提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第52話 海軍丙事件 (3)

「私は、涼ノ宮春子女王です。皆様方のお世話を陛下より仰せつかっております。」

 

 迎賓館正面玄関。バルコニーで女王殿下は挨拶を始めた。

 いかな行事のプロの宮内庁といえども、当日飛び込みでこの人数の会場の確保は不可能だった。都内にはコンベンションセンター、ホテル、イベントホール等々、色々施設はあるが、そういう施設は何カ月も前から予約して何度か打ち合わせをしてから本番に入るものである。千人を優に超える艦娘、その10倍はいるだろう妖精さんを収容できる施設。飲食提供、となると都内でも片手で数えるくらいしかなく、そのいくつかは予約が入っていなかったが、費用を聞いてさすがの殿下も諦めた。車は車でもバスが買える値段だったのである。

 

 皇居は殿下が辞退した。末席の自分が親王内親王を差し置いて宮殿から挨拶するのは憚られますし、一般参賀者も多数いる中で悪目立ちして仕方がありません。

 そこで大人数収用できて格式があり、一般客を締め切りできて警備も万端。そんな施設が皇居の近くにありますよね、と、迎賓館の使用を外務省にねじ込んだ。

 どうせ戦争で全然国賓なんか来てないでしょ。あたしが有効活用してあげるわ!

 

 と、もっともらしいことを言っていたが、殿下、バルコニーから手を振ってみたいだけでしょう、と宮内庁と外務省儀典官室にはバレバレであった。

 ともあれ本来目的より企業の催しで使われることが多いことも、それも年数回で普段は空き家同然なのも事実。陛下からご指名を受けた女王殿下が接遇にお使いになるのは本来目的に近いものである、という宮内庁の要請に外務省が形ばかりの抵抗をして折れた。これ、貸しですからね。

 

 殿下は、陸軍も引き摺りこんでいた。災害派遣で炊き出しやるでしょ。想定、風水害で停電。交通網寸断。帰宅不能者、被災者多数で都知事から支援要請。

 内閣と海軍に恩と貸し作れるわよ。どうせ艦娘が叛乱起こしたらどうしよう、ってお馬鹿なこと考えて自分で毛根にダメージ与えてるんだから。陸軍がちゃんと見張ってます、って言えるでしょ。

 それにね、チャンスよ、チャンス。任務で大っぴらにかわいい女の子とお近づきできるのよ。胃袋を掴みなさい!

 殿下には敵いませんね、と第一師団長と最上級先任曹長も苦笑いである。海軍の綺麗どころにうまいメシ喰わしてやれ、と快く部隊を送りだした。

 

 

「この場を借りて申し上げたいことがございます。

 日本国民が空襲に怯え、食糧配給の列に並ぶことなく、日々を安全に過ごしていられるのは、皆様、艦娘とそれを支える妖精の賜物です。海で戦い、空で戦い、水中の敵と神経をすり減らす我慢比べに決して屈せず、制空権、制海権は維持され、商船は物資を運び続け、日本は、縮小再生産の悪循環に嵌ることなく国を維持しています。

 イギリスの名宰相の言葉を引用してお礼を申し上げたいと思います。

”人類の闘争の分野において、かくも多数がかくも少数に委ねたことはない”」

 そして深々と頭を下げた。

 

 艦娘の中には涙ぐむ者もいた。任務だからやって当り前。褒められたくてやっているわけではない。まして物言う兵器と言われ続けて自分でもそうだ、と心に言い聞かせてきて。それでも人に認められるのはうれしかった。

 

 頭を上げてあらためて正面を見据え一呼吸。春子は、とびっきりの笑顔を見せた。

「公人としての涼ノ宮春子女王としての挨拶はここまでといたします。

 これからは、私人の涼ノ宮春子として話すわね。

 あんたたち、よく来たわね!歓迎するわ!」

 

 先程の落差に艦娘と妖精さんがキョトンとしていると、春子はまくしたてた。

「嫌なことは先に言っておくわね。

 わかってると思うけどあんたたちを公式行事にするのって、とっても難しいの。

 普通、功績を上げた軍人って表彰されるじゃない。それをあんたたちにやろうとすると途端にグダグダになるのよ。

 表彰するたって、艦娘って提督とセットでしょ。そうすると鎮守府の序列順、提督の階級順になるのよ。それって提督の格付けで艦娘じゃないわよね。少壮気鋭の提督のところで頑張ってる艦娘に全然日が当らないじゃない。

 じゃあ功績順、って話になるとね。人一人抜けたくらいで軍艦は止まらないけど、艦娘が抜けたら本当に動かなくなるわよね。功績抜群により表彰、って呼んでたら前線が危なくなるじゃない。じゃあ差し障りがないように、っていったら今度は艦娘が多少離れても問題のない平穏なところになっちゃうでしょ。本末転倒よね。

