提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

60 / 61
第60話 北風と太陽 (3)

 さて黒潮。潜水具をつけてスクリューに絡まったロープを外す3名と最小限の要員を残して残りは甲板に集め、自分は露天艦橋で見張りをしていた。一縷の望みをかけてはいたが、最悪の状況を想定して楽観的に行動するのは優れた指揮官の基本である。そして黒煙を発見して肩を落としてつぶやく。"La Prussian"

それから伝声管に叫んだ。「総員退去! 総員退去! 逃げるでえ!」ラッタルを駆け降りた。

 ロープがスクリューに絡まり推進はままならず舵はまともに効かない。煙突に被弾したぷらずまが排煙能力低下で航行に若干の支障をきたしているのは朧から聞いたが誤差の範囲だろう。動かない的よりはマシ。そう自己評価した。起死回生の一発がそうポンポンきまるものならジョン・ポール・ジョーンズは不滅の名声を青史に刻んでいない。いっその事艦尾吹き飛ばしてくれへんやろか。ロープ外す手間省けるんやけど。そんなことを考えていた。

 妖精さんを乗せたボートを遠ざけ、自分も1km離れて海面に伏せる。昼戦大破で夜戦に持ち込まない限り沈没することはないのがこの世界のルール。ぷらずまの技量、見せてもらいまひょ。

 

 と、黒潮は開き直っていたのだが、電も万全ではなかった。第一砲塔は残弾僅かで、第三砲塔は朧の一撃を弾いたもののターレットが歪んで使い物にならず。事実上主砲は第二砲塔一門しか残っていない。漂泊する黒潮を見て電は思案した。

「新型魚雷の試し撃ちにもってこいなのです。」

 

 黒潮が無人なことをいいことに悠々と射点につけ魚雷発射。ストップウォッチのコチコチ秒針の進む音に耳を澄ませ、じかーん!と叫ぶ妖精さんの声と同時にゴン、と鈍い音が響き渡る。

「不発?」

 射点移動を命じ、角度を変え、再び発射するも

「じかーん!」

「ゴン」

 電の目のハイライトが営業を終了した。「反対舷に移動」

 最適射点につき、発射角度を変える。「魚雷発射」 声が平板なものに変わっていた。

「じかーん!」

「ゴン」

 立ち上る怒りのオーラが深紅に染まる。「射点移動。」

 しかし現実は無慈悲であった。「・・・。親撲会なのです。」

 

 第三図南丸かな。自分の実艦に突き刺さる魚雷をみて面白がっていた黒潮は見た。去っていく電の実艦が青のオーラで包まれるのを。

「あかんわあ。ご注進せんと。」

 

 そして妖精さんに乗艦を命じると自分は無線室に急いだが、ひどく無線の状態が悪いため姉妹通信を中継して聯合艦隊司令部付の朝潮に通信。血相を変えた朝潮が駆け込み聯合艦隊司令長官の知るところとなった。

 電も黒潮も知る由もなかったが、地球規模の地磁気嵐が中低緯度地方で吹き荒れていたのである。太陽コロナから大量に放出されたプラズマが太陽風にのって地球磁気圏に打ち寄せた結果、世界各地で送電障害が発生するほどの大嵐。地球上の磁気感知魚雷が役立たずとなっていた。

 

 

「エライことになったぞ。」

 

 朝潮を労って帰した後、大槻長官は呻いた。地磁気嵐のことは通信障害と送電障害で把握していたがなんとも間の悪い。電のストレス発散させるどころか貫禄の不発四連発。仏の顔も三度超え。三発目を外した時に電の実艦から深紅のオーラが立ち上り、四発目で青に変わって帰っていったという。行先はわかりきっている。魚雷を開発した目黒の海軍研究所理学研究部だ。

「前に青になったのはいつだ。」

「お待ちください。」

 妙高が3分足らずで情報を探し出した。「サーモン海域最深部、夜戦で戦艦棲姫を撃沈しています。さすがに無疵とはいかなかったようですが。」

「厳しい戦いだったな。」往時を思い出して長官。戦艦棲姫の印象はとにかくタフ、という一言に尽きる。その、戦艦ですら攻めあぐんだ深海棲艦を倒した駆逐艦娘が怒りと共にやってくる。

