提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第45話 夜戦(2)

「提督、鳥海です。」

 

 セーラー服の三角ネクタイを外し、白旗代わりに振りながら鳥海がキャンプ場に近付いてきた。

「どうした。」

 声を聞いて柳が岸辺に立つ。

「状況終了です。時雨と夕立が白雪と相討ちになりました。

私一人で漫然と対地砲撃しても弾の無駄ですし、上陸しても制圧できません。」

「そうだな。 おーい、状況終了だ。みんな、出てこい。」

 

 まあ、そうなるか、せっかく準備していたのに、などとぼやきながらキャンプ場残留組が岸辺に集まってきた。緑の法被を見て日向がその格好は、と言い、鳥海がお見込みのとおりです、と笑う。

「蒼龍。」

「はい、提督。」

「すまんが私の搬送を頼む。急ぎたまえよ。愚図愚図していたら今夜最大の出し物を見逃してしまうかもしれないからな。」芝居気たっぷりに微笑んだ。

「アイ、アイ、サー」

 

 上空では青葉の操縦する瑞雲が吊下弾で夜空を染め、彩光弾が闇を切り裂き、Rule Britaniaが響く中、一行は湖の南を目指して航行を開始した。

 

 柳たちが最終水面に着いたのは、吹雪が啖呵を切って間もなくだった。別働隊の三隈たちが先にいて、青の点滅信号を発振していなかったらもっと遅れたかもしれない。

 結びの一番に間に合ったことに安堵しつつ、鳥海に信号弾発射を命じる。白三発の合図を受けて曲がショスタコーヴィッチの交響曲第5番「革命」第4楽章に切り替わった。

 

 互いに弧を描き、最接近の瞬間に砲弾を叩きこむ。しゃがみこみ、あるいはジャンプして相手の砲弾をかわして離脱。水面を蹴って方向を変えながら勢いをつけ、装填しつつ再接近を試みる。派手な大技はないが、それはフィギャアスケートに似ていた。

 

「さっきからカットインしかしてないだけど。」

「カットインって、連続して撃てるもんなんですのぉ。」

 

 駆逐艦たちが半ば呆れ、半ば感心しながら二人の戦いを観戦していた。カットインは、一般に雪風や時雨といったいわゆる幸運艦の必殺技とされており、先の大戦では戦没した吹雪や川内の運はそう高いものではない。それが連続でカットインとは、どんな訓練をどれだけ積めばあの二人の域に到達できるのか。

 

 二人が弧を描いて回避から接近に入り、吹雪がカットインを発動。しかし、川内はそれをかわすと直進。吹雪に肉薄する。

 

「寿限無!」

 

 火炎放射する川内。吹雪は高くジャンプして躱すとダブルアクセルをきめて着水。川内に向き合った。フィギャアやホッケーみたいにブレードの先に滑り止めがないから進行方向にもジャンプできるのか。二人の動きに違和感を感じていた柳がようやく理由に辿りついて感心していた。

 

「波寄炎!」 言い知れぬ感動の嵐が吹雪を襲う。

「おお、その言葉の響き。心が洗われる、おお、おお、おお。 じゃなかったあ!

 川内さんなに忍法使ってるんですか!」 ああっ、この人変態だった!

「いやあ、さっきので弾全部使い切っちゃってさあ。」ちっ、効かなかった。

「三水戦旗艦が何やってるんですか!自衛用に残しておく、常識でしょう!」

「だってあたし先に夜戦してるから弾数減るの仕方ないじゃん。」

「演習はこれで終わりです。しゅーりょー」

「えーっ、もっと夜戦しようよ。夜は長いんだからさあ」

「駄目です」吹雪、にべもない。

「忍法に対処する演習なんて、深海棲艦相手に何の役に立つんですか。現役引退したロートルに無茶ぶりしないでください。」

「そういうこというなら本当にそうしてあげるよ。打威握勇図!婆与婆与!」

「タンブリングダウン!」

「おっと」

 左手に連弩を展開した赤城がマジックアローを放ち、川内の波動を打ち消した。

「では、私と権比べしませんか。」

「へえ、赤城さんが?」

 

 瞳を赤く輝かせる赤城に川内は目を丸くした。このあたしに夜戦で権比べとは。改二になった赤城は、どんな力を身につけたのだろう。

「いいよ。じゃあ、先手をどうぞ。」

「ありがとうございます。」

 赤城は連弩を格納すると白く輝く弓を取り出し、詠唱を始めた。

 

