掛けたところで厚さ3mmのアクリル板越しでは意味がない。

 

 青葉はほくそ笑んでいた。額縁の裏にプリント基板と薄型のボタン電池をつなげたものを挟んでおいた。通電しているだけのシロモノで何の意味もない。そもそも馬鹿正直に全部を本物にする必要はない。偽物を仕掛ける欺瞞もまた戦争である。

 レーダーには対象を探知する能力が必要だが、誤情報を弾く技術も同じくらい必要で、通電している基盤を探知する能力もどうかと思うが、柳にノイズを除去する能力はない。為に怪しい物は片っぱしからバラし始め、物には限度というものがあります、と高雄が呆れ、黙って後片付けする鳳翔に見かねた白雪が常盤を呼び、がっちり説教される提督の写真を新聞に掲載した青葉の下には柳の心の叫びを聞き届けた妖怪猫吊るしがやってきて、抜猫祭となった。

 さて司令官。ハズレを掴んで散らかして常盤さんに怒られるリスクと、本物を暴くのと、どの辺りで折り合いをつけますか。

 

 

 柳は低い唸り声をあげて諦めた。もはやマイクやカメラを見つける度に禿げるや!と茶化している余裕はない。気を取り直して再び歩み始める。

 

「テーブル?」

 

 首を傾げながらも箸入れの中身を改め、次にテーブルの下に潜って天板の下にマイクが仕掛けられていないか確認した。ない。まさかの椅子の下か?もちろんそんなことはなかった。どこに仕掛けようが雑音を拾いすぎる。

「誤作動にも程があるぞ。」

 

 マジックアイテムの取り扱いの難しさである。誰が使っても同じ結果を出す機械と違って、使用者の能力と心理状態で性能が極端に変わる。

 目を閉じ、深呼吸を何度かして気を取り直すと再びダウジングロッドを構えた。一旦テーブルから離れてから近寄る。ロッドが交差した。

「ふむ。」

 となると。柳は天井を見上げて頷いた。ダウジングロッドは構造上、上下に向けて指向探査できない。火災警報器が監視カメラにすり替えられていた。

 

「これは巧妙だな。通電していても赤外線飛ばしても当然だ。」

「恐縮です。」

「しかし、青葉。お前は一を知って二を知らん。

 保安機器は定期点検する。点検で見つかったはずだ。それにな。これは防火管理者として捨ておけん。」

 柳は左右を見た。吹雪が青葉の右、最上が後に移動する。

「ガスも電気も近くにないから火元にならん、というのは理由にならんぞ。火災警報を殺しておく。隔壁を閉まらないようにしておくのと何ら変わらん。」

 ダウジングロッドをテーブルに置き、常盤の隣に並んで言った。「Guiltyデース。」

「箱館奉行所筆頭与力、常盤陸奥大掾である。一等巡洋艦青葉。御用である。神妙に致せ。」

「聞いてないですっ、箱館奉行所なんて」

「そりゃそうだ。さっき決めたばっかりだ。」

「箱館奉行所って何ですか。常盤さん、大湊統括警備府の所属じゃないですか。」

「同じ大湊警備府管区だから問題なかろう。函館は元々大湊要港部の代替港なんだし。」

「大阪警備府が呉鎮守府名乗るようなもんじゃないですか。納得できません。」

「どうしても気に食わんというなら、阿倍比羅夫が蝦夷征伐で後方羊蹄に政所を開いたところまで遡るんだが」柳は訝った。青葉のやつ、妙なところで反抗しやがるな。

「シリヘシ郡衙少領の方が良かったか?ちなみに場所は特定されていなんだが。」

「・・・。箱館奉行所でいいです。」

「なんだ、これから有力候補地の解説をしてやろうと思ったのに。」

 

 青葉さん、ナイス。周りの艦娘たちが心の中で喝采を送っていた。司令官が歴史解説始めたら小一時間は帰ってこないところです。よく首の皮一枚で見切った。

 

「清掃を終了する。では各員、艤装展開して15分後、駐機場に集合。

最上、処分よろしく。」

 

 

 皆がラボに向かう中、最上は厨房に向かうとバケツに水を入れた。次に棚から酢と塩を取り出し、バケツに混ぜた。使い捨てカメラを取り出し、伸びたコードの先の鰐口クリップをバケツの噛ませてシャッターを押す。高圧電流が流れ、バケツの中身がショート、無害化される。

 自分ならレンジでチンするんだけどなあ。師匠の一押しだから仕方がない。水を流しに流すと後始末を妖精さんに任せて皆の後を追った。

 

 

 