「どっちだ?」生贄を尋ねた。

「夕張でしょうね。」妙高は即答した。「あそこの夕張は夕張の中でも野心家ですし。」

「柳提督のところに研修に行ってるんじゃないのか、北海道の。」

「確認します。」少々間が空く。「お見込みの通りです。」

 海軍研究所の危機は救われた。二人で深々と安堵の吐息を漏らす。

「塞翁が馬ですね。」

「こんなに早く役立つとはな。こんなこともあろうかと思って」

「アンタねえ。」じっと話を聞いていた叢雲がついに口を挟んだ。

「運も実力の内だ。そして仕事のできる奴に仕事を振るのが上に立つ者の務めだな。フォン・ゼークト曰く」

「ゼークトじゃないわよ。」

 前置きが長いのよ。ぴしゃりと遮った。ドイツ参謀本部に伝わる格言だが、有名人のゼークトが言ったことになっている。艦娘となって未来世紀に甦ったら変に伝わっていることが多くて驚いてしまう。だいさ、だいしょうと言われ、何のことやらわからずポカンとしていたら、海軍じゃ大佐、大将をそういうんでしょう、律令制の近衛大将の伝統で、と訳知り顔で言われて互いに混乱したのは記憶に新しい。

「ま、サリー大佐ならなんとかするでしょ。失敗しても研究所瓦礫にされるよりマシだわ。」

 黎明期からの艦娘人間派で、艦娘の消耗がごく少数な柳を叢雲は高く評価していた。

「それより命令は」

「理学研究部に警報。小型で猛烈なぷらずまが急速接近中。

 原因は、新型磁気感知魚雷の磁気嵐による不発。目的は親撲会。目標は新型磁気感知魚雷開発者。

 研究室を死守せよ。それ以外の部分については、ぷらずまを中心とした半径100mを危険域として危険域からの後退を許可する。

 秘書室、大地寮の大淀に警報。小型で猛烈なぷらずまが明後日未明から正午にかけて大地寮に到来する可能性確実。

 原因は、軍令部の大地寮に実艦配備却下、及び新型磁気感知魚雷の磁気嵐による不発。目的は親撲会。目標は新型磁気感知魚雷開発者。ぷらずまを沈静化せよ。」

 うっかり秘書室と言ってしまい、叢雲に睨まれた。

「横須賀鎮守府、大湊警備府管轄下のすべての鎮守府に通知。ぷらずまが補給のため寄港した場合は、最優先で補給すること。遅滞は認めない。」

 

 

 

 浦賀水道は、東京湾に入っていく北航船が右、出ていく南航船が左を航行する二車線右側通行である。

 海に信号機付きの交差点があるわけでなし。横須賀に帰投する軍艦は、北上しつつ南航船の切れ目を左折して水道を横断するのだが、南航船が海軍だ。誰が入れてやるもんか、と船の間隔を詰めるせいで水道を横断できないとか、千葉行きの小型船舶が海軍だ。割り込みしちゃろ、と横切ってきて針路を塞ぐことがままある。

 太平洋戦争中、碌に商船隊を守ろうとしなかった海軍のことを船主も船乗りも忘れていない。そして今次大戦でも艦娘が現れて日本近海の制海権を取り戻すまでの間に相当数の商船が沈められており、やはり当てにならない海軍。さりとて他に頼るものもない、と海軍に対する感情は単純なものではなければ評価も決して高いものとはいえない。艦娘も前世に身に覚えがある者ばかりだからそれを言われると返す言葉もなかった。

 その浦賀水道に向かってアセチレンバーナーの炎のような色のオーラに包まれた駆逐艦が静々と進んでいた。さすがにちょっかいを出す愚か者はいない。オーラのある軍艦はヤバイ。深海棲艦で文字通り身に染みていた。

 その駆逐艦の艦上。無線状態がひどく悪く一向に回復しないことから、電は電速報を使って最寄りで手隙の自分を呼び出していた。実艦の補給と演習の報告書の伝書使をお願いなのです。ドック入り?いえ、電には行かねばならないところがあるのです。

 受けた電も一応聞いてみただけである。聯合艦隊司令部から触らぬ神に祟りなし、と長官直々の命令が出ていたからそれ以上ぷらずま化した自分を刺激する義理はなかった。

 浦賀水道の入口で別個体の自分と落ち合い、艦を任せて自分は海に出るとぷらずまは、小首を傾げて一考した後浦賀に向かった。西渡船場で上陸。渡し守のおじさんに挨拶するとお菓子屋さんに寄ってどら焼きとお饅頭のどちらを買おうかと迷い、そういうときはね。どっちを買っても後でああ、やっぱりあっちも買っておけばよかった、って思うんだから両方買えばいいのよ、という阿賀野の言を思い出して両方買ってから京急久里浜駅に向かった。

 急がば回れ。支線だけど本線の浦賀駅より本数が多いというのが一つ。次に阿賀野つながりで能代、そして赤城が思い浮かんだからである。阿賀野は私服でもスカートをファスナーを上げられるところまで上げて穿いてから上に幅広のベルトを絞めるようになり、能代はスカートのホックずらしたり面ファスナーに付け替えたりしてウェストを出しているうちにすっかりお裁縫が得意になっていた。いくら雷が面倒見のいい娘でもそこまでやらせちゃ負けのような気がするのです。よく食べよく働きよく寝る赤城さんを見習わなくては。

 

 