 そして何より評価方法よ。

 敵艦何隻沈めたとか飛行機何機落したとか、そういうわかりやすい、数値化しやすいのがどうしても先にたっちゃうのよ。そうすると最前線の戦艦空母ばっかり選ばれちゃうでしょ。護衛任務の艦娘が全然対象になってこないのよ。

 海上護衛を蔑ろにして、決戦、決戦、敵戦艦空母、って念仏唱えて商船隊放り出して補給切れになって。重油もガソリンも無くなって出撃できなくなってもまだ決戦決戦、って。あんたたちが一番よく知ってるわよね。

 

 もう、身内の海軍一つとってもこれよ。総論賛成各論反対のグダグダ。」

 春子は、上を向いて両手を広げた。

 

「これで陸軍や空軍と釣り合い取って、政府で政治で、ってどれだけややこしいことになるかわかるでしょ。陛下もあんたたちのことは気に掛けてらっしゃるけど、立場上何もおっしゃることができないのよ、雁字搦めで。

 

 そういうアレコレを置いといてもね、いきなり来るから宮内庁は大騒ぎよ。もう、退職した人から何から呼んであっちこっちに渡りつけて大変だったんだからね。

 今日、あんたたちにご飯があたって寝るところが決まっているのは宮内庁の人のお陰です。感謝なさい。

 後ろで屋台出してる第一師団の人にもお礼言ってね。陸軍だって海軍内部のいざこざに関わる必要なんてなんにもなかったのよ。でもあんたたちのために、って快く引き受けてくれた。

 ご飯食べてきなさい、ってあんたたちにお金渡せればよかったんだけど、食糧費、それも資金前渡、って役所的に大ごとなのよ。あんたたちだって全然知らない街で勝手に店探して適当に食べてこい、って言われても困るでしょ。

 公式には陸軍の災害被災者支援演習ということになってるわ。

 あんたたちは被災者。軍は救援する側だけど、軍がわかってない、被災者のしてほしいことがあるかもしれない。立場を逆にしたら、今まで見えてなかったことが見えてくることってあるでしょ。陸軍は男ばっかりだし、男じゃわからないことは色々あるわよね。陸軍同士じゃ気を遣って言えないことでも海軍からなら遠慮なく意見をいえる。

 そういうことになってるから後で聞かれたら話合わせるのよ。

 

 それから陛下に感謝を。今日、あちこち行った入館料も、これから泊るところもお金は内廷費、つまり陛下のポケットマネーから出ています。突然だったからそれしかお金の出どころがなかったのよ。

 お礼は心だけじゃなくて形で表してね。具体的には葉書を書いて宮内庁に送りなさい。形であった方が実感あってうれしいし、内閣官房なり海軍なりに見せつけて予算分捕ってくるから。 いいわね!」

 

 なんとも直截的なお姫様だ。実艦時代に皇族を乗せたことのある艦娘は感心し、女王付きのSPは微笑んでいた。いつも元気な殿下だが今日は3割増しだな。お楽しそうで何より。

 

「それやこれや、あらためていいます。あんたたち、よく来たわね!歓迎するわ!

 今回のあんたたちの行動は、アレクサンドロス大王がゴルディアスの結び目を絶ち切ったような快挙よ。みんなしがらみで動けなかったのに、あんたたちは自ら無理に殻を割って外に飛び出してきた。尊敬に値するわ!

 それにあたしは前からあんたたちと会って話がしたかったのよ。ほら、あんたたちって見かけはあたしと変わらない子が多いじゃない。でも軍艦の化身。妖精さんは英霊の黄泉返り。

 そういう存在があたしとあんまり変わらないような姿して立って歩いてるのよ。これでお話しなくってどうするっていうのよ。

 だから陛下にはとても感謝しています。こんなあたしを接遇役に選んだ陛下のお心はわかるわね。ホント、一言一言に気を付けないと変な解釈する人がいるから、陛下も大変なんだから。

 それからさっき言ったことだけど。ああいうのは上が悩むことだから。下っ端のあんたたたちは気にしないこと。下っ端の分際で上の仕事に口出すのは越権行為です。

 あたしの前でそんなこと言ったらぶっ飛ばすからね!」

 

 艦娘や妖精さんが失笑する。いやいや、あの勢いのいいお姫さんなら本当にぶっ飛ばしに来そうだ。

 

「朝一で海軍大臣に気合入れておいてあげたから、あんたたちは果報は寝て待てばいいのよ。それでも海軍がバカなこと言うようだったら、あたしがぶっ飛ばしに行くからあんたたちも付いて来るのよ。いいわね!

