提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第6話 フリーダムな二人

「司令官、今日の晩ご飯は決まっているのかい?」

 

 響に尋ねられて人数が3人から10人に増えたことを思い出した柳であった。

「いや。買い物に行かなきゃならんな。響は、何か食べたいものあるか」

「それなら今夜はボルシチでどう?私のは美味い。」

 

 ノリノリで野菜直販所に向かった響であったが、売り場を右往左往し、それからショボーン(´・ω・`)して立ち尽くした。

「どうした」

「ないんだ、スヴョークラが。ここに来ればある、って聞いたのに」

「スヴョークラ?」

「日本語では砂糖大根、という。」

「ビート?そんなものどうするんだ。」

「ボルシチになくてはならないものなんだ。」

「ええっ?そうなの」あんなもん食うのかロシア人は。そりゃ樽にもなるわ。

「ボルシチにスヴョークラが入ってないなんて、許されないことだよ。関東煮に大根が入っていないとか、許せるかい?」

「かんとだき?」

 

 3分後。道産子の柳と昭和一桁舞鶴生まれの響は、互いに文化の隔絶を思い知って心が折れそうになっていた。話が全く通じず、ついには材料に作り方から説明する羽目になっていたのだ。

「おでんじゃないか。そう言ってくれればすぐわかったのに」

「おでんちゃう。おでんったら大根とコンニャク串に刺して」

「それ味噌田楽だろう」

「これだから関東モンは・・・」

 

「なあ、響。ボルシチの話に戻らないか」

 周りの視線を感じてようやく大人としての自覚を取り戻した柳が話を戻しにかかる。

「ああ、そうだね。僕としたことが、ちょっと熱くなりすぎたよ。」

「すいません、ビートが赤カブみたいになった野菜ありませんか?」

「テーブルビーツのことかなあ」

 さすが生産者が集まって出店の野菜直売所。話は早かった。

 

 うちは作ってないけど、田中さんとこ前に作ってなかったかい?

 いや、うちやってるのルバーブ。吉田さんとこで作ってなかったかい。

 電話してみるか。ちょっと待っててくださいね。」

 

 生産農家の吉田さんが来る土曜日にまた来る、ということで話がまとまった。

「よかったな」

「うん。司令官、僕、ここに来て本当によかったよ。」

 感激のあまり目を潤ませる響。

「これでやっとちゃんとしたボルシチが食べられる。もう、大枚払って缶詰で我慢しなくてもいいんだ。хорошо !」

「お客さん、ひょっとして艦娘の響さん?」

 ロシア語の喜びの声におばちゃんも気づいたようだ。「それでボルシチだったのかい。キャベツ、いるっしょ。越冬キャベツ、もってかないかい。色は白いけどね、苦みが取れて、甘味が増しておいしんだよ。」

 

 缶詰で我慢、というのが直販所のおばちゃんたちを刺激してしまったらしい。なにしろ十勝の人というのは地元が大好きすぎる人たちで、農家でなくても畑の物には絶対的な自信を持っているし、夕張メロンとか富良野のラベンダーといった一部の例外を除けばそれで大体あっている。

 何、大地町に引っ越してきたのかい。それは提督さん、おいしいもの食べさせてあげなきゃ駄目だわ、とあれこれ世話を焼かれる二人であった。

 

 

「これはシーの作り甲斐があるよ。白雪にも手伝ってもらおう。」

「シー?」

「キャベツの煮物だよ。他にも関東煮みたいに色々入れるんだ。スメタナがないかな。」

「スメタナ?」 クラッシック音楽とオールバックの円眼鏡かけた髭面のおっさんしか思い浮かばない。

「発酵させた生クリームのことだよ。」

「発酵クリームねえ、見たことないなあ。発酵バターとか生クリームなら普通に売ってるけど」

「しかたない。作るか」

「作る?」

「生クリームにヨーグルト混ぜるんだ。ただ、1日かかるから、今日の物にはならないな。」

 貨客機で曲芸飛行するフリーダム響の意外な女子力であった。それにひきかえ。

 

 

「そこのリトルドラゴン」

「んー?何、提督」

 

 運送トラックが並び、入れ替わり立ち替わり出入りするまるゆたちを指示出しする吹雪。旋盤やらフライス盤やら、各種工作機器設置中の日向、夕張、最上。商品搬入陳列に大忙しの明石と手伝わされている初雪。厨房では白雪と響がごはんつくっているというのにただ一人、シート広げて外で寝っ転がって空を見る自由人がいた。

 

