提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第58話 北風と太陽 (1)

 廊下から言い争いの声が聞こえたと思いきや轟く筒音。爆風で執務室の両開きの扉が壁に叩きつけられた。

 

「入るわよ」

 

 艤装を展開した駆逐艦娘が入ってきた。「おはよ。妙高さん長官借りていくわね。 出かけるわよ。15分で支度なさい。」

「叢雲、端折り過ぎだ。」

 呆れる男を叢雲はぎろりと睨んだ。

「ぷらずまよ。軍令部に行くわよ。

 ついでに潮気入れてくるから二日、長官の日程調整をお願いするわ。」

「了解しました。存分にどうぞ。」

 

 ぷらずまと聞いてかすかに眉が上下したがそれだけであった。いちいち表情に出るようでは聯合艦隊司令長官秘書艦は勤まらない。

「軍務局は?」

「そっちは総隊がやるわ。あんたはさっさと机の上片しなさい。」

 うむ、と頷いて長官は広げた書類を未決と既決に振り分けた。ハンコを一番上の引きだしに戻して鍵を掛け、今日の代決権者は誰だ、と妙高に尋ねると内線を掛ける。

 

 今日と明日、代決頼む。軍令部が下手打ってぷらずま発生した。うん。ありがとう。

 

 相手から心の籠った励ましを受けて電話を切り、叢雲の前に立つ。頭の天辺から爪先まで一瞥。髪は梳かされ、ズボンにきちんと折り目がついており、靴がピカピカに磨かれているのに満足すると、身分証は持った?財布は?鍵は?ハンケチは持ったわね、と甲斐甲斐しく世話を焼く初期艦様。

 新米のへーぺーの時から変わらぬ習慣である。一度、子供じゃないんだけどなあ、と言ったところ、何。アンタ私に閣下って言ってほしいの、と凄まれた。自分が聯合艦隊司令長官になった時は、私の提督がGF長官になったのよ、と会う人会う人に触れ廻っていたそうだが、自分に対しては任官した時から扱いが全く変わっていない。

 

 私事でも気になる女の子がいるんだけどうどうやって声を掛ければいいものか、と悩んでいたら悩む暇があったらとっとと動く、と尻を引っ叩かれ、付き合うようになれば相手に自分の趣味から食べ物の好みその他諸々、この辺が頼りになってこの辺が抜けている、と教育していて、ついでに身辺調査するも問題なし、と人事局に報告していた。

 小姑で仲人で結婚式の発起人で、健康保険証や税金の扶養、その他諸々の届出やらなんやらをやってくれたので夫婦揃って頭が上がらない。流石に婚姻届は夫婦で出しに行ったが。

 

 受付をちらりと見る。職務熱心なのか、虎の威を借る狐なのか、単に頭が硬かっただけなのか。いづれにしても愚かな。大元帥に拝謁しているのでもない限り出入り自由にさせている理由を考えるべきだったな。あまりの口の悪さで組織内政治に不向きだから秘書艦にしていないが、私に何が必要で、私が何を為すべきか。提督を聯合艦隊司令長官にした初期艦は、それを一番よく知っている。

 ま、それやこれや、叢雲の教育だ。私もそうやって鍛えられた。

 

 

 公用車には、先に暁と響が乗って待っていた。運転席に龍田。

「電は?」

「木曾さんが体を張って止めてるわ。雷が修復バケツ持って控えてる。」

 

 

 みんながっかりなのです。鳳翔教官の特別講座基礎課程修了の特務少佐が教官するのに実艦よこさないなんてありえないのです。正真正銘の畳上の水練なのです。どたーけなのです。脳天壊了の安本丹なのです。何が民間に軍艦渡せないですか。体裁整えることと足の引っ張り合いしか能がない内地の女官部隊の戯言なのです。軍人なんか辞めてどこかのハレムに転職すればいいのです。ハレムに入るのに要らないものがあるのです。転職しやすいように電がちょん切ってあげるのです。

 

 

