提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第54話 大本営海軍部秘書室 (1)

 はたらけどはたらけど 猶わが生活樂にならざり ぢつと手を見る

 

 

 それが最初の明石、明石001が退役を決心した理由であった。唯一の工作艦として文字どおり月月火水木金金の生活を送る日々。

 艦娘として現れた当初は何も感じなかった。艦娘の数も少なければ艦種も限られており、鎮守府とは名ばかり。戦力は一個水雷戦隊に満たず警備府どころか要港部に毛が生えた程度。深海棲艦という得体のしれない敵に対する戦略戦術は手探り状態。提督は艦娘や妖精さんに忌避感がないというだけのド素人。出撃すれば散々打ちのめされてドック入りしない艦の方が珍しい有様で、まるで八連隊やなあ、と黒潮が自嘲していたものである。

 しかし艦娘が次第に数と艦種を増やし、提督も実戦を経て一端の指揮官となり、戦力を充実させて鎮守府が各地に展開。日本近海の制海権を奪い返して一息ついたところでふと思った。なぜ私の仕事は楽にならないんですかねえ。艦隊も小破未満で帰ってくる艦の方が多くなったのに。

 確かに実艦の私は海軍艦艇の四割を修理できると謳われた工作艦でしたけど、それは平時の話で戦時の修理量じゃないですし、平時だって実際に四割修理していたわけじゃないです。艦娘の実艦の修理ができるのは私か工廠妖精さんだけで、外注できないのから仕方がないと言えばそれまでですけど、なんか釈然としません。科学的な生産計画なんか知らなそうな提督のいわれるまま修理の傍ら開発改修やっていていいんでしょうか。

 

 

 思い立ってからは早かった。使う暇のないお金もいいだけ溜まったことですし、艦隊を外から支える艦娘がいたっていいじゃないですか。海援隊です。

 先ずは提督の伝手で船場のとある会社に就職。日本の物流のおおまかな流れを仕事をしながら学び、また人脈を作って起業。酒保のチェーン化を始めた。

 

 鎮守府は、大体は田舎の海沿いにあり、往きは満載帰りは空荷という物流効率の悪い立地にある。トラックで小まめに配送した日には経費がいくらあっても足りないので、物資は、補給船が資材補給のついでに持ってくるものと決まっていた。横須賀鎮守府ですら週刊誌の周回遅れが珍しくなかったくらいで、他の鎮守府では本や雑誌の地方価が復活しており、読書家の伊8やマンガ好きの夕張の嘆く嘆く。

 手始めに痛んだり腐ったりしない小口からやってみましょう。

 酒保の配送でいかに空荷を発生させないか腐心しているうちにどんどん規模が大きくなって株式化。今では明石屋本舗は、退役した艦娘の有力な就職先となっている。

 

 

「はい、明石です。」

 

 社長室直通電話の番号を知らせている者は少ない。秘書を飛ばして直接電話してくるのは、極々親しい間柄か緊急要件ですがどっち。

 

「大本営海軍部秘書室付き、大淀です。明石001は、可及的速やかに秘書室に出頭願います。」

「はい?」

 久々に個体識別番号を言われて対応を間違えた。

「復唱!」

「復唱。明石001は、可及的速やかに秘書室に出頭します。」

 

 

 電話を切って明石は自嘲した。つい反射的に答えちゃいましたけど、私、とっくの昔に退役してるんですけどねえ。電話一本で呼びつけますかあ。私、業界大手の社長さんなんですけど。

 時計を見て首を傾げた。ヒトロクマルマル。これから大本営に行くにはどう見ても二時間かかる。それから話となると定時をとっくに超えるからには本当に急ぎに違いない。

 それにしても解せない。鎮守府や軍需局、経理局ならわかるが、大本営、それも秘書室から呼び出しなど思い当たる節が全くない。

 個体識別番号を言ってきたのが気になった。今の自分は退役・解体処分で艦娘から生身の自然人になった明石市子である。とっくに服務義務は終了したと思っていたのに。

 士官は死ぬまで軍人。徴兵で召集される兵卒とは違うのだよ。有無を言わさず水交社の会員申込みさせられた時のことを思い出した。

 向こう一週間の予定は全部キャンセル。重大用件がないことを確認して仕事は全部代理決裁に回すことにした。理由を聞かれたら軍務。余計なこと聞くとサングラスかけた黒服に変なペンライト見せられますよ。

 

 実際、自分でも何が起きているかわからないのだ。駅まで社用車で送らせ、電車に乗ると明石は俯いて目を瞑った。わからないものをあれこれ心配してもしょうがありません。あっちで10分、こっちで30分。とれるところで睡眠を取るのが軍人の嗜みです。大本営直々の呼びつけ。いつ家に帰れるのかわかったものじゃありません。