「みんな働いているというのに、大層な身分だな」

「やだなあ、あたしだって手伝う、って言ったんだよ。でもねー、間にあってるから他の人手伝って、ってみんなに言われちゃった。へへへ。」

「んー、まあ、そうなるか。」

 

 着たばかりで指示出しは無理。荷物運びといっても本職の邪魔にしかならない。ラボは、夕張と日向が最上を助手に使っているし、明石の店は2人で十分。というかそれ以上いても狭くて邪魔。厨房は、蒼龍の普段の行いが悪かった。柳が手料理振舞ったことはあってもその逆は一度もない。たぶん、卵一つ割ったこともないのではないか。

 

「一緒に空見ない?」

 傍をポンポン、と軽く叩いた。元々人懐っこい娘ではあったが、改二になってから人懐っこさもレベルが上がっている。

「んじゃまあ、どっこいしょ」

「わー、おじさん臭い」

「年金生活者におじさん、っていわれてもなあ。そういう蒼龍だって来月から年金生活じゃないか。」

「男は細かいこと気にしなーい」

「うーん。 なあ蒼龍、君はなぜここに来た。」

「やだなあ、今更あたしと提督の間に言葉なんかいる?」

「言葉で聞きたいな。」

「提督も言うようになったなあ。 妖精さんがね、行こう、って。だからだよ。」

「うむ。妖精さんが言うなら仕方がないな。」

「そうそう。仕方がない。」

 

 突拍子もないことを大真面目でやるのがこの蒼龍であった。飛龍が着任して、この子の妖精さんは、柳本艦長の変なところに感化されてますね。蒼龍の中でも特別ですよ、と原因を明らかにしてくれるまで皆が困惑させられたものである。

 揚げ雲雀の三羽目が囀りだした。

 

「平和だねー」

「平和だなー。 おっと、それ以上言うなよ。今の状況だとフラグが立つ。」

「フラグ?」

「そう。日本は言霊の国だからな。下手なこと言うと言挙げになって大変なことになる。あーんなことやこーんなことになって、どえらいめに遭うんだ。」

「あーんなことやこーんなことって?」

「あーんなことや、こーんなことだ。察しろ。」柳は繰り返した。「キーワードは『慢心』だ。」

 蒼龍は柳の言葉を噛みしめ、それから言った。「そっかあ。それは大変だね。」

 

 

 それで吹雪がお茶の時間になったことを告げるまで、二人は黙って春の空を見上げていた。

 




 女子力の高い響
 単品を大量生産してノルマ達成、ウラー!多種多様なんてノルマの妨げ西側退廃的文化の精神汚染だ、という国だったので、ソヴィエト・ロシアの主婦はとても女子力高かったのですよ。西側では普通に売ってるものが生産されていないのでとにかく自作するしかなかった。


 ビート (甜菜、グラニュー糖の原料)
 標準和名はサトウダイコンだが大根ではない。外見は、葉っぱがホウレンソウで、実際分類もヒユ科アカザ亜科でホウレンソウと同じ仲間。(大根はアブラナ科)
 根は蕪だが、葉っぱは40cm以上になるし、根はサッカーボールくらいの大きさになる。 糖度20%未満で、甘さだけでいえばスイカやメロン通り越してブドウ並みなのだが、食用にしていないところをみると甘いだけで相当マズイ模様。


 テーブルビーツ(ビートの変種、食用)
 東ヨーロッパでは日本の大根のように様々な料理に幅広く使われている野菜。糖度は10%程度。ボルシチが赤いのはこれのせいです。トマト使ってるボルシチはダウト。だいたいウクライナにしてもロシアにしてもトマト料理なんてありますか、ということらしい。 大根おろしや風呂吹き大根が缶詰だったら嫌だよね。


 越冬キャベツ
 豊作貧乏で燃料代にもならん、と収穫せず畑に植えっぱなしのキャベツが春になって雪の下から出て来たらまだ青いままだった。春の端境期で品薄から価格暴騰していて、ひょっとして売りものになるかも、と試しに食べてみたらあら不思議。雪に埋まっていたせいで干からびもせず瑞々しいまま。凍らないようにキャベツ自身がデンプンを糖に変換して糖度を上げていたせいで甘味が増していた、という冗談みたいな奇跡の商品。
 一見、古くなって白くなったキャベツですが、これ食べてたら春キャベツの固くて苦いこと。
 雪の下に埋めておけば甘味の増した生キャベツ食べられるのに、一個一個新聞紙にくるんで室に入れたり、ザワークラフトだの鰊漬作ってたのは一体何だったのか。(白目)
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