「それで木曾さんが『電、特訓だ、特訓するぞ!付き合え!』って」

「木曾、お前って奴は・・・」

 

 思わず敬礼する長官。体裁と足の引っ張り合いのくだりは同意するが、ぷらずま化した電は躊躇いが全くなくなる。四十過ぎのにわか造りのニューハーフ。それも顔見知りが何人も。醜くて無様で、想像しただけで首が横を向いた。北海道弁で『みったくなし』というのだったな。柳中将から聞いたのだったか。うん。そういう不自由なのは顔だけじゃない奴をなんとかするのは上に立つ者の義務だ。

 叢雲が黒い皮の書類入れからカードケースを取り出し、蓋を開けると任務中、整備中、休暇中の艦娘を除いて長官に手渡す。

 

「さてと。誰にしようかな。天の神様の言うとおり。なのなのな。」

 長官が運命のカードを混ぜ始めた。

 

   *   *   *

 

 軍令部員にとっては悪夢の二日であった。じゅーんーけーん!と呼ばわる声が響くと同時に扉が吹き飛ばされ、艤装を展開し手に獲物を持った叢雲と龍田を左右に従えて大槻聯合艦隊長官が入室。抜き打ちの巡検が始まった。

 

「軍令部も少し規律が緩んでいるようね。私が一から教えてあげるわ。」

 

 暁と響が二手に別れ、机の引き出しを片っ端から開けて機密度の高い文書が個人保管されていないかチェック。長官の前にファイルを運ぶ。第二課長が勇敢にも抗議したが無駄であった。

 

「新造艦の教育、錬成は第十一水雷戦隊の管轄よ。何か問題があるのかしら。」

「しかし抜き打ちの巡検なんてありますか。監査なら年間計画で決まっていて」

「市役所や役場とかならそうだろうが、軍令部は海軍じゃなかったのか?軍令部に巡検をしてはならないという規則があったとは知らなかったな。」

 大槻長官は、いったん言葉を切り、とてもよい笑顔で第二課長に微笑んだ。

「規則が聯合艦隊司令長官に通知されていないというのは組織運営上、問題だと指摘せざるを得ないが、いつ公布、施行されていたのか。

 官報や海軍公報で見たことがないから軍令部の部外秘事務取扱なんだろうが、文書を確認したい。」

 

 

 ファイルの積み上げが終わると今度は書庫へ。保存年限ラベルを貼っていないファイルや文書保存箱ですらない、ただの段ボールに雑然と詰め込んだ書類に溜息をつくと二人は長官のところに戻った。長官、かくかくしかじかウマウマまるっ、なんだ。

 

「ほん、っとに潮気が足りてなかったのね。龍田さん、特殊資料室行ってくるわ。それまで余計なことしないように見張っておいてもらえるかしら。」

 呆れ顔の叢雲がミミノアーレを赤く点滅発光しながら部屋を出ていった。特殊資料室と聞いてぎょっとした課員が動こうとした瞬間

「あはっ♪何か気になる事でも~?」

 龍田が素早く移動して前に立っていた。そして薙刀を持ち替える。

「おさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ?」

 

 

「タチバナ特殊資料室長、参りました。」

 

 叢雲に付き添われた女性士官が入ってきて敬礼する。答礼を返すと長官は言った。

「ここの資料整備をしてくれ。教育・演習関係を調べようとしたんだが、保存年限毎にも番号順にもアイウエオ順にもなっていない資料だらけで何がどこにあるんだかさっぱりわからん。聞いてもどうも要領を得ん。

 自分たちはありかを把握しているのかもしらんが、人事異動でいなくなることは頭の中にないらしい。」

「本当に公式業務でしたのね。」

「軍令部でその他業務があっても困るだろう。

 仕事を何日も止めるわけにもいかん。明日までにできる範囲でやってほしい。委細は任せる。」

「承りました。」

 タチバナ室長は、書庫に案内されて、ああ、と溜息をつき、事務室に戻ってくると内線電話を掛けた。一班と二班。文書保存箱、フラットファイル、ドッチファイル、文書保存ラベル第四分類まで印字して一揃い持ってきて。

