提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
柳が元図書室の書斎でコンテナから本を書棚に移していると、ノックの音が聞こえて響が顔を覗かせた。
「やあ、司令官。これから赤城さんたちを迎えに行くけれど、一緒に行かないかい。」
「そうか。じゃあ、行こうか」
可愛い女の子にフライトに誘われて断る男がこの世のどこにいますか。仕事あっても理由つけてフライト優先にするよ。俺氏提督、ウッキウキでーす。
まあ、現役時代から労いの意味を込めて帰投には出来るだけ出迎えるように努めてたけどね。たいした忙しくもないのに豪華椅子にふんぞり返って出頭を待つ、っていうのは、大将とか元帥になってからやるこってす。響、蒼龍、白雪とお出かけお出かけ。
とはいえ。
「十人も乗れるのかい?」
「ケビンはロングシートで四人ずつ八人掛け+乗務員用の二席で定員内だよ。ペイロードは3tだし、余裕、余裕。」
飛行機の四隅をテントよろしくロープを張ってペグで打ち込んで固定しているのを蒼龍が外し、響がそれを受け取って車輪止めと一緒に機体の中に持ち込み、そのまま操縦室に入ると操舵を始めて右、とか左、とか言っているのを外から蒼龍が確認してます。運行前点検ね。大事大事。エンジンが止まっても滑空すればいいけれど、舵が効かなくて姿勢制御できなかったらどうしたって墜落するからね。
機内に入ると白雪からマイク付きのでっかいヘッドフォンを渡されました。
「これは?」
「うるさいんですよ、翼にエンジンがある双発機と違って。ジャックはそこです。」
単発の旅客機なんか乗ったことないから知らなかったよ。通電する音が聞こえて
「あーあー。只今マイクのテスト中。司令官、白雪、聞こえるかい」
「感度良好」「ヨウソロ-」
エンジンが回り始めます。なるほど、こりゃうるさい。1m以内で大声出さない限り会話は無理ですわ、これ。ポーン、ポンと飛行機独特の柔らかいコングが鳴り
"This is your captain speaking. We will be taking off shortly. Please make sure that your seat belt is securely fastened. Thank you."
思いっきりロシア語訛りのせいで英語に聞こえなかったよ、ひびきん。それでも英米式なのね。滑走路までテキシングを始め、手前で機体を横に向けて停止。なにやらぶつぶついってます。
「最終チェックでリスト読みあげてるんですよ」と、白雪。
姿勢が戻り、エンジン音が高鳴り滑走開始。固定脚の機体直付けですから凸凹がもろに響いてずいぶんロードノイズ拾うんだなあ、と思う間もなく空中へ。今度は日本語でどこぞと交信してます。と、いうことは帯広の陸軍でしょう。。
ま、今でも商用機は東京航空管制局の管制下ということにはなってるんですけどね。
北海道に限らず赤字の地方空港は、運輸省の航空管制官みんな引き揚げて民営化した後に深海棲艦戦争になって閉鎖になったか計器誘導&有視界航法で、シビリアンの管制官がいるのは羽田と関空と福岡管制区+αくらいになっちゃったし。
水平飛行に入って、再びアナウンス。シートベルトを外して白雪が立ちあがると、ギャレーへ。ポットとマグカップを取り出すと紅茶を注いで渡してくれました。ジュラルミン剥き出しのロングシートの間に回転式の板が組み込まれていて、板を引き上げて横に倒すと折りたたみ式のテーブルになるようにできている。
「ほえー、よくできてるなあ」
「日向さんの一工夫、です。」」
「さすが師匠」
窓は背後で明かり採り用。外を見るものではないし、重量軽減と不燃化のため座席はクッションなしの金属。与圧なんてものはなく、喧しい爆音の中、ぎゅう詰めで皆押し黙っているのが軍用機のフライト、って戦争映画やテレビ番組で観てたはずなのに、こうして実際乗るまで旅客機の快適なフライトを想像していた自分のバカー!と後悔しかけていたとこでした。だって客室前方のスクリーンに機外の映像流している時点で錯覚したってしょうがないじゃないですか。ヘッドフォンだって、ちゃんとチャンネルあって音楽流してるし、機長のアナウンスが入る時は強制音声切替になるのもコマーシャルラインと同じだし。
「タブレットで仕事やゲームもできますよ。電波管制でスタンドアロンですけど。」
と、あれこれ白雪から説明を聞いている間に時が過ぎ、柔らかいコングが鳴り。
「こちらは機長。本機は、訓練海域に到着した。乗務員席に着席、シートベルト着用せよ。繰り返す。乗務員席に着席、シートベルト着用せよ。」
いきなり軍隊口調に変わったことに戸惑いを感じながらも席を移動すれば、ニッコニコの白雪が着席。シートベルト着用、と弾む声で報告。いったい何が始まるんです。
「操縦交代。you have contorl」
「I have contorol。
こちら蒼龍。想定。敵急降下爆撃機、防空域突破。個艦回避せよ。最初は旗艦、金剛から。状況開始。」
「いつでもかかってくるネー!」
「爆弾倉解放。一番、投下ヨーイ」
「一番、投下ヨーイ」
「きゃー(はあと)」
「(だーっ!)」