 電車の揺れに任せ意識が落ちるのを待つ。いい感じで意識が落ちていくらもしないうちに肩を叩かれ、顔を上げるとほっぺたに指が刺さった。

 

「あはは。 あ、こんなところに白髪が。」

「もう、何するんですか。」

 声を聞くまでも顔を見るまでもない。こんな悪戯をしてくるのは決まっている。

「社長サンがどうしたの。草臥れたサラリーマンみたいよ。」

 

 昔馴染みの相方とはいえ、軍機に関わるかもしれないことを答えていいものか。明石が逡巡していると悪戯の相手は明るく言った。「淀君にお呼ばれしたんでしょ。」

 

 

 生き残った最初の艦が退役しつつある中、今も現役に留まり鎮守府に籍を置く前線豚。工作艦の自分を差し置いてツナギが似合う艦娘不動のNo.1。”発明家”夕張001。

 

 予算のつかない研究開発に給料をつぎ込み、働かないと生活できないのよね、と周りには言っているが、実態は、艦娘やめて生身の人間になっちゃうとすっぴんで着たきり雀って訳にいかないでしょ。研究時間がもったいないじゃない、という残念美人ぶりを明石は知っている。

 平賀さんとか藤本さんみたいな人だったら寿退役しても研究続けられるわね。あ、角田さんみたいな頼もしい人でもいいのよ、とハードルを上げまくっているせいで戦わずして敗れた屍が山を築いており、海軍はおろか三軍で月より遠い処女峰扱いである。

 

「何が起きたんですか?」

 自分とこの夕張が同時に出頭命令なんて只事ではない。

「佐世八鎮、柳提督。」夕張は簡潔に答えた。

「え、退役したんじゃ?予備役すっ飛ばしで。」

「あのサリー大佐と佐世八鎮の娘たちがおとなしくしてるわけないじゃない。」

 夕張はやりやれとばかりに首を振った。「例によって大騒ぎよ。大本営は『どうしてこうなった』でしょうけど、私としては『いいぞ、もっとやれ』ね。」

 

 そう言って大地寮紹介(艦娘用)から十勝観光 テストコース巡り(夕張著)、と瑞雲神社縁起(日向・最上共著)を明石に手渡した。怪訝に思いながらも受け取ってページをめくる。速読して本を夕張に返すとしみじみと言った。

「平和になりましたねえ。」

 

 キットカーにしてもプラモデルにしても作っている時が一番楽しい。戦場の蛮用に耐える兵器をいかに保守して稼働率を維持するかとは対極にある作業である。

「戦時だけどね。でも、こういうのって楽しいじゃない。」

「夕張ばっかりずるいです。私も混ぜろ、と。」

「工廠妖精さん巻き込んでね。日向さんもノリノリだし。」

「まあ、そうなりますよねえ。」

 

 北海道に艦娘用の研修所作るから支店出してほしい、と佐世保第八鎮守府から依頼を受けた時は管区外の鎮守府がなぜ、と思った。同種の施設が他所にも展開した時のモデルとして極端に赤字にならなければよし、と出店。赴任させた自分が思いのほかやり手で、結構な商いをして最初の月からまともに利益を出してきたのに感心していたのだが、まさかこんなことになっていようとは。

 

「大地明石のはないんですか。」

「はい。」 夕張は、 十勝食べ歩き 食材編(明石著)を手渡した。

「ふむふむ、ほうほう」

 

 明石は感心していた。夕張の魔の誘惑にも負けずきっちり商いしてますか。やりますねえ。正直、私でも耐えられるかわかりません。

 私たち明石は、暇にすると怪しげな魔改造始めると言われていて、心当たりもあるから否定はできないんですけど、とんだ変わり種がいましたね。いや、突然変異させられたのかな?なんにせよ奇貨置くべしです。

