提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
呉統括鎮守府の事情聴取を進めるうち、最初は事務的に質問をしていた青田少将であったが、目が三角になってきて、最後は怒りのオーラが隠せないまでになっていた。
「すまんかった。止む終えんこととはいえ、辛いことを聞いた。」
と、統括の艦娘に頭を下げた。それから、どうや、と憲兵隊長に尋ねる。
「スケコマシが命令服従をいいことに。」白井憲兵中佐は吐き捨てるように答えた。
「いかな提督不足だったとはいえ、女衒が将軍なんて日本のやることか、海軍のドアホウ。」
「やれるか?」「無理!」
「即答かい!」
「この種の手合いが法に則った正規の手続きで処断できるのであれば、中国の歴代王朝は滅んでおりません。」一拍置いて白井中佐は青田少将を見据えた。
「後漢の何進でも唐の楊国忠でも明の魏忠賢でもなんでもかまわんのでありますが、内乱になってから処刑しても遅いのであります。海軍は、軍務より新兵いびりが得意な分隊長か小隊長どまりの人間を出世させすぎたのであります。」
「海軍としては、陸軍の意見に同意する。
間宮はん、呉の状況はどないや。」
「各鎮守府の無線通信、及び姉妹通信は、強力な妨害で現在通信不能です。」
給糧艦として有名な間宮の別の顔は無線監査艦。ネット時代風に言えばネットワーク管理者で、無線の使用状況を監視して不正利用を取り締まった。海軍将兵から来航を心待ちにされた間宮だが、ごく一部は首を竦めて一日も早い出航を願った。
「そういうところは抜かりないのお、統括は。有線は。」
「統括、第一から第四までの鎮守府の一般回線が不通です。提督室直通の秘話回線は生きていますが、もちろん内容はわかりません。盗聴は3秒で対応されました。」
「ふん。他はともかく第一が厄介やな。」
統括は人類の恥。世界の汚点。主なる神も誤りを犯すことの生ける証明だが、権力闘争の本質は理解している。人はパンなくして生きることは叶わない。分け前にありつく者が少なければ少ないほど分け前は増え、飢える者が多ければ多いほど分け前にありついた者は、分け前に与からせてくれた者に感謝する。そしてたとえ今は分け前に与っていない者も可能性があるなら大抵のことをする。
釣った魚に餌をやるだと!正気か?と有言実行する小悪党。本来は、無医村に赴任してきた医者を給料分きっちり使い倒して元とってやる、と嘯く田舎の実力者くらいが分相応なのだが混迷期に乗じて無駄に出世してしまった。
第一の提督は、同じ兵器派でも毛色が違う。物は雑に扱って無駄に消耗するべきではないという主義で、戦績も十分なら艦娘からの人望も厚い。しかし彼は、自分を最も高く買う人物に統括を選んだ。
寝技が得意で用心棒を求める統括と政治は苦手だが金と権力を求める武人。私欲に忠実な二人のタッグは、並み居る提督を蹴散らした。妖精さんや艦娘に否定的でない、少なくとも全くの無関心でないという理由でかき集められた提督達は、部活で後輩の面倒を見た、バイトリーダー、等々、組織人としては素人に手が生えた程度であり、組織遊泳術の達人に到底敵うものではなかったのである。
そして小知恵のよく回る統括の提督は、一部の者に阿諛追従を許した。それが第二第三第四の提督で、三人は人間派や中立派のヘイト稼ぎのよい盾役になっている。
「調略できればそれに越したことはないんやが。」
「ロバート・リーを北軍に寝返らせろというものですな。」白井中佐が呆れる。
「せやな。なら無力化するしかあらへん、きっちり。後はまあ、なんとでもなる。」
続きを間宮に促そうとして、間宮と電が互いに顔を見合わせ微笑んでいるのに気付く。
「何や電。いなづまフラッシュでええことでもあったか。」
電速報とは電専用の姉妹通信で、妖精さんの謎技術を凝らした結果、他の姉妹通信の完全上位互換になっている。間宮とは別に電を呼んだのはそのせいで、電速報なら統括も妨害できないだろうと踏んだためだが、果たせるかな、電は黒い笑みを浮かべた。
「面白い話と、普通にいい話と、悪い話があるのです。どれからにしますか。」
「そりゃあ、おもろい話からに決まってるやんけ。」
「横須賀鎮守府が空になったのです。各艦、鎮守府ごとに分かれて暫時東京湾移動中。統括の五十鈴さん達が先行して竹芝桟橋で切符配っているのです。
