提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第44話 夜戦 (1)

 然別湖北岸キャンプ場。

 食事を終えて食器を洗って間もなく日が暮れた。黄昏時にはすっかり気温が下がっており、あらためて響のボルシチの有り難さがわかる。

 

「一気に寒くなったわね。」

「ここは標高900m近いからな。有体にいって平地より4℃か5℃下がる。夏場で日が出ている間は、あまり変わらんけどね。明け方は今時期でも10℃切るぞ。さて。」

 

 二班に分けてテントに入らせた。テントの中はエアマットの上に寝袋が敷いてあるだけでがらんとしている。荷物を外に出しておくなど自然を知らない間抜けな都会者のやること。北海道のキャンプ場ではキツネとリスがビニール袋やリュックサックを食い破って食糧を漁り、カラスやカモメが急降下してきて獲物をかっさらおうとする。この辺りだとヒグマも参加してくるのだが、そこは艦娘。荷物は艤装のスロットに格納済みであった。艤装はテント前に並べてあるが、さすがの野生動物も歯が立たない。

 

「膨張式の救命いかだを陸にあげてテント代わり、という想定だ。いかだの諸元を説明する必要はないよね。」

 艦娘たちは頷いた。天蓋で直射日光や雨風に晒されるのを防ぎ、たとえ氷点下の海上でも内は20℃を保つ。実艦時代の救命ボートが石器時代の丸木舟に思えたものだ。

「命からがら身一つで退鑑、ってこともあるかもしらんけど、アルミ蒸着の断熱フィルムにくるまって夜明かしなんて私がやりたくない。老骨に堪える。」

 笑いを取ってから続けた。

「本物は陸じゃクレーン付きのトラックがなきゃ運搬できんのでテントで代用だ。

実際問題、砂浜なら波のこないところまで引き揚げもしようが、そうでなければ岸辺で錨泊だろう。無理に引き揚げて底擦って破れたり穴開けたら、後で別の場所に移動したくてもできなくなるし、砂利や岩の上で寝るなんてやってられん。

 救命いかだと違って寒いし、設備も装備もなんにもないが、背負って歩くこと前提だからしょうがない。値段も1/10だしな。しかし基本的な目的は同じだ。雨風を凌ぐ。

 目的が同じなら運用も基本的なところは変わらない。」

 柳は一旦言葉を切って艦娘たちを眺めた。

「ワッチに立っている者以外は暗くなったら寝ろ。どうせ何もできん。天測と無線通信くらいだな、やる価値のあるのは。

 入口はすぐ閉めること。蚊とかブヨが光と二酸化炭素に寄ってくるからな。これは陸用のテントだから入口が網戸になってるけど、救命いかだにそんなものはない。

 暑いからって海の上の感覚で外で寝たら顔がボコボコになるくらい刺される。どうしても外で涼みたかったら艤装展開するように。」

 

 夏なら冷帯の方が吸血昆虫が沸く、と聞いて秋雲がうげぇ、と乙女らしからぬ声をあげた。夏のシベリアの原野では昼間から蚊やブヨが殺到して口をきこうとすると口の中に飛び込んでくるので蚊帳を頭に被る。

 

「灯りだが、LED灯ができて電池式も消耗を気にせず使えるようになった。昔は一晩で乾電池1kgがゴミになるし、球切れするから懐中電灯くらいしか使えなかったが。

 燃料式の利点は、使い回しの良さだ。ランタン一つあれば、このくらいのテントも結構暖まる。こうやって」

 柳は水を入れたマグカップをランタンの上に置いた。

「簡単にお湯を沸かせる。裸火じゃないから安全だ。分量は限られるが。

 使用は最小限にとどめてさっさと消すこと。

 暗いのは怖い、って付けっ放しで寝て、低温火傷で肉までじんわり火が通ってましたとか、一酸化炭素中毒で気がついた時には体が動かなくなってましたじゃ洒落にならん。

 使い捨て懐炉も同じだからね。熱を発生する、ということは酸素を消費しているということだ。炎は関係ない。フネの付喪神に火の用心言うのもなんだけど。

 えー、それじゃ一旦外へ出て。青葉は残ってくれ。」

 ガヤガヤいいながら艦娘たちが靴を履いて外に出た。

「青葉。手旗信号。”ワレ アオバ”2回」

 命じられたとおり、青葉が手旗信号を送る。

「と、まあ、外からは丸見えだ。中にいる分にはわからんだろうけど、テント地がホヤの代わりになる。着替えなんかしたらストリップショーだからな。」

 

