空の彼方へ   作:朝凪小夜

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 ユークはその日ぼんやりと空を見ていた。

 冬の澄んだ空だった。いつもであればもっとどんよりと、でっぷりと太って雪を蓄えた雲が一面を占めているはずが今日は珍しく青を届けてくれている。

 本当に良いタイミングだと。

 本当は今日が雪であっても外に出るつもりだった。裏山の少し小高くなった10メートル四方の土地。木々が茂った中にたまたま開けた場所。

 そこに用があった。

 雪が降り始めた時も、たとえ本格的に積もっても行かなくてはならない場所だ。

 そこにはアンテナが置いてある。

 Y-アンテナ。指向性を重視し複数方向の信号に対応させ、かつ大きさにもこだわって微弱電波でも捉えられるようにした自作の一品。

 これだけは冬においても、むしろ冬だからこそ絶対に守らなくてはいけない。

 ここらの地域の雪は量もそうだが特有の風も厄介になる。山が近く、急峻な土地柄ゆえに冬はいつも強風が伴う。

 アンテナもこの中ではあっというまに雪に塗れて、5日も放れば風で流され固まった雪が全体に付着していずれ折れるだろう。

だから3日に一度は必ずこうしてアンテナの雪を払いケーブルを敷き直す。雪の中を這った情報の波が必ず家の中に届くように。

 作業自体はそう問題のあるものではない。風を受ける方向で固まってしまった雪をはぎ取り、上に乗っている雪を払い落すだけだ。そう難しいものでもない。

 ただその後には必ずアンテナの向きを確認しなくてはならない。本の少しでも角度がズレてしまえば全体の調和が失われてしまう。それは正に損失。仮令出元が星の裏側だったとしても捉えられるはずのアンテナ群は、そうであるからこそ意味があるのであってそれを壊してしまえば価値も楽しみもなくなってしまう。

 だからこそこの作業は保守と調整、その両方の意味で重要だった。

まして今年はどうも雪が重いらしい。いつもならさらりとしたはずの手触りがどうにもまとわりつくようだ。これではこの風の中ならさながら屋根の上の様にアンテナに積もってしまう。

 もしかしたら3日ではなく2日で見た方が良いかもしれない。

 そんな考えさえも浮かんでくる。

 それでも幸いにして今日の天候は味方になってくれてアンテナのずれもなくケーブルの緩みもなくすぐに作業を終えられた。

2時間程度の所用。なれたとは言え少しばかり服の中が汗ばんでいる。

外の気温は氷点下にして10は確実。このまま帰れば家に着くころには悪くないくらいに火照りも納まりそうだ。

 最後にもう一度全体を見直して、次には2日後だなと脳裏に刻んでから歩き出す。

 家はここから10分程度、ただしそれは雪の無い道でだ。今はそこから倍は掛かる。

 だが、それだけだ。雪がある以外に困難は無い。今年は春までにどの程度積もるだろう、そんなことを考えながら家路につく。

 

 

 玄関のドアを開けるとぱらぱらと雪が落ちる。溶けたものが落ちてきたらしい。

 今日は父は不在だ。警官として働いているが何分小さな村でそう仕事もない。人よりも鹿の方がずっと多い。人を捕まえるよりも鹿を追っている時間の方が長いだろう。

 朝の残りの薪に火をつけ暖炉に赤が灯っていく。そう長い作業でもなかったはずだがやはり気温が低い分暖炉を消すとすぐに室内も冷えてしまう。

 火が強くなってきたようで、炎が高く昇っている。

 もう2,3本ほど積んでおけば夜まではもつ。

 そんな作業ともつかぬ日課を一つ終えて自室へと。

 扉を開けて迎えいれるは配線と受信設備の数々。あのアンテナからの信号はここで全て聞くことが出来る。文字通り世界中の音を。

 当然そのために信号の分離、増幅、選択の設備は潤沢だ。

 だがまだその時間に浸るには少しばかり早い。アンテナを調整した日には必ず確認しなくてはならないものがいくつかある。

 「…A1、良好。…A2良好。…A3も、良好。…」

 

 アンテナの点検で何か間違いが無いかをいくつかの放送局電波で検証する。今日の時間と時差も考慮した上で、自国や他国の時刻放送が合っていて、さらにクリアな音質で聞こえることが要件だ。

 「…問題なし。オールクリア」

 

 全8地点の信号に問題はなし、これで普通に使えるだろう。そう思いながら日記に今日の調整と検証の結果を記していく。

 この日記に良好以外の記述が乗ったことはあまりない。

 最初の方こそ何回かアンテナの志向方向の調整に難儀して音声が取れなかったがそれも何日かで直せた。それからはずっと問題の無い日々だ。

 こうして少しばかりつまみを捻れば連続的に変わる周波数の波の重ね合わせが新たな音を届けてくれる。

 そんなことを考えながら手首を回す、ほんのその瞬間の中に違和感。

 何かが聞えた。

 一瞬の音。

 何かあったか、そんな疑念の存在だけ認めて慎重につまみを逆に回していく。

 やけに澄んだ1音が聞こえた。それも断続的に同じ音が鳴り続けている。

 明らかにあのラジオのノイズではない。ガラス瓶に砂を入れて流れ落ちるときの音とは全く違う。

 これは何だ。改めてそんなことを思ううちに奇妙な信号音声は消えて行った。

 突然に、打ち切るようにただ、消えた。

 「…しまった…」

 

 右手はつまみを持ったままだった。これだけの設備があるのに録音すらしていない。

 完全なる失敗だ。

 だがあのノイズの得られる周波数帯はわかっている。もし今後同じノイズが出てくるなら確実に見つけられる。

 とりあえずと言うべきか、暫くはいつも使っているメインのラジオを同じ周波数に固定しておく。ついでに音量も上げておけばあの音が聞こえた時にはすぐ分かるだろう。それと並行してサブ機でザッピングを楽しめばこれまで同様に過ごせる。

 とにかく今は待ち以外に取れる行動は無い。

 日記にノイズの事を記してから傍らのスイッチを上げ、スピーカーから異国の声が聞こえてきた。

 

 

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