ロンドンのホテルの一室を借り受けたオレは彼女、マリー・アントワネットにかの王の企てについて、知っていることをすべて聞かせて貰っていた。
なんでも元々高貴な身分だった彼女は、アーサーと話をする機会が多かったらしく、その中で知ったことなのだという。
「 アーサーは、人の善性を信じすぎるきらいがあるの。人間は善くあるべきだと信じてやまない、たちの悪い潔癖症よ。だから国に認められてても海賊であるドレイク卿を信用してはいなかったし、それほど情報も伝えていない。
それでも円卓に加えていたのは事実だけども。 」
「 そんなことだろうと薄々勘づいてはいたが、心外なものだね。 」
「 それで貴女にはドレイク氏が知り得ぬことをべらべらと喋っていたと。 」
「 そうね。自分でいうのもアレだけども、私は彼女と違って被害者の面が強いから、同情を誘ったんじゃない?
あの人の前では被害者面ばかりしてたし。
裏を返せば、同郷でも悪人を味方とは数えない。
敵じゃないってだけみたい。 」
「 そうか。だから前任と反りが合わなかったのか。 」
「 その前任というのは? 」
「 なんだいあんた?あの爺さんのことも知らないのかい? 」
「 ええまったく。 」
「 はぁ・・・ここまで無学だと呆れてくるよ。
ま、今の人でも知っている奴はそんなにいないか。 」
「 そういう位なら私にもお聞かせ願えないかしら? 」
「 これまた今度にしとくよ。今は、あんたがどこまで、あたしの知らないことを知ってるかの方が重要らしいからね。
もちろんあたしだって知りたいしさ。 」
「 あら?貴女そんなにせっかちだったかしら?ドレイク卿。 」
「 あの爺さんじゃないがね、誰も知り得ぬこと程、心躍る宝なんてないだろ? 」
「 それもそうね。では、お教えしましょう。 」
こうしてマリーの語ったのは、衝撃的な事実である。
アーサーはB山にて捕獲した魂魄を、"巨大ななにか"に捧げていたのだという。
このなにかというのは本人にもわからなかったらしいが、少なくとも、人が触れて良いものではないことは、その鹿のような角の生えた、人とも獣とも言えぬ、まるで大地に根をはっているようなそれの醸し出す神聖な気配から察することが出来たそうだ。
確かによろしくはない。そのなにかというものがなんであるかははっきりとはわからないが、よろしくないものであるのは間違いない。
おそらくどこぞの神霊であろう。それもこの北欧方面の土着神で、なにかしらの要因によって眠りについているか、封印されているのだろう。どちらであれ、それになにかしらの干渉を人の魂魄を用いて行なっているということは、なにか大規模な行動に打って出ようとしているのだということは想像するまでもない。
「 アーサーは、アレを目覚めさせれば、自分の宿願は叶うと言ってたわ。
年間の生け贄はその為の必要な犠牲だとも。 」
「 なるほど。そのなにかがなんであるかまでは言ってなかったと。 」
「 ええ。ただ、私からみても、あれが動く時は、絶対良からぬことが起きるだろうという確信はあるの。
それと、もう一つわかることがあるのよ。 」
「 それは? 」
「 彼女の持つ権能のことよ。 」
「 ドレイク氏から前のワイルドハントの長の攻撃が通じなかったと聞いた。その仕掛けまで貴女に話してたのか? 」
「 そうみたい。なんでも、悪の干渉を遮断するんですって。 」
「 悪。それはなんの基準で決める? 」
「 さあ?彼女の匙加減じゃないかしらね。
アーサーは死んだ後も信心深いみたいだし。
なんなら、円卓の上位も徳の高い聖者で固めてるわ。
とにかく、善に固執してるみたいよ。 」
「 固執。それもそうかもねぇ。国の最後はああだったしね。 」
とまあ、こんな感じで敵の目的の一端が明らかになった。
その神さまらしきものを目覚めさせれば、どうなるかは未だ分からないが、間違いなくよろしくないものことが起こるだろう。
そう、例えば、150人怪死など比べるべくもないほどの大量の人死とか。
やはり下手をこけば、西側の魂魄のバランスが崩れかねない。一刻も早くアーサーを止めなければ。
しかし、その土着神らしきもので、なにをしようとしているのか。
六壬神課でわかればいいが、流石に簡略的なものでは二週間後まで見るのは現状難しい。
今より練度が上がれば、どうにか見えそうだが。
その一方で、外の霊圧がやけに騒がしいことに気づいたので、少し外を歩いてみることにした。
夜の闇の中、幾つもの霊が騒ぎ出しているようだ。
無理もないことだ。
自分たちの居住に、隊長格程の魂魄が連続して、それも群れなして現れたなら、パニックにもなろう。
彼らの多くは、元は人間なのだから。
色々ヤバいのがでてきたら、怖くてしょうがなくもなるものだ。人は死して尚、恐怖から逃れられぬ定めにあるのだ。