「さて、傷者搬送訓練を始める。搬送者は青葉。他は傷者。搬送者は、傷者全員を滑走路1周して搬送すること。質問は?」

「滑走路1周、って何キロですか」

「長さ500m、幅100mで1.2kmだ。」

 青葉は人数を数えた。航戦1、空母1、重巡1、航巡1、軽巡1、駆逐艦7、工作艦1、機雷敷設艦1と司令官。15人。18km。「10海里!」

 海上では浮力と推進力を発生する艤装だが、陸上では重しにしかならない。しかも艤装展開中なので背負うのは無理。一人ずつだっこして運ぶしかない。

「原速で1時間かからんだろう。山砲中隊の行軍と違って道は平坦で舗装されている。」

「とほほ」

 

 

 常盤は柳と青葉のやり取りに微笑んでいた。私の最後の乗組員のお孫さんは、体罰の代わりにとにかく走らせる。谷口艦長、あなたの教えは確かに後世に受け継がせました。

 謹厳実直が軍服を着て歩いている。顔まで四角四面、と言われた男の顔を常盤は久しぶりに思い出していた。

 

 そして。

 

「ああ、体が勝手に~」

「駆逐艦の性だから仕方ないよね~」

 

 順番待ちの時間を持て余した漣と秋雲が青葉の後をついて走り始め

 

「さて、いきますか。」と響が追従。

 

「これは。11駆、出撃しますよ。」

「えー?」(ナンデコンナコトニ)

 

 よそ様が走っているのに身内が知らんぷりできますか。吹雪、白雪、初雪が駆け出し

 

「これじゃあたしがサボってるみたいじゃない。第六戦隊衣笠、出撃よ。」

と、衣笠も青葉の伴走を始め

 

「ちょ、ちょっと待ってぇ~!お、置いてかないでよぉ!」

 

 駆逐隊が重巡洋艦二隻をエスコートしているのに軽巡洋艦がのほほんとしている訳にはいかない。夕張が慌てて後を追いかけた。重巡二隻を中心にして輪形陣をとり、前方を11駆、後方は漣、響、秋雲。先頭は夕張が勤めて滑走路周回中。傷者役は仕方がないので蒼龍に固定。

 

「あ、夕風さんはこっちこっち。給水所つくりますんで。」

 出遅れて辺りを見回す夕風を明石が招いた。

「まあ、こうなるな。」

「青春だねー」

 

 

 航空火力艦は感心していたが、当の本人は、何で皆さんついてくるんですか。ちんたら走って落伍したフリできないじゃないですか。駆逐艦ウザっ、と心の中で叫んでいたりする。

 

 

 

 さて一方東京某所

 

 

「やだもー何これ」

 

 解析班員が電送されたコマ送り写真に嘆いていた。白いブラインドには放送禁止模様。何か文字が書いてあったから拡大してみたら"Hey Tom,Look!"と殴り書き。

「絶対わかっててやってるし。」

 

 

 音声担当は担当でうんざりしてた。窓に仕掛けたコンクリートマイクは、正常に機能している。音声も綺麗にとれていてノイズ漉しもいらないくらいだ。だがしかし。

 

『ジョゼガブン。イチジフツジュウラージャグリハ。グリドラクータサンチュウ。

 ヨタイヒキュウシュウマンニセンニンク。カイゼアラカンショウロウイジン。』

 

「何言ってるのかぜん・ぜんわかんないんですけど」

 

 所々日本語らしい単語が出てくるが、全く意味が通らない。柳提督と夕張が会話するのに日本語以外使う訳がない。イントネーションも発音も日本語で、英語だの中国語だのといった外国語じゃない。普通に会話しているのに暗号表を使って変換しているわけがない!

 

「方言だろう。」

 情報部長は断言した。「大戦末期にやったことだ。柳と夕張ならアイヌ語じゃないのか、北海道生まれだし。それなら適任がいるじゃないか。」

 

 だがしかし。

 

「いえ、北海道のアイヌ語じゃありません。」

 補給艦神威は断言した。「北海道アイヌにも色々方言ありますが、全く違います。お役に立てなくて申し訳ありません。」

「北海道のアイヌ語?」

「樺太アイヌや千島アイヌの言葉は、私、知らないので。」

 

 

 本当はある程度わかるのだが神威、自称イケメンの切れ者の禿げでデバラのおっさんにかまってやるつもりは毛頭なかった。アメリカ生まれの彼女は、ビジネスライクなところがある。

 そこで名前の由来が樺太の鈴谷川の鈴谷、千島列島の国後、択捉が呼びつけられた。

 後者は飴玉もたされて早々に返されたが-お子様に用はない-、前者はなぜか外で意見交換を行うこととなり-情報部長も鈴谷もチャンスは見逃さず、転んでもただでは起きない性格だった-大本営発表若い女の子を侍らせて銀座でデート。鈴谷は資生堂パーラーで食事と甘味を堪能し、高級チョコレートをせしめて帰った。