 笑い声を上げる艦娘から少し離れ、マグライトを持った右手をグルグル回した。間髪を入れず20cm連装砲の発射音。

「伏せ!」

 日向が叫び、青葉がランタンを消して辺りが真っ暗になる。そこは歴戦の艦娘、いちいち指示を受ける必要はなかった。てんでに散らばり地面に伏せる間もなく着弾音。同時に華々しく火花が上がった。

 

「状況。敵水上部隊の夜間攻撃。指揮官、先任共に行方不明。

 吹雪、青葉。」

「はい、司令官」

「別命あり、艤装を展開してこちらへ。状況開始。」

 テント横に立つと二人に統制官と書いた蛍光地の腕章と青色LEDの点滅灯、青葉には車のキーを手渡した。

「青葉。向こうの湾の奥に」方向を指差す。「瑞雲を隠してある。キーのボタンを押すと、エンジンがかかって翼端灯が点灯する。」

「いつの間に」

「吊光弾、彩光弾を用意した。ライトアップと音楽で盛り上げてくれ。最終ステージはこの曲で。白・白・白で合図する。」

「了解しました、司令官」

 

 うれしそうに水上を駆けていく青葉を暫し見送ると吹雪に向き直った。

「すまんがお守りだ。それまで点滅信号機つけて待機。」

「仕方ないですね。」

 誰のお守りなのかは言うまでもない。困難なことを為すべき者は誰か。それができる人間だ。遥か昔に司令官に言われた言葉を思い出す。

「終了は2100。それ以上はホテルの迷惑になる。派手にドンパチして早々に終わらせてくれ。」

「そうはいっても」吹雪は小首を傾げた。「22時から女が弾切れで大人しく引っ込みますか。私もCQBならともかく、CQCだと分が悪いです。」

「問題ない。神通はいないが赤城がいる。」

「それもそうですね。」

 

 夜戦限定とはいえ、私を凌ぐのがおかしいんですけど、赤城さんとなら抑えられるでしょう。はい。

 

 

 

 キャンプ場は湖畔を切り開いた場所で他は森。獣道すらない見ず知らずの森を夜に通り抜けるなど考えるだけ無駄。そして12.7cm連装砲も艦砲射撃に加わった。

 艦娘たちは艤装をひっつかむと先ず着弾地点に転げこんだ。同じ場所に着弾するなど滅多なことで起こるものではない。しかし、ここは狭すぎる。まぐれ当りがあるかもしれない。停泊中に攻撃されたら緊急発進するのは船の本能であった。

 艤装を展開した衣笠が真っ先に湖面に飛び出し、漣、秋雲、そして白雪が続く。敵が待ち構えているのはわかりきっていたが、陸で為す術もなく据え物切りされるよりは余程マシである。

 最上、夕張、夕風、明石は湖畔沿いの道を走った。非武装で反撃手段を持たない自分たちが敵の前に飛び出しても据え物切りがマシになる程度である。人の身に生まれて陸上を移動できるようになったからには迂回できる危険は迂回すべきであった。

 

 そして。

 

「うん、上手上手。ちゃんとテントを避けているな。」

「テントふっ飛ばしたら司令官が野宿ですからね。私たちはいいですけど。」

 