「よくこんなもの大本営が発行許しましたね。」

「するわけないじゃない。艦娘用よ、非公式の。公式は、普通の志願兵募集要項と代わり映えしないわ。

 鎮守府宛とは別に軽巡洋艦寮長、駆逐艦寮長親展で届いてね。」

「その心は?」

「低レベル艦の補習合宿、っていうのが名目なのよ。戦艦、空母、重巡は、普通に出撃していればレベルは上がるでしょ、って。でもね。」

「でも?」

「佐世八鎮から何人か柳提督についていったんだけど、予備役編入して行ったのよ。」

「予備役?解体じゃなく」

「そう。教官やるからって退役・解体して生身の人間にならなかったの。

 初期艦は吹雪で、当然提督について行ったんだけど、鳳翔教官の特別講座基礎課程出てるのよ、あそこの吹雪。」

「おお」

「それで鳳翔会全面バックアップで鳳翔さんが教官やるといったら?」

「うわあ」

「横一鎮も大騒ぎよ。一カ月みっちり試合できるんだって。

 大淀と阿賀野型は静観してるけど他がね。試合の試の字が完全に違ってる。」

「そういう夕張は?」

「久々に多摩の本気を見たわ。」夕張は遠い目をした。「こたつで丸まってるイメージだけど、そもそも改二だし。

 球磨は、姉が妹に劣ってたまるかクマー!って、20射線酸素魚雷、避け損なったの爆雷投げて進路変えて機銃で迎撃してるし。」

「球磨さんコワイ」

「クマさんコワイ」

 思わず唱和した。「空母寮くらいじゃないかしら、単純に喜んでるの。羽を伸ばし過ぎて後でしごかれなきゃいいんだけど。」

 

 

 鳳翔は、超絶技巧を求めない。常に周囲に気を配り、敵に気付かれる前に敵を発見する。対空戦闘では太陽を背にして上位を取る。編隊を崩さない。僚機を見失わない。対艦攻撃では、急降下爆撃と雷撃は連続多方向から行って敵に対処する余裕を与えない。急降下爆撃、反跳爆撃で艦上構築物を潰し、雷撃で喫水下を破壊する。

 超絶技巧は、当り前のことをやるのに失敗して取り繕うために仕方なくやることです。やれないよりはやれる方がいいですが、当り前のことを当り前にやれるようになる方が先です。

 

 

 鳳翔 10の真実

 

1 鳳翔が夜戦できないのは、昼間で敵を撃滅してしまい、夜戦の実戦経験がないためである。

 

2 ネームドがいないのは、搭乗員妖精の技量に差がなく、誰の名前をとってもお互いに釈然としないので名乗りを自粛しているためである。偏差±5で編隊長からノービスが収まっており、統計学が目を泳がせて口笛を吹いている。

 

 バカヤロウ!コノヤロウ!おまえのようなノービスがいてたまるか!

 

3 魚雷の不発、早発が許されるのは出撃一回につき三発まで。

 命中角度が悪い、調定が間違っている、現場で信管の感度上げ過ぎ、等々、腕より口が立つ技術屋は、百聞は一見に如かずと鳳翔の実艦にshanghaiされ、動作不良がなくなるまで帰れない。

 

4 鳳翔は、対空戦闘訓練では九六艦戦を使用する。同じ機種を使うと大抵の空母は、一撃離脱で文字どおり鎧袖一触になって訓練にならないため。

 

5 武装が豆鉄砲の7.7mmだから近寄らなければ大丈夫、と思ったら見越し射撃で撃墜された。主翼にエリコン機銃積んだ試験機、しかも二号機銃に換装の魔改造機だった。

 

 鳳翔さんは、扱いの難しい機体と言ってるけど、言っていることとやっていることが違う! 試しに私がやってみたら、射撃時のヨーイングがひどくて狙いつかないし、編隊維持なんて無理無理!

 

6 急降下爆撃は艦橋が危険。投下された爆弾が艦橋から楕円に見えたことがない。

 

7 機銃座が被弾する確率は150%。戦爆が機銃掃射しながら反跳爆撃してくる。

 

8 艦尾は、命中しない方が危険。水中爆発で舵機故障、スクリュー破損、推進軸歪曲を狙っている。

 

9 雷撃コースに入った雷撃隊を止めた者はいない。ペラが水面を掠るくらいの低空飛行で迎撃機は近づくだけでも危険。対空火器は俯角が取れず発砲不能なため。

 

10 一航戦が他の空母と一線を画すのは、後輩の至らないのは先輩の指導不行き届き、と、鳳翔の稽古を代わりに受けるためである。

 恩なんか着せられたくない、と断る若輩者が稀にいるが、稽古をつけられた後は例外なく一航戦の偉大さを称えるようになる。

 

 

「修羅の国の誕生よ。みかけはしばふ村だけど。」

「はい?」 相方は時折よくわからないことをいう。

「問題はね、私たちの入りこむ隙がないのよ。別枠にしてもらわないと。」

 明石は頷いた。「頑張りましょう、私たちのために。」

「頑張るわよ、私たちのために。先ずは大淀の説得ね。」

 

 初代工学部コンビは、互いに手を取り合った。

 

   *   *   *

 

「事の始まりは、佐世保第八鎮守府の柳佐理中将が退役したことです。」

 

 呼びつけた三人が揃うと大淀は説明を始めた。

 