「この手は 弓持つ手

 この手は 闇を払う手

 この手は 呼び合う手

 この手は あ を封ず」矢が放たれる。

 

「えっ、足が」

「この手は め を封ず」

「目が!なんの、臨!兵!」川内は九字を切り始めた。

「この手は つ を封ず」 「闘!者!」

「この手は ち を封ず」 「開!陣!」

「この手は ほ を封ず」 「裂!在!」

「この手は し を封ず」 「前!」

 

 

「せっかく先手を頂いたのに通じませんか。」

 

 星で射撃をやめた。さすが夜戦忍者。通じたのは最初の二つだけで、後は力の籠った呪で打ち消されてしまった。ぽっと出の術では通用しませんか。

「びっくりしたなあ、赤城さんが術使いなんて。もう、ワクワクしてきたよ。」

「では、これはいかがでしょう。

 

 赤よ赤

 万物の中にありて その始祖たる美の根幹」

 奔流たるその巡りにして 大河の一滴」

 

 舞台の一幕であるがごとく、朗々と謳い上げる赤城に川内は戸惑った。何これ、聞いたこともない。

 

「赤にして紅の我は 美の極北を体現する」

 赤城の周りに光の粒子が集まり、赤く輝き始める。むう、なんて派手で面妖な。

 

「万系に届く我が連なりに拠りて 我は世の理への反逆を我に許す」

「オン ボロン ソワカ オン アミリタ アユダディ ソワカ」

 印を組み、呪を唱えて対抗した。

「完成せよ 純潔の鎖!」

「わーっ!」

 

 赤く輝く無数の鎖が赤城から飛び出し、巨大化して四方八方から川内を打ちすえ、絡みつく。数だけだったなら躱せたかもしれない。しかし、それは早すぎ、大きすぎた。

 雁字搦めに縛りあげられ、観念して呟く。

「ムネン・・・ アトヲ タノム」 がくっ

 

「嫌です!」

「無理!」

「ふみこが来い!」

 

 艦娘たちの叫びが湖面に響いた。

 

 

 

「えー、講評を始める前に」

 

 柳は夜空を見上げた。タイムキーピング代わりの音楽が止み、吊下弾も燃え尽きて辺りは闇に戻り、上空を旋回する瑞雲の金星エンジンの音が響いている。

 

「青葉を降ろす。

 複縦陣。方位000 各艦間隔60、幅100

 左列、水雷戦隊、残りは右列。

 非常灯をこれから配る。上空に向けて点灯。先頭は赤色灯、後尾は緑色灯、他は白色灯を点灯。 赤城。」

 赤城は、スロットから非常灯を取り出して皆に配った。「行動開始。」

 

 艦娘たちは星空を見上げ、北斗七星と北極星を確認すると移動を開始。湖上に即席のランウェイができたのを見て着陸灯を点灯した瑞雲が降下してきた。飛び石のように数度水上をバウンドして着水、水上を滑走。停止したところに艦娘を集合させる。

 エンジンが止まるのを待ってフロートに降ろしてもらった。さすがに抱っこされたまま講評というのは格好がつかない。操縦席から青葉が降りてきて皆と一緒に水上に並ぶ。

 

「講評を行う。

 停泊中に攻撃されたら準備ができた艦から緊急発進。定石だ。三十六計どころか他にとり得る手段がない。

 しかし、想定は実艦大破。着底擱座して体だけが陸にいる。つまり、海戦ではなく陸戦だ。艦娘には全く馴染みのない状況だった。

 取り得る対応は三つ。強行突破、夜陰に紛れて逃走、隠れてやり過ごす。

 

 さて、敵陣への夜間強襲浸透戦術は、少数精鋭の特殊部隊がやるものだ。にわかがやっても会敵する前に迷子になるか同士討ちにしかならん。

 水上は隠れようがないから陣形組んで進軍するのが基本だが、陸は何かかしら身を隠す手段があるから散兵が基本だ。

 どうせ夜間砲撃なんて当たらん。深海棲艦が対人用の暗視装置で射撃管制してるなんて聞いたこともない。灯火管制していれば充分。

 以上を踏まえて評価隊の作戦を立てた。」

 

