提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
かすかなエンジン音を聞きつけて柳は、窓の外を見た。見えん。窓辺によってきょろきょろ空を見まわすが、見えるのは山際に靄のかかった日高山脈と青い空。音は徐々に大きくなってきているのにはて。どうせ迎えに出るつもりだったのだ。外に出て見ると、探し物は南の空にいた。トラック並みの巡航速度とアメリカ人が罵るだけあって飛行機としては馬鹿馬鹿しいまでに近づいてくるのが遅い。
「南?仙台か福島から来たのか?てっきり丘珠か函館経由で来ると思ったんだが」
訝っていると、ようやく全容を現したAn-2がこちらに向かって高度を下げ、建物の脇を通り過ぎると再び高度を上げて飛び去る。
「お約束ありがとう。」
皮肉っぽくつぶやく。正体を現した水戸黄門に「御老公を騙る不届き者。斬れ、斬捨てい!」と悪あがきする悪役並みのテンプレにいちいち驚いていられますか。
旋回して再びこちらに向かってくるアントノフ。商用機としては有り得ない急角度でアプローチしてくる。冷や冷やしながら見守っていると、タッチアンドゴーして空に舞い上がった。
「おー!」
「おー!」
いつの間にか外に出てきていた吹雪と初雪が歓声を上げて拍手する。
高度をとって旋回。こちらに向いて速度を取り戻すと機体をバンクさせてくるりと一回転。エルロン・ロールを決めて上空を過ぎ去った。そのまま急上昇。宙返りに入り、背面飛行に入ったところで水平飛行に戻すインメルマンターン。いくら複葉機とはいえ貨物機のやることではない。柳が心配しながら見守っていると、アントノフは機体をバンクさせながら宙返りに入り、途中で機を水平に戻すシャンデル。インメルマンターンとシャンデルを繰り返して高度を稼ぐと八の字、キューバンエイト。そして上空で翼を左右にバンク、こちらに合図をよこした。どうやらフィニッシュらしい。
最後の技はハートループであった。曲芸飛行の定番技だが、本来は宙返り中にロールして周囲を確認するための真っ当な空戦機動である。曲芸飛行を披露して満足したらしく、着陸は至極普通のものであった。誘導を吹雪に任せて執務室に戻る。空中サーカスは楽しかったが、元上司としては言わねばならないことがある。手放しで歓迎、という訳にはいかなかった。エンジンの音が止まり、静寂が訪れてやや暫く。ドアがノックされる。
「入れ」
アントノフに乗ってやってきた面々が並んだ。日向、蒼龍、最上、夕張、白雪、響。カタログスペックだけで語れば二線落ちだが、皆、一癖も二癖もあるものばかりだ。それに明石。
「我が艦隊に新入りだ。…酔狂な船だな。」
秘書艦時代の台詞をしゃあしゃあと言ってのける日向におもわずむせた。咳払いして気を取り直す。
「パイロットは誰だ。」
「僕だよ。ソ連製の飛行機を他に誰が操縦するというんだい。」
蒼龍じゃなかったのか。しかし、言われてみればそのとおりではある。
「いいか、響。An-2は貨物機だ。空中機動するように作られていない。いくら頑丈だと言っても」
「それでしたら」夕張が遮った。「今回艦載機化するのに構造を謎カーボンにほとんど置き換えました。機体の強度・剛性は大幅に向上して、機体重量は約1割減ってます。」
「エンジンをドーントレスのサイクロン1860、最終形のG型に換装しました。オリジナルのシュベツォフ62は元々サイクロンのコピーで、エンジン重量はほとんど変わらなくって、1000馬力から1200馬力に向上しました。後、あたしがエンジンちょっといじって、1400馬力にちょっと届かないくらいですね」と、明石。
「操縦系をフライ・バイ・ワイヤに変えた。航法装置は、ラジオを取っ払ってGPSを組み込んだ。」と日向。
「なにそのRF-4EJ改^nみたいなの」
数々の派生型にまた一つ種類を増やしたAn-2J(艦載機型)のお披露目であった。
「技術者としてはやっぱり実際に試乗しないとねー。あとは翼をちょっといじってみたいんだ。」と最上。
空母の蒼龍は、生温かい目で見守っている。助けを求めるように柳は白雪を見た。
「ジェットコースターみたいで楽しかったですよ、特に発艦。」
これは駄目な奴だ。師匠が既に籠絡済みだった。いや、ちょっと待て。
「発艦?」
「北方哨戒任務のついでに赤城さんに載せてもらってきたんだ。」
「それで西から来なかったのか。」赤城がフェリー替わりなんて、なんつう贅沢だ。
「赤城さんから伝言があるよ。『帰りに寄ります。ごはん御馳走してくださいね』だって。」
「なんだと。」
先日買ってきた炊飯器を思い出した。もちろんご家庭用である。鍋釜にしたって、20cmとか26cmの標準的な奴だ。寸銅鍋だのなんだのっていう業務用ではない。
「響、北方哨戒任務艦隊の編成は?」
「一航戦、第三戦隊から金剛さんと榛名さん。第17駆逐隊から浦風と磯風。」
喰う母だけじゃなく駆逐艦まで腹ペコがいるじゃないか。
「艦隊が戻ってくるのは?」
「しあさってだね。」
「吹雪」
「はい、司令官」
「急用ができた。みんなを寮に案内して”旅行”を頼む。 響」
「なんだい、提督」
「疲れているところ済まんが、ちょっとドライブに付き合ってもらうぞ。」
「ご予約ですか?」
わざわざ店まで来て予約とは大袈裟な。インデ〇ンの店長は、親子連れを見た。子供の方はなんだか見覚えがあるんけど、俺氏、ロリじゃないし。
「人数は15人なんですが、50食お願いしたいんです。」
「はい?! 50、ですか?」店長は、まじまじと男を見た。
「この子、わかります?」
「響だよ。ypa!」
「え、本物?」
艦娘が世に現れてから20年以上。興味のない者でも名前か顔くらいは知っているくらい浸透している。その中でも第6駆逐隊の4人は有名だ。
「しあさって、一航戦が来るんです。」
「なるほど」
一航戦の食べる方、赤城と歌う方だけど燃費は赤城より悪い加賀の噂は、世間に知れ渡っている。柳と店長はお互いに胸を撫で下ろしていた。柳は、悪質ないたずらと誤解されなかったことに対して。店長は、自分が無自覚なロリじゃなかったことに対して。
「それでしたら団体用の宅配はいかがでしょう。丁度50名様から承っています。」
ホールはともかく、厨房が回らなくなる。店長は、店の都合を考えながら尋ねた。
「そんなのがあるんですか」
「大会イベント、会合用の商品でして、予約制で承っております。」
「それはありがたい。どうやって店に連れていくかも考えていたもんですから、仕出ししてもらえるなら助かります。」
中古のSRV一台ではどうにもならない。タクシー呼ぶしかないか、と考え込んでいたのである。
「この子にメニューお願いします。響、何か適当に注文してていいぞ。」
「オーダーお願いします。」
「イン〇アンルーの辛口で。トッピングはそれぞれ人数分、15人分。あと、デザートってなんとかならんですかね。」
「商品によってご提供できないものもありますが、これならいかがですか。」
柳と店長は商談。響は、デザートをあれこれ頼んでお互いにwin-winなことに満足を覚える一時であった。