あ、妖精さんは切符いらないのです。駅員さんが見えたり見えなかったりで、検札できないのです。」
「なんやねんそれ。」さすがの青田少将もツッコむ。
「浜松町から電車乗って二重橋前広場に集結。ご聖断を仰ぐそうなのです。
最初は兵器派の鎮守府だけだったけど、中立派や人間派の提督さんも笑って送り出してくれたそうなのです。ウチだけ行かなかったら本当に叛乱してるみたいだから行ってきなさい。何かあったら非常呼集かけるから戻ってきてね、って。」
「うは」
白井中佐が短く驚きの声を上げた。自分、東京勤務じゃなくてよかった。
「艦娘も妖精さんも出ていっちゃったので人間さんしかいません、横須賀の全鎮守府。実艦は置いていくから案山子にはなるよね、って伊勢さんが言ってたそうなのです。」
「おもろすぎるわ。 普通にええ話は?」
大ごと過ぎて笑うしかない。大本営の連中も泡吹いとるやろ。ま、せいぜいお気張りなはれ。知らんけど。
「大湊と佐世保の兵器派の艦娘は、実艦ごと統括鎮守府に行ったそうなのです。妖精さんもなのです。提督が泣き喚いていたけれど、誰も残らなかったのです。」
「ざまあ。亭主関白が女に捨てられて、ああ惨めやな。 悪い話は?」
「舞鶴は、人間派の鎮守府に行ったはいいけれど、そこから先が決まらなくて混乱しているのです。統括がボンクラなのです。」
「あー、あいつはそうやな。」
青田少将は舞鶴統括鎮守府の提督を思い出して頷いた。いい奴なのだが、議論する前から落とし所を考える男で、お互いの顔を立てて丸く収めようとするあまり、時には断固やりあわなければならないことがあることを理解しようとしない。
あのハーレム王どもにうちの艦娘を返すようさっさと命令しろ、と兵器派にせっつかれ、パワハラ大魔王をいつになったらクビにするんだ。今回で奴らに艦娘を使う能力がないことがはっきりしただろう、と人間派に迫られているのだろう。兵隊のいない将軍なんて飾りにもならないのだが、あいつはこういう時こそ話し合いで、と言っているはずだ。それも大真面目に。
有体に言って小田原評定である。舞鶴も機能を喪失した。青田少将はそう判断した。
「総括は?」
「事態を収拾したのです。艤装の整備点検といって、艦娘から艤装を取り上げて監禁。姉妹艦が大切ならわかってるな。何かがあったとしても第一鎮守府が駆け付けてくるからな、ってみんなを脅しているのです。第二第三第四も同じ状況なのです。」
「憲兵隊はどうしたんや」
「憲兵隊が艦娘を監禁しているのです。」
「それは・・・悪い話やな。」青田少将は呻いた。
艦娘がその能力を発揮するためには提督の指揮下に入る必要がある。艦娘は否応もなく提督に忠誠を向けなければならないわけで、それは近代以前の軍隊のやりかた。侍が大名に仕官し、征夷大将軍の激に応じた大名の命令で出征するのに似ていた。
この方式で対処できるのはせいぜい局地戦で、政権中盤からは京都の治安維持すらままならなくなった室町幕府は論外としても、幕府に力があり、大名への統制が行き届いていた島原の乱ですら最初はグダグダであった。それに大義名分が立とうものなら譜代親藩に見捨てられた明治維新になる。
鎮守府に陸軍の憲兵隊が駐在するのは、全国に地頭を置いて二重統治体制で全国支配を安定させていた鎌倉幕府に倣うもので、提督が現地勢力の国司、荘司なら、憲兵は鎌倉殿から任命された地頭である。憲兵隊には鎮守府への中央政府の統制と、軍人としては素人の提督の補佐が期待されており、権力均衡的には深海棲艦相手の戦争で出番の少ない陸軍所属の憲兵を鎮守府統制に与らせることにより、陸軍の海軍に対する不満を逸らす目的があった。
それが人質とって艦娘を脅迫した時点で提督を逮捕するどころか結託とは。
表面上は収まったかもしれないが、艦娘も妖精も士気は最低最悪に間違いない。
「スケコマシにカマ掘られやがって・・・。」
白井中佐は苦り切っていた。いざという時に仕事しないのでは憲兵、ひいては陸軍の存在意義を疑われる。快適なシートに座り、空調つきの環境で戦場を行き帰りしている空軍の連中がまた伝統芸能ですか、と嘲る姿が目に浮かぶようだ。制服組でも十分持て余しているのに、これに背広組。更に政治家、野党マスコミ連中のことなど考えたくもない。
「陸軍としては、早急なる呉統括鎮守府及び第一鎮守府の鎮圧を提案する。」
「海軍としては、陸軍の提案に同意する。」
* * *