何処行っても、人は人なのだと実感する。
街ゆく人々も、春真っ盛り故か何処か浮き足立っているようだった。
長い冬が終わり、雪が溶け、ようやっと暖かくなり初めた。
皆今年がよい年になればよいと期待を胸にしているだろう。
が一方で、ビッグ・ベンの崩壊という、大事件が起きた故に、なにか良からぬことが起きる凶兆ではないかと、不安を覚えるものもいるようだ。
実際その通りではある。
しかし、それがまさか歴史上の偉人の仕業、それも糸を引いているのが、皆さんご存知のあの王様とは誰も思いもしないだろうし、
誰も破滅が迫っているとは考えようもない。
建物の造りは異なっているが、西洋もさして変わらない。
見える平穏と、見えざる脅威。
現世と幽世。
これらが同居している。
アーサーは果たしてなにを企んでいるのか。
伝説に名高い騎士たちの円卓を統べる王。それが何ゆえにロンドンの住民に牙を剥いたのか。
如何なる人物、どれほどの霊圧か。これらもやはり、未だ不明だ。
まあ、霊圧に関しては少なくともマルティノスよりは高いだろう。
そして、彼がなにを考えていようとも、このロンドンの街並みにかわりはない。
人の営みもそして自然の有り様も、やはり相違ないものだと、夜闇を照らす青い月が教えてくれていた。
「 Satosi・・・ 」
オレの前に、またあの白い火の鳥が姿を現した。
「 なんだ、ファイヤー? 」
「 かの者は、触れてはならぬものに触れようとしている。 」
「 ・・・お前、なにか知ってるのか? 」
「 話そう、死神よ。 」
オレの懐のカードから、また別の式神が姿を現した。
ファイヤーと同じ括りに数えられている神霊たち、その幾体か。
普段ならばいっぺんにこんなに出ては来ない。勝手にでてくるといえば、ファイヤーとライボルトくらいであるし。
それが一気に八体もでるということは、それくらいのことが、起きかねない状況下にあるということ。
やはり、早いところケリをつけにいくべきか。
翌日。オレは荷物をまとめてロンドンをでることにした。
向かう先は敵の本拠であるだろうドイツのB山。
早期決着を望んだというのもあるが、これ以上街が被害を被る前に離れた方が良いという点、そしてアーサーへの勝利の打算が十二分にあるということも考慮して、真っ直ぐ向かうことにした。
というのも、あの後式神たちからかの王が目覚めさせようとしている神霊について聞かされたからだ。
元々その神は、ドルイドたちに崇められていた存在であるらしい。狩猟や動物、そして死を司る神性を有していて、かつてはヨーロッパ全土で根強く信仰されていたと。
現在、その神の伝承はそのほとんどが失われ、名前しか残っていない。
意図してそれらを、かつてのドルイドたちは消し去ったのだという。
何故か。
その神、ケルヌンノスは祟神であり、同時にこの欧米に流れる霊脈の力を抑え込む、要石のようなものであるからだそうだ。
触れさせぬ為には、その伝説が残っていては不都合である。
だから今日、このケルヌンノスという神は、正体不明の神格として知られているのだ。
そしてその神が眠る場所こそが、B山である。
もし、この神霊が目覚めることがあれば、この地に膨大な霊力と共に、呪いが振りかかり、ヨーロッパは、たちまちそれらに汚染され、生者たちはその肉体を失い溢れる霊力によって、悪霊と化して跋扈する。
数百年の長きに渡って、この地は穢れと怨嗟の吹き溜まりとして、古事記の黄泉の国のような、人や動物の住めぬ土地と化すのだ。
住民は、霊とドラゴン、そして一部の神霊や妖精といった、人外のみになってしまい、必然的に魂魄のバランスが崩れてしまう。
その為、欧米方面の神霊や妖精たちの間では、ケルヌンノスには触れてはならないという、暗黙の了解が護られ続けたのだという。
どんな悪戯ものであっても、B山に眠る祟神にだけは、決して関わろうともしなかったのだ。
こう聞いてみると、尸魂界、引いては現世や
そう、神一柱を柱として、このヨーロッパの今日は成り立っているわけだ。
湖の乙女を始めとして数々の精霊、妖精と関わったアーサーが、そんなことを知らぬ筈がない。
ならば何故、生け贄を捧げてケルヌンノスを目覚めさせようとするのか。
こればかりは、ファイヤーたちもわからなかったそうだ。
しかし、ドレイク氏がこんなことを言っていたのをその時に思い出す。
「 王にとって、国とは宝。 」
それを取り戻そうと考えるのは、無理もない話ではあるが、具体的にケルヌンノスをどう使うのか、そして本当にそれが目的なのかは、いまいちよくわからない。
しかし、このまま突っ込むにはどうにも不安要素が多いので、一度オレは未来を視ることにした。
二週間後を視るのは難しいんじゃないのかって?