 日向と蒼龍が地面に伏せながらのんびり艦砲射撃の講評をしていた。

 同一地点に砲弾が着弾するのは、弓道の継ぎ矢やゴルフのホールインワンよりは有り得るとされているが-砲弾は大きいし炸裂する-、昼間でも当たらないのに夜にレーダーもなければ観測員の誘導もなしで揺れる水上から腕に装備した主砲で当てて御覧じろ。甘酒進上、といったところであった。これが物量にかまけた斉射ならまだしも、交互射撃ともなればなお。当たったら笑うしかない。

 テント横には蛍光の腕章と青の点滅信号機を身に付けた柳が椅子に座って水上を眺めていた。あそこは安全地帯で、撃破判定されないと行けない。こちらは此岸。あちらは彼岸。僅か2、30mの間に三途の川が流れている。

 

「始まったね。」

 

 重巡洋艦と駆逐艦による対地砲撃が止み、湖上に発砲炎が連続する。水上に飛び出して行った者が早速砲火に晒されているのだ。当面こちらに砲撃は向かない。四人は立ち上がった。

「あれは白雪だな。飛び出して行ったと思ったら武装していたのか。」

 あの短い発射間隔は白雪以外に有り得ない。いつの間に。日向が首を傾げていた。

「ここは私に任せて先に行け。一度は言ってみたい台詞。」ぼそっと初雪。

「お客さん、来るでしょうか。」

「準備だけはしておいた方がいいんじゃないかな。」

 

 響にそう言われて蒼龍は、艤装の航空甲板を外すと左手に持った。それを見た日向も真似をする。初雪と響はセーラー服の三角ネクタイを外すと湖岸に向かい、砂利を掬ってネクタイで包むと何度か振り回し、分量を加減した。そして木立ちの手前に初雪と響を立たせて日向と蒼龍が木立ちの中に入り、位置を決めると場所を交代。満足すると四人は木立ちの中に隠れた。

 

 

 

 水上に真っ先に飛び出した衣笠は必死に人影を探した。遮るものとてない水平線。人の高さ程度のものが動いていれば発見できる可能性は高い。発砲炎を見た瞬間に飛び退いたが、それを狙ったかのように次の発砲炎。竦んだところに三発目の曳光弾が左側を通過していった。初めから夾差されている。衣笠が相手の練度に愕然としていると足元が炸裂。魚雷が命中した。「きゃん!」

 

「はいはーい、撃破艦はこちらですよー。」

 青の点滅信号機を付けた村雨がやってきて、目を回している衣笠を回収していった。

 

「やあ、いい夜だね。」

「素敵なパーティしましょ。」

 

 湖上を進んできた影が声を掛けてきた。

 

「げえっ!狂犬コンビ!」

「失敬な。」

「ここは私に任せて先に行ってください。」

「すまない、恩に着ます」

「そうは簡単に、おっと」

 

 白雪の速射に慌てて時雨と夕立が飛び退く。夜戦が始まった。

 

 

 

 

 先頭を走っていた最上だったが、2kmも走ったところでスピードを緩めた。振り向けば湖上に曳光弾が飛び交うのが見える。ひとまず戦場から離れたようだ。急に止まるのは艦娘といえども宜しくないので、一分ほど軽い駆け足をした後に歩きだした。

 

「ここまできたら大丈夫かな。」

「やれやれですね。」

「これで武装があれば裏から挟み撃ちにしますのに。」

 

 

 三十六計逃げるに如かず。丸腰で敵に立ち向かうなど政治屋の耳には快いかもしれないが、軍人にとってはありえないことである。Fleet in being。存在そのものが敵の脅威となる。城を枕に皆討ち死にしては、敵の仕事を楽にするだけだ。

 逃げるんだよォ!、と夕張がおどけて見せた。湖上で追い回され、撃たれている者には申し訳ないが、無疵で生き延びるのが今回の演習である。戦場は遠く過ぎ、任務を達成してほっとしていたから警戒が緩むのも無理もなかった。

 

 ドン、ドン、ドン、と三点バースト。悲鳴を上げて夕張、明石、夕風が吹き飛び、最上は咄嗟に道路脇の木の中に飛び込んだ。

 