海軍軍令部は控えめに言っても大混乱であった。出勤中、ずいぶん艦娘が電車に乗っているな、とは思ったのだ。
まず艦娘と妖精に夜逃げされました、という情けない電話が横須賀管区の複数鎮守府から入り始めた。浜松町駅から団体客よこすなら事前に連絡欲しい、と苦情。陸軍の市ヶ谷駐屯地からは、あきつ丸とまるゆが集団でやってきて、預かってほしいと凄い数の艦娘の艤装を置いていったが何事か、と詰問され、後で事情説明するから取り敢えず預かってほしいと文字どおりお願いした。ありがたや、艦娘たちは市街地では艤装を下ろして武装解除する規則を守っているらしい。
皇宮警察から二重橋前広場に艦娘と妖精さんが集まっているが何の行事か、と問い合わせ。いや、海軍も事態を把握しとらんのです、と素直に白状したがそれで引っ込むようでは警察は務まらない。しどろもどろの問答を繰り返しているうちに埒が明きませんな、と向こうが呆れて電話を切った。
大湊と佐世保では兵器派の鎮守府の艦娘と妖精が白昼堂々艦隊ごと所属鎮守府を離れて統括鎮守府に集結。舞鶴は、兵器派の艦娘と妖精は人間派の鎮守府に体一つで逃げてきて身柄引き渡しを要求する兵器派と突っぱねる人間派の提督が対立し、統括が事態を収拾できないために双方が直接軍令部に裁定を要求している。呉は沈黙しているが、あそこは横須賀に次ぐ兵器派だ。ロクなことになっていないだろう。
兵員の消耗が三割を超えると組織的戦闘継続が困難になり軍事的には壊滅と判断される。内地の管区鎮守府のうち、まともに機能しているのは大湊と佐世保だけ。横須賀はもぬけの殻。舞鶴は混乱中。呉も同様と推定される。一発の弾も受けることなく、5分足らずの電波ジャックと一大佐の放言により日本の海の守りは崩壊した。
「魔女のばあさんの呪いか・・・」
軍令部長の歯切れの悪い報告を聞き終わり、電話を切るなり海軍大臣は呻いた。艦娘の運用にあたっては、なにせノウハウがなくて-付喪神から構成される軍隊なんてどこの世界にある!-試行錯誤でぎくしゃくしているのは知っていたが、なんだって私が大臣になってから統帥権なんて特大の不発弾が炸裂しやがるんだ。こんな話もっていったら総理大臣は引きつけを起こすぞ。
艦隊に帰りたい。一艦長として操船とか戦闘とか軍人の本来任務に戻りたい。そんな大臣の感傷お構いなしに卓上の電話が鳴った。
「海軍大臣中村」
「涼ノ宮春子女王よ。」
うわあ、跳ねっ返り姫が海軍に何の用だ。不幸だ―っ!
侍従長と吹上護衛署長の報告を聞いた陛下の第一声は、あ、そう、であった。それから今日の参観は艦娘貸し切りだね、と微笑まれた。せっかくだから東御苑も案内してあげなさい。采配はあの娘に任せよう。そして公務に出かけられた。
「と、いうことであたしが対応を仰せつかりました。
艦娘は修学旅行中。かねてから希望があった皇居を社会科見学。いいわね!」
「ありがとうございます。」
艦隊丸ごと逃亡という、軍事史の椿事が小中高合同の修学旅行に変わった瞬間だった。神はいた。気がつけば電話口で深々と頭を下げていた。
「三日よ。三日のうちに艦娘が喜んで帰れる鎮守府にしなさい。」
「三日ですか。」心が叫ぶ。喜んだのも束の間、無茶振りで上げて落とされた。
「中村さん。あなた今、とっても失礼なこと考えなかった?」
「ソンナコトハナイデスヨ」
「それ以上空いたら国防上危険じゃない。本当はあたしが提督やれればいいんだけど、立場があるしね。」
殿下の辞書に自重という言葉があったのか。驚愕する中村に春子女王は告げた。
「もしその間に片付かなかったら、あたしが艦娘と妖精連れて大本営に乗りこむからね! いいこと、中村海軍大臣。」
確かにうちの提督は兵器派かもしれないが、他の兵器派のクズとは違う。
呉管区鎮守府の鎮圧の最大の障碍、第一鎮守府の艦娘も妖精も憲兵隊もそう信じて疑う者はいなかった。クズの鎮守府は気の毒だと思うけれど、とは言うが、自分たちがそのクズがのさばる後ろ盾になっていることには全く思い当たっていない。悠長に説得している暇はなかった。
大阪警備府では、鎮守府が奇襲され警備隊が応戦する、という訓練を定期的、実践的に行っており、第一を教育してやるで、と青田少将は微笑んだものである。
深夜に電線、電話線を切断。鎮守府に侵入。弾薬庫、燃料タンク周辺にグレネード弾を叩きこみ、火災発生で慌てて出てきた消防車を銃撃した。想定していても後手に回る状況である。第一鎮守府の警備兵は、小銃はおろか拳銃もしっかりホルスターに収めた状態で、第一の提督は警備忽せの海戦バカであることが明らかになった。