あぁ、簡略的なものではね?
オレが普段使っているのはこの簡略化されたものだ。
本来の六壬神課は、物事の吉凶を占うもの。
この占いという形で時の陰陽師たちは凶兆、厄災を予見し、それを退けてきた。
現世においてその代表的な人物こそ、安倍晴明というわけだ。
ではその正式な六壬神課はどうするのか、何故使うのを一度躊躇ったのか。
その理由は簡単。
式神を使うからだ。
十二の方角を司る十二神将に肖り、複数の式神で陣を形成、その上で万象の易を覗く。
それが本来の六壬神課である。
そんなものだから十二神将を自身の式神として使役できるというのは、陰陽師にとってかなりのステータスになり得、十二体すべてコンプリートしている晴明は、やはり最強の陰陽師たり得るわけだ。
・・・ま、そいつらがあんな雑魚だとは思いもよらなかったが。
やろうと思えば、おれは数カ月後くらいまで未来を視れる。二週間なんて四体、東西南北の四神の分いれば十分。しかしオレ単独では一日二日が精一杯。そんなもんなんで式神を展開しなければならないわけだが、いざやろうとすれば、ロンドン中がざわめきだして、霊たちがパニックになりかねない。
それで現世の人間に被害がでるのもアレだと使わないつもりでいた。
だが気が変わったのだ。即刻実行し、未来を視ねばならなくなった。
なにオレは妥協をするつもりになっていたのか。
こういったものは常に本気でならねばならないというのに。
力をつけて、無意識のうちに慢心を覚えていたか?
戦いだぞ、檜佐木悟。負けたら死ぬんだよ。
負けねぇように死なねぇように備えるなんざ、誰でもやることだろうに。
一瞬の妥協、一瞬の慢心が、己に死を齎すんだぞ?
一時の感情が、破滅を招くんだぞ?
あの、
お前はああなりたいか?
誇りだなんだとのたまいながら、嫁の復讐の為に討死し、
遺された者に傷跡を、尸魂界には大きな損失を齎した、あの大バカ者のようになりたいか?