「もがみん、出てらっしゃいな。そんなところに隠れても無駄ですわよ。」

「参ったな。お見通しかい。」」

 三隈の声に最上は観念して藪から出てきて手を上げた。この距離で三隈の”もがみんレーダー”をちょろまかすことは不可能だ。

「四名様、ごあんなーい」

 青の点滅信号機を付けた白露が現れ、法被を配る。

「法被?」

「トリアージタグ代わりよ。夜に赤い札下げても見えないでしょ。」

 なぜ法被なんだろう。首を傾げる面々に三隈が促した。

「さあ、観戦に行きますわよ。夜はまだまだ、これからですわ。」

 

 ああ、そういうことね。やっぱこっちで良かった。最上と夕張は安堵しながら湖上に降り立ち、三隈の先導に続いた。

 

 

 

「やーりましたあ!」

「うう、負けたっぽい」

 

 キャンプ場前面水域。白雪:大破、時雨:中破、夕立:中破。

 三人ともレベルはカンストだが、時雨と夕立が改二なのに対して白雪は改に留まる。

運が高く、カットインしてくる時雨にお前のような駆逐艦がいるか、という高火力の夕立の二人を中破させて相討ちに持ち込んだ白雪の戦術的勝利であった。

 

「白雪、また腕上がってないかい。」

「予備役なのに現役より強いって、ずるいっぽい」

「まだまだ若い子には負けませんよ。」

 

 一発撃ったら二発撃ち返してくる”倍返しの白雪”の砲撃精度がおかしい。二発撃ったら四発。下手をすると五発撃ち返してきて、こちらが順調に砲撃を続けて最速で三発目に夾差しても白雪は既に本射を始めているのだが、夜間だというのに精度が落ちない。米海軍のレーダー射撃を浴びている気分だった。夕立と協働した雷撃が決まったからいいものの、一対一ならこちらが撃ち負けていた。

 

「二人ともやられてしまうとは。」鳥海は嘆息した。「これでは、蹂躙不可能ですね。村雨、私にも法被もらえるかしら。」

「えっ、鳥海さん無疵じゃ。」

「戦略的にも敗退です、私一人では。ここは状況終了です。私は提督を呼んできます。先に最終ステージに行ってください。」

 

 

 

 漣と秋雲は南へ、ホテルの灯の方にひた走った。他に目印なる物はなく、ホテルが中立地帯なことはわかりきっていた。最良の選択かどうかはともかく、あそこに逃げ込めば状況は終了する。気が動転していて夜の湖面からシュノーケルと潜望鏡が突き出しているのに気付け、というのは酷であったろう。腰にロープで巻きつけていた土嚢の口を開き、中身を投棄。浮力が戻って川内は水上に躍り出た。

 

「ドーモ、ミナサンコンバンワ。ヤセン=ニンジャデス。」深々と礼をする。

「げえっ、川内さん!」

「アイエエエエ!ナンデナンデ!」

 漣が正しく反応したのに大変気を良くして言った。「ハイクヲ ヨメ。」

 

 秋雲は慌てて逃げようとしたが「遅い!」

 零距離から腹に三連発花火を浴びて轟沈判定。

「あわわゎゎ」

「カイシャク!」

 棒立ちしていた漣の後ろに回り、首筋をトン、と軽くチョップ。衝撃というより殺気に当てられて漣は水面に崩れ落ちた。

 

「吹雪、3分で終わっちゃったよ。」

 誰もいない水面に向かって呼びかける。

「仕方がないですね。」

 入り組んだ岸の向こうから人影が現れ、首を振り振りこちらを向くと叫んだ。

「かかってこい、相手になってやる!」

「やったあ、待ちに待った夜戦だ!」

「はいはいー。撃破艦はこっちよ。邪魔になるからね。」

 

 村雨が漣たちを引率して十分に離れるのを確認すると吹雪と川内は水上を疾走し始めた。

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