 ええ、公式業務だから個人装備は要らないわ。

 

 

「これがおとこやもめにウジがわく、というものですね。」

「この場合は紙魚でありますな。」

「染み?dot?」

「紙を食べる虫、paper eating insectでありますよ。」

「paper fishですわね。確かにそのとおりですわ。おーほっほっほ」

 

 青い目金髪縦ロール美少女とあきつ丸が書棚を見て笑い、外人にまで頭でっかちと言われるか、と大槻長官が苦笑を受かべる。

「さて、資料が整うまでいささか時間があるはずだが、その間。ぼさっと突っ立っているつもりかね。それに茶の一つもでないのか、軍令部は。」

 

   *   *   *

 

艦娘イベントスレPart 2828

 カーニバルだよ! 第5次ぷらずま作戦発動中

 

4 名無しの四等水兵

  盾乙

 

5 名無しの四等水兵

  テンプレ乙

 

6 名無しの四等水兵

 キャプテンキソー帰投 

  ttp://XXX/XXXXX/XX

 

7 名無しの四等水兵

  おーお、見事に煙突へし折られて。魚雷発射管も全滅じゃん。

 

8 名無しの四等水兵

  ぷらずまちゃんワザマエなのです

 

9 名無しの四等水兵

  第5次寄せ集め艦隊出撃してったわ。地獄の訓練、始まるよ~

 

12 名無しの四等水兵

  旗艦足柄さん、ウッキウッキで出撃

  ttp://XXX/XXXXX/XX

 

103 名無しの四等水兵

  軍令部で火災警報鳴りまくってるんだけど!

 

104 名無しの四等水兵

  それな。炎の天使が一課長ガン飛ばしてるんだわ。

  GF長官と特殊資料室長が生暖かく見守っている。

  何を言っているかわからーねーと思うが(ry

 

105 名無しの四等水兵

  今北産業でネヤス。

 

106 名無しの四等水兵

  GF長官、軍令部巡検

  特殊資料室特務員のコーペルがフレーバーティー出されたと大激怒

  コーペル炎の天使召喚。

 

107 名無しの四等水兵

  なるほど、さっぱりわからん。

 

108 名無しの四等水兵

  お、警報止まった。

 

109 名無しの四等水兵

  金剛着到。紅茶入れてる。コーペル天使引っ込めた。

 

109 名無しの四等水兵

  さすがおねえさま

 

110 名無しの四等水兵

  <驚愕>特殊資料室のコーペル、メリケン娘だった!

  ポットに茶葉を入れマース。ハーバーにではありまセーンでぶち切れ。

  

111 名無しの四等水兵

  沸点低すぎてワラタ。

 

112 名無しの四等水兵

  メリケン娘が紅茶クレとな。そんなもんがこの世に存在するのか?

 

113 名無しの四等水兵

  コーラの方がよかったんじゃね

 

114 名無しの四等水兵

  そういって二課長が天使に髪焦されたわ。

 

115 名無しの四等水兵

  また髪の話してる・・・。

 

   *   *  *

 

「なぜ泣いているの」

「うん、ちょっとね。」

 

 

 見上げて相手を見た。そして自分が涙ぐんでいるのに気付く。

「あなたは・・・」

「蟹が呼んでいた。」

「そう、カニさんが。」

 

 少女が隣に座る。カニさんがこちらを向いて敬礼するように鋏をかざすと、汀に向かって進んでいった。ドヤ顔しているように見えたのは気のせいか。

 朧はあらためて相手を見た。銀髪碧眼。ちょっと初風に似ている。明らかに生身の人間ではないし、艦娘にこんな娘はいない。とすれば深海棲艦なのだが日本語を流暢に話し、敵意は全く感じなかった。敵をカニさんたちが連れてくるはずもないか。