 流石の部長も間宮にはちょっかいを出せず、また夕張と宗谷は、神威が最初に北海道アイヌ語ではないと否定したため不戦勝であった。

 

 

「柳が外国語しゃべれるなんて聞いたことがない。せいぜい英語。後はニイハオ、シェーシェーか、デア、デス、デム、デンを唱えるくらいが関の山だろう。」

 

 ということで、訛りのきつい地方の艦娘が呼ばれたのだが。

 

「艦名で方言しゃべれるだろうと言われても。あたしは建造も横須賀なら艦籍も横鎮だったんだけど。最初は佐世鎮だったけどね。」

 

 陸奥は辟易としていた。次に津軽じゃなきゃ秋田か、と能代が呼ばれたが、なぜか北上は呼ばれず、その代わり名取が呼ばれた。

 どうも東北ではないらしい。じゃあ薩摩か、と霧島と日向が呼ばれたが、川内大淀は呼ばれなかった。そして九州つながりで千歳にお呼びはかかったが、三隈や球磨はスルーされた。

 

 

「呼ばれなくてほっとしたけど。」

「理由は想像つくクマが、それはそれで腹が立つクマ。」

 

 5500t級軽巡洋艦長女二人が憤慨していた。「暗号解読口実にしたナンパじゃん。」

「おっちゃんも嫌われてるねえ。」

 お盆を置いて隣に座った摩耶が軽く流した。

「あいつを好きな艦娘がいるクマか?」

「そりゃそーだけどさ。女慣れしてなくてオタオタしてる奴よりよっぽどいいじゃん。昔は凄かった話なんて、おっさんなら誰でもすることだし。」

 

 

 ここは農林水産省食堂。霞が関界隈で一番安くて飯がうまい社員食堂ということになっていて、大本営勤めの艦娘もよく利用していた。一般開放していて近くて行きやすいし、何より他省庁の食堂というのが新鮮で気兼ねがなくていい。昼の混雑する時間を外したので客も少なくゆったりとしている。

 

「摩耶だって他人事じゃないと思うよ。というか高雄型全員そうじゃない?」

「あーん?なんでだよ。何言ってるかわかんない方言なんて関係ないじゃん。あたしは神戸だし、姉貴は京都。鳥海は山形だけどさ。」

 

 やれやれ、大本営にいてどうしてこんなに素直で擦れていないのが不思議だね。少し教育してやらないと。

「あたしB、夕張C、北上A、球磨A、大淀A、三隈C。」

「うーん?」

「呼ばれた方。神威G、鈴谷G、陸奥I、能代I、名取I、日向H、霧島G、千歳K。」

「えっ、ちょっと川内」

「高雄I、愛宕M、摩耶G。」

「わーわー、昼間っから何言い出すんだよ!」

 

 顔を真っ赤にして腕を振り回す摩耶。自分のサイズを言われてやっと思い当たったようだ。

「高雄型が関係ないわけないじゃん。」

「うわ、マジかよおっさん。」

「海防艦の子なんて飴玉渡されて帰ったからね。ひょっとしたら鳥海は外されるかもしれないけどさ。」

「私が何から外されるんでしょうか。」

 

 姉が騒いでるのを見て近寄ってみれば自分の名前が出てきた。何でしょう。

「鳥海はさ、ぶっちょがサリー大佐のことで騒ぎだしたの知ってる?」

「自己紹介してましたね。小人閑居して不善を為す、って。」

 その程度は聞きつけなくては大本営勤めはできない。

「サリー大佐がおちょくってるんだけど、何言ってるのかわかんなくって、ぶっちょが艦娘呼びつけて解読してるんだよね。」

 川内はそういって小型プレーヤーをテーブルに置いた。流石にこれには皆驚く。庁舎出入りチェックしている大本営ならいざ知らず、ここは一般開放の食堂だ。

「うん、いいのいいの。誰が聞いてもわからない、っていうんだからさ。」

 無造作にボタンを押すと柳と夕張の会話が再生された。

「何言ってるかさっぱりだクマ」

「どっかの隠語じゃねえのか。猟師が山に入ったら言葉切り替えるっていうじゃねーか。」

「夕張と会話してるんだから、それなら艦娘もわかるはずなんだよね。」

「サリー大佐とあの夕張でしょう。アニメじゃないでしょうか。あら?」

「お、鳥海わかるのか。」

「ええ、これはきっと。」

 プレーヤを停止し、ちょっと巻き戻して再生する。皆が黙って注目する中、鳥海は真剣に耳を傾けていたが、やがて下を向き、テーブルに両手をついて肩を震わせた。

「そう。これをサリー大佐が。」

 心配した摩耶が声をかけようとしたところで妹が笑いをこらえているのに気付く。

「そう。これをぶっちょが聞かせて回っているのね。あーはっはは!」

 テーブルを三回叩いて笑いだした。「いいわ!大佐!最高だわ!本当にいい仕事してくれるわ!」

 鳥海がここまで笑い転げる姿は珍しい。個体差はあるが、理知的で感情を表に出さないのが鳥海である。きっかり一分笑うと笑いすぎてお腹が空きました、と真顔に戻った。

「ご飯にしましょう、冷めちゃいます。」

「えー、なんだよそれ」

「摩耶、マテ」

「ええ?」

「食べながら話したら、噴き出して食べ物まき散らしますよ。」

 