陸で大騒ぎになって注意がそちらに向いたのを確認してから呂500が港内に侵入。汽罐に火の入っていた白露、村雨に魚雷を撃ち込んだ。深海棲艦の仕業に見せかけるため酸素魚雷を下ろして通常魚雷に載せ換えたから雷跡がよく目立つ。仰天する間もなく大破着底した二隻を尻目に残りの魚雷を手近な船に発射。鉱石運搬船2大破着底、コンテナ船3、タンカー2を炎上させてまんまと逃げ去った。
更に港外に伊58と伊168が機雷敷設筒を積んで機雷をばら撒いたからたまらない。
沈船で港内移動もままならず、タグボートに曳航されてそろりそろりと港外に脱出。長門がほっとしたところに後続の陸奥が触雷、傾斜を始めた。水圧感知式で巡洋艦以下は無視、一回目は見逃して二回目に爆発するようセットされていたのである。驚いた長門は港外に出たこともあり、直ちに自力航行を命じ、また先発していた高雄と愛宕が救助のために戻ろうとしたが不用意な行動であった。
最初の機雷の水中衝撃波を感知した磁気感知式、音波感知式、水圧感知式機雷が次々と起動。重巡洋艦2隻はもちろん、戦艦2隻も更に触雷。主力艦護衛のため先発して港外で待機していた水雷戦隊の真下でも機雷が爆発して水上打撃部隊まるまる一個艦隊が擱座した。
かくして呉第一鎮守府は機能不能に陥った。艦娘の操る実艦は本物の艦船とは似て似付かぬ物であり、艦娘に魔法のバケツに入った高速修復材を浴びせると全快するのに応じて実艦も修復する。しかし、その魔法は実艦が鎮守府に帰投していて、艦娘が浴場か工廠で修復に入る時に限られる。鎮守府は、魔法を発動させるための魔法陣で、妖精さんは風火地水の四大妖精。提督は、妖精の加護と助力を得て魔術を発動。異界から魔物を召還、使役する魔法使いのようなものらしい。
港内でやられた白露と村雨はいいとして、問題は港外に出てしまった方である。実艦を浮上させて入港させないことには修復ができない。港内でやられたのは商船ばかりで、高速修復材の対象外である。こちらも引き揚げしないとならない。
港内は商船の沈船とそこから流出した燃料。入港口は機雷原で沈んだ実艦が蓋を被せている。まだまだ艦は残っているが、全く動かすことができない。
「機動部隊の空襲ばかりが軍港攻撃じゃないんでち。」
労う提督に伊58は得意気に親指を立てて見せた。
呉統括鎮守府の提督はうろたえていた。叛乱鎮圧の実働兵力としていた第一鎮守府が機能不能になったからである。
統括は、自分に軍事的才覚がないことを自覚しており、また叛乱鎮圧という汚れ仕事で経歴に傷をつけたくなったから、いざという時にはわかっているな、と第一の提督に丸投げし、第一の提督もお任せあれ。海軍を家族経営の何かと勘違いしているナイーブな馬鹿なんぞ本物の軍人にかかれば一睨みで震え上がるでしょう、と快諾していた。
自分の所は問題ないとして、第二第三第四が艦娘を抑えきれるか。何せ小者なのである。自分や第一の後ろ盾でいきがる、宣伝とヘイト集めのために置いたチンピラ。佐世保の兵器派は、榎本武揚よろしく艦娘と妖精が実艦ごと統括に逃げられたそうだが、第一の歯止めがなくなった以上、こちらもそうなっても不思議ではない。
それに何と言っても大阪警備府の動きが不気味だった。一言で言えば独立不羈。自分が最も苦手にするタイプである。向こうもこちらを嫌っていて、呉管区下にも関わらず相互不干渉になっていたのだが、この期に及んで自分のところから逃亡した天龍と駆逐艦を拿捕したから引き渡す、と通告してきたのが昨日の夕方であった。
動機が全くわからない。浪速ネーチャンの憧れ-その中には艦娘も含まれる-と臆面もなく公言する阿呆がどういうことだ。あれこれ仮説を立ててみたが到底納得できるものではなく、会って確かめるまでだ、と腹を括って寝たのがいつもどおりの22時。第一鎮守府奇襲で叩き起こされたのが1時。不安、怒り、当惑、様々な感情が入り混じってとても眠れるものではなかった。もうすぐ夜が明ける。徹夜でヨレヨレの姿を青田の奴に見せるのは業腹だ。眠れなくてもいい。一時間でも横になって目を瞑り、視覚情報を遮断して少しでも脳を休めるべきだ。夜が明けてから熱いシャワーを浴びて髭を剃る。ドリンク剤を青田が来る30分前に飲む。それでいいはずだ。