 柳は、一旦言葉を切って艦娘を見回した。暗いので表情は読み取れない。

「最良解は、雉も鳴かずば撃たれまい。

 夜に対地砲撃なんて単なる嫌がらせだ。本当に当てたかったら昼間に来るはずだ。

見つからないように隠れて敵が引き揚げるのをひたすら待つ。

 待ち伏せなんかしているから驚いたよ。

 逆は、満を持して待ち構えている敵の敵前強行突破。海戦なら代替手段がないからやるが、陸戦では最悪手にしかならない。

 実際、白雪でも相討ち。突破できたのは吹雪と赤城だけだった。

ちなみに吹雪と赤城は大本営の鳳翔教官の特別講座基礎課程修了者だからね。」

「専門課程受講予定です。」

「素晴らしい。素晴らしいな、赤城。」

 やっとくれはも決心がついたか。改二になって自信がついたのだろう。わざわざ絶技を見せに来たとは愛い奴め。

「鳳翔教官も久々の特別講座受講者で腕をさすっているだろう。

 闇に紛れて逃走、というのは強行突破に比べればマシだが、落武者が通りそうな道に伏兵を置くのは兵法の定石だ。道が一本しかなければ当然置くさ。」

「三隈を呼ぶのは反則だよ。」

 最上がぼやいた。どうバックれても、もがみんならこうするはずですわ、と、個別プロファイリング分析されて見つけられてしまうのだ。このおっとりした妹がどうしてこうなった。

 

「確実を期しただけだが、誰がやっても捕捉したぞ。遅かれ早かれ。

 まとめるよ。

 陸に上がったら海戦の常識は通じない。陸戦の常識がいる。

 諸君等は、海に立てば歴戦の勇士だが、陸にいる分にはせいぜい訓練生だ。敵をどうにかできるなんて思わないことだ。深海棲艦に陸兵の能力があるとも思わないが、その場合、彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆しということになっている。

 キャンプ場残留組が待ち伏せしたのは大変良かったが、銃を持った相手に通じるかは別問題だ。白兵戦の訓練している艦娘はごく一部で、この中では川内しかいない。

 即席のお手製とはいえ、武器を作ったのは大いに評価できる。即席とはいえ武器のあるのでは精神的な負担も生存率も全く変わる。

 上陸、制圧中止した鳥海の判断も大変良かった。あのまま単艦でそうしていたら、ロープで足元掬われるか、日向か蒼龍のショルダーアタック喰らって倒れたところを初雪と響にブラックジャックで袋叩きにされていただろう。

 それにしても三角タイでブラックジャック作るなんてよく咄嗟に思いついたな。簡単な武器だが威力は大きい。ナイフ振り回すよりよほど有効だ。

 以上だ。

 然別湖キャンプ夜の部、第一部を終了する。」

「第一部?まだあるの~。」

 

 テンションだだ下がりなのを隠そうともしない秋雲に皆、舌を巻いた。この秋雲、度胸あるわね。これだけいい所なしで終わったくせに堂々と質問してくるなんて。

 

「宴はまだもうちょっとだけ続くんだ。」柳は微笑んだ。「赤城。」

「はい、提督。」

「第二部の装備を分配してくれ。」

 

 

 

「月を肴に一杯やるかね。」

 

 カヌーのおにいさんが夜の湖に漕ぎ出したのは気まぐれだった。夜になるとシマフクロウの声が聞こえるかもしれない。ガイドブックの記述も気になった。

 周囲10kmに市街地はない。空は暗く、銀河の流れが良く見える。星が見え過ぎてかえって星座が見分けづらいくらいだ。

 岸から500mも離れたところで漕ぐのをやめ、四合瓶から冷酒を注ぐ。大正以前なら誰もに見えた空だろう。現代は、街の灯が多すぎて三等星か四等星がやっとだ。夜間航行中の長距離フェリーなら見えたかもしれないが、深海棲艦が跳梁跋扈する現在、日本沿岸でも夜間航行は自粛されている。少しの投資、少しの努力。そこはかとない満足を覚えながら酒を口に含む。抜ける香に官能を刺激される。

 そんなことをしていたから、時ならぬ爆発音と草刈り機みたいなエンジン音に大いに気分を害された。

 

「きったない花火だなあ。なんだよ、いったい。」

 