 鳥海がこういう態度をとったら妙高か大淀あたりが理詰めで説得しない限り梃子でも動かない。釈然としないながらも他のたわいない話をして食事を終える。食べ終わるのを見計らって川内がお茶を配り席に着くとニカッと笑った。「じゃあ、始めてよ。」

 

 柳提督のジョークをどうやって伝えたらいいものか。食事しながら鳥海は色々方便を考えてみたのだが思いつかなかった。これだけ艦娘がいても私が受けた衝撃をわかってくれる娘はたぶんいません。とても残念だわ。

「サリー大佐は、ぶっちょの罪滅ぼししてるんです。当の本人は全く気付いていないでしょうけど。」

「贖罪?どういうことだクマ?」

「これはですね。普通はこう読むんです。

 

 如是我聞 一時仏住 王舎城

にょーぜーがーもん いちじーぶつじゅう おうしゃじょう

 耆闍崛山中 与大比丘衆万二千人倶

ぎーしゃくーせんちゅう よーだいびーくしゅまんにーねんにんくー

 皆是阿羅漢 諸漏已尽 無復煩悩

かいぜーあーらーかん しょーろーいーじん むーぶくぼんのう」

 

「お経じゃねーか。」

「正確には蓮華経 序品 第一です。」鳥海が訂正した。

「法華経を読み上げているんですけど、ただ読み上げるだけじゃなくって、十大弟子の舎利子をシャーリプトラとか、観音菩薩をアヴァローキテーシュヴァラとか、サンスクリット語やパーリ語に直しています。

 音が唐音じゃないし、固有名詞を原語音写に直してますから、普通の人じゃまずわからないでしょう。」

「さすが鳥海法師クマ」

「それじゃあ何、みんなサリー大佐と夕張にお経上げられてたわけ?」

「ありがたいことです。」鳥海は真面目くさっていった。「お釈迦さまも、『もし法華経を持ち、読み、誦し、説き、書写すれば、 八百の眼の功徳、 千二百の耳の功徳、八百の鼻の功徳、千二百の舌の功徳、八百の身の功徳、千二百の意の功徳を得るだろう。この功徳のゆえに、六根は清浄になるだろう。』とおっしゃっています。聞くだけでもそれなりの功徳があるでしょう。覗き見を帳消しにしてお釣りがくるくらい。」

「なんだそりゃ、ウケる。」

 

 

 

 摩耶が腹を抱えて大笑いして他の客の注目を集めた。艦娘が楽しそうに笑っている。何があったかわからないがいいことに違いない。皆、そのように判断した昼下がりであった




 妖怪猫吊るし 抜猫

 艦これ世界最大の敵。ネコと和解せよ。

 酢と塩

 エコで地球にやさしく、極めて応用範囲の広いトラブル解決法。用法を広く周知するために定期刊行物が発行されている。

 谷口艦長

 谷口尚真(たにぐちなおみ)18代連合艦隊司令長官、14代軍令部長。
 軍務一筋の海軍きっての合理主義者が災いして、ロンドン海軍軍縮条約では条約派のトップに祭り上げられ、条約批准に奔走。批准後は艦隊派の袋叩きにあい予備役編入。
 国力差からアメリカと不戦が持論。兵学校長時代には生徒の鉄拳制裁を禁止している。

 鳥海法師

 史実のあだ名。姉妹艦が高雄婦人、愛宕姫、摩耶夫人なのになぜに鳥海は法師w

 柳は法華経をテキストデータに取り込むと、固有名詞を原音表記に置換。夕張が開発した読み上げソフトで音声ファイルに変換していました。
 仏典の常として”私はこのように聞きました。かつて仏が○○に居た時に”で始まり、弟子が私、気になります、と問いかけ、それはな、と師が答え、すごいです、お師匠様。じゃあこれはこういうことなんでしょうか。うむ、よいところに気付いたな、これは斯く斯く然々なのだよ。さすがです、お師匠様!と、TVショッピングのノリの対談形式で進むのだが、柳は夕張菩薩と柳如来の対談に加工していて鳥海法師のツボを直撃。
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