 気がつけば最近の身の上話をしていた。不首尾に終わった護衛任務のこと。自分は無疵で残り、提督は慢心していたならともかく、勝敗は兵家の常である、と責めることはなかったが、自分もわかってるけれどあの時こうしていれば、という思いがどうしても拭えない。そういったことを話していた。

 

「そう。あなたはすべてを守りたかったのね。だけどそれは不可能。」

 

 少女は平板な声で断言した。「必要とされるすべての場所にあなたがいて、すべてのあなたがデータリンクして戦闘しない限り。どんな演算能力があっても、すべての場所にいることはできない。誰にも不可能なこと。」

「でも」

「蟹を見て」

 少女は、汀のカニを指差した。「甲羅に合わせて穴を掘る。それ以外の穴を掘っても、意味がない。小さければ使い物にならない。大きければ敵に身を晒すことになる。」

「うん・・・」

「すべてを守ることはできない。けれど身の丈に合わせた力なら、あなたに上げられる。」

 

   *   *   *

 

「どうしたの、おぼろん。」

「え、あ、ちょっとね。 昔の事を思い出してた。」

「朧が頼りなんだからね。がんばるよ、おー!」

「その意気よ。」

 

 重巡足柄、軽巡多摩、酒匂、駆逐艦朧、漣、白露、荒潮、黒潮、巻雲。9隻からなる変則編成。姉妹艦が一緒になるなんて珍しい。集められた艦娘たちは感心していた。

 ぷらずま対応の寄せ集め艦隊は、所属戦隊も型もバラバラだ。長官が階段から写真をばら撒いて遠く飛んだ順番で編成しているというまことしやかな噂があり、例外は、レギュラー出撃の朧と、逆に不参加を言い渡されている榛名、高雄、伊401の4人。朧は砂浜でカニさんと戯れていたらそうなった。人生、何がきっかけになるかわからない。

 

「索敵も対空も対潜もなし。白昼正々堂々の水上部隊の殴り合いよ!やるわ!」

 

 足柄さん、滅茶苦茶気合入ってるんですけど。いくら上陸休暇1週間つきとはいえ、実弾使って撃ち合いって、入浴すれば治る艦娘だから出来る芸当とはいえ正気の沙汰ではない。こういう時はお皿を齧るんだっけ。そう伊8が言っていた。

 

「戦闘旗揚げ!」

 

 対ぷらずま戦専用旗、『三つ追い茄子』の紋の入った幟をガフに掲げ、意気揚々と出港したのだが・・・

 

「いない?どういうことなの?」

 

 指定海域に到達したのだが、見渡す限り水平線。座標を間違えた?そんなバカな。索敵機を飛ばすにも暖気運転が必要だ。足柄は、躊躇わずレーダー使用を命令した。逆探でこちらの位置が正確に知られる虞はあるが些事である。発見できなければプラズマ化した電に一方的に撃ち込まれるだけだ。

 

   *   *   *

 

「10じのほうこう。そうおんたい。せっきんちゅう。」

「いらっしゃいませなのです。」

 海の底。ソナー員の報告に電が満足げに頷いた。

 

 海中に潜んでいた深海棲艦が奇襲を仕掛けてくることがあるが、艦娘も同じことはできる。しかし潜水艦ならともかく、それ以外の艦は水中機動するようにできていない。妖精さんの謎技術で水密はある程度確保できるが、耐圧船殻ではないから小破未満で、浅い深度に限られる。自動懸吊装置がないから深度を保つことが一苦労だし、なにより潜水中は兵器が使えない。運用が余りにも制限されるため、大嵐で転覆の虞があるとか、停泊中に空襲を受け退避が間に合わない、といった特殊な状況のみ潜水、海底に着底してやりすごすのがセオリーであった。

 

「電よりマズルカ 潜望鏡深度に浮上。針路送レ。」

 

 水中電話をとり、簡潔に呼びかける。電自身は水中機動できないし、聴音以外の索敵手段を持たないが、甲標的ならそれが可能である。甲標的からもたらされた情報から足柄達の正確な位置と針路速度を割り出す。