 

 それじゃあ、そこの高雄型四姉妹。そうそう、あんたよ。ここ上がってきて」

 

 バルコニーの上から前の方にいて、え、あたし?ときょろきょろする摩耶とその姉妹を指差した。

 

「長くなってごめんね。あたし、皇族といっても末席だから挨拶とかうまくないのよ。

 ここに来る前も一応考えてきたんだけど、あんたたちの顔みたらふっとんじゃった。

 だけど体裁にこだわり過ぎたり気遣いしすぎたりして、思ってることが伝えられないんじゃ意味ないわ。 高雄型来たら締めるからもうちょっと待ってね。

 

 よし、来たわね。それじゃ皆さんご一緒に。 パンパカパーン!」

「パンパカパーン!」

「パンパカパーン!」 「パンパカパーン!」

「パンパカパーン!」 「パンパカパーン!」

 

 愛宕:ノリノリ 高雄:慣れた 摩耶:恥ずかしい 鳥海:ヤケクソ

 

 万歳三唱ならぬぱんぱかぱーん三唱で演説を締めくくると、涼ノ宮春子女王殿下は、災害支援演習の開始を宣言したのであった。

 

     *     *     *

 

 その日から鎮守府に戻る三日間のことは、いつまでも横須賀鎮守府の艦娘の心にあたたかい思い出として残った。

 

 継矢を見たいと空母にせがみ、披露したはいいが、凄いことはよくわかったけど地味ね。どうせやるならもっと派出にやるわよ、と皇居本丸前に空母を集め、紅白の二組に分けて弓矢で行進間射撃という前代未聞の演武を行って一般参賀者を驚かせた。

 ※海軍的には観閲式で、鏑矢の鏃は妖精さん特製の謎カーボン製なので安全です

 

 普通にやるとkm単位で場所が必要なため原速で行ったのだが、それでも速度は12knt(22km/h)。もはや徒立ちの弓兵の技ではなく、蒙古騎兵か鎌倉武士の騎乗弓術。しかも標的は静止した的ではなく、同じ空母で動いている。しかし、空母娘に言わせると『遅すぎて蠅が止まる』スピードで、平然と飛んできた矢を見て避けていた。

 これが空母道。ネットに上がった動画を見た弓道警察が愕然としていた。

 

 わあ、未改造綾波だわ。ほっぺたぷにぷにさせて―、と、綾波型一番艦と二番艦を追い回し、あんたもやりたいでしょ、と長門を鬼ごっこの鬼に強制徴募。逃げる途中で吹雪型が巻き添えをくったり、

 

 いやー、目茶目茶フレンドリーなのはわかるんだけどさあ、アタシはちょっと苦手かな―、と浦波とほうじ茶飲んでまったりとしていた北上は、あんたたち写真部なんでしょ。あたしが皇居のお勧めスポット案内してあげるから来なさい!普通じゃ絶対入れないんだからね、と拉致された。(時雨と磯波も当然拉致された)

 

 そんな暴走特急を停止させたのは文月で、何、この子。癒される~と文月の頭に手を置いて動かなくなり、文月も何ですか何ですか?えへへと撫でられるままであった。

 お付きのSPは、殿下を止めるとは何者ですかあの子、と驚愕し、艦娘たちは、さすが文月。敵機80機を追い返した戊号輸送のつわものよ、と称賛した。

 

 一般的に有名なのは淑女講座だろう。熊野や暁に請われて淑女とは、と話を始めたのはいいが、聞いているだけならテレビやラジオでできるわ、と実習に入り、後ろの方で参観日の母親よろしく見守っていた扶桑、山城、三隈があんたたちも見てないで手伝ってよ、引き摺りこまれ、最後にちょっと待ちなさい。いいものあげるから、と

 

『駆逐艦 暁 (受講した艦娘の艦名が入る)

 あなたは、淑女道受講したことを証明します。

                   ○年○月○日 涼ノ宮春子女王』御名御朱印

 と証明書を全員に渡した。

 

 これが「涼ノ宮様に 教えを賜いし 艦娘淑女団」(通称SOK団)の始まりで、横須賀鎮守府の艦娘に自慢された他の鎮守府の艦娘が大いに羨ましがって、私たちにも受講させてください、と陳情の葉書を書き、段ボール何箱で宮内庁と海軍省に葉書が届く騒ぎとなり、女王殿下の最初の定例公務となった。

 人に教えるんだからあたしもしっかりしなきゃだめね、と殿下自身も励むようになり、あの殿下がご立派になられて、と涙する職員の姿が宮内庁のあちこちで見られたという。年や季節によってデザインが変わるため、証明書を集めるのが一つのステータスとなっていて、古参の艦娘の嗜みとなっている。

 

 

 天皇陛下の自由時間はとても限られており、出張、夕食会、晩餐会がない日の夕食から就寝までの僅か2~3時間。それも定例の参与会議では補えない時事問題について参与を召して諮問していることが多いのだが、この時は春子女王が呼ばれ、今日はこんな、このようなことがございました、と少々興奮気味に話す殿下に陛下は、時折相槌を打ちながらニコニコとして聞いておられた。

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