――――応えは、Noだ。
オレは生き延びる。生き延びて、より高みに昇る。
というわけで、式神四体拵えて、六壬神課を決行した。
このまま順当にいけば、数日後にオレはアーサーの手下、下級の精霊やらのこり6人の上位の円卓の聖者どもを蹴散らしながらB山へと辿り着き、奴と相対することとなる。
それで、当人から事の次第を聞かされるのだ。
何故、ヴァルプルギスの夜に150人をケルヌンノスに捧げているのかを。
その理由は、ドレイク氏の言った通りだった。
再び、自分が王として君臨するためだと。
あの女はアヴァロンとかいうところで長い事、おおよそ16世紀ほど眠っていたらしいが、その間に現世のことを夢のように見ていたのだ。
曰く、人間たちは自分たちがいた頃以上に堕落し、略奪や争いを繰り返し、決して止めようとしない。
神の為民の為の戦いを方便として、殺戮迫害を繰り返し、日々イノシシからブタへ、バカになっていく。
自分たちは時を経る毎に、神の御意志とやらから遠ざかっていくと。
今の人間に政を任せられないから、自分が上に立つ、というのが、こいつの考え。
主とやらへの信仰と正義によって築かれた秩序を築き、己が君臨、統治すると。
ドレイク氏に曰く、天国などないらしいが、アーサーほその信仰に揺るぎはなかった。
死して尚、アホのように神はいて、信じるものは救われると思い込んでいるんだそうだ。
しかしそんなことを企てども、今のアーサーは一魂魄に過ぎない。
今の世を生きる生者たちにできることなど限られる。
そもそも今の時代では、アーサー王の伝説は、本当にあったことかどうかすらも定かではなくなっているのだし。
仮に自分がでて堂々と名乗っても、オカルトが好きでも霊と無縁な連中には、まず信じてもらえないだろう。
そこででてくるのが、ケルヌンノスというわけだ。
結論からいえば、アーサーがこの神に望むことは、目覚めることだけ。
生者を呪いによって皆殺して、霊にして、そこに自分たちの王国を再建するというのが、騎士たちの王の悍ましい計画であり、年間の犠牲はその為の儀式の一環である。それが、ヴァルプルギスの夜の怪死事件の全貌というわけだ。
ケルヌンノスさえ起こせれば、彼の望みが叶う土台ができる。
これまでの犠牲者は、その踏み台というわけだ。
なるほど、いい性格してるな、アーサー王よ。
大義の為ならば、どんな奴の人生をも踏み躙って良いらしい。
腹立つねぇ、まるであの男のよう。
というわけで、このままでは今年の分の生け贄で、ケルヌンノスが覚醒してしまう為、直接アーサーの首を取りに行く。
攻撃が通用するのか?
これも見た。複数パターンの未来を視たが、充分に効くらしい。
というのも、アーサーの権能、これの明確な詳細がわかったのだ。
あれは防いでいるんじゃない。物理攻撃や呪いの威力を遮断して弱めているに過ぎない。
ワイルドハントの前任はおそらく、技巧派なタイプの戦闘スタイルだったのだろう。
相性が悪くジリ貧になって敗れたといったところか。
ここで重要な点は二つ。
一つは、完全に防御しきれているわけではないこと。
あくまでも一定量のダメージを霊圧の防壁で遮っているに過ぎない。
攻撃が通じぬ訳ではない。
今の持ち札で十二分に対処し切れる。
といっても、品性を欠いたゴリ押しであるが。
大剣鬼はまだ回復しきっていないが、アレよりもっと火力の高いものがいるので、それらで押し通す未来もある。
二つ目は、アーサーの配下の存在。
円卓の残り6体、それと円卓には数えられていないが、それなりに実力のある霊たち。
これらも対処しなければならない。
しかし、ケルヌンノスに触れるということを嫌ったのだろう。
神霊の類がいない。
この時点で、アーサー討伐のハードルがガクッと下がる。
人間連中も、彼女のシンパが多い。
中心であるアーサーを真っ先に潰せば、奴らの連携は崩れる。
流石に、隊長格レベルのものはそう多くない。
が、それなりにいるので、アーサー一人にリソースを割くのも非効率的。
そこで、奴にはオレ自身が始末をつける。
どれで?
もちろん、"死神の奥義"で以て。
それが一番、スマートだからね。
「 ということで、勝手なことをいうようであるかもしれないが、お前の力を借りたい。 」
六壬神課で未来を視た後、オレはある人物に謁見していた。
黒い死覇装を思わせるような、黒い着物に、死化粧のような色白の肌をした、黒い闇のような瞳の魔性を帯びた長い黒髪の女。
その背後は、長く太いキツネのような尾が九つ。
その周囲には、幾つもの刀や槍が、丁重に収められていて、そのいずれもが、妖気を孕んでいる。
いつもオレを、間近に見ている彼女は、そんな中にいながらも、何一つ不満を感じさせずに微笑んだ。
「 ええ。構わぬよ。
お前が如何なる剣、如何なる槍持とうと、如何なる下僕を従えようと最後には妾に行き着く。
それで妾も満足。
そもそも、妾はお前の刀じゃ。
お前が如何に使おうと、不足はあるまい? 」
口元を鉄扇で隠し、ホホホと貴く嗤う。
やはり、女は品性がなければな。
・・・頼りにしてるぞ、
次回、アーサー死す。
ちなみにファイヤーたち海外産の式神たちは、基本ラテン語で話してます。
悟たちには、脳内で日本語に訳されている感じ。