「浮上。ゆっくり、ゆっくりなのです。」

 スラスタを使い、海底から離床。向きを変える。

「せんとー! 艦首魚雷発射管開け!」

 金剛が46cm三連装砲、夕張が20cm連装砲を積める艦これ世界。駆逐艦が艦首魚雷発射管を備えるくらいは普通だね。

 

 一方、寄せ集め艦隊。こちらはこちらで甲標的の潜望鏡を探知していた。英米海軍や後世の人間からはゴミ扱いされる日本軍の電探だが、現場の評価は決して低いものではない。だが。

 公差の概念がない時代の工業製品。ロットどころか一品ごとに品質にばらつきがあるのは当たり前。英米のレーダーが小学生でも思う通りの音を出せるリコーダーだとすれば、日本軍のレーダーは尺八。音を出せるようになるにも時間がかかれば出た音も楽器ごとに微妙に違う。工業製品というより工芸品だがそれを神職人が使っている間は遜色はない。

 しかし構造的な欠陥は神職人も為す術がなかった。22号電探はラッパ状のアンテナを上下二本回転させて電波を送信・受信するのだが、回転中に電波の偏波面が回転に合わせて傾斜する。方向によって斑ができるのだ。壁にペンキを塗るのに走って腕を上下に動かしながら均等にペンキを塗れますか?

 開発サイドは重大視していなかったがつけを払うのは常に現場である。それを練度もバラバラの寄せ集め艦隊で運用するとどうなるか。

 

「はんしゃは! ひだり30ど 4きろ!」

「4kmですって!」

 電測妖精の報告に足柄は見張りは何をやっていたの、と心中で毒つき、潜望鏡と聞いてそれじゃ仕方がないわね、と納得した。各艦から報告が上がってくるが距離も方位もバラバラで役に立たない。本当に6隻も潜水艦がいたら水中でも衝突している。反射波拾っているわね。

 対潜戦を命令、駆逐艦3バイを一組にして二手に最も確率の高いと思われる海面に向かわせた。電が見当たらないのは気になるが、あの電がはぐれの潜水艦ごとき、それも白昼に後れを取るはずがない、と疑念を振り払う。

「とっぱつおん!とっぱつおん! てきせん ぎょらいはっしゃ!」

「面舵一杯!両舷見張り厳となせ!」

 魚雷発射と聞いて針路を維持する馬鹿はいない。足柄は、直ちに変針を命じた。

「きかんへんしん」

「おもーかーじ」

 重巡洋艦と軽巡洋艦では舵の効き方が違う。多摩は旗艦の姿を見ながら変針を命じた。単縦陣、足柄の後方二番艦から右側に移動する。続いて酒匂が左側に移動。艦これ世界で対潜戦に有利とされる単横陣に移行する。寄せ集め艦隊とはいえ、これくらい戦闘中にやってのけるようでなくては海軍で飯を食っていけない。

 

「はいすいおん! てきせん ふじょう!」

「ぴゃん? 浮上?」

 酒匂は、水測妖精の報告に思わず驚きの声を上げた。こちらは回避中で攻撃もおぼつかないのにどうして?

 

「のーばでぃ えくぺくつ ざ すぱにっしゅ いんくいじしょん、なのです!」

 

 諸元入力済みの電が足柄から見て2時の方向、距離3kmに浮上。全門斉射した。零距離射撃では重巡洋艦といえどもただでは済まない。艦中央上部構造物に電の主砲弾が集中。機銃座や測距器が吹き飛び、穴だらけになって燃焼効率の悪化した煙突からは黒煙が噴出。行き脚が落ちる。マストがへし折られて倒壊。張線が千切れ、ワイヤが嫌な音を立てて飛び回り床に伏せた足柄は怖気を奮った。あんなものが当たったら艦娘といえども解体されてしまう。

 

「らいせき!」

 

 史実では演習でも次弾装填に30分以上かかった魚雷だが、この電は次発装填装置搭載であった。九六艦戦と複葉機の九六艦攻しか積めなかった鳳翔が零戦どころか烈風や流星改まで飛ばす艦これ世界で魚雷の次発装填装置くらいで驚いてはいけない。