 一直線に突っ走るだけなら誰にでもできるけど、と島風も絶賛。あれは電車の運転シミュレータじゃないわ。ラリーよ、ラリー。アップダウンにカーブに増解結はピット作業ばりだしSSまであるし。と夕張に泣き言を言わせた京浜急行快特。

 席も空いているのに吊棒にも掴まらずに声をかけたところが「電はバランス感覚を鍛えているのです」との答えに乗客が和んでいたその頃。

 

 

 海軍研究所理学研究部

 

「聯合艦隊司令部から警報がありました。”小型で猛烈なぷらずまが理学研究部に急速接近中”。」

「ええっ、なんで」

 庶務係長に明石、工廠長、衛兵司令。物珍しい、物々しい取り合わせだな、と思った。

「夕張の新型磁気感知式魚雷が貫禄の不発だったそうで。」と明石。「しかも四連発、静止目標に最適射点で。」

「ああ、ひどい磁気嵐だからね。」

 送電設備があちこちでダウンして日本各地で停電しているくらいだ。魚雷なんてひとたまりもなかったろう。親撲会か。修繕にかかる資材と手間を思ってげんなりした。

「あんたが最先任だよ、工務係長」と工廠長。

「え?」

「何のために雁首揃えてきたと思ってるんでい。」

「所長、進水式出席で横須賀。理学研究部長、学会。化学研究部長、高熱出して休み。造船研究部長、忌引、庶務課長、本省で会議。会計課長、通勤中に階段から落ちて休み。

 着任順で係長が最先任です」と庶務係長。

「うえ」

 我ながら情けない声が出た。中将が所長なのになんてこったい。将軍が考え、中尉が実行するって何で読んだんだったかな。現実に耐えかねて思考があさってに向く。いかんいかん。衛兵司令の顔を見て雑念を振り払い、状況を確認した。

 

 

「あと3時間ちょい。非常持ち出しと人員避難には十分だが、それ以上は無理だな。」

「部分的に装甲板とか置いて強化できませんか」と庶務係長。

「無理。手も足りないし」明石を見た。「爆風以前に床が抜けるね、荷重で。」

 手作業で装甲板運搬して取り付けなんてとんでもない。明石がブンブン頷いている。

「仮にぷらずまが発砲したとして、下手にシャッター下ろすより開けっ放しにしていた方がいいでしょう。」と衛兵司令。「どうせ爆風で吹き飛びます。開けっ放しにして爆風逃がした方がいい。」

「どうせくるなら来年だったらよかったのに。」

 

 庶務係長の言葉に全員が頷いた。本部棟は、ようやく予算がついて再来年度に取り壊し予定だったのである。来年なら仮庁舎に移転準備が整っていた。同じ関東大震災後の建築の同潤会アパートの何年遅れなんだか。工務係長は逸れた意識を戻した。

「電源落として引き出しに入らないものはできるだけコンテナか段ボールに箱詰めして固縛。現実的にはそれくらいかな。」

「研究室の死守命令は出ていますが、どの、までは特定されていないわけですし。」

「大水槽さえ無疵なら他はまあ、コラテラルダメージということで」

「どうせならぷらずまに破壊されたことにして買い換えませんか?」

「ほっほぉー。明石屋、お主も悪よのう。」

「いえいえ、お代官様ほどでは。といっても」明石はあたりを見回した。「さすがに本部棟全部、っていうわけにもいきませんよね。」

「一発二発じゃ全壊はしないでしょう、いくらなんでも。」庶務係長の言葉に衛兵司令が頷いた。

「備品置き場あるよねえ、アカシ=サン」

「ええ、30年物の非破壊検査機器とか紙折り機とか、40年物の裁断機とか。」明石は首を振り振り答えた。「60年物の移動書庫なんてホントに移設するんですか、係長。レールなんて歪んでますよ。ハンドルもついていない時代の代物ですし。」

「そうなんだよねえ。」

 

 ナンバリングが自分より年上だった。引き出しがB版仕様の片袖机もだ。折りたたみ机やパイプ椅子に至っては自分の親といい勝負だった。

 オレンジ色の三角定規にテンプレート。字消し盤。三角スケール。ガラス棒はあるのにカラス口がないのが不思議でならない。未使用の硬質色鉛筆の箱が各色1グロス。インク消し。マイラーフィルムのロールはもちろん、青焼きの感光紙どころか青写真用の印画紙が封を切らない状態で保管されていた。今となっては鉛活版印刷やオープンリールテープの切り貼り並みのロストテクノロジーである。プラニメータはまだしもキルビメータなんて何に使っていたんだ?

 

「それで使っていないことをいいことに、なんか色々置いているのがいますよね。」

「蟻のようになー。置いた本人は、どこに何があるかきちんと把握してます、って言ってるけれど。」

 庶務係長の言葉に皆が心を一つにした。

 

「ひゃっはー おぶつ は しょうどく だ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。