バンサイして嬌声をあげる白雪と悲鳴をこらえる柳。胃が飛び出しそうだよ。正面スクリーンを見れば、何この真っ逆さまに戦艦めがけて落ちていくの。
「てーっ!」
蒼龍の声と同時に機体がグン、と上を向いてGがかかるのをぐっとこらえた。高速エレベーターに乗った時の不快感がこれでもか、とばかりに胃につきあげる。何度も唾を呑みこんで耳抜きをする。
「煙突内に命中。金剛さん、汽罐直撃で轟沈ね。」
「Nooooooo!」
高度を上げてようやく水平飛行に戻る。
「はーい、次。赤城さん」
「いつでもどうぞ」
「二番、投下ヨーイ」
「二番、投下ヨーイ」
「きゃー!」
「(だーっ!)」
再び急降下に入るAn-2。胃がつきあげそうだが、今度はスクリーンを見る余裕があった。現在高度3500m。確か1000mで投下だったよね。
「てーっ!」
機首を上げて上昇に転じるAn-2。
「只今の回避、見事なり。これ回避するかなあ。加賀さん、いっくよー」
「かかってらっしゃい」
えっ。六隻全部やるの。まだ四回やるの!はしゃぐ白雪を前に悲鳴をこらえるのに精一杯の柳であった。
結果
加賀:中央エレベーター被弾、発艦不能。中破。
磯風:回避
浦風:艦首被弾、大破
榛名:左舷カタパルトクレーン付近被弾、副砲使用不能。小破。
「・・・終わったか。」
「楽しかったですねー」
ぐったりした柳とキラキラの白雪。どうして女はこう、ジェットコースターだのフリーフォールだのって、自由落下状態になるものを好むんだ。峠を攻めるとか、雪道ドリフトとかGのかかるものは凄く嫌がるくせに。しかし、安心するのはまだ早かった。
「操縦交代。You have control」
「I have control.
こちら響。想定。狭隘水道通過中、敵PTボート、艦隊右舷前方5000mの島から発進。護衛の駆逐艦はこれを邀撃せよ。」
さっきの急降下ほどではないにしても、前の操縦席があからさまに下に見えていて、坂の上から坂の下みるような感じなんですけど。これって平均斜度25度のゲレンデと体感が大した変わらんぞ。っておいおい、海面高度400mでまだこの角度で降下するの!?
柳がやきもきしていると、機は高度200mでようやく通常の降下角に戻った。更に速度を落とし、ゆるゆると高度を下げる。
「高度20m、対地速度80km/h。マジか・・・。」
「どうかしましたか、司令官」と、白雪。
「いや、よく失速もせんと飛んでると思ってな。」
「問題ありません。An-2が失速するのは50km/h切ってからです。」
「うへえ。」
「80km/hは、PTボートの最高速度です。訓練ですから。本当は高度5mくらいまで下げないと正面投影面積があわないんですけど、それは安全のためということで」
「うん。安全第一だね。」
冗談じゃない。波がちょっと余計にうねっただけで海面に激突するわ。
「状況開始。」
「かかってきんさい」
「この磯風が相手になってやろう。」
時速80kmという、船としては頭おかしい速度のPTボート役の響が2時の方向から輪型陣の中に飛び込んで雷撃しようとするのを空母の横で警戒位置にあった駆逐艦が増速して艦隊前方に向かう。
戦艦と空母は左に転舵して横腹を見せる代わりにPTボートから離れるか、逆に右に転舵して正対。投影面積を減らして魚雷の被雷の確率を減らす代わりに接近するか。
「針路維持か。」
「訓練ですからハードモードですよ。」
接近するにつれ、磯風の主砲が動いてこちらを向くのが見えた。まさか実弾を撃つわけにはいかないから、狙いだけ付けているのだろう。小刻みに針路を変更し、突入を試みるが磯風もそれにあわせて阻止。なかなか射点まで辿りつけない。そうこうしている間に輪形陣の反対側から浦波が旗艦の金剛と空母二隻の間を間切って接近してきた。
「ここまでだね。ちょっと遠いけれど、魚雷発射」
「魚雷発射」
魚雷を実際に積んでいるわけではない。機の高度を50mまで上げ、100km/hmまで増速すると針路固定。魚雷発射の合図に磯風も急いで変針。左舷50mほど離れて正対してAn-2が通り過ぎた。磯風の粘り勝ちである。
「ふふん。どうだ。」
飛び続けたアントノフは、旗艦と後続艦の中間からやや後続艦より、赤城の前方300mを通過。続いて加賀に迫ったが、既に変針していた加賀は楽々回避。アントノフは、加賀の左舷を通過した。
「只今の演習、双方とも見事なり」
傍目には、魚雷が空母の何百m先を通り過ぎただけである。しかし、PTボートが単独で突撃してくることは有り得ない。必ず複数いる。
襲撃側から見ると、響は、磯風と浦風の二隻を相手にする前に魚雷発射することで自己の安全を確保しつつ、磯風を一時的に遊兵化して、後続艇が絶好の射点に付く機会を提供したことになる。
護衛側から見ると、撃沈するに越したことはないが、魚雷を撃たせないか、あさっての方向に撃たせればよいわけで、磯風は、倍ほども速度差のある相手をいなしつつその役割を果たしたし、浦波も迅速に駆けつけることで響が絶好の射点に辿りついてからの魚雷発射を断念させた。そういったことを見て取っての柳の発言である。
「状況終了」
演習を終えたアントノフは赤城に着艦した。