 つまらない打ち上げ花火が夜空を汚し、水平線の向こうでどでかいロケット花火を水平撃ちしている。

「どこのクソガキだよ、ったく。こんなところで何やってやがんだ。」

 

 しかし、上空から音楽が流れ出したところで気付いた。花火が打ち上がっていない。初めから上にある。水平撃ちの方も水上だ。岸じゃない。しかも方向が変わっている。あれだけ移動しているなら水上バイクなはずだが、そんな音はしていない。空からだけだ。緑と赤の灯がちらちら見えるところから見て、飛行機が旋回しているらしい。

 ドラム演奏に続いてルール・ブリタニアがかかったところで、おんやあ、と思ったが、次にマーチがかかったところで気付いた。これ、ベートーベンの『ウェリントンの勝利』じゃね。バスドラムがスコア無視してやたら頑張ってるけど。

 

 そこまでわかると苛立ちが疑問と興味に変わった。上空でも水平撃ちが始まり、どう考えても飛行機からロケット花火撃っているとしか思えないのだがどうやって?

 曲が再びルール・ブリタニアに戻り、トランペットが主旋律を謳い上げて終わると、一転して変ホ長調、悲壮で素朴な弦楽器演奏に変わる。なんだっけ、一所懸命思い出しているうちにホルンがラ・マルセイエーズを演奏しはじめた。

 チャイコフスキーの『1812』か。相変わらずバスドラムがスコア無視して走りまくっているな。

 勝利の鐘の音もそこそこに曲が一転してショスタコーヴィッチの『革命』に変わり、カットされた皇帝カワイソス、と思っているうちに水上の水平撃ちが終わり、曲も終わった。

 一体何だったんだろう。首を傾げていると水上に光がうごめき、光のラインが2本出現。それにつられてエンジン音が近づき、着陸灯を点灯した飛行機が降りてきた。

 んなバカな。水上機じゃあるまいし、一体全体何が起きているんです。

「よしっ!」

 

 昼間に出会った艦娘の言葉を思い出しながら光の方向に漕ぎ出す。さほど大きな湖ではないのだが、なかなか近づかないのがもどかしい。エンジン音がやみ、光が一点に集中した後一斉に消灯した。あちゃあ、なんか出遅れた、と思いつつ、諦めきれずに前に進んでいると再び一斉に緑の光が点り、ライトアップされた水上機が姿を現した。そして先程とはうって変わって軽快な音楽。

 

♪ハーア ヨイショ

 

「サバトじゃ。サバトがおきている。」

 

 彼が見たのは、三味線:赤城、篠笛:柳 小鼓:初雪 唄:白露型四人衆による生演奏で瑞雲の周りを踊っている柳の課外講座受講者の面々であった。

 

「おや、昼間の彼じゃないか。君も踊りに来たのか。」

 

 目敏く日向に見つけられた彼は、緑の法被を貰って帰った後、速攻で『北の秘境の湖にサバトを見た』とアップしたのだが、今度は好評なリプが多かった。嘘松ではなく、ぶっ飛んだ創作と評価されたらしい。




 ベートーベン 交響詩『ウェリントンの勝利』、チャイコフスキー 序曲『1812』

 楽譜の楽器の指定にマジで「大砲」と書いてある曲。19世紀は劇場支配人も観客も大らかだった。現代ではバスドラムで代用するが、軍楽隊の野外演奏で本物を使って演奏することがあり、クラシックファン必聴となっている。

 赤城改二戊(艦これ)

 深海棲艦と戦うために存在する、人であって人でない人類の決戦兵器。大正生まれのオバン。概念兵器を求めて絶技を身に付けた筋金入りのアニゲーマニア。
 なお、薄紅ではないので少年に服の下を見せたがる性癖はない。

 川内(艦これ)

 立てば芍薬。座れば牡丹。口を開けば夜戦馬鹿。
 ドロップ艦は艦娘Lv1から始まるのが世の理というのに、この川内はドロップ時点で二次職業:ニンジャLv3、スキル:夜間戦闘という生まれながらの夜戦忍者であった。
 以後、数々の夜戦を経てニンジャマスターにクラスチャンジ。現在に至る。
 If the fool would persist in his folly he would become wise.
愚に徹すれば賢者になるを得ん。(ウィリアム・ブレイク)
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