「予備役編入ではなく退役です。自ら免官願いを提出してきました。

『恩給もらえる歳になったから退役する。自分、充分国に尽くした。田舎に帰る。九州は暑い。海は十分堪能した。』本当にそう書いてありました。」

「ええ!?」

「退役は想定外でした。形式的に定型の予備役編入勧奨の文書は送っていましたが。」

「本当?」と夕張。

「わからんではないな、同じ退役者としては。」と日向。「予備役になっても現役時代のしがらみは引きずる。それにあの柳提督だ。変な小細工は藪蛇もいい所だろう。」

「私も柳提督のやることにいちいち驚くのは止めたつもりでしたが。

 佐世保第八鎮守府の艦娘を中心に柳提督が完全に軍と縁を切れると都合が悪いと考える動きがあり、大本営としてはこちらの対応が問題になりました。

 本人は『憧れの年金生活』と日頃から吹聴していて、翻意させるのは不可能とみて、どう詰むか早くから計画を立てていたようです。」

「勝ち逃げは許しません、って?」

 高速戦艦三女のマネをして明石が合の手を入れる。この大淀と一緒に仕事をしたことはないが、大淀には違いない。

「柳提督が退役して軍の命令系統から外れたら、何をしでかすかしら。

 目の届かないところで何かやらかされるより、首輪をつけておいた方が安心じゃないかなあ。そういう提案がありまして。」

 大淀は、口調をまねることで首謀者を伝えた。

「本人を縛ることができないのなら艦娘で縛るしかない。艦娘のため、と言ったら首を横に振れないのが柳提督、という話にのることにしました。

 低レベルに留まったままの艦娘の補習合宿所。軽巡洋艦、駆逐艦対象。戦艦空母重巡は出撃しているうちにレベルアップするので対象外。

 佐世八鎮守から提督について行く艦娘が教官を勤める。教官に専念するので現役を退いて予備役編入。

 最古参の新兵扱いの艦娘をかわいそうだと思うなら、柳提督は、各地から来る有象無象の艦娘を受け入れざるを得ない。予算が欲しかったら軍の命令も呑まざるを得ない。

 佐世八鎮の新しい提督も前の提督のやりかたが染みついたベテランに頭を悩ましたくないだろう。

 戦力低下にならないよう、教官になるのは一線落ちした艦娘。ただし、初期艦の吹雪は例外とする。

『エリクサー使えない症候群』で出撃しそびれのベテランがくすぶってますよね。出張させて教官やらせてみませんか。いい気分転換になると思いますよ。

 

 柳一派の隔離を向こうから言ってきたわけです。他の鎮守府のベテラン勢のガス抜きにも格好。」

 大淀は、一旦言葉を切って三人の顔を見つめた。

「上は即座に飛びつきました。

 表向きは、長年懸案事項の低レベル艦対策。裏は、柳派の島流しと艦娘のガス抜き。

 仮に柳派にかぶれて帰って来たとしても、軽巡、駆逐艦で、主力艦は対象外だから鎮守府運営に影響を与えるものではない。

 

 先に結論ありとはいえ、私から見ても問題ないように思えました。

 

 ところで夕張さん。陸軍から公式になっていない問い合わせがきています。」

「はい?」

「『次の交流会をいつにするか調整しますので都合のよい日程をお知らせください。

 追伸 夏もさることながら、雪原を疾走するのも乙なものですよ。』

 

 丁度良い機会ですので伺いますが、北海道で何をやってきたんですか?」




 別枠にしないと夕張の出る幕がない
 この話を書いたときは、まだ改2がなかったので夕張はドラム缶ガン積みの遠征組でした。

 私の理想のお婿さん(はぁと) 最初の夕張さん

 平賀譲   海軍技術中将 夕張の設計者
 藤本喜久雄 海軍造船少将 平賀の後継者

 ド級戦艦以前の戦艦を戦わずして廃艦にした戦艦ドレッドノートほどではないが、平賀設計の古鷹型巡洋艦、藤本設計の特型駆逐艦は、コンパクトな船体に重武装で各国海軍に脅威を与え、そのためにロンドン海軍軍縮条約でカテゴリを新設して保有枠が定められることになった。
 条約時代の世界第一級の造船将官である。無条約時代は、まあ、その、ね・・・。

 角田覚治 海軍中将 夕張の艤装員、初代砲術長

 敵側のアメリカから日本海軍の将校は、階級が上がるほど喪失を恐れて臆病になる、と評されていたが、その稀少な例外の一人。
 日本海軍の随一の見敵必戦の猛将は誰か。一番は誰か議論があるとしても、山口多聞、大西瀧治郎、角田覚治の三人のうちの誰かになるはず。
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