 

「面舵いっぱい!」

 足柄に突っ込んでくる電に梯形陣をとろうとした矢先の雷撃である。足柄から離れるよう、慌てて酒匂は舵を切った。すれ違いざまに足柄の砲塔に向かって機銃掃射を加える電。砲側の測距器を念入りに銃撃する。

「ちくしょー!いつの時代の戦闘よ!」

 足柄は叫んだ。散弾でマストを倒し、機動力を喪失させるのは帆船時代の戦術である。おかげで通信不能。電探使用不能。最初の砲撃で測距器が破壊され、続く機銃掃射で砲側の測距器も使い物にならなくなり、機関も無事ならバイタルパートもほぼ無事にも関わらず足柄は戦闘能力を失った。

「多摩に発光信号。”シキケンイジョウス ワレ ツウシンフノウ シャゲキカンセイフノウ”」

 

「とーりかーじ。砲側直接照準、砲撃開始にゃ」

 対潜戦から急遽水上戦になって諸元は得られておらず、しかも電に追いすがるよう反転中である。統制射撃は望むべくもない。この距離なら命中も見込める。やらないよりはマシ。多摩はそう判断して命令したのだが、艦首に軽い衝撃。そして右舷に大衝撃。

「ほんかん しょくらい!」

 たちまち艦が傾斜を始める。よろけて立ち直ったところに今度は左舷に大衝撃。

「さげん しょくらい!」

「総員退去!」

 怒鳴ると艦橋にいた妖精さんたちが艤装に飛び込んでくる。全員退避を確認すると艦橋から外に出て砲塔に飛び降りた。舷側を見れば大穴が開いて艦内に海水がなだれ込んでいるのが見える。砲塔から飛び降りて艦首に向かって甲板を全力疾走、柵を飛び越して海に飛び降りた。軽巡洋艦が機雷を二発も食らったのだ。この世界だから浮いているが、史実なら轟沈である。

「一号機雷・・・。いつの時代にゃ」

 一号機雷とは日露戦争の秘密兵器である。浮きにぶら下げた機雷(浮漂機雷)を延縄漁の延縄よろしくロープで何個も繋ぎ敵艦隊の前面に投下して敷設。敵艦の艦首にロープが引っかかると、たぐりよせられた機雷が舷側に衝突して爆発する仕掛けで、分類名を連繋機雷という。絶対の秘密とされたため日露戦争の公刊戦史では記述が削除され、機密文書の「極秘明治37,8年海戦史」が半世紀後に文書公開の対象になって初めて外部に存在が明らかになった。魚雷の発達により消え去った幻の兵器。八四艦隊案で大正生まれの自分は装備したことがあるが、特III型の電が就役する前に制式兵器から外れている。どうやって知ったのだろう。

 

「それにしてもいつの間に。しかも単艦。天晴な敷設にゃ。」

 

 首を振り振り感心する。それにしても魚雷や弾薬庫に誘爆しなくてよかった。艦娘として甦ったこの世界では初回に限り死ぬことはないのだが、痛いものは痛いし、熱いものは熱い。水流に巻き込まれて引きずり込まれるのも、スクリューに巻き込まれるのも真っ平御免である。

 

「ぎょらいへんしん! ほんかんに むかってくる!」

「ぴゃーん!Fat魚雷~」

 

 電が2回目に発射したのは試製FaT仕様九五式酸素魚雷改。一度発射されると燃料が尽きるまで蛇行を続ける変態である。それが1本といわず6本も撃ち込まれたのだからたまったものではない。

「変態!変態!ど変態!」

 向かってくる魚雷を罵る酒匂だったが、寄り道する魚雷という斜め上なドイツの珍兵器に帝国海軍の魚雷愛が上乗せされた魚雷にとってはご褒美であったろう。逃げ回る酒匂だったが、ついに1本が命中。行き足が落ちたところに2本目。完全に止まったところで3本目が命中して止めを刺された。

 

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